<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Jumping Friday V

 

 

 

 

 

 


昼休みの教室は殆どの生徒が遊び回っているのか、人数は極端に少ない。
それは柳のクラスも例外でなく、そこへ戻って柳と乾は2人、さっき向日が報告した内容を
見直してみる事にした。
少しは内情が解ったとはいえ、まだまだ疑問点が多い。
3年の生徒が亡くなったその理由も、どうして忍足なのかという事も。
「ここで…偶然って見方をするわけにはいかないんだろうな」
机に顎を乗せるようにしてノートを眺めながら、乾がぽつりと呟いた。
無論、忍足の【霊感】を前面に押し出せば、そういう理由も出せなくは無い。
月曜日に命を投げ出した生徒は、たまたま偶然霊感の強かった忍足にとり憑いた。
だからお互い面識が無いのも当然で、全ては忍足の持つ霊感のためである、と。
だが、そう結論付けるには余りにも意志が強すぎる。
亡くなった生徒の、忍足を連れて行こうとする意志が。
それは全く霊感の持たない自分達ですら、これは異常なのではないかと思わせる程だ。
そして2人には、どうしても引っ掛かる言葉があった。
「………俺と同じ、か………」
「それ、憑いてるヤツが言った言葉かい、蓮二?」
「そうだ。気になるんだ、どうしても。
 同じとは……どういう意味なのだろうな」
「自分と、『同じ』?」
「そう考えるのが普通だろう。
 だが、何をもって同じと言うのか……」
腕組みをして唸ると、柳はもう一度乾が書き留めたノートを見た。
そこには月曜日の飛び降り事件以降の事が、細かく記されている。
そこに、何かヒントは落ちていないものか、と。
「忍足に覚えが無いのなら、全く接点は無いんだろうな。
 少なくとも、彼が亡くなった後にそれらしい行動も態度も無かったんだろ?」
「それはそうだが………ん?」
何かに気がついたように柳がノートを手にして、そこに書いてある文字を漏らさぬように見つめる。
己の記憶と照らし合わせて、間違いないと柳は頷いた。
「貞治。ここ、間違っているぞ」
「え、嘘?どこだい?」
「此処だ」
柳が指差した先に書いてあるのは、月曜日に起こった飛び降り事件の事だ。
乾の記している内容では、事件があった時に柳は忍足と居た事になっている。
それは間違っていないのだが。
「忍足が教室に来た時には、既に外では騒ぎが起こっていた」
「あれ?飛び降りのあった瞬間には、一緒には居なかったんだ?」
「割とすぐに教室に入ってきたとは思うが…………、」
「…………。 ちょっと待ってくれ、蓮二、」
柳と乾は同時に同じ事を考えたらしく、2人して口を噤む。
いや、だけど、そんな筈は無い。
「……だが、忍足は教室に入ってきた時には騒ぎの原因が何かなんて
 知らなかったぞ?窓から外を見て驚いていたぐらいだ」
「じゃあ………教室に来る前、忍足は何処に居たんだ……?」
「…………それは、」
「それに、忍足は『屋上組』だよ。それも月曜日は天気が良かった。
 当然、昼は屋上で食べていただろう。…………もしかしたら、」
「貞治!!」
バンと机を叩いて柳が語調を荒げる。
それに特に気を害した風もなく、乾は眼鏡を押し上げるようにして努めて冷静に答えた。
「可能性の話だよ、蓮二。感情的になってはいけない」
「ならば他の3人はどうなる?屋上に行くのは忍足だけじゃない」
「そこなんだよ、問題は。それは聞いてないからね。その点は確認が必要だ。
 事件より前の行動なんて、全く盲点だったな……。
 だけど、もし……もしも、忍足が事件のあった時、」

 

屋上に、居たとしたら?

 

そうならそうで、更に疑問は増えていくだけだ。
もしもと仮定して、事件の前に忍足が屋上に居たとする。
どうして忍足はその事を言わなかった?そしてそれは他の3人も同様だ。
それに例え仮定が事実だとしても、それまでに挙がっていた疑問を解消させる答えにはなり得ない。
囚われてしまった、その理由が。
「囚われている…か。何にかな」
「死んだ生徒の思念に、か?」
「うん、向日が鎖は霊そのものだって言っていたから、その考えは間違ってないと思う。
 じゃあその人の思念って、何だろう?」
シンクロは同調だ。つまりそれは、同じ『思い』を忍足が持っている事になる。
忍足の言う『線引き』は、霊の『思念』と自分の『思い』が別物であると示す事だ。
だとすれば。
「シンクロしすぎているから視えない…というのは有り得ると思うか、貞治?」
ノートを見ながら柳がそう零すのに、乾が小首を傾げた。
「どういう意味?」
「忍足はシンクロしていないと言ったが…むしろその逆だとは考えられないか?
 全く同じ思いを忍足が持っているから、視えない。
 『線引き』して区別するどころか、どこからどこまでが自分のものかすら解らない。
 いや、解らないんじゃない………気付かないと、したら?」
「気付かないって……有り得るかな。だって、自分の『思い』なんだろう?」
思いは意思だ。
区別する部分が解らなくて振り回されるのならまだしも、己の意思にすら気付かないなんて事。
「或いは、深層心理なら……」
「深層…?」
「心の奥深く、自分ですら気付くことのない……決して知り得ないもの。
 人にはそういう部分があると聞いた事がある。
 もし、そこがシンクロしているのだとしたら……?」

 

鎖に縛られているその内側にあるものは、忍足自身すら知らないものなのだとすれば?

 

いつもなら気付くはずのものも気付かない。シンクロしている事実も、己の意思ですら。
ノートを閉じて、机の端に追いやる。
目を伏せて思うのは、【感情】の窺えない笑みを浮かべる友人。
「月曜日の化学室、火曜日の駅前、そして……水曜日の部屋。
 全てに共通して言えることは? 憑いた霊の目的は?
 ……ならば、それに完璧なまでに同調した、忍足は何を思っているのか?」
淡々と言葉を紡ぐ柳に、乾が僅かに表情を歪める。
答えなら簡単に導き出せる。だけど、答えられないのは信じたくないからだ。
柳の言う通りの仮説ならば全ての疑問が解決する。
囚われている理由も、憑かれてなお気付かない理由も。
そうなのだとすれば……昨日、泣いて助けを求めた彼は、本当は何もかもを諦めていて。

 

「もしかしたら………忍足は、死にたいと思っているのかもしれない」

 

けれど、本人はその事すら自覚の無いままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予鈴が鳴ったので、話を切り上げると乾はノートを手に席を立った。
教室へ戻るために廊下を歩きながら、知らず吐息が零れる。
もし、柳の仮説が正しいのだとすれば。
忍足が自分ですら気付いていない部分で死を望んでいたとして、それを乗り越えさせる為に
一体自分たちは何をしてやれば良いというのか。
術は見当たらない。
見当たらないどころか、更に踏み込んでもそこにあるのは絶望だけのような気がしてしまって、
自然と乾の歩みが止まった。
「………どうしよう」
どうすれば、良い?
小さく吐息を零して手元のノートを見遣る。
普段はテニスのデータを取るのに重宝しているそれを、今すぐ投げ捨てたい衝動に駆られた。
「乾?」
唐突にポンと肩を叩かれて、乾の身体がびくりと跳ね上がる。
振り向けば、不思議そうな表情で佇んでいる手塚の姿。
「………手塚?」
「何をしているんだ。もうすぐ本鈴が鳴るぞ」
「うん……そうだな」
「乾…?」
「…………。」
「来い、乾」
様子がおかしいと判断した手塚が、乾の腕を引っ張って歩く。
それについて歩いて、だが乾の口から零れた声は少しも慌てた風が無い。
「手塚、もうすぐ本鈴が鳴るんじゃなかったっけ?」
「構うな」
校舎の同じ階、端まで歩けば視聴覚室がある。
上手い具合に5限の授業で使うクラスは無いらしく、準備室に忍び込んだ。
後ろ手に扉を閉めて、手塚がじっと乾に視線を向けた。
「……何、こんな所に連れて来て」
ぽつりと誤魔化すように零した言葉も、通じているような気はしない。
別に通じていなくても困らないけれど。
「何か、大事な話でもあるのかい、手塚?」
「話があるのはお前の方だろう、乾」
「………。」
ぎゅ、と唇を引き結んで乾が押し黙る。
ドアの向こうで、5限の授業開始を知らせるチャイムが響いていた。

 

 

 

 

最初から、手塚相手に隠し事などできるとは思っていない。
別段隠し事をしたいと思っているわけでもない。
必要が無いから言わないだけで、聞かれれば何だって乾は素直に答えただろう。
だけど、自身の弱音になると話は別だ。
弱さを吐露する自分が情けないと思うし、そんな姿を見せたくもないと思う。
その相手が想いを寄せる人物なら尚更だ。
だが、手塚は自分に誤魔化す術を与えてはくれなかった。

 

「………俺は、俺達は、どうすれば良いんだと思う?」
柳の立てた仮説は完璧だった。
もしこの仮説が見当外れのものなのだとすれば、また1から出直さなければならない。
そしてこの仮説が、正しいのだとすれば?
「だけど、多分………俺は、」
それを確かめるのが、怖いのだ。
乗り越えるには高すぎる壁、それを忍足に自覚させてやることも、自分達が知る事も。
忍足に自覚させる事が逆に仇となる可能性だって捨てきれない。
その思いを自覚させて表面化された時、忍足がそれに抗えるかどうかも解らない。
八方塞がりというわけではない。道はひとつ残っている。
全てを忍足に告げて、且つ自分達が彼を守る。
もちろん、よりシンクロの度合いは酷くなるだろう。
もしかすると、最悪のシナリオがそこに待ち受けているかもしれない。
だから、ただひとつ残っている道の扉を開ける事が躊躇われるのだ。
その先を見るだけの覚悟が、自分には無いのだ。
「………ダメだなぁ、俺」
壁に凭れ掛かるように座り込み、ノートを脇に放り投げて乾が口元だけで苦笑を浮かべた。
「ココから先のデータを取るのが怖くてしょうがないんだ」
「………乾、」
「本当は今すぐにでも逃げ出したいぐらいだよ」
「乾、俺は……」
足音が近付いてきて、目線を持ち上げると真正面に手塚が立っている。
膝を抱えるようにして蹲る乾の前に膝をついて、ただ真っ直ぐに手塚は視線を向けた。
「俺は、お前に何をしてやれる?」
「………俺に?」
「そうだ」
「忍足にじゃないのか?」
「違う。アイツにしてやれる事なんてひとつしかない。それは質問にならない。
 ……お前には、一体何をしてやれば良い?」
それだけが思いつかない。
いつもそうだ、乾がテニスをできなくなった時も、今こうやって行き詰まってしまっている時も。
見ているだけしかできなくて、それがもどかしくてしょうがないのだ。
大切な相手だからこそ、力になってやりたいのに。
両腕をそっと伸ばす。
頭を抱えるように抱き寄せると、何の抵抗も無くすんなりと腕の中に収まった。
力無く項垂れるように手塚の肩に額を当てて、乾はゆるりと目を閉じた。
「……強いなぁ、手塚って」
「そんな事は無い」
「強いんだよ、本当に」
自分などとは比べ物にならない程。
そしてこうやって傍に居てくれて、必要な時にはこうして手を伸ばしてくれる。
自分がどれだけ彼から力を貰っているかなんて、きっと手塚自身はこれっぽっちも知らないのだろう。
悔しいから、教えてなんかやらないけれど。
「………手塚、」
「どうした」
「ほんの少しで、良いんだ」
「うん?」
「ほんの少しで良いから、俺に……」

 

 

真実を知る、勇気を下さい。

 

 

 

 

<続>

 

 

あれぇ?いつの間にこの話は塚乾になったんですか?(知るか)
何だか知らない内にすっかり自分の塚乾スイッチがONになってたらしいです。
さて、次がきっと金曜日の一番のヤマ場になるんじゃないかなーなんて、
まだ書き始めてもいない内からそんなコト考えてんですが。(笑)
次で、全ての謎が解けると良いな、うん。

 

って、もしかしたら既にオチ読めてるヒトいるかもしれないんですがね…?(汗)