<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Too sweet Thursday V

 

 

 

 


「…まぁ、手塚の言葉も一理あるな」
言いながら柳がベッドの脇に置かれている椅子に腰掛けると、そう言って僅かに微笑んだ。
「そんなん……できるワケあらへんやん。
 できるんやったらとうの昔にやってるて」
吐息混じりに呟くと、忍足が僅かに肩を竦めてみせた。
そんな事が自分にできるのならば、最初からこんなに苦労などしていない。
だが、柳の言葉は手塚の意見に肯定的だった。
「やってみなければ、結果など解らないからな」
「跡部が、無理なんやで?」
「ではお前はどうなんだ」
「俺……?俺に、祓う力なんてあらへんよ」
「そうじゃなくて、」
向日が言っていた。要は心の強さの問題なのだと。
弱気を見せれば霊はそこにつけ込んでくる。
「問題なのは、お前の、ここ…だ」
言って、柳はとんと指で忍足の左胸を突付いた。
向日の言葉を逆手に取れば、心の在り方次第でどうにかなる存在なのだ。
確かにそれは、忍足の『憑かれ慣れ』という言葉を肯定していると思う。
とり憑いたモノは言わば【課題】だ。
忍足の心の弱い部分につけ込んで、彼の身体をいいように扱う。
ならばそれが『消える』という事は何を意味するのか。
自然消滅?あまりにも不自然だ。
お祓いをしてもらうなり除霊してもらうなりするのなら話は別だが、一度憑いたモノが
そう簡単に出て行くものなのだろうか。
ならば、忍足が憑いたモノの与える(もしくは憑かれる原因となる)弱さを【克服】したのなら
どうだろうか。
【克服】=【慣れ】にはなり得ないか?
心に強さを得る度に、霊が『自然消滅』していく。
いや、自然消滅ではない。実際は、忍足が得た心の強さがそれを『追い出した』のだろう。
……無理のある考えだとは思わない。
「心の強さが全ての鍵だ……と、俺は思う」
「そう言われてもやな……具体的にどうすりゃええってモンでも無いやんか、それ」
心を強くなんて、あまりにも大雑把だ。
どうすればそうなれるのか、逆に教えを被りたいぐらいで。
「お前に憑いてるモノをどうにかする前に、すべき事が2つある」
「……何?」
首を傾げる忍足に、柳はひとつ頷いてみせた。
「1つは忍足が忍足自身を知ること。それと、もう1つは……」
「……そうやな、俺も知りたい」
把握したとばかりに忍足も答える。
そうだ、シンクロも何もしていない状態なのだから、何も解らないのだ。
知りたいと、思う。

 

「……敵を、知ることだ」

 

忍足の中に潜むモノが何者なのか。
答えに1歩近付くためには、どうしても必要な事だった。

 

 

 

 

 

 

昨夜の件を訊ねると、忍足が「それ手塚にも訊かれたわ」と苦笑しながら、
彼に説明した事と同じ内容を柳に告げる。
それを腕を組んだままの姿勢で、柳は黙って最後まで聞いた。
部屋を出て、跡部と向日が泣いているのを見て。
「……そこまでか?」
「そこまでや。後は何も覚えとらへん」
ならば、その瞬間に主導権を奪われたという事になる。
その原因は……。
「涙…か」
「え?何?」
「いや……忍足、その直前に、お前は何を考えた?」
「何って……ええと、どうやったかな……。
 とにかく自分に腹が立って……そんで、あいつらにそんな顔させたらあかんと、思った」
「それから?」
「それから……なんであいつらにあんな顔させてもうたんやろ、思って……、
 今すぐ此処をどうにかせなならん、って考えて……あれ?そこまでなんかな??」
眉を顰めて唸りを上げながら、忍足が何とかそこまでを思い出した。
まだ、少し足りない。
柳の心境は正直そんなところだ。
具体的に何がとは言い難いが、何かが欠けてしまっているような気がしている。
落ちた時の記憶と共に消えてしまったのだろうか。
そう考えた方が自然だろう。
「そうか……まぁ、大体は解った」
「あん、な…、柳」
「どうした」
「あー……えっと、真田にあんな怪我させてしもうて、ほんまにゴメンな」
「何を……」
「真田だけやのうて、柳にも謝っときたかってん」
「俺に……俺に謝る必要など無いだろう。実際に傷を負ったのは弦一郎だ」
「ちゃうやろ、柳」
「何が…」
「お前も痛かった筈やねん」
しゅんと下を向いて、忍足が足に掛けていた上掛けを強く握り締める。
大事なものを傷つける痛みは、自分自身が一番よく知っている。
そして、大事なものを傷つけられる痛みも、本当は知っている。
遠い昔の話だが、大事な親友を傷つけそうになって、そのせいで失ってしまって、
その時の胸の痛みだけは、きっとこれから先何十年経っても忘れる事は無いだろう。
あの時自分は、自身に対して酷く憤った。
だから本当は柳も自分に対して憤っている筈なのだ。
その相手が大事であればある程。
済んでしまった事は戻せないし、できる事と言えば謝罪を口にするしかないのだけれど。
「ごめんな、柳」
「それでお前は同じ過ちを二度と繰り返さないと誓えるか?」
「それは……」
口篭もって忍足が返答に詰まった。
約束はできない。今の状況では、いつまた我を無くすか解らない。
「口先だけの謝罪など必要ない。
 俺が欲しいのは……この一件の結末だ」
「結末…?」
「忍足が強さを得て、憑いたモノに打ち勝てるのか、否か。
 それが知りたい。そしてお前がそれに勝つ事ができたなら……」
それこそ、こんな蟠りなどベランダから投げ捨ててやって構わない。

 

「俺は、忍足を許そう」

 

今のままでは何も変わらない事は解っている。
だから、その為の協力ならば惜しまないつもりだ。
「忍足……ひとつ頼みがあるのだが」
「何?」
「お前の……過去を証明する証を見せてくれないか」
「過去…?」
「跡部と向日から、全ては聞いた。
 右胸に大きな傷があるのだろう?」
「あいつら……」
お喋りな奴っちゃな、と呟く忍足に柳がフォローを入れる。
「俺が教えろとせがんだのだ、悪く思わないでくれ。
 だが……今ひとつ俺はまだ確信しきれていないのだ。
 全てが現実であり真実であるという……その証明が欲しい」
「………そんなええモンとちゃうけどな?」
くすくすと笑みを零しながら、忍足がシャツのボタンをひとつずつ外していく。
その下にはやはりインナーが着込んであって、忍足がそれを上へと捲り上げた。
下から現れたのは、右胸から脇腹にかけて長く延びている引き攣れた縫い傷。
長期間を経過したそれは既に皮膚と一体化している。
暫く無言でそれを見つめた後、柳がゆっくりとその傷に手を伸ばした。
辿るように、ゆっくりと傷をなぞる。
「…………40どころじゃなさそうだな」
「惜しいな。48針や」
「……そう、か…」
昔の忍足には、此処までできる強さがあった。
それは、幼い頃ならではの無垢な強さだったのだろう。
だがこの事件が、恐らく彼を深い闇へと突き落とした。
その闇は、時間を追う毎に歳を重ねる毎に深く暗くなって、光とはどういうものだったか、
強さとはどういうものだったか、きっと忘れてしまったのだろう。
それらをひとつひとつ、ゆっくりと教えていったのは跡部と向日。
一歩ずつ光の当たる場所へと登ってきたが、此処へ来てまた闇が忍足を覆った。
恐怖という闇に、恐らくはもう一つの闇が。
跡部と向日に出逢ってしまった事によって、表面化されたもう一つの闇が。
まだ確信は無いが、その事にきっと忍足自身は気付いていない。
「忍足、俺達は全面的にお前を支援する事に決めた。
 だから、勇気を持って立ち向かえ」
「………そんなん!また真田みたいに誰か傷を負ったらどうすんねん!!」
「大丈夫だ。皆そんなにヤワには出来ていない」
「危険や!!」
「それこそ承知の上だ。
 だが、それでもお前を助けようとする者だけが、今向こうの部屋に居る」
恐らく予測は間違っていない筈だ。
変わらなければならないのは、忍足自身の心。
自分達では励ましにならないか?
何があっても、どういう結末を迎えようとも、離れる事は無いと。
そう証明してやれば、少しは彼にとって勇気になるか?

 

見せてみれば、わかること。

 

「来い、忍足」
腕をとってぐいと引っ張ると、驚いたような視線が自分を見る。
それでも床に足をつけて立ち上がる。動けないわけではなさそうだ。
「お前はその傷痕で過去を証明してみせた。
 だから、次は俺達がお前に現在を証明してやろう」

 

それが、彼にとっての救いになれば。

 

 

 

<続>

 

 

柳とおっし。
この2人が今一番微妙な関係ですね。
でも自分で書いてるクセになんとなくでアレなんですが、
柳はもうだいぶ吹っ切れてきてると思います。
あとは、おっし次第ですね!