<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Jumping Friday T

 

 

 

 


午前の授業が全て終了した事を告げるチャイムが鳴り響いて、教師が急ぎ足で教室を後にする。
それと同時にざわめき出した周囲を余所に、忍足はゆっくりと教科書を机の中に片付けた。
自分の席を立ち、1列挟んで向こうにある柳の席へと歩み寄る。
「ほな、ちょお行ってくるな」
「ああ。皆で行くのか?」
「そうや。最初は跡部と2人で行こかって話ししててんけど、岳人も千石も行きたがってな、
 結局全員で行こうって事になったわ」
苦笑を浮かべると忍足が財布の中から千円札を一枚取り出して柳に差し出した。
「様子見だけやし、すぐ戻ってくるからAランチ頼んどいてぇな。
 ついでに席も取っといてな?」
「……ちゃっかりしている」
柳が吐息を漏らせば、忍足が「それが関西人の性ってヤツやねん」と答えて
教室を出ようと背を向けた。
その背中に向かって、言う。

 

「釣りは貰っておくぞ」

「あかん!!」

 

即答で怒鳴るように返ってきた返事に、柳の顔からも自然と笑みが零れた。
廊下に出れば、壁に凭れるようにして跡部が立っていて、隣を見れば向日も千石も居た。
「何や、迎えに来てくれたん?嬉しいやん」
「バーカ。どっちみち此処の前通らねぇと階段まで行けねぇだろうが」
「そうそう、俺らの方が先に終わったみてーだしな!」
「ま、ついでってヤツだよ、忍足」
「うわ酷ッ!!冗談でもええから、『迎えに来てやったぜ、忍足』ぐらい言えへんのかお前ら」

 

「「「迎えに来てやったぜ、忍足」」」

「どつきまわしたろか、お前ら」

 

言って、4人で笑い合う。
大丈夫だ。何があっても、この関係は変わらない。だから、大丈夫。
自分の周りは、いつでも変わらない温かい世界がある。

だから、大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ、岳人」
先頭を切って階段を上りながら、跡部が後ろの向日を振り返った。
それに向日がうーんと唸りを上げる。
まだ微かにしか聞き取れないが、だが確かに【音】はしている。
「聞こえるような…聞こえないような……音が小せーよ」
しかめっ面をして唸りながらも、足は上の階へと進んでいく。
最上級生のクラスがある3階を越え、もうひとつ上へ。
と、そこで忍足の足が止まった。
「……どうしたんだい、忍足?」
しんがりを行く千石が不思議そうに訊ねるのに、跡部と向日も後ろに目を向ける。
ただ、階段の先に視線を向けたまま、忍足は呆然と立ち尽くしていた。
「忍足?」
訝しげに跡部が声をかける。様子がおかしい。
急ぎ足で階段を下って、忍足の前に立った。
「どうした?」
「……い、や……何でもあらへんよ」
「何でもないって顔じゃねぇだろ」
「ちょっと……嫌な感じがするだけや」
「この先か?」
「…うん、」
忍足がそう答えるのを聞いて、向日が上の階へと駆け出した。
踊り場を回って、最後の階段。
視線を前へ向けると相変わらず鎖で塞がれ南京錠がかけられている扉が見える。

 

ちゃり…

 

聞こえた音に、向日が身を強張らせた。
さっきよりは明らかにハッキリした音だ。

 

ちゃり……じゃらっ……

 

鎖のような音。それは決して目の前の扉にかけられている鎖から発せられているものではない。
「何だ…?」
一昨日の夜に乾が言っていた言葉を思い出した。【音】には種類があるようだと。
それがどういった分別なのかは自身でも解らないが、この音にも何か…何か、意味があるのなら。
「……何、だろ……」
じっとそこに立って、向日は耳を澄ました。
この音の意味を探り取るために。
「どうだ岳人、何か聞こえるか?」
後ろから跡部の声が聞こえて、向日がちらりと隣に視線を向けた。
そこにはちゃんと忍足と千石の姿もある。
もし、屋上の方へ忍足を近付けたら、もう少し何か判るだろうか?
「侑士、ちょっとこの階段上ってみてくれよ」
「……俺が?」
「そう、ちょっと……確かめたい事があって」
「鍵、どうするん?開けてまう?」
「触んなくていい」
「了解」
頷くと、忍足が屋上への扉へと続く階段に一歩、踏み出した。

 

ぢゃらっ……

 

同時に聞こえたのは、さっきの音。
忍足が歩く速度に合わせて、それは聞こえてくる。

 

ちゃり……

 

まさか、これは。
「侑士!!戻れ!!」
「なん?」
向日の呼ぶ声に忍足がくるりと後ろを振り向いた瞬間だった。

 

ぱんぱんぱん!!

 

「え…!?」
「な、何やの…ッ?」
「気をつけろ、様子が変だ!!」
「な…何なんだよ一体ッ!?」

 

バンッ!!

 

目の前のドアを塞いでいた鎖と南京錠がはじけて飛ぶ。そして勢いよくそのドアが開かれた。
突如吹き荒れた突風に、全員が1歩後ろに下がる。
「ちょっとちょっとちょっと!!何だよコレ!!ポルターガイストってヤツ!?」
風を腕で避けるようにして、喚きながら千石が前方に目を向ける。
「うわっ、風キツすぎるんじゃねーのッ!?」
「忍足はどうした!アイツ至近距離でモロ食らったんじゃねぇのか!!」
半分怒鳴るようにして言った2人の背中を、忍足の動きを見ていた千石が
慌てて押すようにして前に出た。
「大変だ!!忍足屋上に行っちゃったよ!!」
「マジかよっ!?……跡部!!」
「うるせぇゴチャゴチャ言うな!とにかく追うぞ!!」
小さく舌打ちをすると、跡部は階段に向かって1歩踏み出した。
とにかく忍足を追いかけて捕まえなければ。

 

 

 

 

青い空が広がっていた。
真っ直ぐ前に目を向ければ、肩ぐらいまでの高さしかないフェンスが見える。
今自分が見ているもののようで、自分が見ているもののようでない。
ああ、シンクロしたのだと、そこで漸く理解した。
ゆっくりと、フェンスに向かって足を向ける。
すぐ間近に迫ったそれに指を引っ掛けて、下を見下ろした。
3階までしかない校舎の屋上、実際は4〜5階弱程度の高さ。
大した事のない高さのようでいて、足を竦ませるには充分な高さ。
引っ掛けていた指を外して、縁に手をかけ腕に力を込める。
フェンスを乗り越えるように足をかけて……ふいにその動きが止まった。
人の存在に気が付いたのだ。
ゆっくり視線を右へと向ける。
そこに居たのは……。

 

「何してんだ、忍足」

 

「あ、とべ……?」
「危ねぇだろ。降りて来い」
厳しい表情で腕組みをして仁王立ちするその姿は紛れも無く跡部景吾だ。
そしてその横には心配そうな表情の千石と、向日も居た。
「早くこっちに来いって!!侑士!!」
向日が怒鳴るのに我に返って今の自分の状況を知る。
フェンスを半分乗り越えた状態で、その向こうにはもう、何もない。
「うわ怖ッッ!!!」
短く悲鳴を上げて、忍足は慌ててフェンスから飛び降りた。
もう少しで、憑いたヤツもろとも落ちてしまうところだった。
「うっわ…めっちゃ危なかったわ。助けてくれてありがとうな」
「これ以上ココに居たらやべーよ!!早く下に降りようぜっ!!」
ぐいぐいと腕を引っ張ってくる向日に、忍足は小さく苦笑を浮かべた。
確かにこれ以上此処に長居は無用である。
問答無用で取り込まれてしまう前に、まだ自分だけの意志で動いている内に、逃げた方が賢明だ。
千石と跡部が屋上のドアから中へと入り、それに続いて向日が押し込めるように忍足を進ませる。
最後に自分が中に入って、急いでドアを閉めた。

 

ぎし…っ

 

鎖の軋むような音が聞こえて、向日が眉を顰める。
大体状況は飲み込めた。この【音】が放つ意味も。
「侑士、何か解ったのかよ?」
自分は少し前に進めたが、肝心の忍足が何も掴めてなければ完全に無駄骨だ。
向日の問いに忍足が視線を向けて、首を縦に振った。
「ああ、視えたで。少なくとも正体を知るんに充分な程度にはな」
「やっぱりそうなワケ?」
千石の言葉にも肯定の意味を篭めて首を縦に振る。
「確かに、月曜日にココから落ちたヤツやったわ。それは間違いあらへん」
「他は?」
「うーん…シンクロしてる途中でお前らに止められたしな……よく解らん部分も多いんや。
 けど……」
「けど?」
「いや……何でも無い。とりあえず下に降りようや。腹減ってきたわ」
さっさと階段を下り始めた忍足に、3人は顔を見合わせたが、肩を竦めると
仕方無さそうに後を追いかけた。

 

 

<続>

 

 

ええと、ここからは今までの更新とは違って、1本ずつゆっくり書いていこうと思います。
ゆっくりと解決に向けて進めていこうと考えているものですから。
金曜日は、色々と解明していこうと思います。
忍足に憑いてるモノの正体とか、忍足との関係、とか。
オリキャラと称すほどの出番もありませんが。(笑)
いえいえ余りオリキャラ出すのって好きくないんですよー…。

 

ま、ともかく、金曜日の始まりです。