夏である。
だが暑いからといって涼しいところでのんびりしていられる筈もなく、
大会があるので今日も全員揃ってコートの中だ。
1面はラリーが続いているし、その隣の面ではダブルス組が新しいフォーメーションの
練習をしている。
乾は戦線から引いてしまったが、新しい事を考え試すのが元から好きだったので、
特に今回のメンバーはクセも強いことがあり、色々試せるからと楽しそうにベンチで
ノート片手に練習風景を眺めていた。
その隣では、同じくデータ勝負師である柳も同じようにしてコートに視線を向けている。
「…しかし今日は特別暑いな」
「ああ」
「アイツらにもちゃんとマメに水分を摂らさないと、大変な事になりそうだ」
「そうだな」
ノートにペンを走らせつつ呟く乾の言葉に緩く相槌を打つ柳に、乾がふと首を傾げた。
「……蓮二?」
「どうした、貞治」
「いや……気のせいかな」
問い掛ければ普通に返ってくる声に、ゆるりと首を横に振って乾はそれ以上を言わなかった。
だけど、今確かに、少し。
ちらりと視線を向けたがやはりそこには涼しげな横顔があって、やっぱり気のせいかなと
思い至り、乾は再び視線を前へと向けた。
切原の集中力は物凄いが、どうやらそろそろ疲労がピークのようだ。
「切原、10分休憩しようか」
「ウィーッス」
流れ落ちる汗を袖で拭いながら、切原があっちぃ〜!!と叫びを上げてベンチへ走ってくる。
代わりにコートへ入るために柳が腰を持ち上げたところで、あ、とドリンクボトルを手にしたままの
切原が声を上げた。
「ちょっと、ちょっと待った、柳センパイ!!」
「ん?どうした、赤也」
「えーと、えーっと……ちょっと、スイマセンね、」
言うより行動した方が早いと切原が柳の片手を掴む。
僅かに切原の眉間に皺が入って、そのまま柳の肩を掴むようにして無理矢理ベンチに座らせた。
「柳センパイはダメ、アウト!」
「おい…!!」
自分の首から掛けていたタオルをとって柳の頭へ被せると、コートの方へ向き直って
切原は声を張り上げた。

 

「真田センパーイ!!ちょっとイイっすかーーー!?」

 

サーブを打とうとした手塚がそれに気付いて手を止め、行けと向かいに立つ男に視線で告げると
頷いた真田が足早にベンチへとやってきた。
「どうした赤也、大きな声で」
「柳センパイが大ピンチっすよ」
「は…?」
言われてベンチ座る男へと視線を向けると、タオルを被されたままの柳が困ったように
首を傾げた。
「大丈夫だぞ、弦一郎」
訴えてくるのを無視して、真田が柳の手を取って体温を確かめる。
普段冷たすぎると思うぐらいのそれが、今は燃えるような熱さを伴っている。
自分達のように動いていればまだしも柳はさっきからずっとベンチに居たのに。
「………どこが大丈夫なんだ」
元々日差しに弱い柳は、炎天下の中に長くいると発熱してしまう。
自分達も油断するとそうなってしまうが、柳のそれは気を許すとあっという間だ。
そういえば今日は雲ひとつ無い晴天、気温は…。
「乾、今日の気温はどれくらいだ」
「33℃を超えたかもしれないな」
「…昨日は?」
「30.5℃かな。まぁ、体感的に言えばどっちが暑いとかもう分からないと思うよ。
 暑いものは暑い。ってコトで」
「あー…そうッスね、昨日と今日のどっちが暑いかって言われるとなー。
 結局どっちも暑い!ってカンジっすよね」
「だろう?」
「そうか…」
困ったような表情をしたまま見上げてくる柳に、真田がつ、と手を伸ばす。
被されていたタオルで額に浮かんだ汗を拭ってやってから、そこに己の額を合わせた。
体温を知るのに一番手っ取り早い方法である。
額の熱さは、強いて言えば自分の方が冷えているのかと思ってしまうぐらい…と、言えばいいか。
重苦しい吐息を零して額を離すと、睨みつけるようにして真田はその顔を覗き込んだ。
「………蓮二、お前黙っていただろう」
「何がだ」
「こんなに体温が上がっていて、辛くない筈なかろうが。
 お前が気付かない筈も無い。何故言わなかった」
「…………。」
返事をしようともせずに視線を逸らす柳へ呆れたような視線を向けると、真田は問答無用で
その細身の身体を担ぎ上げた。
「ちょ!おい、弦一郎…!!」
「お前は強制終了だ。これ以上は無理だろう。
 保健室…は夏休み中は開いてないのだったな。寮へ戻るか」
「自分で歩けるから…!!」
「あ、真田、じゃあコレ部屋の鍵な。頼んだよ」
「うむ」
「荷物は後で俺が蓮二の分も持って帰るから、部屋を涼しくして寝かせておいてくれ」
「心得ている」
ポケットから出した鍵を渡す乾も受け取り頷く真田も柳の抗議には全く耳を貸していない。
参謀と恐れられた彼に対してこんな態度が取れるのも、きっとこの2人だけだろう。
なんとか抜け出そうと柳も頑張るのだが、相手が真田では分が悪いどころの騒ぎではない。
尚も何か言い募っているらしいが、それすらも全く無視して真田はさっさと引き上げていった。
「……慣れてるな、真田」
「まぁ、立海の時からあんなカンジでしたからねー」
「どこか様子がおかしいとは思ったんだけどね、蓮二は本当に顔に出ないからな」
「出さないんじゃないくて?」
こくりと首を傾げて切原が問うのに、うーん、と少しだけ考えて、やはり違うと乾は首を横に振った。
「やっぱり、出ないんだよ、アイツの場合は」
「ふぅ〜ん………まぁ、どっちにしたって素人目にはわかんないってコトか」
俺はちょっと分かるようになりましたけどね、と少し自慢気に言う後輩に、乾は僅かに目を細めて
切原の頭を軽く撫でて褒めてやる。
へへへ、と嬉しそうに笑う切原を見て、あの2人がこの後輩を可愛がっている理由が、
何となく分かったような気がした。

 

 

 

 

部屋のベッドに寝かせ、エアコンを入れてやって、濡らしたタオルを額に乗せると
少しラクになったのだろう、柳の表情が少しだけ和らいだ気がする。
だが、機嫌は悪いようでさっきからウンともスンとも言わないのが気にかかった。
長い付き合いだ、理由は聞かなくても分かっているけれど。
「そう拗ねるな、蓮二」
「……どうして拗ねているのか分かっているのか」
「どうして、って……テニスがしたかったのだろう?」
「………。」
「だから、体調が悪くともあそこに居たのでは無いのか」
気持ちは分からんでもないがな、と言って苦笑する真田に、柳はどう答えて良いか分からず
布団に潜り込んでしまった。

 

どうして、バレてしまうのだろう。

あの幼馴染には隠せたのに。

 

そう呟くと、「お前を見ている時間の長さの差だ」とやたら恥ずかしくなるような台詞と、
あやすように布団を撫でる大きな掌の感触があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真田が居なくなったことで、手持ち無沙汰の男が一人。
「やれやれ、他の奴らは皆練習中だしな……仕方無いか」
「あッ!じゃあ俺が手塚サンと戦りたいッス!!」
「バカ、お前は休憩だ」
ノートでペシ、と切原の頭を叩くと、頬を膨らませて切原がベンチに座り直す。
「それじゃあ、誰が戦るんスかー?」
「まぁ、次のメニューまでの場繋ぎだしな」
切原に「覗くなよ?」と言い置いてノートをベンチに置くと、乾が手にしたのは愛用のラケット。
コートの向かいに立つと、少し驚いたように手塚が目を瞠った。
「……乾?」
「まぁ、たまにはこういうのも良いだろう?」

 

お手柔らかに頼むよ、と告げれば、ほんの少しだけ和らいだ表情で、ああ、と答える声があった。

 

 

 

 

 

 

<END>

 

 

 

 

 

……なんだろう、コレ……。(滝汗)

まぁアレです、最近世間様で熱中症がどうのとか最高気温がどうのとか
色々騒がれているので、ちょっと書いてみました。
かくいう私も、夏はてんでダメな方向です。
皆さま、体調管理には充分お気をつけ下さい、というコトで。(^^)