<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Sunday when all ends. U
校舎の中は、やはり日曜日なせいかがらんとしていて人の気配は無い。
職員室になら人は居るのだろうが、別棟の方にあるので今居る側の校舎は全く人気が無い。
そんな中を屋上に向かってぞろぞろ歩く集団は、どこか滑稽に見える。
靴箱の置かれている玄関の鍵は開いているので、校舎内に入る事は非常に安易だった。
「……あ、」
階段を屋上へ向かい上がっている途中で、向日が小さく声を漏らした。
「どうした?岳人」
「………あーあー、居るよ居るよ。しかもちょっと……これ、」
ひゅうっと音がして、音が流れるのを感じる。
それは真田のすぐ傍で消えた。
「あ、跡部、真田に入った」
「……なに?」
「はァ?マジかよ!?」
向日に名指しされて真田の動きがその場に固まる。
困惑した表情を見せれば、何か言うその前に跡部から一撃を食らった。
掌で、後頭部を一発。それも思い切り。
向日の耳に砕けるような音が聞こえて、祓えた事を知る。
跡部も感触を感じたようで、眉を顰めて向日に視線を向けていた。
「……おい岳人、まさか……」
「うーん……まいったな、まさか寄り集まってる場になってるとは思わなかったぜ。
煩くって堪んねぇー……」
ポリポリと頭を掻きながら向日がのんびりと答える。
そう言っている間にも、次は乾へと。
「あ、跡部!!乾の方にいった!!右肩からだ」
「ったく……面倒臭ぇコトになりやがって」
言いつつ今度は乾の右肩を掌でポンと軽く叩く。
今度もそれは綺麗に消えてくれた。
「……忍足の分も、これだけ楽に祓えりゃあ良かったんだけどよ」
「待て跡部、さっき俺にしたのと今乾にしたの、明らかに力加減が違わないか?」
「アーン?気のせいだ」
真田の言葉をさらりと流すと、跡部は足取り軽く階段を上っていく。
このままではキリがない。さっさと屋上に上がってしまうに限る。
どうやら他の仲間達の分は簡単に祓えるようだから、後で纏めて追い出してやれば良いだろう。
柳と忍足と千石はさっさと進んでしまったみたいで、追いかけるように急ぎ足で上へ向かう。
3人は屋上への扉の前で、自分に背を向けるようにしてしゃがみこんでいた。
一体何をしているのかと、跡部が其処へ近付き後ろから覗き込むように見る。
「……マジでやりやがるし」
「何がやねん。言うたやんか、鍵開けんでって」
跡部の言葉にそう返事をしながら、忍足が南京錠を前にヘアピンを1本手にしていた。
もちろんこの1本で鍵を開けるのだ。
「こうやってな、ちょいちょいっとしてやれば………ほらな?」
カチリと可愛らしい音を上げて、錠前が外れる。
見守っていた柳と千石が思わず拍手をしてみせた。
「やるじゃないか、忍足」
「ちょっと犯罪くさいけどねー、見直しちゃったよ」
「せやろ?もっと褒めてくれてもええで?」
「調子に乗るんじゃねぇよ」
跡部がぺしりと忍足の後頭部を叩いて、続けて忌々しげに舌打ちを漏らす。
「ちょお、人の頭叩いといて、なんでお前のがそんな気ィ悪そうにすんねんな」
頭を擦りながら忍足が抗議をすれば、僅かに視線を逸らした跡部が吐き捨てるように答えた。
「まだ居やがんだよ、ったく……ウゼェな」
「……そぉか」
それに苦笑を浮かべると、忍足は千石と共に扉に括り付けられていた鎖をそっと外していく。
取り除かれたそれを邪魔にならない所へ置くと、柳がドアの鍵を回して開けた。
「良いぞ、忍足」
「ああ……ほな、」
くるりと後ろを振り向くと、皆そこに立っていて。
安心する。
「行こか、皆」
にこりと笑うと、忍足がゆっくりとノブに手をかけた。
一歩屋上に出れば青空が広がっていて、暖かい日差しの中で時折吹く冷たい風が心地良い。
真っ直ぐ忍足は、あの時彼と出逢った所へと歩みを進めた。
続けて跡部が、そして千石が。
だが、ほんの少し前に出ただけで、千石は後続を片手で押し止める。
「……千石?」
訝しげに訊ねる手塚に、千石がヘラっと笑ってみせた。
「俺達は此処までだよ」
「……何?」
「此処で、全部見るんだ」
「どういう……」
「これは俺達が手を出す事じゃ無いから。
ただ近くに居て、忍足がどうなってしまっても、ただ目を逸らさずに見ていれば良いんだ」
苛つくかもしれない。もどかしく思うかもしれない。
危なくなれば手を差し伸べなければならないかもしれないけれど、そうでないなら
自分達は耐えて見るしかない。
忍足の戦いは、誰かが邪魔して良いものじゃないから。
「手塚、大丈夫だよ」
「千石……」
「忍足は、きっと大丈夫」
そう、信じている。
「………あぁ、そうやったなぁ……」
ぽつりと呟いて、忍足はフェンスの傍へと歩み寄った。
此処で、この場所に立っていた彼は、自分と出逢ったのだ。
今、自分の心情は酷く穏やかだ。
これが自分のものなのか、相手のものなのかは解らない。
解らないという事は、同調しているということ。
だからどちらかのもの、ではなくて、自分も相手も持っていたもの、だ。
「へぇ……お前、ほんまに怖いとか思わへんかったんやなぁ……凄いわ」
以前、屋上から千石や向日と真下を見下ろして、足を竦ませた事がある。
だが今同じ事をしても、身体は全く動じていない。ただ、吸い込まれそうな気にはなるけれど。
「俺なぁ……ほんまに幸せ者なんや」
フェンスに指を掛けて、力を込めて握り締める。
気を緩めたら、彼の言うとおりに動いてしまいそうで。
「せやから、人生最高潮!って思えるトコで人生辞めたなる気持ち、解るで?
確かに……俺も今、死んでもええって思えるぐらい幸せなんやもんなぁ」
自分を理解してくれる親友も、こんな特殊な能力を認めた上で手を差し伸べてくれる仲間も出来た。
共に歩こうと、隣に立ってくれる大切な人も……出来た。
これ以上望むのは罰当たりじゃないかと思う。
同時にこの世界がこれからも続いていくのかどうか、それに確証が無くて…そして失ってしまった時に
自分がそれに耐えられるかどうかも自信が無くて、不安にもなる。
大事なものが手の内にある間に、自分もこの空を飛んでしまおうか?
「せやなぁ……確かにアンタの言うとおりや。
今なら何となく、死ねる気がするわ……せやから、同類なんやな。
此処から下見て足竦ませとった俺に、こうやって手を貸そうとするやもんなぁ、アンタ」
太陽の光が自分の身体を照らし、フェンス伝いに影ができる。
その影がさっきから、自分の手首を掴んで引っ張っている。
もう、この間の時と違って正体は解っているから驚いたりはしない。
「けどなぁ……俺、悪いけど逃げるの止めにしたんよ」
皆に沢山心配させて、大切な人にまで泣かれて、それでも皆から沢山の励ましを貰った。
傍に居ると言ってくれたから……それだけは、信じてみようと思ったのだ。
皆の言葉を、跡部の言葉を。それだけは信じてみよう、と。
「もう逃げるのなんてやめや。これから先、今ほど幸せな人生送れへんかもしれへん。
でも、それもこれも全部これからの俺次第なんやってほんまはちゃ〜んと解っとる。
せやから……俺は前を向く事にした。
もしかしたら、今よりもっと幸せになれるかもしれへんやろ?
…そんな簡単に、人生捨ててたまるかっちゅーねん」
言い聞かせるように呟く。まだ相手からの感触は無い。
一体何処までが同調している?
まだ……これでもまだ、足りないのか。
唐突に、忍足の頭に嫌な予感が掠める。
まさか、これも……… 『同じ』 なのか?
「アンタ……まさか、試したんか?」
口に出して呟いて初めて、ぞくりと背筋を悪寒が駆け抜けた。
冗談じゃない。
思わず後ろを振り返ると、少しだけ距離を置いたところで真っ直ぐに自分を見る跡部と目が合った。
自分の視線に気付いて跡部が訝しげな視線を向ける。
「どうしたよ、忍足?」
「……いや、何でも……」
ともすれば震えそうになる声をどうにか平常に保ってそう答えると、忍足は更に向こうに
視線を送った。
千石が居て、皆が居て。
そういえば千石からラッキー貰ったっけなぁ、効くんやろか、ほんまに。
そんな事を考えながら、忍足はまた皆に背を向ける。
相変わらず、フェンスから真下を覗いても怖いとは思えない。
誘われているのだ。こっちへ来い、と。
それしか方法は、無いのか。
『大丈夫、きっと上手くいくよ』
千石の言葉を、信じるか?
『絶対だ』
跡部との約束を、果たせるか?
きゅっと唇を噛み締めて、忍足が意を決したようにフェンスを攀じ登った。
反対側に降り立つと、その向こうにはもう何もない。
驚いたのは見ていた仲間の方で、制止する慌てた声が口々に上がる。
「忍足!?」
「ちょ、何してんだよ侑士!!」
「止せ!!」
「……大丈夫や、乗っ取られたわけやないから」
「でも其処は危ないだろう」
「岳人、まだ【音】は聞こえてるんか?」
「…え!?」
忍足に問われて、向日が注意深く耳を澄ます。
ガチ……ガチッ、
「さっきまでと……違う…!?」
「そぉか」
それが何を示すのか解らなくて困惑した風に向日が答えると、それに頷いて忍足が校舎の
外側を向いた。
僅かに足場があるだけで、自分と宙を遮るものはもう何も無い。
それを理解しているからなのか、自分を掴んでいた影は綺麗に消えていた。
千石と跡部は、黙って見ているだけで自分のする事を止めようとはしない。
けれども少し視線を向けた時に垣間見た、きつすぎるぐらいに強く握り締められた両の拳が
きっと耐えてくれているのだろうな、と思わせた。
「とりあえず…誤解の無いように説明しとくけどな」
負けたのだと思われるのは、非常に癪だ。
「今んトコ、俺と相手はまだシンクロしっぱなしや。
おまけにどこで区切ってええもんか、サッパリ解っとらん。
岳人もまだ憑いとるって言うし、まだ俺ん中に奴が居るのは間違いあらへん。
だから多分、ココまで来てもまだ 『同じ』 なんやと思うねん」
すぅ、と深呼吸をして、目を閉じる。
覚悟ならしてきた筈だ。
負けないと…生きてみせるという、覚悟なら。
「アイツは死んだ。 けど……俺は」
怖くない。怖くなんかない。
絶対に、生きるから。
「よぉ見とけや、俺は…………生きてみせるわ」
ふわり、と身体が宙を舞った。
<続>
多分、あと2話でカタがつく筈…!!頑張れ私!!(笑)