<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Too
sweet Thursday X
「で、どうなんだよ」
目の前にある大皿からサンドイッチをひとつ手に取り、跡部が柳に視線を向けた。
それに乾のノートを覗いていた柳が顔を上げる。
「どう、とは?」
「憑いてるヤツの正体。何か判ったのか?」
「……まぁ、あくまでまだ可能性の段階であって、確信はしてないんだけどね、」
サンドイッチに齧り付きながら同じくノートに視線を向けていた乾が代わりに答える。
「ポイントはいくつかあるよ。
まずひとつ目。忍足の周りでおかしな事が起こり始めた時期…それから、忍足が
あちこち怪我をし始めた時期でもあるよね、それは3日前の月曜日からだ。
それから、ふたつ目。真田と向日が聞いている『忍足でない何か』の声。
問題になるのは声じゃなくて、その内容だ。
はい真田と向日、もう一度答えて。」
「え?えぇ??…えーっと、俺が聞いたのは『俺と同じだ』って言葉だったぜ、確か」
突然指名されて一瞬びくりと肩を竦ませたが、コーヒーを啜りながら向日が答える。
「それから、『どこが違うんだ』とも言っていた」
頷きつつ、真田も向日に続く。
「さて、ポイントはどこだと思う?はい手塚」
まるで何かの授業を受けているようだと眉を顰めつつも、手塚が内心嘆息しながら
それでも素直に答えた。
「……まるで忍足の事を知っているみたいな口ぶりだ」
「ご名答。じゃあ、ここまでの内容で推測されるのは何かな?……忍足?」
乾の掛けている眼鏡の奥で瞳が微笑む。
カップに入った温かいスープを飲みながら、忍足が考えるように視線を上へ向けた。
自分の事を知っていると言うならば、まず間違いなくこの学校の中の人間だろう。
地元ではないこの場所では、学校の人間以外で知り合いらしい知り合いはいない。
そして月曜日。事件と言えば。
「そういや……誰か落ちて死によったな、屋上から」
「はい正解。とはいえまぁ、本当に偶然その日と重なって何か違うモノが入ったかもしれない。
その可能性は最後まで捨てきれないから、100%そうだとは言わないけど」
「ちょっと待てよ、あれって確か3年じゃ無かったか?」
訝しげに訊ねる跡部に柳が頷いて肯定する。
「そうだな」
「ちょお待ってや、確か朝礼ん時に名前聞いたけど…ああもう忘れたわ。
とにかく俺、そんなヤツの事知らんで?知り合いちゃうし」
「そうだな……けれど、こういう可能性もある」
忍足の言葉に、サンドイッチを咥えながら柳が事も無げに答えて見せた。
「お前が相手を知らないからといって、相手がお前を知らないとは限らないだろう?」
ぞくり、と忍足の背中を冷たいものが走る。
自分が知らないのに、その名前も知らない相手は自分を知っていたと言うのだろうか。
気分の良い話ではない。
「………キモいわ。ストーカーやん」
「あはは、それは嫌だよねー、忍足」
「笑うトコちゃうわ、千石!」
「とりあえず……調べないとな」
「何をだ、蓮二?」
「その3年の事だ、弦一郎」
もしかしたら、調べていく内に心当たりにぶつかるかもしれない。
とにかく、何かしないと始まらない。動かなければ。
うんと頷くと、カップに残ったコーヒーを一気に飲み干して千石がソファから立ち上がった。
「そういう事は早い内がイイよね?俺、ちょっと先輩のトコに行って訊いてみるよ。
その人のコト知ってるかもしんないじゃん?」
3年生に知り合いなど、同じテニス部の上級生ぐらいしか心当たりは無い。
そこからぶつかっていくしかないだろう。
だが、それを眺めていた忍足が、ゆるりと笑みを浮かべて口を開いた。
「ええから座っとき、千石」
きょとんとした視線が忍足を見る。
千石だけでなく、そこに居た全員が驚いたように、中には不思議そうに、目を向けていた。
口元にカップを運んで傾けながら言う忍足の口調は、穏やかだ。
「……どうして止めるのさ、忍足?」
「そんなん、明日でええよ」
「明日?」
「今日は、皆休んどき」
「でも、忍足」
更に言い募ろうとする千石を手で制して、忍足が目元で微笑んだ。
「元気にしてればバレへん思うとったら間違いなんやで、千石。
………それから、乾もや」
「俺もか?」
「お前ら、全然寝てへんやろ」
ぽつりと呟いた言葉に、千石と乾がウッと言葉に詰まった。
訝しげな視線を乾に向けて、手塚が確認の問い掛けをする。
「本当か、乾?俺には起きたところだと言っただろう」
「……俺は、徹夜は慣れてるから平気なんだけどね、」
「千石もか」
「いやぁ、うん、その………なんだ、」
頬を掻きながらあさっての方向へ視線を流し千石が何とか誤魔化そうと試みたが、
生憎丁度良い言い訳は思い浮かばなかった。
「平気やからなんて言い訳にはならんねん。
他の皆かて、そんなに寝てへんのやろ?
今日はゆっくりしようや。俺も今んトコは大丈夫そうやし……な、岳人?」
「んー?うん、大丈夫。今は何も聞こえないぜ?」
「ほら、安心や」
長い付き合いだ、向日の能力は充分信用している。
戦う覚悟はもう出来た。だから、大丈夫。
「そうだな、休んだ方が良いんじゃねぇの?」
本当に寝てないとするならば、乾も千石も体力的に心配だ。
跡部がそう言うと、手塚も同意するように頷く。
「何があっても大丈夫なように、忍足は当然だが俺達も体調を万全に整えて
おく必要があるだろう。乾と千石は少し休んだ方が良い」
「それを言うならお前もだ、手塚」
持っていた乾のノートを脇に置いて、柳がビシリと手塚を指差した。
「俺は問題無い」
「何を言う。お前だって大して睡眠は取っていないだろう?」
「おい蓮二、人を指差すんじゃ…」
「うるさい弦一郎。怪我人はさっさとベッドにでも戻っていろ」
「な…っ!」
「フム、蓮二も睡眠不足みたいだな、いつもの3割増しで機嫌が悪い」
「でも寝ろっていっても眠くないしねぇ」
「ダメダメ千石!お前は寝た方がいいって!」
「そんな事言うけどさ、向日だって言うほど寝てないじゃん?
明け方まで『侑士〜侑士〜』ってメソメソしてたクセにさぁ」
「な…っ!!今はそんなコト関係ねーだろー!?」
バンッッ!!!
激しくテーブルを叩いて口喧しく至る所で口論が勃発していたソレを一瞬で止めたのは、
やはり忍足だった。
しん、と静まった周囲をぐるりと見回して、にこりと忍足が笑みを浮かべる。
「お前ら全員、大人しゅう寝といたらええねん」
地の底を這うような声。
表情とは裏腹に、声音には僅かに殺気まで篭っている。
クックック…と隣から押し殺した笑いが聞こえて目を向けると、ずっと聞いていたらしい跡部が
我慢できないとばかりに腹を抱えて笑い出した。
「アッハッハッハ!!忍足の勝ちだ、言う事聞いた方がいいぜ?」
「跡部もやで?」
「解ってるっつーの」
「今からやったら結構寝れるやん。此処の片付けは俺がやるから、
お前らは一旦部屋に戻って寝ぇや、な?」
「バーカ、」
漸く笑いの収まった跡部が立ち上がって、隣の部屋へと歩みを向けながら
ちらりと後ろを振り返った。
「お前のベッド借りるからな」
戻る気なんてない。離れる気なんて、無い。
3時間経ったら起こせと言って、跡部は寝室に入っていった。
暫しの静寂が流れる。
それを打ち破るように口を開いたのも、やっぱり忍足だった。
「……ベッドの空きは、あと1つやな……」
その言葉に反応したのは千石と向日。
自分達だって、この部屋から離れてやる気なんかない。
だが、やはり寝るならベッドが良いと思うのは当然だ。
あとの空きは、真田のベッド。
「さな…」
「待てお前達」
それを制したのは柳。
邪魔された事に抗議の色を乗せた視線を2人が向けると、柳は手塚と乾を手招きした。
「弦一郎のベッドは手塚と貞治が寝ると良い。
2人だと少し窮屈だろうが、ソファよりはマシだからな」
「うっわズルイ柳!!」
「何を言うんだ。睡眠時間の短い者に、ここは譲るべきだろう」
「だったら俺も徹夜組じゃないかー!」
「忍足のベッドがあるだろう?」
しれっと答える柳に、千石がポンと手を打った。
「それだ!」
言って千石が寝室へと駆けていく。
どうなる事かと見守る面々。
そして予想通りの展開が待っていた。
「だぁッ!!何勝手に人の寝込み襲おうとしてやがんだ、あァん!?」
「襲うだなんてヒドイなぁ、ちょっと添い寝してあげようって思っただけじゃんかー!」
「うるせぇとっととどっか行きやがれ!!」
「うわゴメン冗談だから蹴落とそうとするのはやめて下さい跡部サマ!!」
「アーン?人の睡眠邪魔しやがって今更どんな言い逃れするつもりだ!!」
「だからゴメンってば俺も寝かせてくれよー!!眠いんだよー!!
入れてくれないと忍足に告げ口するからなー!!」
「ンなでけぇ声で喚いてたら丸聞こえなんだよ馬鹿野郎!!」
ギャンギャンと隣の部屋から聞こえてくる怒鳴り声に、思わずそこに居た全員が吹き出した。
<続>
ご、ごめ…っ!!当初の予定の5話では終わらんかった…!!
やっぱりいつものペースを取り戻した彼らはすごく書きやすいです。
シリアスもイイけど、やっぱりこういうノリだよね!!
だけどすんません、あと1本だけ書かして……!!
次は跡忍なの!!跡忍だから書かして!!(真剣)