〜 Life 〜
【 The symbol of peace which falls to the place. 】
ウイルスがアンドロイド達を支配してから、10年が経とうとしている。
マザーの力は自分達が思っているよりもずっとずっと強大だった。
結局何もできないまま最初の数年が過ぎ、いつか解決に導こうと
準備に準備を重ねて、今日に至る。
止める事のできなくなった『マザーコンピューター』はそのまま放置されていて、
最終目標はマザー社へと攻め込むことだという事だけは、初めから明白だった。
ただ、その為の力が足りなかっただけだ。
まず暴走したアンドロイド達に比べて、正気を持つアンドロイド達の数が
極端に少ないという事が足並みを鈍らせる第一の原因だ。
そして第二に、アンドロイドに人間を殺された事によって、人間の人口が
激減してしまったということ。
それでも上手く身を隠した人間はそれなりに居た。それも一般人より
早く情報を入手できる、ロボット工学関係の人間が殆どだ。
氷帝のオーナーもその内の一人で、実際彼は何処に居るのかも解らないが
どこかに潜んでいて、残った正気のあるロボット達に指令を出してくる。
残されたロボット達はそれに従うより他は無かった。
ウイルスが撒かれてから数年が過ぎた頃、オーナーは違う指令を出してきた。
その時に『氷帝』に居て且つウイルスから免れたロボットは、日吉若、宍戸亮、忍足侑士の3体。
指令の内容は、暴走したロボット達を殲滅しつつその『時』が来るのを待て、というもの。
時とは、マザーへ侵攻するタイミングの事だ。
日吉、宍戸、忍足の3人はその指令を忠実に守り、ただひたすら
時が過ぎて行くのを見守っていた。
その時の流れの中で、少しずつ変わっていった事がある。
仲間だ。
正気のままでいられている氷帝製のロボット達が、一人、また一人と
戻ってきたのだ。
初めての仲間は、日吉が勝手に立ち上げた未完成のアンドロイド・向日岳人。
その次に、教会がアンドロイドの手に落ちたと言って、鳳長太郎が戻ってきた。
もう暫くして、静かに樺地崇弘が。
そして新たにセットアップされて、滝萩之介というアンドロイドが仲間に入った。
3人が7人になった事は、やはり大きい。
そうやって士気が上がって来た頃のこと。
「………はぁ、移動?」
「ああ、そろそろマザーに向かえって事なんだろうよ。
けど……通り道の周囲にある地区で、ウイルスにやられてるヤツらを
壊しながら行けって………マジかよ」
「ひたすら邪魔くさいだけやん。一気にマザー狙たらアカンのかいな」
指令書を眺めながら呆れた声で忍足が嘆く。
苦笑を見せながらその指令書を見ていた滝が、あ、と声を上げた。
「ねぇ、あと2人、仲間が増えるみたいだよ?」
「マジっすか?そりゃいい!仲間が増えるのは有り難いでしょ、ねぇ宍戸さん?」
「おー……そりゃまぁ、そう、だけどよ、」
鳳が言うのに曖昧に頷いて、宍戸が口元を引き攣らせるような笑みを浮かべる。
よく読めばその2人は新しくオーナーが手がけたアンドロイドだと書かれていた。
1人は戦闘能力に長けた新規のアンドロイド、そしてもう1人は元々開発部に
置かれていたAI機能に重きをおいたアンドロイドらしい。
宍戸は、唯一オーナーと連絡の取れるアンドロイドだ。
だから、オーナーがどういう人物なのかも、彼は良く知っている。
「……太郎め、どんなヤツ作りやがったんだ……?」
どういう人物か知っているからこそ、期待だけじゃなくて不安もあるのだ。
と、そこへ。
「いつまで紙切れ眺めてやがる気だ? アーン?」
聞き慣れない声がして、指令書を囲んでいた一同は同時に視線を持ち上げた。
見慣れない姿。綺麗な顔立ちをしていて、薄茶の髪と鋭い蒼の双眸は、
何処か日本人離れした装いを醸し出している。
何者、なんて訊ねなくてもすぐに理解できた。
新型だ。
「跡部景吾だ。マザーへ攻め込むための指揮は、今後俺が取る」
意気高く告げた新型に、誰も言葉を発せなかった。
何なのだろう、この偉そうなもの言いは。
「えーと、ちょっと待ってくれよ。何か色々納得いかねぇんだが」
何となく遠慮がちに挙手しながら、宍戸が問う。
「何でお前が指揮者なわけ?」
「そうプログラミングされてきたからだ」
「それだけかよ?」
「あと、この中で俺が一番強いから、だな」
「………日吉よりも、か」
名指しされてうろたえたのは日吉の方だ。
戦場は山のように体験してきたし、相手の強さというものは見ただけで
大体判断できる。
恐らくこの跡部が言っていることは、正しい。
「信じらんねぇってんなら、俺がソイツと戦ってみてやっても良いが…」
言いつつ鋭い視線を投げてくる跡部を見て、反射的に日吉は首を横に振っていた。
勝てるわけがない。
「………まぁ、ええんとちゃう?」
張り詰めた糸のような緊迫感を一瞬で緩めたのは忍足だ。
彼はにこりと笑みを浮かべたままで、跡部に向かっていった。
「仲間なんは、違い無いんやろ?」
「ああ」
「ほな、一緒に行こうや。アンタが指揮取ってくれるんであれば、
小難しい事も考えんで済むしな。俺は歓迎するで?」
「ありがとよ。 ……っと、そうだ。ジロー!」
なかなか入ってこないもう1体に気が付いて、跡部が入り口の外に向かって
声をあげた。
そこから「ハーイ!ちょっと待ってー!」という暢気な声が聞こえてくる。
「ああ……2体って書いてあったっけ…」
滝が指令書をもう一度見遣りながら呟くと、跡部がひとつ頷いた。
「芥川慈郎。それが名だ」
表から「準備イイよー」という声が聞こえてきて、跡部は全員に外へ出るよう促す。
それに従い外に出て通用門へと向かうと、そこでは蒲公英色の髪を持つ少年が待っていた。
「どうだジロー、準備は」
「バッチリだよ。ほら、下がって下がって」
笑みを浮かべて、だが視線は手元のノートパソコンに向けられたままだ。
何が起こるのか解らないが、だがジローの言葉に従って全員が建物から離れる。
「それじゃ、いっくよー」
エンターキーを軽やかに叩く。
建物に仕掛けられた爆薬が一斉に発火し、『氷帝』の建物はゆっくりと崩れていった。
「な………なんっちゅう事するんや!!」
立ち込める砂煙に視界を覆いながら、忍足がジローへと詰め寄る。
だが彼はニコニコと笑んだまま。
「後戻りはもう、できないっしょ?」
「全部ブチ壊すか、フツー……」
呆然と建物の残骸を見つめていた宍戸も、苦々しく呟いた。
確かにこれで、自分達は拠り所を失ってしまった。
あとはもう、前へ進むしかない。
「10Km先に新しい拠点がある。そこから少しずつ前へ進む。
とりあえず細かい作戦は全部その拠点に着いてからな」
淡々と告げて、跡部が門を潜って外へ出た。
ノートパソコンの電源を落として抱えると、ジローもその後に続く。
途方に暮れたような表情で残ったものは顔を見合わせたが、
とりあえず彼らについていくしかなさそうだった。
< END >
原題:地に落ちる平和の象徴
漸く跡部が登場です。真打ち登場ってヤツですな。(笑)