<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Jumping
Friday W
普段通りに部活を終え、寮に戻って夕食を採った後、柳は忍足を自室へと呼んだ。
本当は忍足だけを呼んで結論へ行く前に情報を得ようと思っていたのだが、
昼休みに3年の先輩から得た情報も話したいからと言って、跡部と向日もついてきた。
そして、珍しく乾から手塚も呼んで欲しいとの強い希望があって、結局全員を呼ぶ事になった。
「まずは、俺と貞治が立てた仮説を話しておく。
今必要なのは、これからの対策でなく真実を正しく知る事だ。
途中の割り込みは禁止、間違っている部分があるなら、それは後で纏めて聞く」
そう前置きをして、柳が乾のノートを見ながら昼休みに自分達が立てた仮説を手短に話した。
まだそれは完璧ではない。いくつか疑問が残っているままだ。
「………何か、ややこしくなってきたんだけど?」
話を聞いた千石が、そうポツリと呟いてガリガリと頭を掻いた。
跡部も、向日も、忍足も、無言のままだ。
「とにかくまず言える事は……忍足はシンクロしていないのではなくて、
むしろその逆……そういう事なのだな?」
「仮説では、そういう事になる」
真田の問いに柳は頷いて答えた。
『シンクロ』 は 『同調』 。つまり憑いたモノと同じ 『思い』 を持っていて、初めてそれは完璧なものとなる。
『同調』 した事を感じ理解できるという事は、それはまだ心のどこかで 『区別』 しているという事だ。
「……まず、シンクロについて解りやすく説明しようか」
言うと乾がノートを開いて、白紙のページにシャーペンで1本の横線を引いた。
その線の右端に 『同調』 、左端に 『線引き』 と記す。
「この横線が忍足の 【意思】 だとする。此処に 【違う人間の意思】 という不純物が混ざる。
それが 『とり憑いた』 っていう現象だ。但し…この線の何処に当たるかは解らない。
それは、多分きっと忍足自身にも解らない事の筈だよ。それで…そうだな、ある程度の
区別をするのに境目を真ん中としておこうか、」
淡々と説明をしながら、横線の真ん中に乾が縦線で目盛りをつける。
「この目盛りより右側…つまり 『同調』 の方に寄れば寄るほど、忍足の意思により近いものであって
忍足が自分で言ったように、霊の意思と自分の意思を混同し間違えてしまう。
逆に、左側… 『線引き』 の方へ寄れば、それは忍足の意思とは離れているものであって、
忍足自身が気付き、ハッキリと区別する事ができる」
「えーと…じゃあ、左側に寄れば寄るほど、安全ってコトなんだね?」
「そういう事だよ」
千石がノートを覗き込みながら確認すると、うんとひとつ頷いて乾が続けた。
「次に向日が言ったように、例えば心を強く持てば霊を追い出せるとしようか。
でも、それって結局霊感がものを言うのであって、要は霊感の無い人間は憑かれる事すら
無いわけだから、憑く憑かないは個人差がある。
だから忍足が憑かれないようにする事は、体質上できないと仮定するよ?
じゃあ、向日の言う強さっていうのは、具体的にどういう現象を引き起こすのか」
乾が指で横線の1点を指した。丁度真ん中の目盛りと 『同調』 中間辺り。
それをゆっくりと、左側に向かって動かしていく。
「こう、 【違う人間の意思】 という不純物を、左に向かって寄せていくんだ。
すると忍足自身にも区別ができるようになって、最終的に……此処、」
トン、と 『線引き』 という文字の真上を指で弾いた。
「此処まで寄せれば、忍足の言う 『映画を観ているような映像』 になって、線引きの完了だ。
ここまで来ればもう安心だよ。そして更に左へ行けば…」
「え?でもこの先って線無いじゃんかよ?………あッ、」
向日がそう零して、すぐに気付いたように顔を上げた。
「そうだよ、この先は忍足の意思の外。つまり……追い出したという事だ」
「すげー……なんか、すっげぇ……!!」
具体的に図で示すとより解りやすくなったらしく、頬を紅潮させて向日が感嘆の声を漏らした。
千石も理解してくれたらしく、ノートを見ながらしきりに頷いている。
シンクロに対する説明は、この辺りで充分だろう。
「……待てよ、乾」
ソファに沈むように座り腕を組んで黙ったまま聞いていた跡部が、口を開いた。
「うん?何処かおかしかったかな、跡部」
「いや……理屈だけなら完璧だと思うぜ。
サツの取り調べまがいな事情聴取されてやっただけの事はあったんじゃねーの?」
「それはどうも」
「じゃあよ、今回の場合はどうなんだ?
忍足にすら気付かせない程の意思ってぇのは……」
「うん、そこからが本題なんだ」
元よりそれも説明するつもりだったと頷いて、千石が覗いていたノートを取り、跡部へと向けた。
「さっきも言ったけど、 『同調』 側に寄れば忍足自身の思いに近く、 『線引き』 側に寄れば寄るほど
それは離れていく」
「ああ、そうだな」
「さっきは左側に寄る事を前提に話したけど、じゃあ今度は逆を話そうか。
右側に寄れば、一体どうなると思う?」
「だーから、シンクロするってんだろ?」
「当たり。でも、半分はハズレ」
「あァ?」
訝しげに眉を顰めて跡部が乾を見た。
「言っただろう、この横線は忍足の意思だ。 『同調』 側だろうが 『線引き』 側だろうが、
この横線の上にある以上、それが大前提にあるんだよ。要するに……この横線の
どの位置に 【不純物】 があったって、意味合いは一緒」
「……ああ、それは解る」
「つまり、本当はこの横線に何かが混ざるという事そのものが、 『シンクロ』 なんだ」
「……ちょっと待て。それなら右に寄るだとか左に寄るだとか言うのは、
どういう違いになるんだ?」
跡部の言葉に頷いて、今度は柳が口を開く。
「 『同調』 の方に寄れば寄るほど、忍足自身の思いに近いという事だ」
「だからシンクロするんだろうがよ」
「それも正解は半分だけだな。
正確には、忍足の場合 『とり憑かれた』 時点で既に 『シンクロ』 は起こっている。
この左右へのブレは、度合いだけの問題だ」
「ああ…そうか、自分の意思なのかどうかの判断がし難くなるっていうヤツかよ」
「その通りだ。右に寄ればそれだけ自分の思いだと勘違いし易くなってしまう。
左に寄ればその逆で、忍足にとってはソレはただ 【そこにあるだけ】 の
自分のものと違う意思だと、自分自身で判断ができるようになるだろう。
ならば……跡部、此処ならどうだ?」
柳が乾からノートを受け取り、 『同調』 と書かれた文字を指差した。
それは、寸分の狂いも無いという事。
全く同じだということ。
思わず口を噤んで、跡部が視線を険しくさせた。
「だから俺達は訂正しなくてはならない。
忍足に 『気付かせない』 のではなく、忍足は 『気付かない』 んだ。
何故ならば、それは全く同じものだからだ」
ただ、2人分の意思はより強くその望みを主張するだけ。
「んじゃあさ、質問良いかい、柳?」
ハーイと手を挙げて言う千石に、柳が頷いて認める。
「 『線引き』 より左側、忍足の意思のラインより外側に出ちゃったら、追い出したってコト
なんだよね?それじゃあ、右側の場合ってどうなるのさ?
そっち側もラインの向こう……あるんだよね?」
「ああ……こうだと断定はできないが、恐らく……」
言いながら、柳はノートを自分の方へ向けるとシャーペンを手に何かを書き付ける。
そして手を置いて、ノートを千石に向けた。
『同調』の文字のさらに右側、ラインの無いそこに書かれたのはたった2文字。
「………憑、依?」
「そう…つまりそれが、 『乗っ取られた』 という状態だ。
当然、 『同調』 より右にあるのだから、本人の気付かない内に、な」
月曜日の化学室も、火曜日の駅前も、そして水曜日の部屋でも。
「今…現状として、忍足に憑いた奴はこの間を行き来している状態だ」
柳がそう告げて、指を 『同調』 と 『憑依』 の間で動かす。
「そんなの……どうやって追い払うんだよ。
侑士にだって気付かないヤツの意思なんてさぁ!!」
向日が大仰に嘆いて髪を掻き毟る。
そしてちらりと隣に座る忍足に視線を向けた。
さっきから彼は一言も発していない。
「……侑士?」
「ん?どうしたん?」
「いや……お前の事なのに、お前が何も言わねーからさ、
どうしたのかなーって思って……」
「別に……どうもせんよ?」
「侑士…?」
「まぁ、俺も話は色々あんねんけど、とりあえず皆の話全部聞いてからにしよって
思ってん。せやし、気にせんといたって?」
「そっか…」
にこりと笑む忍足に、向日がホッと息を漏らす。
見る限りではいつもと同じ忍足だ。
「…じゃあ、続きに入ろう。
今の忍足は 『乗っ取られた』 状態じゃない。だから、此処… 『同調』 の状態だ。
乗っ取られてはいないが、憑かれている事も感じない。そうだな?」
「ああ、合うとるよ」
「追い出すためには? 解るか、弦一郎?」
腕組みをして考え込むようにしていた真田が、ぽつりと口を開いた。
「具体的にどう、とは言い辛いが……この図でいくなら左に寄せてやるしか無かろう」
「そうだ。何とかして 『同調』 の部分から少しでも左に寄せてやらねばならない。
その為には完璧なまでに被っている 【意思】 に、ほんの僅かでも歪みを作って
やらなければならない。忍足自身が違うと思う程度には。
どうすれば良いと思う?」
「……………解らん」
素直に首を横に振ると、真田が苦々しく呟く。
それじゃあ、と柳は跡部に視線を向けた。
「跡部ならどうだ?」
「どうもこうも無ぇよ」
「どういう意味だ?」
「その結論に入るには、まだ足りてねぇモンが多すぎるだろうが」
「具体的には?」
「チッ……解ってるクセに性格悪ぃんじゃねーのか?柳よォ……。
要は、被ってる 【意思】 が何なのかすら解ってねぇつってんだよ」
「うむ……正解だ。さて、」
ノートを乾に渡して、柳は膝の上で自身の指を組む。
目は跡部と向日の方へと向いている。
「では、2つ目の本題に入ろうか」
「2つ目?」
「ああ。跡部と向日が仕入れてきた、死んだ3年生に関する情報だ」
そこから、忍足の意思に混ざり込んだ不純物の 【意思】 を探る。
「……まぁ、あんまりお前らの期待している程の情報じゃねぇんだけどよ、」
跡部と向日が顔を見合わせて、肩を竦めてみせた。
<続>
解明編に突入です。
ちょっぴり簡単に補足をしておきますね。
今まで跡部とか向日とかは、
『シンクロ』 = 『同調』
だと思ってたわけなんです。
でも柳や乾が主張する話では、あくまでシンクロと同調は別物であり、
『シンクロ』 = とり憑かれること
『同調』 = 憑いたモノの意思と憑かれた相手の意思が同じであること
『線引き』 = 憑いたモノの意思と憑かれた相手の意思が違うこと
更に言うなれば、
『消滅』 < 『線引き』 < 『区別』 < 『同調』 < 『憑依』
【← 忍足の意思の範囲内 →】
だという事になります。ちなみに当然ながら右にいくほどシンクロの度合いは酷いです。
『憑依』までいっちゃうと、完全に乗っ取られた状態になります。
ですが、やっぱし誰が読んでもわかるような説明っていうのが難しいです。
設定は自分でしたから、自分ではちゃんとわかってるんですけれども。(汗)
シンクロに関しては、乾がやったように紙に書いてみてもらえれば
ちょっとは解りやすくなると思われます。(やるヒトいるかな/笑)
それでも解り難いよーって部分があれば、言ってもらえれば説明します、ハイ。(汗)
もしどっかで矛盾点出てきても、笑って見逃して下さい…!!(小心者)