〜 Life 〜
【 It stretches a hand to the pity. 】

 

 

 

 

出会い、というか、それは2人にとっては再会だった。

 

「宍戸、さん?」
「あれ?もしかして、長太郎?」

 

とある教会での、それは唐突な再会だった。
人員補充用のアンドロイドである鳳は、人手不足の教会に雇われてこの場所に居た。
そこへ、宍戸がやってきたのだ。
彼に信仰宗教があったなどという話は聞いたことがない。
だからこそ、余計に驚いたのだ。
「どうしたんですか?お一人ですか?」
「ばっかやろ、んなワケねーだろが。付き添いだよ俺は」
「付き添い?」
「俺、介護用じゃねーか、だからさ」
牧師の話を聞きながら、椅子に座って賛美歌を歌う少女に視線を向け、
宍戸が小さく苦笑を見せた。
「今度は、ガキの世話だよ」
「あの、長いおさげの少女ですか?」
「ああ」
邪魔にならないように、宍戸は聖堂の隣にある託児施設の中の椅子に陣取って、
中の様子を眺めていた。
あの厳かな空気はどうも自分に合わないようで。
まだ賑やかに笑う幼子の沢山いるこの場所の方が良い。
牧師の、賛美歌を、という言葉を合図に座っていた人達が一斉に起立する。
ワンテンポ遅れて、彼が見ていた少女も立ち上がった。
「……あれ?まさか、あの子……」
「ああ。見えてねーんだ」

 

視力を失った少女は、周りの気配を敏感に察知して動く。
賛美歌などは、本を見なくてもそらで歌えるようだった。

 

「もしかして、結構前から来てました?」
「そうだなー。お前と会ったのは今日が初めてだけどな、
 まぁ、1年ぐらい前からかな?」
「じゃあ俺が来るより前からなんですね」
鳳がこの場所に派遣されたのは三ヶ月ほど前の話だ。
自分が来るより前から、彼と少女はこの場所に通っていたのだろう。
「っと、ボチボチ終わりそうだな」
「そうですね」
「そんじゃ、俺はこれで帰るわ」
「はい」
見えない少女の世話といっても、一から十までしてやるわけではない。
少女が白い杖を手にたどたどしく歩むのを、傍で見守り危険な時に手を貸してやる、
その程度のものだった。
支えるでも無く手を引くでも無く、黙って隣で見守っている宍戸を見て、
つい何となく鳳も教会の門まで見送ってしまっていた。
「また来て下さいね、宍戸さん」
「おーよ」
「お嬢さんも、ね」
「は、はいッ」
声をかけられたのが意外だったのだろう、驚いた様子で少女も返事をすると
ぴょこんと勢いよく頭を下げた。
それがまた随分と可愛らしくて、宍戸と2人で顔を見合わせて、笑った。

 

この場所での職務も楽しくなりそうだという、そんな予感。

 

 

 

 

 

 

「悪いな、一足先に氷帝へ戻ることになったぜ」

教会で偶然の再会を果たしてから、半年にも満たなかった。
そんなある日、ひょこりと教会へやってきた宍戸が、鳳にそう言って笑ったのだ。
驚きに目を瞠って鳳が訊ねる。
「どうしたんですか、宍戸さん?そんな急に…!!」
「仕事が済んだんだよ。俺は『買収』じゃなくて『契約』の方だからな、
 終わったら社に戻る決まりなんだよ」
「そういう事を訊いてるんじゃないんです!!」
仕事が終わったという事は、どういう事なのだろう?
宍戸の代わりができたという事なのだろうか、それとも…。
今日は少女は傍に居ない。
この場に居るのは宍戸一人だ。

 

「………死んだんだよ」

 

「死んだ…?」
「事故だった。先週、葬式も済んだぜ」
そういえば毎週来てくれていた2人が、先週は姿を見せなかった。
気にはなっていたのだが、たまには用事だってあるだろうと深くは
考えていなかったのだ。
まさか、あの少女がもう居ない、なんて。
だけど何か引っ掛かる。
どうして宍戸はこうも明るく振舞っているのだろう。
「宍戸さんは…あの子とどれだけ過ごしました?」
「………3年だ」
「悲しくは無いんですか?」
「いや、大丈夫だ」
ニッと笑みを浮かべて答える宍戸の言葉は、だがどこか
胸を鷲掴みにされるような息苦しさを感じる。
「俺には、『悲しい』とか『寂しい』とかいう感情は入ってねーんだよ。
 だから別にアイツがいなくなって悲しいって思う気持ちもねーし。
 んなに心配しなくても、大丈夫だっての」
「宍戸さん…」
単純に考えれば納得できない事はない。
宍戸のような介護用アンドロイドは、大体が年寄りの世話をする。
自分達と違っていつか必ず死んでしまう人間達に対し、ひとつひとつに
悲しんでいたりショックを受けていたりしていたら、まず仕事になりはしない。
けれど、そうやって何事も無かった風に振舞ってしまう宍戸を見ていると、
自分の胸が苦しい、と悲鳴を上げ始めるのだ。
だから、ほろりと頬に涙が伝ったのは、鳳の方だった。
困ったような呆れたような、そんな表情を浮かべて、宍戸はただ黙って
泣く鳳の頭を、子供にするようにそっと撫でてやる。
「……何でお前のが泣くんだよ」
「宍戸さんの代わりです」
「そりゃどーも。
 まぁ……此処に来ることもなくなるって思えば、少し残念な気がするぜ。
 お前とも、もう会えねーのかもな」
「俺も『契約』側の者ですから、仕事が済めば氷帝に戻りますよ」
「そっか。その頃に俺がまた出向しちまってたら会えないかもしんねぇけど」
「会いに行きますよ、それなら」
「来んのかよ。無理すんな?」
あははと明るく笑って、宍戸は鳳の制止も聞かずその銀色の髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。

それじゃあ、またな。

と、手を下ろして自分に背を向ける宍戸に、未練がましくも両腕を伸ばしてしまった。
なんだかこのままでは、宍戸が余りにも、辛いじゃないか。

 

「宍戸さん、大丈夫ですよ。
 あの子は、宍戸さんに会えて、きっと幸せでしたよ」

 

ぎゅっと抱き締めてそう言えば、何かを考えるように宙に視線を彷徨わせていた宍戸が
ぽつりと口を開く。
「……サンキュ、な」
「いいえ」
「長太郎」
「はい?」
やんわりと腕を退かして、宍戸が鳳に向き直った。
その目は優しく笑っていて。

 

「『氷帝』で、待ってるぜ」

 

去っていく宍戸の後姿を見送りながら、鳳は彼の言葉を胸の内で反芻する。

また、氷帝で。

 

 

 

 

< END >

原題:憐憫に手を伸ばす

 

 

 

少女のイメージは桜乃ちゃんです。
ごめんね桜乃ちゃん。(笑)