<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Too
sweet Thursday Y
真夜中に目が覚めて、跡部はベッドに横たわったままでぼんやりと天井を見上げた。
寝室は闇で覆われていて、今が何時なのか見る事もできない。
あれから、結局誰一人自室へ戻る事はなかった。
夕方まで仮眠をとって、それから皆で喋ったり騒いだりしながら過ごして、
夕食も皆でこの場所で採った。
それから順番に風呂に入って、また騒いで。
忍足がキッチンの棚から隠していた酒を少しだけ出してきた。
不思議なものだ。
自分達の秘密を洗い浚いぶちまけて、何か変わっただろうか?
誰も、変わりはしなかった。
いつもと同じ風景が、そこにはあった。
ふと、自分の隣にある筈の気配が無い事に気がつく。
今度は忍足のベッドを自分と忍足が、真田のベッドを真田と柳が使っている。
身体を起こして見回せば、真田と柳は変わらず眠っているし、少し視線をずらせば
205号室から持ってきた毛布に包まって眠っている千石と向日も見える。
だが、この部屋のどこにも忍足の姿は見当たらなかった。
静寂の漂う室内が、やたら気持ちを焦らせる。
ベッドから抜け出して隣の部屋に向かう。
そこにはソファに寝そべって眠る手塚と乾の姿があった。
やはり忍足は居ない。
どこに行ったのだろうかと視線を巡らせると、ベランダの扉が開いていて
風に揺れるカーテンが目に入った。
確か夜になって肌寒くなってきたからと、柳が閉めた筈。
ドキリと心臓が跳ね上がった。昨日の今日だ、不安にならない方がおかしいだろう。
ベランダに近付いて、カーテンを横に引く。
月明かりが僅かに室内を照らしたが、手塚と乾にまで届く事は無い。
ベランダに一人佇む見慣れた背中に、自然と安堵の息が漏れた。
「……忍足」
遠慮がちに声をかけてしまった自分がらしくなくて内心舌打ちを漏らしながら、
人工芝のマットが敷かれたベランダへと一歩を踏み出す。
「何や、起きたんか」
「目が覚めたんだよ。お前はこんなトコロで何してやがる」
「ん〜…?月見、かな」
自分に背を向けたままで忍足は淡々と答える。
その隣に並ぶように立って、跡部も同じように月に視線を向けた。
煌々と光を放つそれは、雲の無い空にぽっかりと浮かんでいる。
暫くお互い無言で空を眺めていたが、ふいに忍足が口を開いた。
「………やっぱ、ええ奴らやわ」
「あ?何だイキナリ」
「ええ奴らを友達に持てたなぁ、思ってん」
「お前そりゃあ、今更すぎんだろ」
思わず苦笑を漏らして跡部が肩を竦める。
それに忍足も緩く口元を持ち上げた。
そうだ、今更だ。今更、思い知ってしまったのだ。
「せやしな、跡部。
俺は自分がどんだけ頑張ったかて、皆がどんだけ大丈夫や言うたかて、
怖いっていう気持ちは消えへんと思うねん」
「シンクロがか?」
「………皆を、傍へ置いておく事が、や」
「お前、まーだそんな事…」
「人の話は最後まで聞こうや、跡部。
でもな、思ってん。今まではそうやって友達を遠ざけて、自分が我慢しとったら
そんでええと思ってたし、ずっとそうやってきた。
でも……今はちょっと違うねん」
「どう違うんだよ」
「んー…やっぱり俺は、皆と居るのがええ。我慢なんてきかへん。
この場所が、皆で騒いどるのが、ほんまに好きなんや。
離れるなんて考えたない。………凄く、我儘になってまう自分が居る」
「…………そうかよ」
手摺の上で腕を組み、そこに己の顎を乗せると忍足が憂鬱そうな吐息を零した。
「なんや、今更そんな我儘言うなんて思わんかったわ。恥ずかしい」
「……良いんじゃねぇの?」
忍足はひとつ、強さを得た。
例え本人が我儘だと嘆いても、やはり一歩下がって後ろを向かれるよりはずっと良い。
そしてそうやって少しずつ強くなっていく彼を、自分はずっと見つめてきた。
強さを得て微笑む彼は、とても綺麗だと思う。
その事に気付いた時に熱くなった胸は、今でもよく覚えている。
だから、自分は彼が好きなのだと。
「忍足」
「……何?」
真っ直ぐ彼に視線を向けて、跡部がゆっくりと口を開いた。
「お前が、好きだ」
驚いたような視線が自分を捉えたので、口元にニヤリと笑みを乗せる。
目を丸くさせた忍足が、すぐに訝しげな視線に変えて。
「…………それ、去年あたりに聞いたような気ぃするわ」
「ああ、そうだな」
「もっぺん言うんか」
「何度でも言ってやれるぜ?」
「そんなん何度も言うもんちゃうで」
くすくすと笑んで言う忍足に、跡部が僅かに視線を逸らせた。
「まだ、お前の答えを聞いてねぇからな」
「知りたいん?」
「……と、思ってたが、」
「うん?」
言いながらまた忍足に目線を戻すと、不思議そうな顔で忍足が身体を起こして向き直った。
「この件が片付くまで、保留で良い」
「……そう?ほな、そうしよか」
にこりと笑みを乗せて頷く忍足の腕を、跡部がやんわりと掴んだ。
射るような視線で、蒼い瞳が自分を捕える。
捕えて、離さない。
心臓が跳ね上がるような感じ。やはり跡部の瞳は心臓に悪いと思う。
「どうしたん?」
「…だから、お前は此処に居ろ」
自分の、傍に。
ゆっくりと目を伏せて、忍足が緩く息を吐いた。
跡部の言葉はいつも自分を落ち着かせる。
きっと彼自身に、それだけの強さがあるのだろう。
「おおきに、跡部」
だから自分は、それに釣り合うぐらいの強さを得なければならないのだ。
「……意外と跡部は押しが弱いと見た」
「覗きは感心しないのだが、」
「何言ってるんだよ、自分だって見てるクセに」
室内にデバガメが2人、もちろん乾と手塚である。
一頻り眺めていたのだが一向に発展する様子も無いので、乾が諦めてカーテン脇から離れた。
人の恋路を見守って何が楽しいのかと、手塚はやはり首を捻ってしまうのだが。
「まだ結構時間があるね。寝直そうか」
明日はまた学校がある睡眠はしっかりと取っておかないといけない。
大きく伸びをした乾の肩を手塚が掴んで止める。
「…何?どうし…」
振り向いて訊ねようとした乾の言葉は途中で手塚の唇に飲み込まれた。
僅かの間の後にゆっくり離れると、真っ直ぐに乾を見つめて手塚が言う。
「忍足を助けるぞ、乾」
「………イキナリだな。脈絡が無い」
普段余りこんな風に近付いて来ないくせに、いつも手塚は唐突に寄ってくる。
このタイミングがまた、全く読めない。
だから自分は、いつもこの男に振り回されてばかりだ。
呆れ半分困惑半分の吐息を零して乾が肩を竦めると、手塚がもう一度言った。
「頑張ろう、乾」
ぐっと拳を突き出してくる手塚に、乾の口元が僅かに綻んだ。
冷静な男に見えて、実はこの仲間の中で一番熱い男なんじゃないかと思う。
「……そうだな、頑張ろう、手塚」
ごつりと自分の拳をそれにぶつけて、乾は笑みを浮かべた。
ああ、こういうのも悪くない。
「あんなぁ跡部、思うんやけどな、」
ぼんやりと夜空を眺めて、忍足が呟くように話し掛ける。
それに無言のまま視線で先を促すと、こくりと頷いて忍足がまた口を開いた。
「柳と乾が言う、俺に憑いてる奴って……まぁ、まだ疑惑の段階やろうけど、
ソイツって屋上から落ちたんやんな?」
「そうだったな」
「ほな、屋上に行ってみたら、何か解るやろか……」
「……屋上?」
眉を顰めて跡部が鸚鵡返しに問い返すと、忍足は首を縦に振った。
だが、確かあの場所は。
「鍵かかってるじゃねぇかよ」
「…そんなん、どうとでもなるやろ?」
「壊すのか?」
「ちゃうって、こうな、ヘアピンでちょいちょいっと…」
「お前、何モンだよ」
鍵を開ける仕草をしてみせながら忍足が言うと、跡部が苦い笑みを浮かべる。
けれども、シンクロしていない忍足だって現場を見れば何か感じるかもしれないし、
仲間達に何もかもを任せてしまうわけにもいかない。
自分達だって、手掛かりがありそうな所は手当たり次第調べるべきだ。
「そうだな……俺様も付き合ってやるよ」
「ほんま?おおきにな」
にこりと笑みを浮かべて忍足が礼を述べると、跡部が満足げな視線を向ける。
やっぱり、謝られるより礼を言われる方が、ずっと良い。
忍足の目の前に手を持っていくと、強く握り締め拳を作る。
それを不思議そうに見て、それから忍足はその視線を跡部へと向けた。
「……なに?」
「負けんなよ、忍足」
彼を蝕む、全てのものから。
唇を笑みの形に歪めてそう言うと、それに応えるように忍足も手を伸ばした。
「ああ………負けへんで」
ごつり、と拳をぶつけると、忍足が目を細めるようにして笑みを見せた。
Did
the wish of you reach?
<続>
木曜日、終了。
……しかし、跡忍のハズなのにさりげに塚乾……。(汗)
えー!!どういうコトよー。(笑)
まぁ、跡忍も塚乾もスキなので、自分的にはOKなんですが。