そんな事ぐらいでわざわざ此処まで上がって来たのか。

正直、忍足の言葉を聞いたときに跡部の頭の中ではそんな事を考えていた。

 

 

 

 

明日提出の宿題に手をつけていた午後8時、突然部屋のインターホンが鳴った。
丁度その時シューティングゲームが佳境だったのか、手が離せないと怒鳴る向日に
やれやれと小さく吐息を零して跡部が椅子から立ち上がる。
リビングを通り抜けた時に今だ「うを危ねッ!」と声を上げながらコントローラーを
動かしている向日を見遣り、果たしてコイツはいつ課題をするのだろうと
ほんの少し心配をしながらも玄関へと向かう。
返事をしながらドアを開ければ、立っていたのは見慣れた丸眼鏡の男だった。
「……どうしたよ、忍足?」
「あんなぁ、実はシャーペンの芯が無くなってもうてなぁ。
 コンビニ行くんめんどいから、ちょお貰おうかなと思て」
へらりとした笑顔を見せながら言う忍足に、跡部が半ば呆れた吐息を零していた。
忍足は2階、自分は6階。
それだけのためにわざわざ此処まで来たのだろうか。
「真田に貰えば早かったんじゃねぇのか?」
「いやそれがな、ちょっと前に手塚と千石が来て、連れ去られてしもたんや。
 何処行ったんかサッパリわからん」
「それなら3階に行けばイイだろ?」
不思議な取り合わせで何をしているのかなんて少しも気にした風は無く、跡部がさらりと
ラボを示す。
3階には柳と乾の部屋がある。
もちろん此処に来るよりずっと近い。
「あれ、もしかして跡部知らへんか?」
「アーン?何がだよ」
「あの2人のシャーペン、0.3やで」
「………マニアックだな」
通常出回っているシャーペンはご存知だと思われるが0.5である。
そこを何故わざわざ0.3などという細いシャーペンを使うのかといえば。
「細いぶん、小さく細かくたくさん書けるんやって」
「…そうかよ」
どのみちこれで此処までやって来た理由は知れた。
少し待っていろと言って一旦部屋へと戻り、自分のペンケースを探って芯の入った
ケースを取り出した。
どれだけ欲しいか聞かなかったのでケースごと玄関に持って来て、それを忍足に
向かって放る。
「好きなだけ取れよ」
「うわ、そんな沢山いらへんで!」
「バーカ、誰も全部やるなんて言ってねぇ」
「わかっとるて…」
「言っとくがな、俺様の芯は高いぜ?」
「こんな細っこいモンで、ナンボほどぼったくるつもりやねんお前…」
和やかに話しながら忍足がケースの蓋を開け芯を3本抜き取る。
それだけあればとりあえず明日一杯は充分に保つ。
部活帰りにでも買いに行けば一件落着だ。
「まぁまた何かで返したるわ、おおきにな」
「そりゃ残念だ、忍足」
「…なん?」
「悪いがツケは利かなくてな」
「は…?」
何のことかと不思議そうに忍足が顔を上げると、すぐ間近には何やら悪戯を思いついたような
跡部の笑み。
一歩忍足が後ずさりするよりも早く、その唇を跡部が奪い取った。
「ッ!?」
吃驚した表情で大きく目を見開いた忍足の手から、スルリと零れ落ちたのは。

 

 

「「うわッ!!!」」

 

 

かつん、と音を立てて廊下に落ちたケースは、残念ながら蓋が開けられたままで。
バラバラに零れ落ちた芯を見て、思わず2人が同時に声を上げた。
慌ててしゃがんで芯を集める。
黒く細いそれは上手く摘むことができず、なかなか言うことを聞いてくれない。
「うわ、バカ、何やってんだお前!」
「ちょお待てや何で俺やねん!」
「落としたのはてめぇだろうが!!」
「お前が落とさせるような事するからやろが!!」
せかせかと細い芯を拾い集めながら交互に罪を擦り付けようとする声に、ゲームを終えた
向日が何事かとやってきて、バラ撒かれた芯に思わず眉を顰めた。
「お前ら何鈍臭ぇコトやってんだ?」
「ほら見ろ、岳人にまで言われちまったじゃねぇか!」
「せやから何で俺のせいにすんねんて!!」
「はいはい、どっちのせいでも構わねーから、早いコト片付けろよなー」
一頻り見物して気が済んだのか、さっさと奥へと引っ込んでしまった向日には、
どうやら最初から手伝ってやろうなんて気は無いらしい。
拾い集めた芯をケースの中に入れ蓋をして、忍足がそれを跡部の手の中へと押し付けた。
「ほら、コレでええやろ」
「おう」
「ほんま、高い芯やったで」
「釣りはいるかよ?」
「いらんわ!!」
何をされるか分かったものではないと首を横に振り拒否を示して、忍足はエレベーターホールへと
向かって行った。
その少し怒った後姿を見送り、掌の上で一度ケースを跳ねさせて。

 

「毎度あり」

 

くすりと小さく笑みを零し、跡部はドアを閉めた。

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

むしろ私は手塚と真田と千石で一体何処に行ったのかが気になるところ。(笑)