<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         However, it is coming Saturday W

 

 

 

 

 

 

 

乾が言った。死への渇望は、辛さや苦しみから発生するものとは限らない。
それはどういう事なのか、きっと今だからこそ、理解できる。
月曜日には知り得ることのできなかった事。
昔、大切なもの失ってからは、決して得ることなどできないだろうと感じていた思い。
打ち勝つには途方も無い力が必要になるのかもしれないけれど、大事にしたい思い。
それは、【幸せ】という感情。
つまり、これが答えなのだ。

 

 

跡部に奢ってもらった2本目のコーヒーを飲みながらそう話せば、不思議そうに問い返された。
「幸せだと思う事が、死にたいって思いに繋がんのか?」
「………ちょっと違うなぁ」
穏やかに微笑んで、忍足が首を横に振った。
「例えば…好きなもんが食える、欲しい物が手に入る、好きなことができる、
 そういう時も、自分って幸せやなぁって思う瞬間やろ?」
「ああ、そうだな」
「せやけど、そんな事で死にたいぐらい幸せって言わへんやん、普通」
「言わねーな」
「じゃあ……死にたいぐらいの幸せって、どんなんやと思う?」
「………んなの、人それぞれじゃねーか」
「それがちゃうんやわ。確かにそれも『度合い』の差っていうのはあるんやけど、
 この部分は共通しとるっていうトコが、ちゃんとあるねん」
「………?」
缶を掌で弄りながら跡部が考え込むように宙を見つめる。
どうも答えは出てこないようで、それにまた忍足は笑みを見せた。
跡部には、きっと一生答えは出ないだろう。
暫く悩んだ跡部が、静かに口を開いた。
「俺には……」
「うん?」
「俺には正直、その答えがよく解らねぇし、知りてぇとは思うけど、知ったところで
 お前の力になってやれるかどうかも解らねぇ………けどよ、」
「……うん、」

 

「お前の『思い』なら、知っておきたい」

 

例えどんな結論を忍足が得たのだとしても。
例えばそれがどんなに絶望的な内容だったとしても。
彼の思うことならば、知りたいと思うのだ。
「不安に……なるんよ」
「……不安?」
「そう。今の俺が余りにも恵まれすぎてるから、逆に不安になるんや」
自分の周りにはこんなに沢山の仲間が居て、どんなに辛い過去でも、それに負けないぐらいの
力を分け与えてくれていて。
それが本当に幸せな事なのだと気付いた時、同時にその感情は生まれたのだ。
「幸せすぎて何となく不安、みたいな、そんな乙女チックなんとちゃうで?
 もっと……なんて言うか、こう、現実的で生々しい。
 今は幸せでええかもしれん。でもこの先、それに保証はあるんやろか?
 高校出て、大学行って就職して、その時にもこの幸せはあるんやろか?
 いつか皆がバラバラになっても……俺はまだ、幸せなんやろか。
 まぁ……もしかしたら、お前らの知らんトコロで何かに憑かれて
 のたれ死んどるのかもしれんけどな、」

 

だけど、そんな未来はきっと、幸せじゃない。

 

「だから、死にてぇって思うのか」
「そうやなぁ……意味合いは?」
「絶望?」
「それやったら違う」
「どう違うんだよ」
「絶望やのうて……諦め、かな?
 それと……ほんの少しの、抵抗」
忍足の言葉に、跡部の眉間の皺が深くなる。
コイツの感情は本当に掴み難いのだ。
昔からずっとそうだった。のらりくらりと躱されて、掴んだと思ったらそれがフェイクだったりして。
こういう時は単刀直入にいくのが良い。
「もうちょっとハッキリ言えよ」
「ん〜……せやから……何て言ったらええのんかなぁ……。
 辛くて苦しくなってから絶望して死ぬぐらいやったら、幸せな今の内に死にたい。
 死ぬなら今がええ……そう、いう事……やろか?
 合ってるか間違ってるかやのうて、そういう意味でなら死にたいって思った事は…ある」
まだどこか自分の中で曖昧なのだろう、考えながら答える忍足も、その答えに自信が無さそうだ。
「多分、それがあの死んだヤツと被ってるんやと思うねん。
 けどコレはまだ予想や。せやし、確かめに行きたいんよ」
「なるほどな。幸せな内に……か」
死んだ上級生の事を考えれば、納得できない事も無い。
順風満帆に生きてきた彼が死を選んだたったひとつの理由が、これだったとするならば。
「今だけを見て生きていけるんやったら、きっと幸せなままで生きていけるんやろうけど、」
悲しいかな、人間は未来を見据えて歩いていく生き物だ。
未来は自由だ。誰にも決められない代わりに誰からの保証も無い。
その『自由』が、自分を怯えさせる。
「贅沢な悩みじゃねぇのよ」
「せやろ?贅沢な悩みは、本人にすら気付かせないところに潜んどる」
ちょい、と軽く跡部の胸を突付いて、忍足がふわりと笑んだ。
「せやからな、跡部も気ィつけや?」
「俺もかよ」
「せや。辛いとか苦しいとかの悩みは、周りの人間かて勘付いたりできるけどな、
 幸せな悩みは、周りは絶対に気付かへんねんで?
 普通は、幸せと辛さはイコールで結ばれへんもんなぁ」
「……ああ、そういう事か」
周りが気付ける分、辛いことは自身が周到に隠しさえしなければまず間違えられる事は無い。
そうでないから、今回はこんなに話がややこしくなってしまったのだ。
「難儀なヤツだな」
「嫌やわ、そんなに褒めんといて」
「テメェ難聴の気があるんじゃねーか?耳鼻科行って来い耳鼻科」
誰が褒めたんだよ、と呆れた笑いと共に最後まで飲み干したコーヒーの缶を、
跡部が自販機横のゴミ箱に向かって投げる。
ホールインワンしたソレを見て、忍足が軽く拍手をしてみせた。
「……明日、」
「ん?」
どこか神妙な顔つきで言う跡部に、忍足が軽く首を傾げる。

 

「明日、俺はどうしてやれば良い?」

 

明日、と反芻して忍足が俯く。
これはあくまでも自分の戦いなのだから、手を貸してくれとは言い難い。
千石は最後まで見届けると言ってくれた。だから。

 

「………見ていて欲しいねん」

 

自分に何があっても、どうなってしまっても。
手を出すのではなくただ、最後まで見ていて欲しい。
そう告げて顔を上げれば困ったような視線とかち合った。
「ったく……難しいコト言いやがる」
「悪いなぁ、跡部」
「悪いと思ってんのなら、もう少しソレらしい表情で言えよ」
「跡部のツッコミって厳しいわぁ…」
苦笑を見せて忍足が同じようにコーヒーの缶をゴミ箱に向かって投げる。
カコン、と縁に当たったそれは真上に一度飛び跳ねて、ゴミ箱の中に飛び込んでいった。
それを見てさっき忍足がしたように、今度は跡部が軽く拍手を贈ってやりながら口を開く。
「勝算は?」
「あぁ、俺なぁ、勝ち目のない戦いって嫌いなんよ」
「そうかよ」
「それに、さっき千石からラッキー分けてもろたし」
「……。」
さっきの事を思い出したのか、渋面を見せて跡部が黙った。
あーやっぱり怒っとるんやなーと苦笑を浮かべた忍足が、ポンと軽く跡部の肩に手を置いた。
「なんや、あらぬ誤解が生まれそうやしなぁ、ちょお聞いたって貰えへんか?」
「あァ?何をだよ」
拗ねたような表情を見せる跡部が、いつも最後まで傍に居てくれる、この人が。

 

「俺、跡部が好きなんや」

 

愛しいと、思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙は然して悪いもので無かった。多少、居心地が良くない気がするのは仕方が無い。
「な……んで……、」
前からずっと好きだと言われ続けてきたのだから、応えればきっと喜んで貰えるだろうと
踏んでいたのだが、返ってきた言葉は不思議な事に僅かに怒気が孕んでいた。
「なんで……それを、」
「なんでって、俺と千石の仲を誤解されても困るしなぁ」
ほんまに、何でも無いんやもん。俺が好きなんは千石やなくてお前なんや。そう続ければ更に
跡部の表情の怒りの色が濃くなった。
無論、千石の行動に跡部が怒ってみせたのも拗ねてみせたのも冗談混じりだ。
気付くならもっと前から簡単に気付いていたし、千石の事も忍足の事も自分は信用している。
そして、そんな事ぐらい、忍足は知っている筈なのだ。
だからこそ、胸に湧いたのは不吉な予感。

 

「どうして、それを今俺に言うんだッ!?」

 

忍足の胸倉を掴んで激しく問い詰めれば、困惑した目が自分を捉える。
「俺は、全部片が付いてからで良いって言ったよなァ…?
 テメェ……何を考えてやがるんだ?あァ?」
「その手、離し」
「言えば離してやるよ」
「………怒るやろ、お前。まぁ……もう怒っとるみたいやけど」
「解ってんなら白状した方がいいぜ?」
「………タチ悪いなぁ、ほんま」
あははと乾いた笑いを零すが、それはすぐに消えて気まずそうな表情が垣間見えた。
「なんとのう……今、言っとかなあかんような気になってしもうたんや」
「どういう意味だ、アーン…?」
「…ッ、ハッキリ言わせんといてぇな」
「冗談じゃねぇ!!
 まるで後が無いみてぇな言い方するんじゃねーよ!!」
不安になってしまうから。
もう自分の手の届かないところに行ってしまうのではないかと、疑ってしまうから。
「うん、せやからな、」
眼鏡の奥の瞳が、優しく笑った。

 

「明日、もっかい言うわ」

 

それがたったひとつの希望になるから。
「……あァん?」
「せやからな、明日……全部片がついたら、もう一度、跡部に言うわ。
 もう一回……言わせてや」
2度目の告白は、自分にとっての、そして彼にとっての希望になるから。
「………忍足」
「!?」
ぐいっと胸倉を掴んだままの跡部の腕が、強く自分を引き寄せる。
それに逆らうことなどできるわけもなく、ぐん、と身体が引っ張られる。
声を上げる事もできずに、触れ合ったのは唇だった。
何の前触れもなくされた事に二の句も告げられず口をパクパクさせていると、
跡部の蒼い瞳が、真っ直ぐに自分を見据えた。
「絶対だ」
「……は?」
「絶対に、もう一度言えよ」
「……ああ、」
そんな切羽詰ったような目で見られると逆に可笑しさが込み上げてきて、忍足がクスクスと
声を漏らすように笑う。
自分を掴んでいる手にそっと己の手を添わせて、やんわりとそれを外した。
そして跡部に向かって拳を突き出す。
「約束しような、跡部」
「……約束か」
ぽつりと呟くと、迷わず跡部がその拳に己のそれをぶつけて、笑みを見せた。
彼の見せる強い笑みは、酷く自分を落ち着かせる。

 

「負けんなよ、忍足」

「負けへんで……負けてたまるかいな」

 

これから先、どんな困難が待ち受けていようとも、こんな風に笑う彼が傍に居てくれるなら、
きっと歩いて行けると思うのだ。

 

 

 

 

 

                      Does it risk all tomorrow?

 

 

 

 

<続>

 

 

 

もう此処まで来てしまったら、言うコトなんか何もありません。
ただ、読んで下さっている全ての方に、見守っていて欲しいと思うだけです。