2年の秋、とても良い気候の時期にあるのは修学旅行というものだ。
ありきたりな場所へ、ありきたりの2泊3日。
それでもやっぱり普段とは違う雰囲気で、楽しいものは楽しい。
午前中はガイドと共にあちこちを回り、午後からはグループ行動で好きな場所へと
散策し、そして今は就寝前の自由時間だ。
夕方までみっちり遊び回ってきたこともあって、風呂を上がれば更に徘徊する
元気も無く、跡部と千石を含んだ1グループは割り当てられた部屋の中で
談笑するに留まっていた。
他愛も無い話から始まり、次第に話は自然と恋愛の方向へと流れていく。
何組のあの子が可愛いだの、アイツは実は誰ソレと付き合っているだの、
下世話といえばそうなる方向に展開されるのはもはや仕方が無いというよりむしろ
それが旅行の醍醐味とも言えるだろう。
お鉢は次から次へと回され、とうとうあの男、千石清純にまで回ってきた。

 

 

 

 

「………俺?」
きょとんとした表情で己を指差す千石に、グループを組んだ友人達は一様に頷いてみせる。
少し離れたところで聞いている跡部などはニヤニヤ笑っているだけだ。
千石といえば、仲間内の中でも無類の女好きと有名である。
そんな彼に浮いた話があるのかどうか、それこそ跡部も聞きたいところだ。
「どうだよ、お前だっているんだろ?」
「こないだ3組の奴と遊びに行ってたの知ってるんだぜ?付き合ってんのか?」
「……ちょっと待て、噂では5組のヤツと付き合ってるって」
「お前、1組の子とはどうなったんだよ!
 俺はお前が相手だからって泣く泣く譲ってやったんだぜ?」
「こないだ俺のカノジョがさ、2組に居る友達とお前が付き合ってるって聞いたけどよ…」
「ありゃー……」
一斉に浴びせられた言葉の嵐に千石が困ったように頭を掻く。
助けを求めようかと跡部を見遣ったが、彼は枕を抱えて布団の上に突っ伏したままで何も言わない。
その肩がぷるぷる震えているところからすると、笑いが堪えられないようだ。
「ええと、今言った子達はみんなお友達、だよ?」
「だよ?じゃねぇよ!!」
「そうだ!!だったら個人的に遊びに行くとか妙なコトしてんじゃねぇ!!」
「えー…それはだって、皆が誘ってくれるからさぁー……。
 いや、俺から声かけることもあるけどね、ホラ、女の子の誘いを断るなんて野暮な事
 できるわけないっしょ?」
「さも当然のように言ってんじゃねーー!!」
「てめぇなんかこうしてやる!!」
「うわ、いたたたッ、ちょ、あ、跡部!!助けてーーー!!!」
全員からタコ殴りを受けている千石にとうとう耐え切ることができず、跡部は声を上げて笑い出した。
呼吸が上手くできずヒーヒー言ってるところなんか笑いすぎだろう。
そうしてやっと仲間達の気が少しは晴れたのか、喉が渇いたから何か買ってくると言って
ゾロゾロと部屋を後にした。
残されたのはボロボロになって布団に転がる千石と、最初から助ける気など毛頭無かったのか
最初から最後まで見ているだけだった跡部の2人だ。
「あたたた……ちょっと跡部、少しは助けてくれたってイイんじゃない?」
「バーカ、自業自得っつぅんだよ。
 これに懲りたら少しは女遊びは控えるコトだな」
「ヤだ、俺のライフワークだもん」
「……お前なぁ」
「跡部みたいに好きな人がすぐ近くに居る奴なんかに、俺の気持ちなんか分かりませんよーだ」
「……?お前…、もしかして」
「何だよ、俺に本命がいちゃマズイとでも言うのかい?」
和室に敷かれた人数分の布団の上を転がって跡部の向かいへと寝そべると、うつ伏せで組んだ
腕の上へと顎を乗せて、千石はじとっと視線を向けた。
「いや……なんつーか、意外だったなと………地元か?」
「うん、そうだけど」
「それでよくこんなトコまで来たよな、お前?」
「え、だって別に付き合ってないし。
 ただ俺が勝手に好きなだけでさぁ」
へへへ、と照れ臭そうな笑みを見せて、千石がごろりと仰向けに寝返りを打つ。
天井の明かりに目を細める彼は、どこか懐かしいものを思い出しているようにも見えた。
「卒業したら、地元に戻るだろ?
 その時………まだ俺の気持ちが変わってなかったら、言ってみるのもイイかもね」
「へぇ…?」
「跡部とか手塚とか真田とかさぁ、見てたらなんか、アリなのかなぁって気になっちゃった」
「………ああ、そういう事か」
所詮は同じ穴の何とやらなのだろう。
相手が誰なのかまで詮索する気は無いので、跡部は特に深く追求しようとは思わなかった。
「それで、どうなんだよ。
 此処まで来て………良いコトあったかよ?」
「そりゃあもう!いーっぱい!!」
ゴロリとまた向きを変えると、肘をついて千石は指折り数え始めた。
五月蝿く言う親がいなくてラクで良い、寮の食事が思っていたよりずっと美味しい、
可愛い女の子もいっぱいいる、などなど。
そりゃ良かったな、と脱力して布団に沈む跡部の耳に、もうひとつ。

 

「あとはやっぱり、大事な仲間ができたこと、かな?
 コレばっかりは此処じゃないとできなかったことだもんね?」

 

なんだ俺って今も充分幸せじゃん?と一人笑みを零す千石に、跡部の口元も知らず
弧を描いていた。
相手は誰だか知らないが、この軽いけど優しい男の想いを自分は最後まで
応援してやろうと、そう思う。
口に出してなんか、絶対に言ってやらないけど。

 

 

 

 

 

 

扉の向こうから聞きなれたクラスメイト達の声が聞こえてくる。
ついては行かなかったが自分達の分も買ってきてくれてると良いと願いながら、
2人はゆるりと身を起こした。

 

 

まだまだ夜はこれからだ。

 

 

 

 

<END>

 

 

 

 

跡部と千石の間には普通に友情があるといいなと思います。
珍しくこの2人しか書かなかったよ私…。(笑)

 

千石さんの想い人が誰なのかは、各自ご想像にお任せします、というコトで。