<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Sunday when all ends. V
「侑士!!」
「ダメだ、向日!!」
「離せよ千石!!」
「我慢して向日、今は……」
今にも駆け出そうとする向日の身体を千石が押し止める。
「千石、お前一体何を…」
「手塚も真田も、我慢だよ。
何を見ても……何が起こっても、我慢するんだ」
言って、数が足りないことに千石が気付いて、笑った。
大丈夫。ラッキーな事だ。運はこちらに向いている。
ギシ………ガチッ…
【音】は変わらず向日の耳に飛び込んでくる。
どうして跡部は何もしない?
苛立ちと焦燥感を堪えるように向日が強く歯を食い縛る。
ふわり、と忍足の身体が宙を舞った。
まるで羽でも生えたかのように、スローモーションにそれは、だが確実に地面へと。
叫ぼうとして、誰も声が発せなかった。
ドサリ、とやや間を置いて聞こえた物音が、その高さを主張する。
ガチ…ッ…………バ、キン!!
同時に聞こえた鎖を千切るような音が、全ての終わりを向日に訴えた。
この風景は何処だろう?ああ、教室だ。
教室で、一人の男が沢山の人に囲まれて笑っている。
その傍らには可愛らしい少女が一人。
【彼女】なのだと、見ていてすぐに解った。
皆で楽しく談笑をしながら、優しく時間が流れている。
それが、【彼】の全て。
それだけが、全てだった。
「だい…じょうぶ、か……?」
「ああ、こっちは……何とか、」
「忍足は…?」
「……ああ、問題無い」
「…………ッ、」
パチリと目が開く。飛び込んで来たのは空の青。
そして校舎の屋根と、かろうじて緑色のフェンスも見える。
ぜえぜえと自分の息が乱れているのは、呼吸も止まるような衝撃が身体中を襲ったからだ。
間違いない、自分はあそこから飛び降りた。
そして、生きて此処にいる。
ゆっくりと上体を起こそうとすれば、激しい痛みは残るが意外とすんなりそれは叶った。
生き残るつもりはあったが、まさか自由が利くとは思わなくて正直驚いてしまう。
静かに見回せば、中庭の植え込みと、地面と、木々と、傍に2人の仲間。
「………柳…、乾も……?」
痛みに顔を顰めながらも自分と同じように身体を起こそうとしている2人に、何故此処に居るのかと
怪訝そうな視線を向けていると、それに気付いた乾が苦笑を浮かべた。
「俺達は俺達のやり方で助けると言っただろう」
「でも……なんで、」
「お前ならこうするだろうと予測したまでだよ」
「実際のところ、確信したのはお前がフェンスを越えた時だけどな」
だから誰にも言う暇は無くて、慌てて階段を駆け下りた。
急がなければ、気付いたって間に合わなければ意味が無い。
慌てて中庭に続く扉の鍵を開けて、外に飛び出して。
上を見遣れば、飛び立つ瞬間の鳥のように宙に身を預ける姿が目に入った。
2人で1人を受け止めるとはいえ体勢も整っていない状態で、3人揃って五体満足に助かる
可能性は低いと思っていた。
忍足が病院送りになるかもしれない可能性も、自分達だって骨の1〜2本ぐらい犠牲にしてしまう
可能性も覚悟はしていたけれど、幸運かな、3人とも酷く身体を打ち付けはしたが何処も何とも無い。
「……助けて、くれたんや……」
「間に合って良かった。正直ギリギリだったから覚悟はしてたんだけどね。
忍足、お前はよっぽど強い運を持っていると見えるな」
「あぁ…それはきっと千石のラッキー分けてもろたからやな」
くつくつと笑おうとして、身体の骨が軋む痛みに忍足が表情を歪ませた。
それでも、笑うのは止められない。
皆に助けられて、自分は生かされているのだと実感した。
「…………笑うだけの元気があるなんて余裕ではないか……」
ザッ、と砂を踏む音と同時に地の底を這うような声が響いて、3人が同時に身を竦ませた。
声だけで誰かなど簡単に判断できる。
恐る恐る視線を向ければ、腕を組んで鬼のような形相で自分達を睨んでいる男・真田弦一郎。
更に向こうから足音が複数聞こえて、手塚も千石も向日も走ってくるのも見えた。
「…げ…弦一、郎…?」
普段からよく怒りはする恋人であるのだが、今回はどうも本気で怒らせてしまったらしい。
柳が窺うように声をかければ、ギロリと一瞥されたのでそこで口を噤んだ。
そのまま視線を外すとつかつかと真田が忍足の元へと歩み寄り、迷わずその手を振り上げる。
バシッ!と頬を殴るには些か激しい音がして、衝撃で忍足がまた地に伏せる羽目になった。
「………痛いやんか…」
何すんねん、と頬を擦りながら忍足がまた身体をゆっくりと起こして真田へと視線を向ける。
文句を言ってやろうと思ったが、皇帝と謳われた男にそんな泣きそうな顔をされてしまっては、
そういう気も失せてしまう。
「お前……なんちゅう顔しとるんや……阿呆」
「馬鹿者が………心配させるな」
「………ごめんな、」
しゅんとして項垂れるように忍足が短く謝罪だけを口にした。
そこに横から強い衝撃が走る。
「侑士ィーー!!」
「わ、岳人!?」
「バカバカ!!バカ侑士!!もうダメかと思っちまったじゃねーかよ!!」
「うわ、いたたたた、がっくん痛い、痛いて」
ぎゅうとしがみ付かれてズキズキと身体中に痛みが走ったが、それを退かそうとはせず忍足は
赤いおかっぱ頭をポンポンと優しく撫でた。
「……もう、居ねぇ」
「うん?」
「大丈夫、もう、聞こえない」
「ああ……視えたわ」
最後に視えた彼は何気ない日常の中、幸せそうに笑っていた。
ふと視線を感じて顔を上げると、千石と目が合った。
グッと親指を立てて笑う千石に釣られるように親指を立てて忍足が応える。
「ほらね、上手くいったでしょ?」
「ほんま……千石、お前すごいわ」
「立てる?」
「あー…うん、大丈夫やと……」
立ち上がろうと足を地につけて踏ん張って、膝が笑っていることに気がついた。
やはりあの高いところから落ちてきたのだ、いくら助けがあったとはいえそのダメージは大きい。
向日と千石の助けを借りて何とか立ち上がると、忍足が辺りをぐるりと見回して首を傾げた。
「………跡部は?」
「ああ、アイツは……」
向日と千石が顔を見合わせて、同時に空を指差した。
「多分、まだ屋上」
「歩けるなら、行っておいでよ」
「………そぉか」
よろりと足を前に踏み出す。大丈夫、歩けないことはない。
肩を貸そうか?という向日の言葉に手だけ振って断ると、忍足はもう一度屋上へ向かうべく
校舎へと向かって行った。
2度目の約束は、どうにか果たせそうだ。
忍足は屋上へ、そして向日と千石は「打ち上げ打ち上げ!」とはしゃぎながら、
近所のコンビニへと走って行った。
きっと大量にお菓子やドリンクを買い込んでくるつもりなのだろう。
それはそれで良いか、と2人を見送って、真田が今度は柳と乾を見下ろした。
まだ座り込んでいる2人が、困ったように顔を見合わせる。
「全く……蓮二も乾も、無茶のし過ぎだ」
「……だが、弦一郎」
「言い訳は聞かん」
「横暴だ」
「こっちの身にもなれ、蓮二。
倒れているお前達を見た時は、心臓が止まるかと思ったぞ」
「………。」
状況的には自分達の不利だ。何も言わずにこんな危険な事をして、上手く言い逃れる術は
見つからない。
ただ助けたい一心だった、それだけは解って欲しいけれど。
「すまなかった……弦一郎」
「蓮二、」
座り込んでいる柳に向かって手を伸ばすと、真田はその痩身を強く抱き締めた。
「よくやったな、蓮二」
「……ああ」
褒められると悪い気はせず、現金にも「まぁ良いか」と柳は思ってしまったのだった。
「動けるか、乾?」
「ああ…大丈夫…」
よいしょ、と姿勢を正して座り直すと、乾が手塚の問いに頷いた。
痛む事は傷むが、きっと当たり所が良かったのだろう、我慢のきく程度だ。
「忍足を守れたよ、手塚」
「……そうだな」
手塚と交わした約束は守り通した。怒られるかなとは思ったけれど、真田のように手塚は
怒りはしなかった。
「心配させちゃったかい?」
「………無事だったから良い」
相変わらずの無表情で答える手塚に、乾から苦笑が漏れる。
「ありがとう、手塚」
「……何が」
「お前が居てくれなかったら、多分俺は此処に居なかった」
「そんな事は……」
「だから、ありがとう手塚」
ヒビの入ってしまった眼鏡をそっと外すと、乾はにこりと微笑んだ。
傍に居てくれたのが彼で、本当に良かったと。
<続>
やっぱり最後は跡忍で締めるべきだと思いますので。(笑)
ラスト1本、お付き合い下さい(^^)