TWILIGHT SYNDROME
〜 It's possible to challenge a lot of wonders!〜
#03 最終電車(後編) 夜の静寂に響き渡る、電話の呼び出し音。 それはその場に居た誰をも驚かせるには充分だった。 「ちょ……何や、」 「え、何、この公衆電話に掛かってきてんスか?」 「誰が掛けんだよ……」 変わらず鳴り続ける電話の音に、ちらりと視線だけを交わすと意を決して跡部が その受話器を持ち上げた。 「……誰だ?」 【約束の時間に間に合わなくてゴメンッ!!】 「…………あァ?」 聞きなれない男の声。 それに僅かに眉を顰めると、跡部が受話器を持つのと反対の手で受話音量を調節する。 音量を最大にまで上げるとどうやら他の3人にも聞こえる音量になったようだ。 【言い訳するつもりじゃないんだッ!でも、できれば聞いて欲しい!! さっき踏み切りに引っ掛かっちゃってさ、それで…】 「コイツ……何なんスか?」 「さぁ、サッパリわかんねぇ。イカれてんじゃねーか?」 「…………。」 一人で勝手に話を進めて行く相手に、呆れた表情で切原と跡部が顔を見合わせる。 だが、忍足は確かに何かを感じたようだった。 【気が付いたら、足が両方とも無いんだよッ!! それだけじゃないんだ、身体が全部バラバラになってて…】 「ッ、あかんッ!!」 忍足が跡部の手から受話器を奪い取ると、叩きつけるようにフックに戻す。 その顔は真っ青で、強く唇を噛み締めて首を横に振った。 「お、忍足…?」 「コイツ……」 プルルルルルル… プルルルルルル… 忍足が何か言おうとするその前に、再び公衆電話が鳴り出す。 「また…?」 「………ッ、」 電話を前に暫し逡巡を見せ、覚悟を決めたか忍足はその受話器を持ち上げると 己の耳に当てた。 「………何や」 【ホントにゴメン!言い訳するつもりじゃなかったんだ!!】 「またお前か……」 厳しい表情で忍足が低く言葉を吐く。 【もう少しだけそこで待っててくれないかな、今からすぐそっちに向かうからさ!! 大丈夫!今度は遅れないから!!】 「違う……お前は…」 落胆の吐息を零し、忍足は受話器を置いた。 その直後に、三度。 プルルルルルル… プルルルルルル… 「また……鳴ってる」 「………しつこい奴っちゃな」 どうして、理解しない? もう、届けるべき相手は此処に居ないのに。 自分の生命が既に終わっている事すら、気付かずに。 【怒らせたなら本当にゴメン!! でも、頼むよ……どうしても逢いたいんだ!!】 静かに受話器を置いて、忍足は3人を促した。 とにかく此処から離れよう。 「行くで、電話が鳴っても無視しときや」 「うぃっす」 「チッ…」 「ウス」 公衆電話の傍から離れ、連絡橋の方へ向かおうとした、その時だった。 ピルルルル… ピルルルル… ピピピピピ… ピピピピピ… プルルルル… プルルルル… ピリリリリリ… ピリリリリリ… 一斉に響き渡った電子音。 それに同時に4人が足を止めた。 各々が携帯電話を取り出すと、そのどれもが着信を告げている。 「なんか……気持ち悪くなってきたッスよ」 「何やこの電話番号……見たコトあらへん」 「俺もだ…って、忍足ちょっと待てソレ…」 「え?」 忍足の持つ携帯を奪い、跡部が己のものと照らし合わせる。 間違い無い。 「……同じだ」 「え?」 「同じ番号から掛かってきてんだよ」 「ちょ、ちょっと待って下さいよ、もしかして番号って……」 切原がディスプレイに映った番号を読み上げると、それも同じだと跡部が 頷いて答える。 樺地も同じかと問えば、ウス、と静かに返事があった。 「ま…まじ怖ぇ〜……」 「4つもいっぺんになんて、ありえへんやろ…」 「おい、お前ら全員電源落とせ」 「ウス」 電話を受ける事なく、4人ともが携帯の電源を切る。 漸く静かになった空間にホッと胸を撫で下ろすと、また公衆電話が鳴り出す前に 4人は連絡橋へと逃げるように走っていった。 陸橋を渡って反対側のホームに戻ると、自販機の淡い光が目に入って漸く肩の力が抜けた。 「とりあえず、一旦休憩しましょうよ」 「だな……何だか俺様も疲れたぜ」 「ほんまにな…何であんなに仰山………、」 階段を下り自販機に向かおうとして、忍足が歩みを止めた。 目の錯覚だろうか。 「どうしたよ、忍足?」 「跡部……あの、自販機んトコ……」 「アーン?」 言われて改めて自販機に目を向けて、その眉が訝しげに寄せられた。 小さな子供が、一生懸命手を伸ばしている。 「何だ、あのガキ…」 「まさか…ッ」 何かに気付いたように忍足が自販機の方へと駆け出していく。 だがその場所を目の前にして、子供の姿はすぅっと消えてしまった。 「うわ…、あかん、」 「ちょ、忍足、お前一体…」 「ええから跡部、今の子捜してや!! まだ絶対どっかに居る筈や!!」 「捜せったってお前…消えちまったじゃねぇか」 「本人やなくてもええ!! あの子が居ったって証明できるモンやったら何だって構へん、早う!!」 「…仕方ねぇな、オラてめぇらも捜せ!」 「ウス」 「うえ、横暴〜」 いつになく焦った風にせっついてくる忍足に肩を竦めてみせると、跡部は切原と樺地の 背中を押しながら辺りに目を向けた。 渋々ながらも切原が、そして樺地も子供が居たと思われる「何か」を探してあちこちを うろつき回る。 「しかしよ、証明ったって…どんなんだよ」 「せやから…痕跡みたいなん」 「あまりにも大雑把すぎんじゃねぇか、それ…」 そう言い合っている跡部と忍足の会話を聞きながら切原もキョロキョロと目を向け、 階段の方へと向かって歩いていく。 周囲に気を配りすぎて前方不注意だったらしく、階段の裏手でしゃがみ込んでいる 樺地に危うくぶつかりかけた。 「うわっと!!何だよ樺地、何して…」 「……見つけました」 その言葉に切原が樺地の肩越しにひょいと階段の裏へと目を向ける。 置かれていたのは、牛乳瓶に挿されていた一輪の花。 どうしてこんな所に。 「これ……きっと、そうです」 「…かもな」 静かにそう呟く樺地に頷くと、切原は余所を探している跡部と忍足に声をかけた。 呼び寄せられて来た忍足はその花に目を向けると、理解したように小さく微笑む。 「ほんまにあったんやなぁ……これは、あの子のための花や」 「あの、自販機のトコのッスか?」 「せや……すごく、嬉しかったんやろなぁ…。 生まれて初めて、自分で買うてええよって言われて……。 せやけど、線路にお金を落としてしもうてん」 「!!それで、線路に…!?」 「ああ……そうや」 静かに手を伸ばして、花に触れる。 それだけで、伝わってくる思い。 あの子はまだ頑張っている。 自分の力で、初めての挑戦を成し遂げるために。 「おい、忍足」 後ろから声をかけられて、ゆるりと忍足が振り返る。 その目の前に突き出されたのは、1本の缶ジュースだった。 今買ってきたのだろう、受け取るとヒヤリと冷たい感触。 「あ、跡部…?」 「これ、置いといてやれ」 「せやな……おおきに、跡部」 「これで満足してくれるとイイっすね」 「ウス」 「大丈夫、きっと喜んでくれると思うで」 牛乳瓶の隣に缶ジュースをそっと置いて、忍足は僅かに黙祷を捧げた。 「せやけど、ほんまにこの駅には色んなヤツらが集まってきよるな…不思議やわ。 何かあるんやろか?」 改めて自販機で各々好きなドリンクを購入した4人が、一服とばかりにベンチに 腰掛けてプルタブを開ける。 一口飲んでそう感慨深く言葉を漏らした忍足に、こくりと首を傾げた切原が 鸚鵡返しに訊ねた。 「何かって……何ッスか?」 「うーん…何となくやけど、この駅でないとアカン何かが、あるんかもしれへんな」 「そこまで解んないッスかね?」 「さぁ、それはこれからの探索次第と違う?」 「うっし!じゃあ、もうひと頑張りしますかね!」 一気にジュースを飲み干した切原が、元気良く立ち上がると空き缶をゴミ箱に捨てた。 「どうすんねん?」 「もっかい、あっち行ってみようかなって」 「お前、あっち側のホームはロクな目に合ってねぇじゃねぇか」 「ノンノン!気合いで乗り切る!!」 「はぁ……お目出度い奴だな……ま、しょうがねぇ、最後まで付き合ってやるか」 「そうこなくっちゃ!!」 呆れるのももう今更だ。 乗りかかった船なのだから、最後まで付き合おうと跡部も立ち上がる。 忍足も樺地も残りのジュースを片付けるとゴミ箱に放り込み、4人は再び連絡橋へと 向かったのだった。 階段を上る途中で、ぴたりと忍足が歩みを止めた。 「ちょお、待って」 「どうしたんスか?」 「忍足…?」 「何か……変なカンジせぇへん……?」 「いや、特に何とも無いッスよ」 「俺もだ」 「……俺だけなん?」 不思議そうに首を傾げると、止まっていた足を再び動かして陸橋の上へと辿り着く。 隣のホームへと足を向けて、もう一度忍足が足を止めた。 「やっぱり、おかしい」 「えー?何なんスか!?」 「なぁ跡部……この駅、ホームは何本やった?」 「アーン?ホームが2本で3番線まで、だろ」 「ほな……この向こうは、何や?」 忍足が指差すその先には、ある筈の無いホームが存在していた。 4番線。 「ちょ……シャレになってねーよ…!!」 思わず身震いしてしまう身体を抱えるように押さえて、切原がそう声を上げた。 「ど、どうするんだ、忍足…」 思わず上ずった声でそう訊ねてくる跡部に、困惑した表情のままで忍足が首を横に振った。 「わ、わからん…あそこに何があるんかも、想像つかへん……」 「どうするよ、切原?」 「う……い、行ってみましょうッ!こうなったらトコトン行きますよッ!!」 「お前、ヤケになってんのと違うか…?」 「そぉんなコトありませんよッ!!」 アハハハとカラ元気を振り撒いて切原が4番線の方へと歩いていく。 その後を離れないように、樺地が追っていって。 最後に跡部と忍足が続いた。 「……忍足、」 「なん?」 階段を下りながら、跡部が忍足の手を掴んで、強く握る。 「ヤバかったらすぐに言え」 「………うん?」 「逃げるからよ」 「逃げるんや」 「当然だろ?」 忍足に辛い思いをさせてまで見る価値のあるものとは思わない。 憮然とした表情でそう言えば、くすくすと笑みを零しながら忍足が握られた手を 強く握り返した。 矢でも鉄砲でも、来るなら来い。 この男が傍に居てくれるなら、何があっても怖くなんか、ない。 見たところ、ホームそのものは他と何ら変わりないものだった。 だが忍足は何となく感じているようで、ホームに降り立った瞬間その顔を歪ませた。 「……何やコレ」 「何かあんのか?」 「や……ハッキリとはせぇへんねんけど……すごい、混雑」 「あ?」 特にそれを辛く思う風では無いので、気になる程度なのだろう。 切原と樺地を見遣れば、2人並んで時刻表を見上げていた。 「どないしたん?」 「ええと…次の電車何かなって見てたんスけど……」 「夕闇ヶ丘、行き……」 ぽつりと樺地がその行き先を読み上げて、知りません、と呟いた。 「俺も知らねーなぁ……知ってます?」 「いや、俺は知らねぇ」 「俺もや」 切原が訊ねてくるのにゆるりと首を横に振って跡部と忍足が同じように時刻表を見上げた。 聞いたことの無い行き先、一体どこに連れて行こうというのだろうか。 【間もなく4番線に入りますのは最終電車、夕闇ヶ丘行き特急 … 】 ホームにアナウンスの声が響き渡って、4人は揃って顔を見合わせた。 「何?電車来るんスか?」 「こんな時間に……最終?バカな…」 「夜行とかいうヤツと違うん?」 「でもそれって、最終とは言いませんよねぇ…? あ、そうだ!アナウンスした駅員が居るでしょうし、俺ちょっと聞いてきます!」 手を挙げて言うと切原は周囲を見回し、駅員らしき人影を見止めるとその方へ向かって 駆け出して行った。 言った傍からの単独行動に、頭を抱えそうになる先輩2人。 「あのアホ!一人で行くな言うてんのに…!!」 「追うぞ!!」 「ウス」 切原を追って3人も駆け出す。 追いついたのは、丁度切原が駅員に声をかけた時だった。 「あのォ、最終ってどういう事なんスか?」 「うん?夕闇ヶ丘行きの最終だよ。 これをキミ達も待っているんじゃないのかい?」 「え?あ、ああ、そう!そうッスよ!!」 「ちょ、おい、切原!」 「しーっ!バレると厄介でしょ?合わせなきゃ!!」 駅員の言葉にこくこくと頷いて答える切原を咎めるように跡部が声をかければ、 口元に人差し指を当てて切原がそう言い含めた。 夕闇ヶ丘行きの、最終電車。 どういう意味なのだろうか。 「電車が……!」 ライトの眩しさを感じて、忍足が線路の向こうに視線を向ける。 やってきた電車はゆっくりとスピードを落とし、所定の位置で停車した。 だが、見たところ人の気配は無い。 「……誰も乗ってねぇじゃねぇか」 「なんや、電車もなんか古いカンジしとるなぁ…」 「ん、こういう時は記念に一枚!」 切原がそう言ってポケットから取り出したのはインスタントカメラだ。 それを電車とホームが上手く入るように合わせると、パチリとシャッター音が響く。 カメラをまたポケットにしまい込んで、切原がじっと電車へと目を向けた。 何となく、嫌な予感。 「……切原、まさかと思うが乗ってみてぇとか思ってんじゃねぇだろうなぁ…アーン?」 「う、え、いや、その………ねぇ、アハハッ、」 読まれていた事に多少居た堪れない気持ちで切原が頭を掻くと、いつになく厳しい表情を 見せた忍足が首を横に振った。 「……アカンで切原、あれ……絶対ヤバい」 「えー?大丈夫っしょ!見たトコ普通の電車だし? 夕闇ヶ丘行きなんて、ちょっとシャレてんじゃないッスか。 気になりますよ〜!!ね、跡部サン?」 話を振られて跡部が困惑した表情のまま電車に目を向けた。 気になるかと言われれば、答えはYESだろう。 だが、この忍足の様子を見る限りでは。 「跡部……絶対に許したらアカン。この電車は……」 「……切原、お前…」 期待に満ちた目で見てくる切原にどう説得するべきか思いあぐねていると、 その切原の肩を静かに掴んだ者が居た。 樺地だ。 「ダメです」 「…樺地?」 「アレに乗るのは……絶対にダメです」 「樺ちゃん……アンタ、」 強く言い聞かせるように言う樺地に、些か驚いた様子で忍足が声を上げる。 いつも穏やかにモノを見つめるその視線が、今は厳しい色を乗せていて。 じっと樺地を見上げるようにしていた切原が、苦笑と共に肩を竦めた。 「………ヤーメた!!」 「アーン?」 「樺地が言うんじゃ、しょうがねーや」 言ってヘヘヘと笑う切原の声、それと共に発車のベルが鳴り響いた。 【4番線、夕闇ヶ丘行き最終、発車しまーす】 駅員のアナウンスと共にドアが閉じられ、やはり無人のままの電車は ゆっくりと走り出したのだった。 無言のままでその電車を見送っていると、いつの間に傍に来ていたのか 帽子を被った駅員が、和やかに声をかけてきた。 「キミ達、もしかして鉄道マニアかい? だとしたら、なかなかいい素質をしているな。 おじさんもね、電車好きが高じてこうして駅員になったんだよ。 だけどね……………」 右から左へ流すように話を聞いていた切原が、その先が続かないのが気になって 駅員が立っている方へと視線を向けた。 「だけどねー…って、何スか!? ……って、アレ……?」 そこに居た筈の駅員の姿が、影も形も無くなっている。 駅員室に戻るのだって、自分達の後ろを通り過ぎていかないと連絡橋に行く事が できないのに。 「ちょ……さっきのヒト、何処に……」 「今ここに、居た筈じゃねぇのか…?」 「ウ、ウス…」 「ああ、今の人なぁ、」 頭を掻きながら困ったように忍足が答える。 「役目終わったから、帰ったで?」 「帰ったって何スか…!?」 「せやから、あの人は『駅員』やし」 くすくすと笑む忍足を視界の端に捕らえて、ああ、また…と跡部が彼に触れようとした瞬間、 視界を一気に闇が覆った。 ブラックアウト。 カンカンカンカンカン… 踏み切りの音と電車が通り過ぎる音を立て続けに聞いて、意識のはっきりしてきた 跡部が恐る恐る目を開く。 その視界に入ってきたものに、小さく息を呑んだ。 「……ここ…」 目の前にあるのはビルとビルの間に挟まれるようにしてひっそりと佇んでいる墓石。 数個しかないそれは、巨大な建物の間で縮こまるようにして鎮座していた。 振り返ればフェンスの向こうに見慣れた駅のホームが見える。 いつの間にか外に放り出されていたようだ。 「いや…違うな」 ぽつりと言葉を漏らして、跡部が口の端を緩く持ち上げる。 今立っているこの場所が、4番線のホームだったのだ。 隣に立って同じように目を瞠っていた切原が、呆然と口を開いた。 「ど、どうなってんスか、コレ……」 「さぁな、もう怪奇現象で片付けとけよ。 気が済んだなら、このまま帰ろうぜ」 「うぃっす、スリリングで結構怖かったッスけど、楽しかったですよ。 また行きましょうねー!!」 「……勘弁してくれ」 ぞろぞろと寮に向かって歩きながら、そういえば、と跡部は忍足に目を向けた。 右手で軽く、その肩に触れる。 特に何も感じないから、大丈夫そうだ。 「…ん?どないしたん、跡部?」 「いや……」 「大丈夫やで、心配ないて」 「なら、イイんだけどよ……そういや、さっきの駅員は…」 「あ、俺も気になるッス!帰ったって何スか?」 「せやしな、最終電車が出たから、仕事が終わって帰ったんよ」 「じゃあ、もしかしてあの駅員も……」 「あれ?解らんかった?あの人も霊やったん」 「うそーーー!?」 きょとんとした表情のままであっさりと答える忍足に、切原が頭を抱えて 大仰に叫んだ。 「うわ、寒い!強烈にチキン肌になってきた!早く帰ろうぜ樺地ィ!!」 「ウス」 ぞわぞわと立つ鳥肌に腕を擦りながら早足に歩く切原について、樺地もゆっくりと 後を追っていく。 それを笑って眺めながらのんびり歩みを進める忍足に、跡部がちらりと視線を向けた。 「それだけじゃ、ねぇんだろう?」 「…どういう意味やろか」 「何を知った?」 「大した事とちゃうよ」 「言えよ、気になる」 ぽつりと呟く忍足に尚も強く言い募れば、仕方無く吐息を零して重そうに口を開いた。 「あの駅員さんは、電車が好きでもっと見てたくて、駅員になってんな」 「ああ、本人もそう言っていたな」 「せやけど……あの人は『駅員』であるが故に、もうあそこから離れられへんのや」 何度電車が入ってきても、彼はその案内をして見送るだけ。 いつまでもそのホームに縛られて、何処にも行けないままで。 ずっと、そうやって永遠に。 「それって……あの電車と何か、関係あるのか……?」 「さぁ…どうやろなぁ」 「夕闇ヶ丘って、まさか……」 多分きっと、この世のどこにも無い場所なのだろう。 けれど決められた場所から動くこともできず、いつも置いて行かれるというのは どれほどの辛さだろうか? たまらんなぁ、と切なげに笑みを零して忍足が言えば、何を言えるでもなく 跡部はただその黒髪を優しく撫でてやる事しかできないのだった。 数日後、切原が取った4番線ホームの写真を見て、漸く忍足の言葉の意味を 全て理解する事ができた。 ある筈のないホームに映る無数の白い影は、きっと全て此処ではない何処かへ 向かう人達なのだろう。 もしかしたら、あの可哀想な女性も、自販機の前の子供も、皆この電車に乗って 旅立ってしまったのかもしれない。 電話の男も、今度はちゃんと間に合って、電車に乗り込めたのなら良い。 忍足の言った『この駅でないといけない何か』というものの答えが、漸く見えた気がした。 <END> ちなみに、電車に赤也くんを乗せちゃうと、バッドED直行です。(笑) バッドはバッドで、結構興味深い終わり方するんですけどね…。 くそー…思い入れ深い分、ちょっと頑張りすぎた…!!(汗) ひたすら長くなっちゃってごめんなさい。 あのエピソードもこのエピソードも…って欲張りすぎて、大変なコトになりました。 それでもゲームをやってて私の感じた『何か』がちょっとでも伝われば イイなぁ…なんて、ハイ。忍足侑士はやっぱり便利キャラさんですね。 次はちょっとライトな話だったと思うんで、日樺裕赤の2年生メンバーで。 学校の七不思議を解き明かせ!! |