<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         However, it is coming Saturday V

 

 

 

 

 

 

 

寮の食堂は配給時間を過ぎた事もあり、無人の状態だった。
それでも自販機が設置されている事もあって締め切られる事は無く、出入りは自由にできる。
小さな電灯以外は全て消されていて仄かに明るい室内を自販機に向かって歩き、コーヒーを
2本手にすると、片方を相手に投げて渡した。

 

「おおきに、千石」

「いやいや、誘ったの俺だしねー」

 

にこりと笑みを見せて礼を述べる忍足に、千石が缶のプルタブを起こしながら明るく答える。
手近な椅子に座って、忍足もプルタブに指を引っ掛けた。
305号室を出て2階に下りた時、千石が「コーヒーでも飲みに行かない?」と声をかけた。
忍足が口を開く前に「奢るよ?」と念を押すように言えば、2つ返事で忍足は付き合ってくれた。
そうして今、珍しく2人でこの場所に居る。
向日か跡部となら2人で…という事はそう珍しくも無いし、忍足と2人で使いっ走り宜しく買い出しに
来る事はあったが、この場所で2人だけで話す、という事は初めてのように思う。
元々千石にとって忍足は、確かに仲良くはしていたが跡部や向日ほどに親しいと思う間柄でもなく、
とても微妙な位置に居る存在だ。
今回、手助けしようと思ったきっかけだって、忍足ではなくて跡部と向日の為だった。
2人がどうしても忍足を助けたいと必死になっていたから、自然と手が出たのだ。
だから本当は、何があっても跡部と向日の味方でいようと決めていたのだけれど、
それがどうしてか自分自身すらも裏切るように、この手は忍足に向かって伸びていた。
不思議な事だと、今思い出しても首を捻ってしまう。
「あのさぁ忍足、」
コーヒーを啜りながら、千石がポツリと口を開いた。
けれどどこか、気恥ずかしくて言い難い。
それ以上言葉が続かなくて口をモゴモゴさせていると、不思議そうに忍足が首を傾げた。
「どうしたん、千石?」
「うん…俺さ、さっき忍足の味方しちゃったけどさァ、」
「ぅん?」
「俺の勘でアレなんだけどね、忍足……明日に賭けてるでしょ」
「賭け?」
「そう」
「…………あー」
千石の言う意味を眉を寄せたままの表情で考えて、思い至ったように忍足は声を上げた。
納得できた!という表情を浮かべて、こくこくと首を縦に振る。
「あー、あー、なるほどなー。賭け、か。
 千石上手いコト言うやんか」
「そーぉ?」
ひょいと肩を竦めて千石が苦笑を見せた。
千石にとって、自分なりに色々考えた末の結論だ。
今更屋上に行って、彼は一体何をするのか。何が目的なのか。
そもそも、自分でも解らないぐらい同調しているものに『区別』はどのようにしてつける気なのか。
昨日、乾や柳が言ったように「同じことの繰り返し」になるのなら、何としてでも止めなければ
ならないと思った。
けれど、それもどこか違うように感じたのだ。
忍足には何か、狙いがあるような気がする。
屋上に行って?もう一度3年生の思いを覗いて?それからどうする?
思いは同じだ。もしかすると選んだ道も、同調しているのなら同じなのかもしれない。
そしてこれから選ぶ道だって。未来だって。
もしも彼と同じだとするのならば、一体どうやって差をつける?
千石なりに導いた結論は、至極納得のいくものであり、そして自分自身を震え上がらせるにも
充分すぎるものだった。
「俺は止めるべきかなって、思ったんだけど」
跡部や、向日のように。
「でも……止めちゃいけないって、思ったんだ」
どちらにしろ、結論を出すべきなのは自分達じゃない。跡部じゃない。向日でもない。
忍足自身なのだから。
「運を天に任せるコトにしたってとこかな?」
「あはは、それは俺もや」
だから自分は見届けることにした。どんな結果になろうとも、目を逸らさずに全部受け止める。
「俺は止めないよ。それを決めるのは俺じゃないから」
「……うん」
残ったコーヒーを飲み干して、忍足が缶を机の上にコトリと音を立てて乗せる。
きっと千石は、全てを知っている。
「なんや…千石には申し訳ないっちゅー気になってきたわ」
「アハハ、何だよソレ」
自分も手に持っている缶の中身を空にすると、千石は忍足が置いた缶も掴むと自販機横の
ゴミ箱に投げ入れた。
そして軽い足取りで戻ってくると、忍足に向かって笑いかける。
「大丈夫、きっと上手くいくよ。俺ってばラッキーだからね」
「……お前がラッキーでも、俺には関係あらへんやろ」
ビシッとツッコミを入れて笑みを見せる忍足の肩を、千石がやんわりと掴んだ。
「だからさ、」
ぐいと自分の方へ引き寄せると、予想もしていなかったのか驚いた表情のままの忍足が
あっさりと引き込まれた。
自分は立っていて忍足は椅子に座っているせいか、腕の中にすっぽりと収まる。
ぎゅっと腕に力を入れると、「え?何?何やねんッ?」と酷く狼狽した声が上がるのが面白い。

 

「俺のラッキー、忍足に分けてあげるよ」

 

ぴたりと忍足の動きが止まって、おや?と千石が視線を腕の中に向ける。
忍足の腕がそろりと伸びて、シャツの背中を強く掴んだ。
それは抱きつかれているというより、しがみつかれているという具合に。
「……怖い?」
「怖くないわけあるか、アホ」
「心配ないよ、皆ついてる」
「うん……」

 

「………おおきに」

 

小さく震える声で告げられた礼が、今、彼が必死で戦っているのだということを実感させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし現実はそんなに甘くないわけで。

 

「見〜〜〜ィちゃった〜〜〜〜〜」
食堂の入り口から声が聞こえて、千石がびくりと身を竦ませる。
赤髪のおかっぱ頭が目に入って思わず声を上げた。
「うわッ、向日ッ!?…………わぁー……」
向日の隣に仁王立ちしたまま自分に向かって殺気オーラを発しまくっている跡部の姿まで
視界に入って、千石がげんなりした声を上げた。
「千石……テメェ、何してやがんだ、アーン…?」
「えーと、えーと………慈愛の抱擁?」
ピシリ、と跡部の冷たいオーラにひび割れが入る音が聞こえた気がする。
どうやら誤魔化そうと思って吐いた言葉は逆効果だったみたいだ。
漸く事態を理解したかのように、忍足までもが慌てて弁解に入る。
「ちょ、ちょお待ち跡部!これは誤解や!!」
「誤解も何もねぇだろうがよ、忍足…」
「あー、いや、だから、その、……ねぇ?」
「……なぁ、千石?」
「うわー、2人で通じ合ってやんの。いつの間にそんな仲に!?」
「ちょ、岳人!!」
ふざけた事を言っている場合ではないと、忍足が嗜めるように向日へ言葉を投げる。
どんどん跡部のオーラは底冷えをして、絶対零度の領域は軽くすっ飛ばす勢いだ。
このままでは2人ともヤバい。特に自分なんか間違いなく明日を待たずに消されてしまう。
追い詰められた脳内は物凄いスピードで回転して、千石は大きく声を張り上げた。
「わーかった!!わかったってば、冗談!!俺が悪かったってば!!」
「あァ?冗談で済むと思って……」
「だーかーら、悪かったよ。跡部のお邪魔はしませんってば!!
 ほらほら、続きはどうぞお2人で!!行くよ向日!!」
跡部の言葉を遮って捲くし立てると、千石は向日の腕を引っ張って、それこそ脱兎の如く
その場を逃げ出した。
眼力だけで人を殺せそうな男の視線にいつまでも晒されていたくない。
ちょっと!!俺自販に用あったんだけどー!?コーヒー飲みたかったんだけどー!!という
向日の悲痛な叫びが廊下の向こうに消えて、跡部が小さく舌打ちを漏らした。
「………チッ、逃げやがったか」
「うわー……俺、見捨てられたん……?」
ラッキーを分けてもらうどころか、不幸真っ逆さまである。
扉から視線を外し自分の元へと近付いてくる跡部に、びくりと忍足は身を竦ませた。
「………忍足」
「う……す、すまん」
「アーン?謝るような事でもしてやがったのか?」
「千石に、ラッキーを分けて貰ててん」
「あァ?」
「なのに俺はお前に睨みつけられて不幸まっしぐらや」
「………バーカ」
机に肘をついてフゥと吐息を零すと、すぐ傍で小さく笑いが聞こえてくる。
ちらりと視線を跡部に向けると、すぐそこの自販機に小銭を入れている姿が目に入った。
ガシャンと音がして、出てきたコーヒーを取り出す背中に声をかける。
「なぁ、跡部」
「何だよ」
「俺にもコーヒー、奢ってくれへん?」
「……は?」
そんなモン自分で買えと言う為に振り向いた跡部が、思わず口を閉ざす。
柔らかく笑んだ忍足が、もう一度言った。

 

「コーヒー、奢ってや」

 

暫し見入るように眺めていた跡部が、仕方なさそうに吐息を落とすともう1本手に入れる為に
ポケットから財布を取り出した。

 

 

 

<続>

 

 

千石とおっし。ごめん凄い微妙なんだけど、notカップリングですから…!!
たぶん千石は、明日忍足が何をしに行くか知ってます。
たぶん千石は、誰よりも第三者的位置にいたからこそ、誰よりも早く気付くことに
なったんだと思います。
その辺のことを臭わせるように書こうと頑張ったら、結構バレバレになっちゃった
気がするんですが……気がついてしまった人はその時がくるまでそっと胸の内に
しまっておいてやって下さいね。(苦笑)

 

さて、次は跡忍だ!!