<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Jumping
Friday X
単刀直入に結論だけ言えば、忍足とその3年生との間に接点は無い。
学年も違う、部活も委員会も違えば、何か特殊な状況でも無ければ出逢う事など無いだろう。
ならば忍足に覚えが無いという言葉は正しく、この2人に接点は無い事になる。
「大した事は聞けなかったぜ?
物凄くフツーな奴だったみてぇ」
「普通?」
「うん、ほら、やっぱ自殺だったら色々考えるだろ?
実は暗いヤツだったんじゃねーかとか、悩みがあったんじゃねーかとか、イジメにあってたんじゃ
ねーか、とかさ。普通あんまりイイ事は想像しねーじゃん?」
「確かに…そうだな」
「だが、聞く限りじゃあ、そんな風は無かったみてぇだな。
人に言えねぇ悩みなら解らねーが……少なくともそんな素振りは何も無かったらしい。
頭も良かったし運動神経も悪くねぇらしいから、成績絡みの悩みとは考え難い。
イジメどころか友達は多かったらしいし、明るくてイイ奴だったって言ってたな。
あと…ストーカー説も消えるぜ。ソイツには彼女も居たって言うからな」
その彼女は、月曜以降学校には来ていないらしい。
肩を軽く竦めると、向日は困ったように吐息を零してみせた。
「だーから、逆に不思議なんだってさ、どうして死んじまったのか」
「全くだ。良い人生送ってたんじゃねーのかよ」
理解できないと跡部が呟くと、向日も同意するように頷いた。
「……そうか」
ノートに字を書き付けていた手を止めて、乾が首を捻る。
確かにこれでは、死んだ生徒の【意思】は汲めない。
それどころか、忍足との接点がまるで無い。
いや、接点だけなら、ひとつだけ作れる瞬間がある。
月曜日なら、もしくは。
「今更のような質問で悪いけど、皆にひとつ答えて欲しい事があるんだ」
ノートのページを捲って、月曜日の事件が書かれている部分を開く。
「月曜日の昼休み、皆が何処で何をしていたか」
「……月曜日ィ〜?」
「まず先に俺から話しておくけど、食堂で昼食を採った後は委員会の当番で図書室に居たよ」
んなの覚えてねーよ!!と向日が頭を抱えるのを視界の端に捉えながら、乾はシャーペンを手に
視線を右へ向けた。
まずは隣に座っている、柳から。
「蓮二は?」
「食堂を出た後、教室に戻った。………割とすぐ例の件があったな。
その後は忍足が教室に戻ってきて、ずっと話をしていた」
「じゃあ、真田」
「俺か?俺は…昼食はお前達と一緒だったから良いな?
その後は手塚とテニスコートに行ったが。予鈴が鳴ってから教室に戻ったな。
騒ぎを知ったのはその時だ」
「じゃあ、手塚も行動は同じで良いのか?」
「そうだな。特に加えて話す事も無い」
「じゃあ、千石いこうか」
「えーっと……天気が良かったから屋上で飯を食って……ああ、そうだ。
サッカーの人数が足りないって言われて、向日と助っ人に行ったよ」
「ああ!!行った行った!!俺も一緒だぜ?」
「なるほど、じゃあ千石と向日は行動は同じなんだな」
「そういう事だね」
「次、跡部は?」
「アーン…?そういや……放送で呼び出しくらったな。
日直だからって、プリント配っとけって預かった」
「あー、俺知ってる。配ってたよね、跡部」
跡部と同じクラスの千石がその事を肯定してみせる。
そうなると、残りは一人。
「……忍足は?」
「ああ………なるほど、そういう事なんか」
乾の視線を受け、忍足が漸く彼の言いたい事に気付いて、口元にうっすらと笑みを乗せた。
今日、屋上でほんの少し視えたビジョンを思い出す。
あの時、ほんの少しだけ、『区別』できていたのだ。
もう名前も覚えては居ない相手だけど、確かにアイツはそこに居たように思う。
「忍足、お前は教室に戻る前、何処に居た?」
「……屋上や」
「1人だったな?」
「……1人やったな」
確か、最初に千石と向日がクラスメイトに連れて行かれて、程なくして放送で呼ばれた跡部が
職員室へと向かって行った。
「その後は、何をしていた?」
「何も。折角1人で静かになった事やし、昼寝でもしとこかなと思って」
「誰か来なかったか?」
「事件があったっちゅう事は、来よったんやろうなぁ」
「事実を元にした推測を聞きたいんじゃない。知りたいのは忍足の記憶だ」
居たかどうか、なんて覚えが無い。
それ以前に、教室で柳と喋る前の記憶が不自然なまでに朧げだ。
昼休みに視たものを思い出す。
あれは憑いた相手の記憶だ。確かにあの時、彼はあの屋上から飛び降りたのだ。
その時、自分は何をしていただろうか?
暢気に眠こけて誰かが飛び降りようとしているのに気付かないなんて、
そんな事は普通、考えられないだろう。
ならば、自分は見た筈だ。相手を、そしてその時を。
青い空が広がっていた。
真っ直ぐ前に目を向ければ、肩ぐらいまでの高さしかないフェンスが見える。
ゆっくりと、フェンスに向かって足を向ける。
すぐ間近に迫ったそれに指を引っ掛けて、下を見下ろした。
3階までしかない校舎の屋上、実際は4〜5階弱程度の高さ。
大した事のない高さのようでいて、足を竦ませるには充分な高さ。
引っ掛けていた指を外して、縁に手をかけ腕に力を込める。
フェンスを乗り越えるように足をかけて……ふいにその動きが止まった。
人の存在に気が付いたのだ。
ゆっくり視線を右へと向ける。
そこに居たのは……。
「死ぬんか、アンタ」
ああ、思い出した。
<続>
ほんの少しの接点が、運命を変えるんです。
次回は、月曜日の昼休みに起こった全てをお伝えしましょう。