<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Jumping Friday Y

 

 

 

 

 

 

 

向日と千石がクラスメイトに連れて行かれて程なく、跡部も放送で呼び出しが掛かり
「面倒臭ぇ」と零しながら職員室へ渋々と向かって行った。
突如訪れた静寂に、これからの昼休みをどう過ごそうか忍足は考える。
今、屋上には自分一人。教室に戻っても良いのだが、柔らかい日差しに暖かい風が心地よくて、
この場を離れる事が少し勿体無く思った。
「あ〜…昼寝するってのも、ええなぁ」
腕時計に目をやれば、まだ20分ほど時間は残っている。
ならばと日当たりの良いコンクリートの上に寝そべって、忍足がゆるりと目を閉じた。
ほんの5〜6分ほどしか経って無かったように思う。
屋上のドアが開かれた音がして、最初は跡部が戻ってきたのかと思った。
だが、少しもこちらに来る様子が無いので、それが気になってしまって。
目を開いたのが、自分と彼のたったひとつの接点。

 

「死ぬんか、アンタ」

フェンスを乗り越えようとしている男に、忍足が面倒そうにそう声を掛けたのだった。

 

ネクタイに入っているラインの数で、彼が上級生なのだと知った。
とっさに声を掛けてしまって、忍足が口元を押さえて顔を顰める。
厄介な事に首を突っ込んでしまったのではないかと。
だが、目を開けたその先に身を投げようとしている人間が居たら、誰だって
止めようとするだろう。
止めようと……したのだ。
「落ちるんか?まぁ、止めへんけどな」
「お前にゃ関係ないね」
「はは、そりゃ正論や。俺には何の関係もあらへんな。
 ま、社交辞令やと思とって」
さらりと返ってきた相手の言葉に、忍足がそう苦笑を漏らしながら身を起こした。
立ち上がるような事はせず、そのままコンクリートの壁に背中を預ける。
だけど、もし、この目の前の人が。
「………嫌なコトでも、あったんか?」
「別に」
「衝動的なんやったら止めときや。後悔しても遅いで?」

 

何か辛い事があって、未来を諦めようとしているのなら。

 

「お前……何となく『死にてぇ』って思った事はないか?」
「何となく?……何やの、それ」
「そのままだよ。 あー、今だったら死ねっかなー、みたいな」
「うわ、安っぽい感情やな」
「……安い、か」
名も知らない上級生は、忍足の言葉に自嘲気味の笑みを浮かべる。
「そうか?お前も俺と似たような目してんじゃねーか」
嘲笑うような視線が、忍足の癇に障った。
「アホ言いなや。お前なんかと一緒にすんな」
「……いや、違わねーな。お前も、俺と同類だ」
自分の内面を見透かしたような目が、とにかく気に入らない。

苛々する。

「ムカつくわ、アンタ」
「へぇ?」
「……ムカつくねん」
「じゃあ、図星か」
ケラケラと笑う相手に、忍足が表情を歪める。

 

【そんな風に、笑って俺の内を掻き回さんといてくれ…!】

 

思わず、自分らしくもなく感情が荒ぶってしまった。
「もうええ、お前みたいなヤツはホンマに嫌いやねん。俺の視界に入んな。
 前でも後ろでもええからとっとと消えろや!!」
「そうか。ま、お前はせいぜい足掻いてみろよ。
 まぁ……その分じゃあ、無理そうだけどな」
ふ、と相手が柔らかい笑みを垣間見せて、それがまた、誰かに似ていたような気がして。
目を見張ったその時には、相手の姿はそこには無かった。
ドン、という強い衝撃の音と、それに僅かに遅れて女生徒の誰かが発しただろう悲鳴が
学校中に響き渡る。
忍足はただ黙って、つい今しがたまで人が居た筈のフェンスを見つめた。
同じだと言ったその意味が解らない。
解らない、と口に出して呟いて、それもどこか違うような気がした。
恐らく自分は、相手の感情の正体を知っているような気がする。
ロクにまともな話をしていないけれど、彼が身を投げた理由も解るような気がする。
それが何なのかは、答えられない。
あくまでそれは、そういう気がするだけであって、具体的に口に出して言えるものでは無い。
「同類、か………」
そして、それと自分が何故同じだというのかは、全くもって理解できなかった。

 

「…………アホらし」

 

考えるのはそこで止めにして、忍足は頭を掻くと屋上から出て行く。
校舎の外では既に大きな騒ぎが起こっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁ、この程度の事や」
然して長くも無い話を終えて、忍足が軽く肩を竦めた。
「先に弁解させてもろとくけど、今まで言わへんかったんは、黙っとったからやないで?
 俺も、今の今まで忘れとったんや」
だから教室に戻った時に、騒ぎの原因が何なのか解らなかった。
それは忘れると言うには不自然なぐらいの。
「都合良く解釈すれば、憑いたヤツの仕業ってコトになんのかな?」
記憶を飛ばしたその理由。忍足の隣で向日がそう呟いて考えるように視線を上へ上げた。
そう結論付ければ早いのだが、とはいえ何もかもを生徒の霊の責任にしてしまうわけにも
いかないだろう。
それは忍足自身にも解っていること。だから多分、
「多分……屋上での出来事は、俺自身が『忘れたかった』事やったんやと思うねん」
もう朧げだが、もしかしたら月曜日、教室に戻った段階でのそれは『知らないフリ』をしていた
だけだったのかもしれない。
それも長く続けば、記憶は 『思い出してはいけないモノ』 として封印されてしまった。
それは一種の 『思い込み』 という方法。
あの時の屋上での会話は、多少は憑いた霊の力もあるのかもしれないが、何より忍足自身が
強く望んだ為に忍足の中で 『無かったこと』 にされてしまっていた。
「多分、全部の原因は俺にあるんやと……思う」
跡部や向日が話した通り、確かにあの生徒は辛い事があって死を選んだ風には見えなかった。
今までシンクロしてきた中で自殺者の思いもいくつか視てきたけれど、あんな清々しい表情で
逝った人間は初めてだった。
そんな人間の【意思】なんて、忍足には知る得る筈も無い。
「俺の何が、ソイツと同じなんやろな……」
そればかりは自分自身でも全く見当がつかない。
困った風に吐息を零して悩む忍足に、そこに居た全員が行き詰まりを感じる。
そんな中で声を発したのは、意外にも千石だった。
乾のノートを借りて、さっき乾が図式で示したシンクロの概要をもう一度読み直すと、
やはりそうだとひとつ大きく頷く。
「あのさ、いつだったかなぁ、夏場だから結構前になるんだけど、テレビで心霊番組やっててね、
 ヒマだったから見てたんだけどさぁ」
「……唐突やな、千石」
「うん、まぁ聞いてよ。それでさ、その時は憑かれたヒトを除霊してるトコで、
 まぁ結構面白かったから最後まで見てたんだけどね。
 あれは何だったかなぁ……なんか、憑かれたヒトのご先祖に恨みのある霊だったみたい」
「そんで?」
「うん?それだけだよ」
「……あんなぁ、千石お前……」
「でね、今こういう状況だから思い出したんだけどさ」
「……まだあるんかい」
疲れた表情で続きを促す忍足に頷いて千石が言った言葉は、誰も考えたことの無い事だった。

 

「霊の【意思】ってさぁ、そんな複雑なモンなの?」

 

言って小首を傾げる千石に、忍足と向日が思わず顔を見合わせる。
「複雑……って?」
「だから、例えば俺が見たその番組の場合で言ったらさ、その霊の意思って言ったら
 【怨み】だけなんだよね」
「…せやね」
「確かに番組の途中で、その霊と憑かれてる相手のご先祖サマとの関係も話してたけど、
 それって制作サイドが調べた結果をドキュメンタリーにして放送してるだけでしょ?
 どういういきさつがあって、気持ちにどういう経過があって、その【怨み】に辿り着いたのか。
 死んだヒトには、そんなのもう関係が無いんじゃないのかなぁ、って」
「うん、ソレは解る」
首を縦に振って向日が答える。
理由なんてすべてすっ飛ばして、結果論の【怨み】だけがそこにあるのだ。
向日の言葉に満足を得たような笑みを見せると、千石はノートを乾に返した。
「ソレは解ったけどよ、結局テメェは何が言いてーんだ」
苛ついた表情で跡部が続きを促す。
それにきょとんとした表情で千石が跡部に視線を向けて、ああ、と言葉を漏らした。
「だから、屋上から落ちた3年生の意思も、そんなに細かく考える必要は
 無いんじゃないかなぁって思ったんだよね、俺」
「アーン…?それって……」
「なるほどな、」
目を細めて訝しげに千石を見遣る跡部の傍で、合点がいったと手塚が頷いた。
「俺達はもう少し、単直に物を考えても良いのかもしれない」
「では手塚、この3年生の場合はどう見る?」
柳の問いに、手塚が一度だけちらりと乾に視線を送った。
話は乾から聞いた。やはり、そう考えるのが一番正しいのだろう。
そう思わせるだけの理由は、つい今しがた千石の話から得た。
「跡部と向日の話では、この3年生には死を選ぶだけの理由が見当たらない。
 ……遺書は?」
「さぁ……聞いてねぇが、この分なら恐らく無ぇだろ」
跡部の言葉に首を縦に振って、手塚が言い辛そうに視線をずらした。
「……そうか、ならばやはり発作的なのだろう。
 千石の言うように単純に纏めれば、単に 『死にたかった』 だけなんじゃないか?」
「死にたかった……だけ?」
「そうだ」
理由が無いのなら、その思いだけが正当な理由だ。
死にたかったから飛び降りた。
きっと本当は人間の思いはもっと複雑なもので、彼は彼なりの理由があるのだろう。
けれど、単純に見るならそこまで暴く必要は無い。結果論だけで良い。
そしてその結果論が。
「それが……忍足と同調している」
「………はァ?」
素っ頓狂な声は、当の忍足自身から発せられた。
「ちょ、ちょお待ってや。何やのソレ、」
「やはりどういう方向から切り込んでも、最終的には其処に辿り着くのか」
「いやいやいや、そこで柳も納得するんやなくって!!」
慌てて両手を振りながら忍足が口を開く。
「ほな何やの、俺が『死にたい』って思っとるとでも言うんかいな」
「ストレートに言えばそうなるな」
「冗ッ談!!やめてくれや!!」
手だけでなく首までも激しく振って、忍足はそれを全身で否定した。
だが柳はそれに困惑の表情を見せるだけで。
「俺、別に悩みがあるわけでもないし、死にたくなるほど辛い事とかあるわけでもないし。
 思うわけ無いやんか!?」
「………忍足。
 昨日、俺が言った言葉を覚えているか?」
「昨日?」
「そうだ。解決に導くために必要な事だ」
「確か……敵を知ることって言ったやんな。それと、もうひとつ……」
「その通りだ。そしてそれは今、知る事のできる範囲の情報を全て得た。
 次は……忍足。お前が、お前自身を知る事だ」
「俺自身…?」
「考えるんだ、忍足。
 どうしてお前がこの霊と、ここまで同調するに至ったのか、を。
 総じてこれは、お前自身の思いを知る事と同義だ」
真っ直ぐに自分を見てくる柳の視線から逃れるように、忍足は僅かに視線を逸らした。
膝の上に置いた己の掌を、ぎゅっと拳に固める。
もう一度、月曜日の昼休みを思い返して考える。
どうしてあの生徒の言動ひとつで、自分はあそこまで感情を乱したのだろうか。
今思い出しても、そんなに大した話をしたとは思えない。
彼の言葉も、さらっと流そうと思えば簡単だっただろう。
もう少し突き詰めて思い出したいが、途中で跡部達に遮られたせいかあの時視えたものは
どうにも中途半端なものだ。
もう一度、屋上に行けば視えるだろうか。あの時の事を、彼の視点で。

 

「俺……もう一回、屋上に行きたい」

 

ぽつりと漏らすように発された忍足の言葉に、乾が首を横に振った。
「今は止めた方が良い。また引っ張られるのが関の山だ」
「せやけど……」
「そうだな、俺も賛成できない。少なくとも、『区別』ができていない今は止した方が賢明だ」
「その『区別』が、屋上ではできたんやって」
「テメェ、それで今日屋上で何しかけたか忘れてんじゃねーだろうな?」
「……ッ」
柳に加えて跡部にまで反対されては、忍足には何も言えなかった。
もう少しだと、そう思うのに。

 

『忍足が、自分自身を知る事だ』

 

昨日、柳に言われた言葉を思い出しながら、忍足は困ったように瞼を伏せた。
自分の気持ちが一番解らないなんて。

 

 

 

 

                                 Did it know the truth?

 

 

 

 

<続>

 

 

金曜日終了。
おっしへの課題は、自分の気持ちを知ることと、ヤツと決別することですな。
こう書けば簡単そうに見えるんだけどなー…難しいなぁ。

三国志を書いていた時もそうなのですが、「死」をテーマに扱う話は本当に難しいです。
まだ歴史モノの場合は、「死」の定義が良い意味ですごく単純明快なのでマシなんですが、
(いや、それはそれで著すのがものすごく難しかったりするんですけどね…)
現代モノの場合は、もっともっと人の心情を突き詰めて複雑に絡めないといけないので…。(汗)
なんだか、こんなテーマを扱う事自体がおこがましいような気になってきます。

 

なんだかんだで、終わりまであと2日、頑張ります!!