最近、401号室で頻繁にゲーム大会なるものが行われる。
とはいえそれは別に誰かが開催しているわけでもなく、単にゲーム好きな奴らが
この部屋に集まってくるだけだ。
401号室、それは切原と樺地の部屋。
「おーす切原!
こないだ言ってたソフト、実家から取ってきたからやろうぜー」
そんな風にやって来るのは向日だ。
大体は共に千石も顔を見せる。
彼らはどちらかと言えば割とゲームをやる方で、新作や未プレイのものがあると
大抵こうして持って来るのだ。
彼らの場合同室者が同室者なだけに、気兼ねせずプレイできる所へ行こうという気持ちも
あるのだろう。
そうやって先輩2人がやってくると、どこから聞きつけるのかは知らないがかなり高い
確率で、1階に部屋のある日吉と裕太もやってくるのだ。
そうすると部屋の中には主の2人を含めて6人は揃う事になる。
ごく稀にそこに忍足や跡部、たまに乾なども顔を出したりする事があり、そうなって
しまうと部屋の中は物凄い状況だ。
そうして交替でコントローラーを握りゲームをするわけなのだが、ふいに気がつくと
率先してゲームをしていた筈の切原の姿が無くなってしまう時がある。
もちろん1人抜けても大所帯、皆ゲームに集中しているわけで、それに気付くものが
いるかどうかと言われると甚だ疑問が残ってしまうのだが。
ともあれそんな状況の今、コントローラーを手離した切原はキッチンに居た。
「お、樺地!
今日はナニ作ってんだ??」
「………オレンジタルト、です」
「マジでっ!?
柳センパイがえらく褒めてたぜ。
お前の作るお菓子は美味いってさ!」
「………ウス」
リビングが満員御礼になると、大体樺地はキッチンへと移動する。
そうして皆がゲームに興じる姿を眺めているか、もしくは今のようにお菓子を作り
始める事が多かったりした。
最初の頃こそ切原は、樺地が料理をするという事実を笑ったりしたものだが、
2度3度と彼の作ったものを口にする度に、嘲笑は羨望へと変わっていった。
とにかくその大きく無骨な手で作られるものの繊細な味に、驚くばかりなのだ。
切原も今ではその味に慣れてしまったけれど、それでもこれだけは譲れない事がある。
「樺地!俺に食わせろよ!?」
「…ちゃんと、人数分あるから……」
「じゃなくて、一番に食うのは俺なのッ!!OK?」
「ウス」
ビシっと樺地を指差して宣言すると、そうするしか無かったのか樺地もこくりと頷いた。
これは、出会ってまだ日も浅い時。
会話らしい会話をすることもなく、というよりは基本無口な樺地に対して切原が
どう接したものかと考えあぐねていた頃のこと。
ある日曜日に唐突にお菓子を作り出した樺地は、それを切原へと差し出したのだ。
無論この段階で切原が樺地の腕を知る事は無く、焼きたての湯気が残るクッキーと
樺地を胡散臭げに見比べた末、その内の一枚を口の中に放り込んで。
「………惚れた。」
決して、愛の告白などではない。
「何だよコレ、めちゃめちゃ美味ぇじゃんかよ!!
お前こんなの作れんだ!?すっげェ!!
マジうめぇって、俺、お前の腕に惚れたぜ!!」
「……そう、ですか」
「お前、今度から何か作ったら絶対一番に食わせろよ?
絶対だかんなッ!?」
「え?」
珍しく樺地が驚きを顕にする。
氷帝に居た頃から時々何かを作って、テニス部のチームメイトなどに食べてもらったりしたことは
あったが、そんな風に言われた事なんて初めてだ。
「俺、お前のお菓子のファン1号になるぜ!!」
そう言いながらも次々と嬉しそうにお菓子を口に詰め込んでいく姿を暫く呆然と眺め、その後樺地の
表情に浮かんだのは、喜びを表した笑みだった。
それから時折、校外の誰かが遊びに来たりとかした時なども、樺地はお菓子を作る。
そういえば、と思い出したように切原がトンとキッチンのテーブルを指で弾いた。
「なぁ樺地。
今度の休みに立海大の奴らが来るって知ってるか?」
「ウス。………跡部さんから聞きました」
「また何か作るわけ?」
「一応……紅茶のシフォンケーキとか……。
こないだ、柳さんにレシピ貰ったから、」
「あー!!ダメダメっ!!」
「…?」
勢い良く首を横に振ったかと思うと、切原はずいと樺地に詰め寄る。
駄目なのだ。今度来るのは相手が悪すぎる。
「今度遊びに来るのな、幸村センパイとジャッカルはイイとして……、
丸井センパイが来るんだよ。
そんな美味そうなモン見つけたら、どうぞって勧める前に食われちまう!!」
「…別に、気にしません」
「バッカお前、あのセンパイ押し止めて俺が一番に食うのって、ずっげぇ難しいんだぜ!?
つーか無理!絶対ムリ!!だから作んな!!!」
一番に食べられないならいっそ作るなと言い張る切原は、ふと誰かを思い浮かばせた。
どこまでも唯我独尊な態度、なるほど似ていると言えばそうかもしれない。
ぶうと頬を膨らませてテーブルに突っ伏す姿は、似ても似つかないけれど。
「……じゃあ、」
「諦める気になったんかよ?」
「それなら……前の日の夜に作れば、一番に食べれます……」
「……お?」
料理人でも何でも無いが、それでも好きだと言ってくれる人に一番に食べて欲しいと思う、
それは当たり前の事ではないか。
だから、切原が一番に食べたいと言うように、自分も一番に食べて欲しいと思っている。
中には味見を兼ねてもらっている部分もあるが、やっぱり出来上がって一番に食べてみて
欲しい相手は決まっているのだ。
跡部じゃない。日吉でもない。
このもじゃもじゃ頭の、人懐っこい元気なルームメイト。
「なーる!!お前、頭イイなッ!?」
「切原は、もう少しオベンキョウした方が……」
「バッカ!!俺はコレでいんだよッ!!」
テーブルに頬杖をついてニヒヒと笑ってみせる切原に、知らず樺地の口元も弧を描いていた。
「あー!ダメだ!!千石さんには勝てねーッ!!
ほら日吉、交替」
「おう。……下剋上だ」
「おっ?ヤル気まんまんじゃないの、日吉くーん」
コントローラーを受け取って千石の隣に座る日吉に苦笑してから、裕太はアレ、と首を捻った。
「切原はドコ行って……ああ、あっちか」
「美味そうな匂いしてきたからな、つられたんだろ」
ソファに座ってクッションを抱きかかえながら2人のプレイを見ていた向日が、そう口を開いた。
独り言のつもりが、しっかり聞かれていたようだ。
「しかしアレだな、樺地と切原が同室なんてどうなる事かと思ったけどよ、
なんだよアイツら、めっちゃ仲イイんじゃねーの?」
「そうですね、会話が続くのかなって思ってたんスけど……すっげぇ普通に喋ってるし」
「俺はどっちかってーと、仲良さげに喋ってる樺地の方にビックリなんだけどな、なぁ日吉?」
「そこは俺、ウスって応えるべきなんですか?」
「あっはっは!お前もちょっとはジョーク分かってくるようになったじゃんか」
テレビ画面へと向きながら向日の言葉にそう日吉が答えると、愉快そうに笑い声が上がる。
それと同時に画面から爆発音が上がった。
「うわっちゃー、負けちゃったよー」
「ふっ、他愛も無い」
「ムカー!!うわーん向日ーー!!カタキ取ってくれー!!」
「おっけ、任せとけ千石!!」
コントローラーを放って大仰に嘆く千石の肩を慰めるように叩くと、向日は入れ替わりにその場所へと
座り込む。
どのキャラクターを使おうかと悩む向日へと、日吉が声をかけた。
「向日さん」
「んー?」
「アレは、少し違うと思うんですが」
「……何が?」
「切原」
「どう違うんだよ」
コイツ、と使用キャラを決めてスタートボタンを押し、向日は隣の日吉へと見上げるように
視線を向ける。
自分より少し背の高い彼は、どこか面白そうな色を瞳に浮かべていた。
「俺の目には仲良くなったというより……樺地が切原を餌付けしてるようにしか見えないんですがね。
その辺り、向日さんの意見を聞きたいんですが」
餌付け。ポツリと呟いて向日はキッチンの方をちらりと見遣る。
テーブルに体全部を預けて、出来上がったお菓子をくれとせがむように樺地を見上げる切原は、
確かにエサを欲しがる小鳥の雛のように見えなくもない。
ならばさしずめ親鳥は樺地でキッチンが巣といったところか。
「……まぁ、イイんじゃねーの?
それがアイツらのポジションならさ」
早く使用キャラを決めろよと言ってくる向日に、そうですか、と穏やかに答えた日吉は、
いつも使っているキャラを選択するとスタートボタンを押した。
これが俺達のポジションなら、まぁいいか、と。
<END>
切原と樺地の話にかこつけたヒヨ岳。(あァ!?)
……という冗談はさておき。いつかちゃんと樺地と切原の話は書きたかったのです。
兄弟みたいな仲の良さを希望ですね。
兄弟みたいなっていうと……柳と乾とか、忍足と岳人とか、まぁそんな位置で。
親友なんだけど、もうちょっと内側、でも入り込みすぎない程度。
そのぐらいがいいです、樺地と切原も。
きっと樺地は切原を眺めながら、実家の兄弟を思い出すんだろうなぁ、みたいな。(笑)