<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Too
sweet Thursday W
柳に腕を強く引っ張られて、引き摺られるようにドアへと向かう。
ゆっくりと柳がドアを開ける向こうに、忍足が小さく息を呑んだ。
ソファの背凭れに頭を預けるようにして跡部が、その跡部の肩に頭を乗せて向日が、
向かいのソファに真田と手塚が寝ていて、隣接するキッチンに目を向ければ、
乾と千石がなにやら食材と格闘している。
忍足が出てきた事に気がついた千石が、ヘラっと笑顔を見せた。
「あー、起きたんだね忍足!おはよッ!!」
「今、朝食を……違うな、昼食を準備してるから、少し待っててくれ。
サンドイッチで構わないだろう?」
「ちょっと聞いてくれよ柳!さっきから乾、怪しげなモン色々放り込もうとするんだよ!!
さっきから止めるのに大変でさぁ!!」
「…データのためだ」
「俺達を実験台にするな!!」
黙々とパンの間に具を挟む作業を進めながら言う乾に、千石がバンバンとテーブルを叩きながら
噛み付くように苦情を申し立てる。
驚いて一言も発せない忍足に、柳がくすりと小さく笑んでみせた。
「……誰か1人でも、欠けている者はいるか?」
柳の言葉に忍足がゆるりと首を横に振る。
皆、此処にいる。
危険を承知の上で手を差し伸べようと、覚悟を決めた者が。
ずっとこの部屋に居てくれたのだろうか。
それはこの状況から考えて簡単に推測できる。
「千石、皆を一度起こしてくれ」
「はいよッと」
乾の言葉に頷くと千石が軽い足取りでソファの元へと向かい、それぞれを蹴っ飛ばすようにして
叩き起こし始めた。
「ほら皆起きた起きた!いつまで寝てんのだらしない!!」
「うー……眠い……」
「わざわざ蹴って起こす必要あんのかテメェ……」
「………。」
「む…もうこんな時間か……」
素直に身体を起こしたのは真田一人で、他はまだ眠気と格闘しているようだ。
特に手塚はつい先刻休みを得たばかりなのに起こされたので、随分と辛そうである。
「とりあえず、腹が減ってはなんとやらって言うでしょ?
ていうか俺が腹減っただけなんだけどね」
キッチンのテーブルに置いてあった完成品のサンドイッチを持ってくると、千石が笑いながら言った。
「忍足も。とりあえず少し何か食べなよ。ね?」
「…………何で、」
掠れた声が妙に部屋に響いて、忍足がまた口を噤んだ。
どうして、こんな風に振舞えるのだろう。
笑おうとした口元は強張ったまま動かず、ただ立ち尽くす以外に無い。
笑えない。笑えるわけがない。
「……アホとちゃうか、お前ら……」
「ンだよ、朝っぱらから喧嘩売ってんのか、忍足」
寝起きの不機嫌な表情のままで跡部がそう答えた。
「朝じゃねーよ跡部、もう昼だ」
「うるせぇ岳人!!」
「あだっ!!」
揚げ足を取った向日に拳骨を一発見舞ってから、跡部は再び忍足に視線を向けた。
何を考えているのか、感情の抜け落ちた表情からは汲み取れない。
もしかしたら拒絶されるかもしれない。離れようとされるかもしれない。
けれど、もう決めている。
もう、何が起ころうと真っ直ぐ彼だけに向けて、手を差し伸べるのだと。
「なんで………解ってくれへんのや?」
「何がだよ」
「………。」
「言えよ忍足。言わなきゃ伝わらねぇだろ?」
「お、俺は……」
唇を噛んで忍足が俯く。
幾分低い声で、小さくだがはっきりと。
「俺は、お前らを傷つけたりしたくは無いねん」
だから離れようとしているのに、離れようとしていたのに、いとも簡単に彼らは自分の腕を
掴んで引き寄せるのだ。
傍に寄れば寄っただけ、万が一の事を起こしてしまった時に傷付くのは相手であり、
自身でもあるのに。
皆に覚悟があるなら、と柳の言葉に一瞬でも思ってしまった自分が愚かで仕方が無い。
こんな奴らだからこそ、大事にしたいと思っているのではなかったのか。
「せやし……やっぱりな、」
「おい忍足」
剣呑な眼差しで跡部が忍足を捉える。
びくりと身体を竦ませて、忍足が一歩後ろへ下がった。
「テメェ、今何考えた?」
「………ッ、」
「今、何を言おうとしやがったよ、あァ?」
「………それは、」
言い澱んで忍足が視線を逸らす。
それに跡部が眉間に皺を寄せるとソファから立ち上がった。
真っ直ぐ忍足の元まで歩いて、その顔を覗き込むように見遣る。
ふと、彼の口元に乗ったのは、嘲笑。
「前に言ったよなァ、忍足。忘れたとは言わせねぇ」
「……何がや」
「ツマんねぇ人間になるなよ、忍足」
その言葉に忍足の顔が歪む。
だがそれ以上に表情を歪ませて、跡部が低く唸るように言った。
「逃げてんじゃねぇよ」
「………。」
「欲しいなら欲しいって言えって、救いが必要なら手を伸ばせって、俺はお前に言ったよな。
……どうしてお前はそれを実行しねぇんだ」
「やって……そんなん、嫌……やん?」
忍足の表情に浮かんだのはうっすらとした笑み。
それが返って全てを諦めているようにも見えて。
「皆を傷つけたくないから、離れて欲しいと…離れようと思うんは、間違ってるんか?」
「そうする為に、お前が捨てなきゃならねぇモンは、何だ?
お前の手の内に残るモンは、何なんだ?」
そうだ。今自分達を遠ざけて、被害の出さないトコロまで逃げたとして。
忍足の周りに残るモノなんてきっと、何一つありはしない。
「それでも……それでもやっぱり嫌なんや。俺のせいで誰かが血を流すんも、それを見るんも、
そうなるぐらいやったら、」
「ベランダから落ちる方がマシだってのか?」
「……ッ、」
「どこまで自己中になりゃ気が済むんだテメェは。
俺らの事を考えてるように見せかけて、実のトコロはテメェの保身で一杯一杯だ。
俺らが傷付くのを恐れてるんじゃねぇ、それを目にする事によって自分が傷付くのを恐れてんだよ」
「なんで……そんな風に言われなならんねん、何も知らんクセに」
「じゃあ、お前がそこから落ちた時、俺らがどんな風に思ったか想像つくのかよ、アーン?」
ベランダに続くガラス扉を顎で示して跡部が強く言い放った。
結局、……そう、結局のところは。
自分が傷付かずに済む方法を取った事によって、周囲を傷付けてしまっていた。
想像なら安易だ。昨日真田を目の前に思ったこと、過去に親友を前に思ったこと。
自分だって経験している。結局のところは同じことの繰り返し。
「………俺は、じゃあ、どないしたらええねん…?
どないしたら……」
「忍足、」
その場に膝をついて苦々しく呟く忍足に、合わせて膝をつくと、跡部がその肩に手を置いた。
ちり、と掌に痛みが走る。まだ彼を蝕むつもりなのか。
「忍足、お前はもっと求めて良い」
「………跡部…?」
「求めて良いんだ。お前の本当に望んでいる事を」
「………。」
跡部の言葉に口を開きかけて、それでも言い難そうに忍足が口を噤む。
勇気が足りない。この言葉を伝えるには。
「侑士ッ!!」
ぴょんと跳ねるようにして向日が立ち上がった。
「俺達が何をしたくて此処に居るのか、本当はちゃんと解ってんだろ!?
今更危ねーからって理由で遠慮すんのはナシだぜ!!」
「岳人……」
「氷帝ん時から今まで、頑張って歩いてきたんじゃねーか!!
今更全部手離すなんてバカのする事だ、バカ侑士!!」
「………俺、」
喉がやけにひりついて、焼けそうだ。
古傷が熱を持って主張する。
判っている、二の舞にはしたくない。
けれど。それでも。
手を取っても構わないだろうか?
本当は離れたくなんか無い。共に歩きたいのだ。
「……心配はいらない、忍足」
手塚が忍足に視線を向けて強く言う。
どうしても聞きたい言葉が、あるのだ。
彼から引き摺り出さねばならない、言葉が。
「お前が戦うと決めるなら、俺達にも迷いは無い」
ぽたり、と忍足の頬を滴が流れた。
それは床に点々とした染みを作る。
とめどなく流れるそれを拭おうとはせず、忍足が呆然とその言葉を口にした。
「…………助けて」
嫌だ。手を離すなんて嫌だ。
もっと、ずっと、共に在りたいのだ。
こんな事で、失いたくなんか無いのだ。
だから、お願い。
「お願いや………俺を、助けてぇな……」
嗚咽を漏らしながら告げられた言葉に、手塚が視線を和らげる。
救われたいと思う気持ちが、忍足自身にとって戦う為の力になるのだ。
だから、これで良い。
戦いは今、漸く始まった。
<続>
やっと折り返し地点。
起承転結でいう、「承」の部分までが終了です。
とはいえ、木曜日はあと2本書きますけど。(汗)
金曜日からは「転」に入るので、転がる石のスピードで急展開ですよー。
書き手にとっては「転」が一番楽しいので、ワクワクしております。
さて、いよいよ仲間達の反撃が始まります。