TWILIGHT SYNDROME

〜 It's possible to challenge a lot of wonders!〜

 

 

 

 





その昔、この地域には奇妙な風習があった。
女の子が生まれたら、その子が無事に大きく育つように、無病息災を願って
川に人形を流すのだ。
災いを一身に受けた人形は、川に流され海に辿り着くものもあれば、岸に引っ掛かるものも、
あるいは……どこかに消え失せてしまったものもあっただろう。
その人形のことを、雛代、と呼んだ。




今はもう廃れてしまって見ることのない儀式。
川ですら、地下へと放り込まれてしまっていた。












#05 雛代の杜 3











図書室に戻り、最初は机に書かれた文字を改めて読み直した。
あの時には流してしまった言葉も、今では引っ掛かることの方が多い。
それは会話が歪み出してきた部分よりも、もっと前の日常会話の部分の方に
顕著に表れている。
「………時代錯誤も甚だしいな」
「時代錯誤…なぁ。
 真田に言われちまうとおしまいだよな、何かと」
「どういう意味だ」
「いたいいたいいたい」
真田の呟いた言葉に肩を竦めて向日が返せば、明らかに気を害したのだろう
顰めっ面をして真田が向日の鼻を摘んだ。
だが真田の言う通り、古めかしいというか、どこか古風な空気を感じる。
流行を知らない、言葉が古い、言葉が古いというより…情報が、古い。




「切原くん、この図書室の窓から見える夕陽は、とても綺麗でオススメです。
 裏山がまるで赤く燃えるように見えるから……」





実際窓から西の方角を見ても、隣の校舎が見えるだけで夕陽など入ってはこない。
裏山などもってのほか、だ。
「て、ことは……コレ書いた奴は、まだ隣の校舎が無かった頃の人間、ってコトか」
「そうなるな」
「げぇ…何年前の話だよ。10年とかいうレベルの話じゃねーだろ」
「確か……あの西校舎ができたのは、今から30年近く昔と聞くが」
「さすが柳、よく知ってるじゃん」
パラリ、と本のページを捲りながら柳が言えば、向日がポンと手を打ち感嘆の声を上げる。
ということは、その頃にこの学校に在籍していた生徒、という事になるだろう。
「幽霊と会話、か……」
「けど、この文章見てると、切原とリアルタイムで書いてるっぽいよな?」
「此処で一人ぼっちで30年過ごしてきた霊とやり取りしていた、あるいは…
 過去の彼女と交信をしていた…?」
「やー、相手にとっちゃ、多分それはどっちでも同じコトだな。
 自分の発した言葉に、切原がノった。事実はそれだけだ」
「どうして死んだのだろうか?」
「行くことに決めた、とあるな。
 ということは……病気や事故とは考え難い」
そうなると選択肢は限られてくる。
自らが決意して命を断つ。
だがそれもどこかしっくり来ないような気がした。
「柳、お前さっきから何を見てんだ?」
「ああ、昔の新聞記事だ。
 もしかしたら何か載ってるのではないかと思って……」
病気なら分からないが、事故や自殺の線ならば地方紙なら載せる可能性が高い。
速読が得意な柳がページをパラパラと捲っていき、ある1ページで手を止めた。
「………裏山の記事がある」
「え?なになにッ!?」
「本当にあったのか…」
柳の言葉に向日と真田も顔を寄せ合うようにして本を覗き込む。
その記事は、裏山の崖から少女が転落して死亡したという、小さな小さな記事だった。
うっかりしていると見落としそうな程のそれを見つけるところが、さすが柳というべきだろうか。
だがその記事には、原因等は何も記されておらず、結局は事故で片付けられてしまったようだった。
「事故、か……本当にそうだろうか」
「崖って…あの、切原が消えたトコの事かな」
「恐らくそうだろう。
 だが……あの崖は然程高いという感じもしなかったな。
 自殺という線で考えるならば余りにも不確定要素が多すぎる。
 確実性が無い、と言えば良いか?
 それに……」
言葉を区切って柳が机に書かれた文字を手でなぞった。
可愛らしい字を書く少女は、一体此処で何を思っていたのだろうか。
「行きたくない、と書いているではないか。
 『行きたくない』けど『行かなきゃならない』、だから、『行くことに決めた』。
 どういう意味だと思う…?」
「…………もしかして、」
あ、と口元を押さえるようにして向日が声を上げた。



「この女子も、切原と同じだった……とか?」



向日の言葉の意味が読めなくて、真田と柳が揃って首を傾げる。
少し焦れたように、だが2人にも分かるように言葉を選びながら、向日がしどろもどろに
説明を続けた。
「だから、コイツも誰かに呼ばれて裏山に行ったんじゃねぇの?
 少しでも霊感があったとしたら、それって無理のある話じゃねーし。
 何に呼ばれたのかは知らねぇけど……それなら、行きたくないけど行こうって
 決心しちまう理由に……なるんじゃねぇのかな。
 ほら、誘いとか嘆きとか……頼みとか、そういうの聞き続けるのって……結構辛いしさ」
沈黙してしまった2人に視線を向けて、あれ、無理があった?と向日が困ったように頭を掻く。
黙って聞いていた柳が、ふと何かを思い立ったように顔を上げると、ガタンと椅子から立ち上がった。
「どうした、蓮二?」
「ああ、弦一郎も探してくれないか」
「何をだ」
「この地方に関係する伝承……ああ、昔話とかでも構わない。
 とにかく、呼ばれる原因になったものにまで遡らないと、恐らくこの件は解決しない」
「あ、俺も手伝う!」
図書室の本を漁り出した2人に、向日も声を上げて駆け寄っていった。





















「ひなしろ……?」
「ああ、おひなさまの『雛』に、身代わりの『代』という字で、雛代、だ。
 親は娘の無病息災を願って、人形を川に流すんだ」
「それが……この辺であったってのか」
「だが蓮二、それは川に人形を流すというものだろう?」
各地の伝承を纏めた一冊の本を手に言う柳の傍で、真田が腕を組んでそう訊ねた。
まさかそんな人形に呼ばれて彼女は逝ったというわけでもないだろう。
確かに、人形だって心を持ったり魂が宿ったりという話は聞かないことも無いが、
少し現実味に欠ける気がする。
「そうだな、だが、人形を流すようになるもっと以前は、本当の人間を沈めていたらしいぞ。
 まぁ……言うなれば人身御供、といったところか」
「ちょ、ちょっと待てよ、そんなん殺人事件じゃねーか!?」
「もちろん、生きた人間を流すというのは、もっとずっと昔……江戸時代とか、それよりも
 もっと前……そんな昔の話だ。
 現代社会に適応させるためだろうな、いつしか人間の代わりに人形を使うようになったと
 されている」
「だが、川なんて何処にも無いではないか。
 どこに流すと言うのだ?」
「……弦一郎、川ならあるじゃないか。
 校舎の裏手に流れている、アレは何だ?」
アレ、と言われて真田が思考を巡らせた。
そういえば校舎の裏手に小さな小さなドブ川が存在する。
真夏になるとかなりの臭いを発するので、此処の生徒からは敬遠されているようなものが。
「……下水かと思っていたんだが、違うのか?」
「確認した方が早いだろう、これを見てくれ」
いつの間に探し出したのか、今のこの周辺が書かれた地図と、この図書室にあった一番古い
地図、柳はその2つを照らし合わせてみせる。
「いいか、これが今弦一郎が言ったドブ川だ。
 そして同じ位置のこれが……昔のものだ」
「でっけぇ川じゃんか……」
「何故、……」
「埋め立てだとか、色々あるのだろうな。
 確か俺も聞いた事がある。
 この場所に学校が建てられる前、この大きな川を全て地下に埋めたそうだ。
 そしてその上に……この学校や家が建てられている。
 つまり、裏手に見えるあのドブ川は、ほんの一部という事だ」
「じゃあこの学校の下にも、川流れてんのかなー」
「恐らくは、裏山の向こうから学校の下を通り……こう、東に向かって」
床に視線を落としてぽつりと呟く向日に柳が頷いて肯定を示すと、先程まで手にしていた
伝承関係の本を再び手にする。
もう少し情報を拾えないかと文字を追う柳を眺めながら、ぽつりと向日が口を開いた。
「そういえば、こういう言葉知ってるか?
 『川を遡りし者、戻れたる試しなし。異界に導かれし流れを辿るなかれ』って」
「……なんだ、それは?」
興味を示したのか、向日の言葉に柳が本から視線を離した。
大したコトじゃねぇけど、と肩を竦めて近くにあった椅子へ腰を下ろすと、向日が苦笑を見せた。
「俺のこのチカラって、実はばーちゃん譲りなワケ。
 もう死んじまったんだけどさ、そのばーちゃんちにも近くに川があってな、
 ホント煩ぇぐらいに言うんだよ。川の流れに逆らっちゃダメだって」
「何か、あるのか?」
「うん、神隠し、とかって言葉あるじゃねぇか」
「人が行方不明になるという、アレか」
「そうそう、結局アレとも繋がるんだけど、要は此処でない何処かへ連れて行かれちまうんだって。
 川を遡ると恐ろしい所に行ってしまうから、絶対にダメだ、ってばーちゃんは言ってたな」
懐かしそうに目を細めて言う向日に、もしかして、と真田が顔を上げた。
「此処ではない何処か、とは……」
「多分、生きてる人は行っちゃいけない場所のことだと思う。
 神隠しも結局は似たような話でさ、死後の世界だとか神様の国だとか、
 まぁ色々話はあるんだけども、とにかく現実でないどっか違う場所ってトコかな」
「もしや……赤也もそこに居たりするのだろうか」
「へ?」
顎に手を当てて言う真田に、向日が間の抜けた声を出す。
ずっと、真田の中で向日の言葉が引っ掛かっていた。
切原はまだ裏山に居る、だがこのままでは会えない。
それが何を差すのか、恐らく向日自身でも理解はできていなかったのだろう。
あの言葉も根拠のない、いわば直感のようなもののように感じた。
けれど、もしあの時宙に浮いて消えてしまった切原が、別の世界にいるのだとすれば?
「別の世界……って」
「異世界でも死後の世界でも神の国でも何だって構わん、とにかく此処でない場所だ」
「そうか……会いたいと言われて会いに行って、連れて行かれた……そういう事か」
「え、でも、それってどうすんだよ!?」
「これだけカードが出揃ったのだ、決まっているだろう」
「げ、ま、まさか……?」
一人うろたえる向日を余所に、真田と柳は視線を交わして頷きあっている。
もしかして話してしまったのは間違いだったのだろうか。
一瞬そんな思いが向日の脳裏を過ぎって。




「川を遡ってみれば良い」




思いは確信に変わった。














<NEXT>











こう見えて真田も柳も無茶しいというか、怖いもの知らずというか。
そういえば怖い目にあったこと(あわせたこと)無かったもんなぁ…。
漸く折り返し地点、かな??