<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Jumping Friday U

 

 

 

 

 

 


食堂へ向かうと柳達が待っていた。
ちゃんと4人分、空のトレーを机に乗せて席取りをしてある。
忍足が頼んだ通り、Aランチまで用意されている周到ぶり。
遅れて到着した4人も、忍足以外は食券を買うと(今回は向日が負けた)
配膳を受け取って席につく。
それを見計らったようにして、柳が口を開いた。
「どうだった?」
「それが、もう、すんごいの!!俺あんな体験初めてしたよ!!」
御飯を口に頬張りながら千石が身振り手振りで起こった事を話し始める。
確かに普通に生きていてあんな体験をする事自体まず有り得ないだろう。
「ふむ、なるほどな。いわゆるポルターガイストという現象か」
「エクソシストみたいだな」
「うっわ、怖ぇ事言うなよ!!」
「それで、誰も怪我は無いんだな?」
「それは問題無い……だが、憑いたヤツの正体に確証を得たぐらいで、実際は何も
 進展しちゃいねーんだがな」
サラダを突付きながら跡部が吐息を零す。
その隣に座っていた手塚が、忍足にふと視線を向けた。
どこか、元気が無いような気がするのだ。
ちゃんと食事はしているし、気のせいなのかもしれないけれど。
「……忍足、どうかしたのか」
「え?あ、何が?手塚」
「いや……」
「ああ、悪い。ちょおボーっとしとっただけやねん」
「なら良いが」
へらりと笑みを浮かべた忍足が、視線を目の前のトレーに向けた途端、また僅かに表情が沈む。
「忍足、やっぱりお前どこか……」
「ああッ!!もうアカン!!」
もう一度手塚が問いかけようするのとほぼ同時に、忍足がそう声を上げてバン!とテーブルを
掌で叩いた。
「……どうしたよ、忍足」
眉を顰めて窺い見る跡部に、キッと目線を合わせる。
「アカンねん、気分がクサクサしよる。ボーっとしとったらそのままテンション下がんねん」
「あァ?何言い出すんだ、唐突にテメェはよ」
「テニスがしたい」
「………は?」
それこそ唐突な話に、全員が忍足に目を向けた。
その視線を一身に浴びながらも、毅然とした表情で、彼は。

 

「テニスがしたいねんて」

 

コイツは自分が怪我人だという自覚はあるのだろうか??
頭痛のしてきた頭を押さえて、跡部がフォークでビシリと忍足を指す。
「テメェは自分が怪我人だっていう自覚が足りねぇんじゃねーか?アーン?」
「やって、俺怪我したん月曜日やん、それっきり一回もラケットに触ってへんねんで?
 このままやとノイローゼになって死んでまうわ」
「……そんなタマじゃねぇだろ、お前は」
「いや、死んでまう。だからテニスがしたい」
「駄目だ」
「したいねんて」
「駄目だっつってんだろ」
「お前がアカン言うてもやるで?」
「………乾、何とか言え」
聞き分けの無い子供を相手にしているようで、跡部は辟易した様子で乾に話を振った。
箸を置いた乾が、フム、と顎に手を当てて暫し考える。
「うん…まぁ、感心はしないけどね。テニスも激しい運動の内だし」
「せやけど、」
「だけど、今の忍足に必要なのは身体のケアじゃなくて、精神的なケアだと思うんだ。
 だからテニスをする事でストレスを発散できるのならば、むしろ止めるべきじゃない。
 そういうわけだから……まぁ、部活はさせてあげられないけど、昼休みに遊び程度で
 打ち合うぐらいなら良いんじゃないか?」
あんまり長く休ませすぎて、腕が鈍られても困るしな。
言うと乾が口の端を上げてニンマリと笑みを見せる。
「傷が痛むなら、すぐに止めるんだぞ?」
嗜めるように言う柳の言葉も、ラケットを握る事自体は認めている。
ぱっと顔を輝かせて忍足が椅子から立ち上がった。
「やった!おおきにな、乾、柳」
「あ、じゃあ俺付き合ってあげるよ。どうせなら相手居る方が良いでしょ?」
「うわ千石か〜…」
「おや、ご不満?」
「いやぁ、遊び程度で収まるんかなー、なんか本気出してまいそうや」
「だーいじょうぶ!ちゃんと手加減してあげるからさ、任しといてよ」
「千石に手加減されたら俺も仕舞いやなぁ〜」
「どういう意味だよッ!」
言い合いながら2人はトレーを片付けて、テニスコートへ向かうべく食堂を後にする。
それを嘆息交じりで見送った跡部が視線を戻して、思わずまた吐息が零れた。
「………行きたいなら行けよ、お前らも」
心底羨ましそうな視線を扉の向こうに消えていった2人に向けている姿を見せられると、
呆れるのを通り越していっそ笑えてくる。
跡部の言葉に反応して立ち上がったのは、手塚と真田だった。
「手加減はせんぞ、手塚」
「ああ、望むところだ」
頷き合うと、2人も手早く後片付けをして颯爽と出て行く。
根っからのテニス好きは、いつでもラケットを握っていたいらしい。
そして席に残っているのは、跡部、向日、乾、柳の4人。
「珍しい組み合わせだな」
「こういう席もまぁ、滅多に無いだろう」
お茶を飲みながら乾と柳が顔を見合わせて苦笑を見せる。
何となく察しはついていた。この2人が残った理由も。
「……さて、話があるのはどっちかな」
「何だ、バレてんのか」
乾の問いにヘヘ、と苦笑いをしてみせたのは向日の方。
「ならば跡部は?」
「あン?……岳人の話を聞こうと思っただけだが、悪ィのか?」
「いや、問題無い」
答えながら、乾は持って来ていたノートを広げて向日に視線を向ける。
「さ、向日の聞いたモノを、全て話してくれるかい?」
「ああ。今度はバッチリ聞こえたぜ?」
大きく頷くと、向日が口元を笑みの形に象った。

 

 

 

 

 

 

何かに形容するならば、鎖の擦れる音、というのが一番正しいだろう。
軋むような音しか聞こえてこなかったソレは、屋上への階段で一層強くその意志を
主張してきた。
鎖の引き摺るような音が、今も耳について離れない。
それは忍足の、階段を上る足音と同じ律動で聞こえてきていた。
「じゃあ……『忍足が』という主語をつけた方が正しいのかな、」
向日の話す内容を書き留めていた乾が、ぽつりと言葉を漏らす。
いつの間にか自分だけコーヒーを買ってきていた跡部が、一口啜って乾に視線を向ける。
「 『忍足が』、 引き摺っている…か?」
「そう」
「可能性はあるな」
柳もそれに頷くが、向日は一人、首を横に振っていた。
「俺は、違うと思った」
「じゃ、岳人はどう見るよ?」
俺にも一口、と言いながらコーヒーの入ったカップに手を伸ばしてきた向日の手の甲を
ピシャリと叩きながら跡部が問い掛ける。
打たれた甲を擦りながら向日が口を尖らせて答えた。
「 『侑士が』、じゃなくて… 『侑士を』、ってカンジだった」
「………忍足を…引き摺ってる?」
「そう。なんつーんだろうな、侑士から出てる鎖を引っ張って、引き寄せてるカンジ。
 だから、侑士が引き摺ってんじゃなくて、むしろ侑士が引き摺られてんの」

 

だから、鎖は恐らく『憑いているモノ』そのものなのだろう。

 

「乾や柳が言うように、心の強さが霊を追い出すんだとするならさ、
 きっと侑士は、その鎖をブッ千切るぐらいの強さを持たないと駄目なんだ」
「鎖を…千切る?」
「うん。だってあの鎖……侑士に絡みついてんだもん」
「厄介な…」
「だろ?」
眉を顰める柳に向かって、向日も苦笑を浮かべた。
ギシギシと締め付けるように聞こえていた鎖の音は、間違いなく忍足を捕えている。
強く絡み付いて、締め付けて、離さないように、逃げないように。
「忍足に何の自覚も無いのが痛ぇな」
「……少し視えたとは言ってたけどな」
結局、正体を決定付けただけで、関連は何も解らなかった。
少なくとも、忍足と何か接点があったのかだけでも突き止めなければならないだろう。
「先輩に聞いてくるかなー、やっぱ」
「そうだな。行くか」
向日と跡部はそう呟いて椅子から立ち上がる。
乾と柳がそれに頷いてみせると、2人は食堂から出て行った。
見送るようにしてから、柳がぽつりと口を開く。
「鎖……か。まるで、囚われでもしているようだな……」
「言えてる」
「とりあえず場所を変えようか、貞治」
「了解」
言うと2人もトレーを手に席を立った。

 

 

 

<続>

 

 

一歩ずつ、ゆっくりと真実に近付いていければな、と。
自分が知っている隠された真実を小出しにするのは、どこか難しいです。

 

あー…そんでおっしは今頃コートで大暴れしてるでしょう。(笑)
いえ書きませんが。
そういえば、真田も怪我人でした。(苦笑)

不死身かお前ら!!