TWILIGHT SYNDROME
〜 It's possible to challenge a lot of wonders!〜
#05 雛代の杜 4 真田と向日に待っていてもらい、柳は一度寮に戻っていた。 懐中電灯を取りに行くためだったのだが、とうに門限が過ぎていて212号室から出入りせざるを 得ない状況だったので、忍足の携帯に連絡を入れ出迎えてもらい、とりあえず一度自室に戻って 乾と跡部に連絡を入れ事情を話すと、切原を見つけるまで帰って来るなと言われてしまって 苦笑を浮かべる以外に無かった。 まったく、ふがいない。 心配していたのだろう忍足にも簡単にいきさつを説明して、これからやろうとしている事を 話すと、いつになく神妙な顔で、彼は言った。 「ええけどそれは、お前ら自身も危険に晒されるっちゅう事やしな、充分気ィつけや。 まぁ、岳人が居るなら大体の事は大丈夫やと思うし、信じとる。 せやけど……お前と真田は、どっか頭の固いトコロがあるしなぁ……。 ひとつだけ忠告や、何が起こっても自分のモノサシで計ったらアカンで。 何もかも真実やと受け入れや。拒んだら、そこでアウトや思え。ええな?」 「ああ、肝に銘じておく」 こくりと頷いて、柳はまたベランダから配水管を伝って外に出た。 校舎の裏手にあるドブ川、その流れを追いかけてみると途中から校舎の下を通るためか、 トンネルになっていた。 その先は地面の下を通っているので、何処に続いているのかわからない。 「本ッ当ーに、行くのか?」 「それしか今は方法が無いのだ、仕方が無いだろう」 「弦一郎、懐中電灯を持ってきた」 「ああ、すまん」 差し出されたそれを受け取りスイッチを入れると、淡い光が周囲を照らし出す。 水路へと下り、人1人でギリギリ程度の幅の狭いその道を、ゆっくりとした足取りで 歩き出した。 先頭は懐中電灯を持った真田、続いて柳、しんがりに向日。 何が起こっても知らねーからな?という向日の言葉は、聞こえていたけれど 聞こえないフリをした。 どのぐらい歩いただろうか、漸くトンネルも終わりが見えてきた。 抜け出して懐中電灯を消すと、真田は周囲を見回してみる。 木々が生い茂り、明らかに山道のようで、その向こうへと目を凝らしてみると 学校の向こうに駅の光が見えた。 どうやら裏山まで来てしまったようだ。 「なんだ……裏山ではないか」 「そうだな、だが……」 なんだろうか、薄ら寒い感じが消えてくれない。 両の腕で肩を抱くようにして柳が寒い、と呟くと、大丈夫か?と真田が問うてくる。 笑むことでそれに答えて、最後に階段を上ってきた向日がうわぁ、と感嘆の声を上げた。 「やっちまった……」 「どういう意味だ、それは?」 「お前らが行こうって言ったトコロへ、来ちまったってコトだよ」 「だが…見たところ普通に裏山だろう? ほら、駅も見えるぞ」 「あのなぁ、真田…」 「ああ、そうか。漸く分かった」 合点がいったと頷いて、柳がもう一度周囲を見回した。 やはりこの場所はさっきまで居た所とは似て非なるものだ。 寒さを感じるということは、ほんの微かには自分にも感じるチカラがあるのかもしれない。 「弦一郎、此処はやはりあの裏山で間違いない。 だが、俺達の知る裏山とは明らかに違っていて…いわば、平行線みたいなものだな。 三次元上での平行線は、見る場所によっては限りなく近く見える部分があるだろう? 此処はちょうどそんな風になっていて、向こうの景色は見えるが此処はあそことは 同じではないし、決して交わることもない」 「では、どうやって此処に来れたのだ」 「そうだな……簡単に言うなら、この2本の平行線を結ぶ、3本目の線が存在するんだ。 だがそれを手繰るには、特別強い意思だとかチカラだとか…そういうものが必要に なるため、あっち側の人間がこっち側に来てしまう事は稀なんだよ」 「……随分柔軟な発想をするようになったな、蓮二」 「ああ、さっき忍足に言われたんだ。 何があっても受け入れろ、とな」 此処から向こう側の景色と言えば、学校に駅、それに続く街並み。 恐らくこの山を下りる事は不可能だし、仮に下りれたとしても、そこは自分達の知る 街ではない筈だ。 そうだな?と確認するように向日に問えば、こくりと首を縦に振ることで返事があった。 だが簡単に説明すると言った柳の言葉も、正直なところ向日には半分も理解できて いないのが実情だったりするわけなのだが。 少なくとも、2人がこの場所を自分達の生きる世界で無いと自覚してくれて いるのなら今のところはそれで良い。 「なぁ、お前ら…切原を取り返す自信、あるか?」 「なに…?」 「前にも言ったと思うけどさ、こういうのって結局は精神力の勝負なんだ。 ほら、相手は実体のない霊魂だろ?それを動かしてるのは何かって言われたら、 強い思いだとか、願いとか悲しみとか、そういったモンなんだ。 勝つためには、相手を上回る精神力が必要になるのは、当然だろ?」 「………取り戻すさ、絶対にな」 「ああ、その通りだ」 「…そっか、それならイイんだ。 俺も最後まで付き合うし、できる限りの事はするぜ」 迷いの無い2人の答えにホッと吐息を零し、向日はニコリと笑みを浮かべた。 その思いを最後まで貫いてくれるなら、きっと大丈夫だ。 一本道を真っ直ぐに進む。 目を向けるとまだ学校と駅が見えていて、何となく、嫌な感じがした。 「弦一郎…」 「どうした?」 「なんだか、同じ所をずっと歩いているような気がするのだが…」 「……蓮二もそう思うか」 歩みを止めて、真田が困ったように後ろを振り返った。 だが既に通って来たトンネルは見えない。 という事はやはり進んではいるのだろうが、どうした事か、全く先へ進んでいるという 実感が持てないのだ。 「どういう事だろうか…?」 「わかんねぇ…一旦戻ってみるか?」 「そうだな…闇雲に歩き回っても仕方無いだろうしな」 向日の提案に2人が頷くと、一本道を今度は逆に辿る。 だが、不思議なことに。 「ありゃあ…?」 気がつけば竹やぶの中に辿り着いていた。 もちろん来た時はこんな場所を通った覚えはない。 さすがに困惑の色を隠せないままで、柳が声を上げた。 「どうなっているんだ、これは…」 「もう、元の場所には戻れんということか?」 「多分、そういう事なんだろうよ。 結局前に進むしかねぇって事だよな」 もうどうにでもなれ、だ。 半ば投げやりにそう呟くと、向日が前に立って歩き出す。 その後ろをついて歩きながら、周囲に目を向けていた真田が待て、と向日を呼び止めた。 「どうしたんだよ?」 「鳥居だ……御社か」 「裏山に、こんな場所があったか…?」 「違うって柳、此処はあの裏山とは違うって言ったろ」 「あ、ああ、そうだったな。 ……入ってみるか?」 「うーん…他に手掛かりもねぇし、それに……」 トンネルを抜けた時からずっと気になっていた、音。 それは今もなお向日の耳に入ってきている。 むしろ向こうの裏山で聞いた時よりも鮮明だ。 「何があんのかは知らねぇけど、確かめてみてーしな」 肩を竦めてそう答えると、軽い足取りで向日が鳥居を潜っていく。 それに顔を見合わせた真田と柳が、今は向日について行くしかないと判断したのか 後に続いていった。 向日の行動力には感心するが、それ以上にあの明るさと奔放さに救われていた。 自分達だけでは何よりもまず疑いが前に出てしまって、何処にも進めなかっただろう。 「何があるのだろうか」 「さぁな、とにかく行ってみよう」 先へと進んでいく向日の背中を見失わないようにしながら、2人も恐る恐る鳥居を潜った。 改めて周囲を見回すと、そこは何の変哲もない神社の境内のようだった。 だがやはり人の気配はしない。 切原は此処では無いのだろう、だが明らかに先程までとは違う雰囲気を柳は感じていた。 トンネルを抜けてすぐのこの世界を寒々しいと言うなれば、今この場所はとても暖かい。 何が居るわけでも気配がするわけでもない。 向日のように聞こえるわけでもないので、周囲はしんと静まり返っている。 しかし何だろうか、とても神聖な空気。 思わず深呼吸をして、満たしてしまいたいような。 「蓮二、どうした?」 「いや……此処は、暖かいな」 「ん…?そうか?」 首を傾げて答える真田にはやはり分からないのだろう。 此処は危なくはない。 自分にそう告げてくるものが、恐らく第六感とかいうものなのだろう。 「あッ、あの馬鹿…!!」 音を追いかけてなのだろう、前を歩く向日が突然社の中へと入っていった。 真田が慌てて後を追おうとするが、待て、と柳が服の裾を掴んで止める。 「なんだ、蓮二」 「靴、脱がないと」 向日なんか何も考えていないのだろう、ドタドタと足音を立ててそのまま 上がり込んでしまったようだ。 此処に居るのが危ないものだとは思えないから、それで何かの怒りを買うとは 思えないが。 「弦一郎。礼儀、だ」 「……ああ、そうか」 頷くと、靴を脱いで2人は静かに社の中へと踏み込んだ。 向日が通っていった後は、足跡が点々としているのでよく分かる。 あいつめ…と渋面を浮かべる真田の横で、柳が小さく肩を震わせて笑った。 ベン、 ベン、 「なんだ…?」 「音…音楽か」 廊下を歩いていると、2人の耳にあまり聞きなれない音が聞こえてきた。 ゆっくりと紡がれるそれは、ひとつの曲のようにも聞こえる。 その音の方へと行ってみると、見慣れた赤いおかっぱ頭が見つかった。 「向日、」 「ああ、2人とも遅ぇよ」 「お前が突っ走りすぎなのだ、馬鹿者」 「あいてっ」 ぺし、と軽く頭を叩いて真田が呆れたように言えば、だって音が、と向日が 頬を膨らませて弁解する。 一人の法師が、弦を爪弾き曲を奏でていた。 とても寂しく、だがどこか厳かで、そして哀しい。 「向日がずっと聞こえていた音というのは、これの事なのか?」 「ああ……そうみたいだな」 「ん?そうか……これは野辺送りだ」 「弦一郎、知ってるのか?」 「聞いたことがある。死者を弔うためだったか、送り出すためだったか、 その辺りは曖昧なんだが……それに、音楽を使う事があるという。 ほら、葬式とかでも宗教によっては楽器を奏でたりするだろう? それと同じで……」 「なるほど……野辺送り、ね」 そんなのあるんだ、と頷いて向日はその法師へと近付いていく。 むやみに動くなと止めようとした真田の肩を、柳が掴んで押し止める。 視線を向ければ、任せよう、と言われた。 「あの、俺達の後輩が此処に迷い込んだんだけど、知らないか?」 音楽を紡ぎ続ける法師へと、躊躇う事無く向日が声をかけた。 だが相手からの反応は無い。 ただ一心不乱に、曲を奏でることに集中しているようだった。 「あんたさ、多分此処で……皆を守ってんだろ? 別に邪魔しに来たわけじゃないんだ。 俺達の後輩が…手違いで迷い込んじまったから、迎えに来ただけなんだ」 そう言うと、向日は勢い良く目の前で両手を合わせて懇願する。 「頼むよ!後輩の居場所、知らねぇならそれで構わねーからさ、 せめて俺らを拒絶しないでくれ。 拒まずに、一時でいいから受け入れてくれ。認めてくれよ、頼む!!」 半ば拝むようにして言うと、ほんの一瞬だが法師の手が止まった。 それに合わせて音楽も止む。 それ以外に反応があるわけでは無かったが、柳の目にはそれが何か 迷っているようにも見えて。 「お願いします」 思わず、自分もそう声を上げていた。 「赤也を連れて帰りたいんです。 俺からも、お願いします」 「ああ、俺も………頼みます」 「お前ら…」 柳と真田が揃って法師に頭を下げるのを、呆然としたままで向日が見遣る。 その耳に、新たな曲が飛び込んできた。 さっきまでとは少し違う、柔かな音。 それは優しく背中を押すかのように、ゆったりと紡がれる。 安心したように笑みを零して、向日はありがとう、と法師に告げると2人の背中を押して 此処から出るように促した。 「もう、大丈夫だ」 「え?どういう事なんだ…?」 「俺達は、先へ進めるんだ。認めてもらえたから」 「……そうか」 お前らのおかげだ、と言って笑顔を見せる向日に、真田も柳もホッとしたような表情を 浮かべたのだった。 <NEXT> 書いても書いても一向に終わりが見えて来ない…!!(泣) もうちょっとなんだけどなー…あと2本ぐらいで終われると信じてます。 なんだか微妙に柳にも霊感あるかも的な書き方してますが、実際のトコロは 場所が場所なだけに研ぎ澄まされてちょっとカタチになって出てきちゃった みたいなだけで、本当はそこまで強いわけじゃなかったりしてます。 真田はむしろこんな世界に居ても全く分からないぐらいの鈍感さがイイ。 2人とも、こんな経験初めてなので悪戦苦闘ですね。(爽笑) |