<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Too sweet Thursday T

 

 

 

 


それぞれがそれぞれの意思でもって、たった一人を助ける為に集まった。
内容から考えても、本当に奇跡だと思う。
今、向日に代わって忍足の傍についているのは手塚だ。
あれから戻ってきた柳と乾は、跡部の話を正直まだ鵜呑みにすることはできないが、
それでも忍足を助けてやりたいと思う気持ちには皆と何ひとつ変わりは無いと言った。
とても2人らしい意見だと思っている。
千石も、忍足を助けたい…というよりは、跡部と向日に協力してやりたいという意味で
この件には手を貸すことにしたらしい。
真田は……自分達が跡部から話を聞くよりもっと前から忍足の事は気がかりだったようで、
2つ返事で協力を申し出ていた。実際、霊がどうのという話を信じているかどうかは解らない。
そして、自分。
自分はどうなのだろうと、改めて手塚は考える。
協力しないと言う気は全く無い。
全く無いが、不安が残る部分も、ある。
例えば今後、展開次第では他の誰かが真田のように傷を負うかもしれない。
もしかしたらそれは自分かもしれない。他の誰かかもしれない……乾かも、しれない。
そうなった時に、自分の中で生まれる感情に自信が無かった。
後ろ向きな考え方かもしれないが、どういう状況になっても動じないようにするには、
全ての可能性を考えておく必要がある。
そもそも。
忍足の気持ちはどうだろう。
彼がこうして気を失っている間に話を進めてしまったが、これは本当に忍足の希望とするところ
なのだろうか。
忍足は憑いていると言っていたモノに立ち向かう気があるのだろうか。
戦う気は、あるのだろうか。
「………極論だな」
こんな事態になってから、一度も自分は忍足と言葉を交わしていない。
忍足の意志が読めないのだ。
彼が一言、たった一言、自分達の望む言葉を告げてくるならば。
きっと誰も迷いはしないのだ。
小さく吐息を零して、手塚が閉められたドアの向こうに視線を送る。
柳と乾はもう少し詳しく話を聞きたいと言って、跡部と向日に色々問いを投げかけているらしい。
彼らは彼らの『彼らにしかできないやり方』で忍足を助けてみると言っていた。
なるほど、多方面から攻めていけると、また違ったものの見方ができる。

 

余り本人達に言った事は無いが、本当にあの2人は頼りになる存在なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………フム、」
シャーペンをコツリとノートにぶつけて、乾が小さく首を傾げる。
自分達の得意分野は『データ分析』であって、やはりそれは物理的な法則がモノを言う。
それに例外が無いとは言わないが、必ずと言って良いほど、全てのものには何かの法則が
あるのだ。
自分達は自分達にできる『やり方』…即ち、データというものを駆使して解決策を計ると申し出た。
むろん第六感はデータに取れるものではないという事は解っている。
だが逆に、自分達のやり方でしか解らないものもあるのだと、信じている。
「どうにも謎だらけだな」
「うむ、そうだな」
乾の吐息混じりの言葉に柳も頷いた。
今は『霊感』という『第六感』をなるべく細かく分析するために、跡部と向日に知り得る限りを
話してもらっていた。
この際それを自分達が信じる信じないは置いておいて、『霊感』というモノが存在する、と仮定する。
「んーで?まだ何か知りてぇコトがあんのかよ?」
まるで事情聴取されてるみたいだと肩を竦めて跡部が訊ねると、乾がノートに書き込んだものを
眺めながら首を横に振った。
「いや……とりあえずは充分だよ。跡部は能力的に単一化されているから解り易いんだけど、
 面白いのは向日と忍足だな。一概にそうだと決め付けられないが、恐らく何か法則がある」
「法則?」
その中に自分も入っている事に目を丸くしながら、向日がコクリと首を傾げた。
「例えば跡部なんかは、『祓える』か『祓えない』かのどちらかなんだ。
 確かにそういう考え方では向日も『聞こえる』か『聞こえない』かのどちらかなんだけど、
 向日の場合は『音』に種類がある」
「あー…と、『音』と『声』の違いじゃなくて?」
「ああ、それも含めて、種類があるだろう?」
「確かに……」
魂が何処か動く時にはヒュウっと流れるような音がするし、鈴の音のような時もあれば、硝子のような
細い音の時もあったりする。
そして今回は、聞いたこともないような重たい音だ。
それらに何か意味があったなんて、今まで考えもしなかった。
「それから、忍足もそうだな。
 『シンクロ』か『乗っ取られる』かの違いになるのだろうが…。
 全てが全てにシンクロしているわけでは無いだろうし、跡部が言ったように『憑かれ慣れ』している
 のならば、忍足にはある程度耐性ができているというコトになる」
乾のノートを覗き込むようにして、柳が乾の言葉を引き継ぐ。
問題は、忍足の築き上げてきた『耐性』を、どのようにして計れば良いか。

 

その『耐性』を超えるモノか、もしくは耐性とは全く違う部分の『脆い部分』を突いてくるモノが、
今回憑いたモノの正体となるだろう。

 

「……そもそも、忍足がこの件について……いや、跡部と向日もか、
 どうしてそこまで頑なに黙っていたのか、まずはそこからだな」
「だからそれは、こんなコト言っても誰も信じやしねーと、」
「跡部と向日はきっとそうだろう。だが……、忍足は違うような気がする」
柳と乾はどちらもデータを扱う人間として同じような見方をされているようだが、実際は少し違う。
もちろん、データに基づいて相手の行動パターンを予測するのは、2人の間で共通しているのだが、
乾は、あくまで徹底的なまでにデータの数値を見ていく。
そしてその法則を頭から信じている。
だからこそ第三者的な物の見方なら柳よりも優れているし、それを有効に使って罠を張るのも
乾の得意とするところだ。
中学最後の大会で、まんまと柳が乾にハメられた事がまさにそれだろう。
柳は、データに上乗せして相手の感情を量る事の方が得意だ。
そしてじわりじわりと追い詰めるように、相手の精神を崩してゆく。
そうして試合半ばに膝を折ったのは乾だ。
結局その試合は、最後の最後で乾の策に嵌ってしまった柳の敗北になってしまったのだが、
それが無ければ勝っていたのは柳だったに違いない。
「弦一郎から話を聞いた限りでも……人を傷つけるという事に対して忍足は酷く臆病だ」
あの時、忍足の肩に触れた時に感じた震えは、怯えだった。
あれは誰に対して怯えていたわけでもない。自分自身に対してなのだと今なら思える。
実際のところ、多少出血は酷かったが真田はしっかり自分の足で歩いて病院へと向かえる程度。
普段の冷静な忍足なら、そんな事は傷を見ればすぐに解っただろう。
恐らく怪我の程度だけなら、忍足の左手首の方が明らかに酷い。
「多分、きっと何かあるのだろう?忍足自身にそう思わせる……何かが。
 知っているなら話してくれ、跡部」
「……チッ」
柳の言葉に舌打ちを漏らして、跡部が僅かに視線を逸らす。
これだから勘の良い奴は好かないのだ。
「ああ、解った解ったよ。話しゃ良いんだろ?」
「ちょ、跡部!!」
驚いて声を上げたのは向日だった。
いくら自分達でも、忍足の了承を得ず勝手に彼の過去を話すわけにはいかないだろう。
特に、自分達が関わったのでない過去は。
「お前、後で侑士が知ったら何て言うか……」
「アーン?んなの知ったこっちゃねーよ」
「お前なー」
「下手に隠して大事なコトを見落とすぐらいだったら、何もかもを全部晒し出した方が良い。
 それで忍足を救う手立てに一歩でも近付くとするなら尚更だ。
 もう……形振り構っていられねー状況だって事ぐらい……嫌ってほど解ってんだ」
強く向日を見据えて、跡部ははっきりと言い切った。
知らないぞ、と肩を竦めてみせるが、向日もそれ以上止めるという事はしない。
「あまり気分のイイ話じゃねぇんだが……知りたいんだったら聞いておけ」
ついでに部屋にいた千石と真田にも視線を向けて、跡部がそう告げた。

 

 

 

 

時計の針はいつの間にか午前0時を指していた。
日付はもう変わってしまい、曜日の上では木曜日となる。
カチコチと秒針の動く音がやたらと部屋に響く。
「…………これが、きっとお前のいう『怯え』の原因になってると思う」
最後まで話し終えて、跡部はどこかばつが悪そうに横を向いた。
それは単に忍足の了承も得ず言ってしまった事に対する罪悪感だ。
乾がノートをコツコツとシャーペンで突付きながら、眉を顰めて表情を歪める。
「そんな事が……?」
「信じられなければ、忍足に傷でも見せてもらえよ。
 右胸…いや、もう肩に近いところから脇腹まで、長ぇ縫い傷があるからよ」
「………よく生きてたな」
「死にかけたって忍足は言ってたぜ?」
苦笑を浮かべて跡部が答える。
ふと千石が気付いたように真田に声をかけた。
「ねぇ、真田は同じ部屋に居て、それって見た事ないの?」
「そういえば………無いな。
 いや、見た事が無いというより……機会が無かったような気がする」
普段、忍足はいつもインナーを着ていたし、夏場に暑いからといって千石や向日のように
簡単に上半身を露にすることもない。
当然、風呂を共にする事なんて一度も無かった。
銭湯やプールには行きたがらなかったが、それは単にそういう場所が好きじゃないだけだと
思っていた。
だが、もしかしたら傷を見られたくないからだったのかもしれないと、今更ながらに思い至る。
そんな大きな傷ならば、どうしたって目立つだろう。
「それからだ。色んなものから忍足は一歩後ろに下がるようになった。
 やりたい事も行きたい所も、もちろんだが人間関係も、その霊感のせいで弊害が出ると知ったら
 すぐに手を引くようになった。
 テニスまで辞めようとしやがったから……それは俺が許さなかったがな」
「…………そりゃ、辛い。」
ぽつりとおどけるように千石が言葉を漏らすが、その目はとても寂しそうに見える。
ただ無言だったのは、柳だ。
漸く忍足があそこまで怯えていた原因を知る事ができたのに、その内容が余りにも
自分の想像とかけ離れていて。
「どうしたよ、柳?」
向かいに座っていた跡部が、怪訝そうに自分を見てくる。
己の戒めを誇りに変えてくれたのは、跡部と向日だ。
それだけの暗い思いを明るい場所へと連れて来る事ができた2人の行動は、賞賛こそすれ
非難する部分はひとつもありはしない。
だが、その誇りが真田を傷つけた事によって、崩れてしまった。
一度光を思い出した心が、再び闇に覆われたのだ。
戒めのままなら、後悔だけで済んだだろう。
だが、誇りに変わっていたそれは、後悔でなく自身を責める凶器に変わってしまった。
だから誰が忍足を許しても、忍足自身が決して己を許さないのだ。
「少しは、お前の求めている情報は得られたのかよ?」
「ああ……そうだな、」
跡部の問いに静かに柳が頷く。
「具体的な対策は、正直まだ今のところ何とも言えない。
 だが……とにかく今は、忍足と話がしたいと思う」
早く目が覚めてくれたら良いのに。

 

全ての情報を肯定する、彼の証が見たかった。

 

 

<続>

 

 

ぶっちゃけね、跡部で祓えないとすれば、待つしかないワケなんですね。
忍足に憑いてるものが消えてなくなるのを待つしかないのですよ。
氷帝の3人しかいなかったなら、きっとそんな展開で、忍足は死んでたと思います。
そうじゃないのは、今は3人じゃないからであって、仲間が沢山いるからであって、
その辺の心強さっていうか、そういうのを出したいのが木曜日。(笑)