「あっちィ〜…」
熱帯夜、時計を見ればまだ深夜と言って構わない時間。
あまりの寝苦しさに目を覚ましたのは千石だ。
すっかり額を濡らしている汗を拭って起き上がると、何か飲むために
隣のベッドで寝ている手塚を起こさないように、そっとベッドを降りる。
静かにドアを開けてリビングの電気をつけて。

 

「………なんで居んのさ乾ー!?」

 

ソファでゴロ寝している長身を視界に入れ、千石が頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろんその声で乾も、そして隣の部屋で寝ていた手塚も目を覚ました。
何事かと手塚がやってきて、そして改めて千石に向き直る。
「もしかして、言ってなかったか?」
「何がさ」
「時々、乾は此処で寝ているんだが」
「知らない、聞いて無い!!」
「ああ、そういえば千石って基本的に一度寝たら朝までノンストップだしな」
「ちょっと、だからそこで普通に会話しない!!
 なんで乾がこんなトコロで寝てんのか、とりあえず説明しろよ!!」
「うん、確かにそれは当然の意見だな」
頷いて乾がテーブルに置いていた眼鏡をかけると、よいしょ、と身体を起こす。
座りなよ、とまるで自分の部屋のように振舞うのがちょっとアレだが、今更なので
敢えてそこでツッコミはしないでおく。
乾の隣に手塚が、向かいのソファに千石が座ると、唐突に乾が切り出した。
「俺、実はクーラーって苦手なんだよ」
「クーラーって……この、クーラー?」
千石が視線で指差す先に、どの部屋にも共通で備え付けられているエアコンがあった。
リビングに1台と、寝室に1台。
ちなみに今いる千石と手塚の部屋の場合は、寝る時には当然リビングのクーラーは
切られ、寝室のクーラーもタイマーセットをして自動で切るようにしている。
どちらかといえば無くても生きていける千石と、冷房の風が余り好きではない手塚の
いわば妥協案だ。
今日みたいに特別暑い夜は別だが、大体はその状態で事足りている。
今は千石と一緒に出てきた手塚が気を利かせたのか、リビングのエアコンは
電源が入れられていた。
「そう、そのクーラーの事だ」
「それがどうかしたの」
「まぁ、行ってみればわかるけど、今上の部屋はちょっとした極寒地になっていてね」
「なにそれ」
「蓮二がね、暑いのダメだからさ。
 なるべく切らせるようにしてるんだけど、どうも俺の寝た後に付けてしまうみたいで、」
「ありゃ〜…」
もちろん乾も、ある意味柳の悪癖とも言えるそのクセを何とか矯正しようとはしたが、
結局は電源を付けたり切ったりの不毛な争いになるだけで、それに気付いた乾は
割と早い段階で諦めてしまっていた。
「もう、何言っても『暑さを凌いで何が悪い、貞治とて冬になれば暑いぐらいに暖房を
 入れるではないか』の一点張りでね。全然聞きやしない。
 一度は真田に言ってもらおうかとも考えたけど、むしろアイツはもっと早くから
 諦めてるみたいだからさ、頼んでも無駄かなと」
「…あれ、でも自分の部屋のリビングで寝りゃイイんじゃない、それなら」
「普段はいつもそうしてるんだけどな」
この季節に、千石のように暑くて目が覚めるという人間は山ほどいるだろうが、
自分のように寒くて目が覚めるという人間はまぁ、稀だろう。
18℃という有り得ない室温に設定されたリモコンに視線を送って、どうしてこれで
安眠できるんだろうと首を捻りつつ、いつものようにタオルケットだけを手に
乾はクーラーの入っていない筈のリビングへと移動する。
だが。

 

「………ついてたんだ」

 

苦々しい表情で呟いた乾に、千石が訝しげに眉を顰める。
どうして誰も居ない部屋のエアコンを入れる必要があるのだ。
「あんまり暑い夜は、例えば水を飲んだりトイレに行ったりするのにも耐えられないようで、
 確かに寝る前に切れてる事を確認しておいた筈のエアコンが、いつの間にか蓮二の手で
 つけられていたようでさ…」
遠い目をしながらも淡々と語る乾に、それは辛かろうと手塚が腕組みをしてうんと頷く。
寒さを凌ごうとして避難した場所も極寒、ならば何処に逃げれば。
「それでこっちに来たわけか……ん?じゃあ鍵は?」
「ああ、夏季に限り俺が貸し出している。
 俺は事情を聞いていたから、こういう事もあるだろうと思ってな」
「お前か…」
しれっと言ってのけた手塚に千石が苦笑を見せた。
そういう事は先に言っておいてくれれば、こんなに驚きはしなかったのに。
「ま、いいや。乾もイロイロ大変なんだねぇ。
 こんなトコロで良かったらゆっくりしてってよ」
「ははは、ありがとう」
大きな欠伸を漏らしながらそう言って千石が立ち上がる。
目的だった水分補給を済ませると、じゃあおやすみ〜と声をかけて
彼はまた寝室へと引っ込んでいった。
やれやれと肩を竦めると、手塚も寝るかと呟いて手にしていたクーラーの
リモコンを乾へと差し出す。
「後は好きにしろ」
「うわー…そのセリフ一度で良いから蓮二に言ってもらいたいもんだ」
ゴロリとまたソファに転がった乾に、手塚がほんの僅かな笑みを滲ませて
おやすみ、と告げた。

 

夜明けまで、あと3時間。

 

 

 

 

<END>

 

 

 

 

蓮二くんは究極の暑がり。
18℃はやりすぎだろと思いつつ、実際私の部屋は常に21℃(笑)なんで
あんまり人のコト言えません。
私も暑いのは全然ダメです。(遠い目)