『この世界は破滅する。』

 

遠い昔にそう言ったのは、世界的に高名な人物だったかもしれない。
もしかしたら、どこかの国の首相か大統領だったかもしれない。
もう、昔の話すぎて、誰にも思い出せない。

 

だが、どうにかこうにか、この世界は『存続』していた。

 

 

 

 

〜 Life 〜
【It scattered sad misfortune..】

 

 

 

 

「……だァッ!!」
バン、と盛大に扉が開かれて、2人の男が転がり込んできた。
一人は長い髪をひとつに纏めた痩身の男で、もう一人は赤い髪を
肩で切り揃えた小柄な少年。
慌てて閉めた分厚い鉄の扉の向こうで、ガンガンと銃弾のぶつかる
音が聞こえてくる。
「あ、あぶねー……」
「お帰り宍戸〜、負けたの〜?」
ぜえぜえと肩で息をしながら呟く長髪の男に、室内から声がかかった。
【宍戸】が視線を向ければ、蒲公英色の柔らかい毛を揺らしながら
パソコンを弄る少年が、半分眠そうな目で自分を見ている。
「うっせーよ、ジロー」
「そうだ!負けたんじゃねーよッ!!」
「でもどう見ても負けてるやん?」
別の声が聞こえて、赤髪のおかっぱが【ジロー】の横に座り込んでいる
眼鏡の男に目を向けた。
「くそくそ侑士!!次は勝つってば!!」
「何やの岳人、やっぱ負け認めてるんやんか」
「う…ッ」
【侑士】と呼ばれた男が、言いながら【岳人】に近寄ってその頭を
ぐりぐりと撫でつけた。
「まぁ、そうヘコまんと。次頑張ったらええやん?」
「けど……最近アチラさんも攻撃の手が厳しくなってきてやがる」
「そうなん?宍戸」
「ああ、大体俺ら2人でってのがそもそも間違ってんだよ!
 つーか、跡部とかは何処に行きやがったんだ!!」
「あ〜、跡部?アイツやったら樺地と日吉と滝と鳳連れて…」
「待て!!なんでアイツはそんなに連れてんだよ!!差別じゃねーか!?
 何処行きやがったんだよ!!」
「4区だC〜」
パソコンを叩きながら答えるジローの言葉に、宍戸が口を噤んだ。
4区といえば、今激しい戦いが起こっている激戦区だ。
「さすがに跡部も、樺地だけやと心許ないと思たんとちゃう?」
「…生きてんのかよ」

 

「誰に向かって言ってんだ?あァん?」

 

がちゃり、と自分達が居るのとは反対側の扉が開く音がして、
毅然とした足取りで一人の男が入ってくる。
目にした宍戸の顰めっ面からしても、どうやら【跡部】のようだ。
「……うげッ、聞こえたのかよ」
「さァな。誰かさんが差別を主張してんのは聞こえたがな」
「……鼓膜の感度バッチリじゃねーか」
「そう褒めんなよ」
フッと笑みを零して答える跡部に、忍足が笑みを向けた。
「ちゃうて跡部、宍戸はこう言いたいんや」
「アーン?」
「地獄耳、ってな」
「……ンだと?」
「人間の言葉でな、意味は確か…」
「うわ忍足!!余計なコト言うんじゃねぇ!!
 これだから人間オタクは!!」
「何やと宍戸!?もっぺん言ってみぃ!!」
ぎゃあぎゃあと言い争いを始める宍戸と忍足には目もくれず、
跡部はその足でジローの元へと歩み寄った。
「おらよ」
「おっかえり、跡部!!」
ジローに向けて投げたのは、一体の人の形をした頭だった。
首から下は千切れて無く、多量の配線がそこからはみ出している。
「……33015、ね。ちょっと待って……」
眠そうな目のままで、手はパソコンのキーボードを軽やかに弾く。
暫くの間を置いてディスプレイに出てきた表示に、大きくウンと頷いた。
「4区のボスだ。やったね跡部!!」
「マジかよ。手ごたえ無さ過ぎて味気無ぇ」
「跡部カッコE〜!!」
「あかんてジロちゃん、そんなに言うたら跡部、つけ上がるし」
「えー?でも侑ちゃんだって跡部カッコイイって思わない?」
「うわ、ジロちゃんその質問は反則やって」
「思わない?侑ちゃん」
困ったように笑いながら目を跡部に向けると、やたらニヤニヤしながら
自分を見つめている。どうやらジローもグルらしい。

 

「……ノーコメントで頼むわ」

 

そう躱して忍足がニコリと笑みを見せる。
その視界の端で、少し遅れて戻ってきた【鳳】に体当たりされて
目を白黒させている宍戸が目に入って、ホッと息が漏れる。
(本人的には熱い抱擁らしいが、どう見ても宍戸は苦しそうだ)
どうやら今回は全員無事に戻ってきたようだ。
「おい樺地、鳳を宍戸から引き剥がせ。その内ブッ壊れるぞ」
「……ウス」
跡部が指を鳴らして【樺地】にそう指示を出すと、短い返事と共に
巨体が鳳に向かって行った。
「うわ、な、何するんだよ樺地、放せ〜!!」
「宍戸サン………壊れたら大変です……」
「ゲホッ…、おまっ、長太郎!!お前は加減ってモンを知らねーのか!!」
「う…す、すみません、つい……」
しゅんと項垂れた鳳に苦笑を見せて、宍戸がその銀髪の頭を
掻き混ぜるように撫でた。
「でもよ、4区潰したんだろ?やるじゃねーか」
「…は、はいっ!!」

 

犬だな。犬やな。犬だよね〜。

 

眺めていた3人は、同時にそんな事を思ったとか。
「すいません、忍足さん」
「うん?どうしたん日吉」
「ちょっと……滝さんが」
「滝?どないしたん?」
呼ばれて忍足が滝の元へと歩み寄る。
見れば右肩に攻撃を受けてしまったらしく、外装が破れて配線が見えている。
それも半分千切れかかっているようで、触れようとすればパチンと火花が
弾けて慌てて引っ込めた。
「あっちゃ〜…こりゃ、繋ぎ直すトコロから始めなアカンわ」
「う…ゴメン忍足、面倒かけて」
「なんの、気にせんときって。ほなアッチ行こか」
隣の部屋を指で示して、忍足が先に立って歩き出す。
滝も素直に従って、静かにその扉は閉じられた。
「どうしたんだよ、滝の奴」
「負傷したみたいです。軽傷ですが」
「そうか…なら良い」
日吉の言葉に頷いて、跡部がジローの見ている画面を覗き込んだ。
今まで自分達が潰してきた区は全部で3つ。
まだ、彼らの本体までは遠い。

 

「遠いな……マザーは」

 

憂鬱そうに呟いて、跡部が面倒そうな吐息を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロボットが世界中に普及し出したのは、もう随分昔の話になる。
少子化による慢性的な人手不足を何とか解消しようとして生み出されたのが、
このロボットという人工的な生き物だった。
当初は単調な作業をこなすだけだったものが、次第に細かい作業にも
着手できる程の精密さを持つようになり、言葉を紡ぐようになり、
感情を表せるようになり、最終的に相手と会話できる程にまで成長した。
その頃になって【ロボット】は【アンドロイド】と呼ばれるようになる。
第1号の型を世間に公開したのは『マザー社』という中小企業。
次いで『マザーコンピューター』、通称・マザーなる超巨大ネットワークを広げ、
次々と開発されるアンドロイド達を一括管理するようになり、
そのシステムで特許を取得したマザー社は、一躍巨大企業に拡大した。
マザーコンピューターに繋げば高性能アンドロイドは開発できる。
それに便乗してより高度な技術を持ったアンドロイドの開発に乗り出したのが
『立海』、『氷帝』、『青学』の3社。
競い合うように新型を出し合う中で、それぞれが独自の目標を掲げていた。
立海はより高度な機能を持ったアンドロイドを。
青学はより柔軟な回路を持たせたアンドロイドを。
そして…氷帝が目をつけたポイントは『人間性』。
より、人間に近い動き・感情・機能を持ったアンドロイドを。
こうして、それぞれがそれぞれに成長を重ねて、今に至る。

 

そうして長い間をかけて開発されてきたアンドロイド。
少子化は酷くなる一方で、気がつけば大小合わせたロボット達は
『人間』の人口を遥かに上回る数で、世界中に散らばっていた。

 

【それ】が発覚したのは、アンドロイドが主人である人間を殺した、
というニュースが世界を駆け巡った時の事だ。
元来、人間には従順に従う事を義務付けられているアンドロイドが
人間を、それも自分の主人を殺す事は有り得ない。
だがその事件を皮切りに、世界中で同様の事件が起こったのだ。
暴走したアンドロイドは主人以外の人間をも狙うようになり、
必死の思いで暴走したアンドロイドを捕え知能部分を調べてみれば、
ウイルスによって破壊されている事が判明した。
そのウイルスの出所を辿っていけば、マザー社の超巨大ネットワーク
マザーコンピューターに辿り着いたのだ。

 

 

 

 

 

当然、マザー社もただ黙っていたわけではない。
なんとかウイルスを食い止めようとしたが結局歯が立たず、最終手段として
緊急停止させようとしたところ、まるで意思を持ったように
マザーコンピューターの侵入者撃退装置が作動を始めた。
そして暴走を始めたコンピューターに手を出せそうな人間は、
全てマザー自身に殺害されてしまったのだ。
止められる事の無くなったマザーは更に暴走を始める。
それに煽られるように世界中のアンドロイド達も暴走していく。

 

『この世界は破滅する。』

 

遠い昔にそう言ったのは、世界的に高名な人物だったかもしれない。
もしかしたら、どこかの国の首相か大統領だったかもしれない。
世界は今、恐慌状態に陥っていた。

 

 

 

 

それに立ち向かおうとしたのは、皮肉にも同じアンドロイド達だった。
ウイルスが撒かれた瞬間に、何らかの事情でネットワーク上に居なかった
アンドロイド達。彼らだけがウイルスの手から逃れる事ができていたのだ。
当然、彼らはあくまで従順なる人間の『従者』。
人間を守る為だったら、何だってするだろう。
だから、彼らは戦い始めた。人間を守るために、マザーを止めるために。
南からは手塚率いる『青学』製のアンドロイド達が。
西からは幸村率いる『立海』製のアンドロイド達が。
そして、東からは跡部率いる『氷帝』製のアンドロイド達が、
それぞれマザーに向かって侵攻を始めた。
それに励まされるように、世界中で難を逃れたロボット達が抗い始めた。
人間を、救う為に。

 

世界は一変、過酷な戦場と化したのだった。

 

 

< END >

原題:悲しい不幸を撒き散らした

 

 

 

 

所詮サワリってやつですよ。(笑)

 

もっと細かいトコロや人間関係などは、連載の中で少しずつ明らかにして
いこうかと思っている次第で。

 

頑張ろう。