<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Wednesday to want to break into tears Z

 

 

 

 


ひゅう、と肌寒い風が吹き付けて、脳の芯を冷やしていく。
どうして自分はこうなのだろう。ひとつの感情に縛られてしまうのだろう。
冷静になれば、思うのは自身に対する嫌悪だけだ。
「………蓮二」
「貞治か」
背後から声をかけられて、柳はゆるりと振り返った。
「どうして此処へ?」
「うん?どうしてだろうな……気になったから?」
「何を」
「蓮二が、跡部の話をどう思ったか」
淡々と言う乾の表情から、感情は上手く読み取れない。
忍足といい、乾といい、眼鏡をかけている人間はどうしてこうも感情が掴み難いのだろうかと思う。
「貞治はどう思ったんだ?」
「俺は……そうだな、何とも言えない。
 跡部の話が本当か嘘か、じゃなくて……俺には霊感も無いし、そんなの信じてないし」
「俺も同感だな。何かに憑かれた人間を見た事すら無い」
「そうだな……でも、」
柳がしたように乾がふいに上へと目を向けて、ぽつりと呟く。
「現状を何とかしなくてはいけないな、という気にはなった…かも」
「俺は……よく解らない」
「蓮二?」
「手を貸してやりたいと思う自分が、此処には居ない。
 俺は…もしかしたら忍足を許せないのかもしれない」
「それは……真田の件か?」
「………。」
黙ってしまった柳に、乾がどう声をかけようか首を捻って考える。
もちろん、柳の心情が理解できないわけじゃない。
もしも傷を負ったのが真田でなく手塚であったならば、きっと自分と柳の立場は逆転していただろう。
それだけ、大事な人なのだ。
この感情が理屈で片付く程安易なもので無いという事は、自分自身でも充分身に染みて
知っているからこそ、不用意に声はかけられないのだ。
困ったな、と小さく吐息を零しながら、乾が何気なく2階の部屋を見上げる。
明かりの零れているあの場所で、今頃皆はどんな結論を出しているのだろう。
そのベランダの手摺に人影が映って、乾が僅かに目を細めた。
あれは、誰だ?
ベランダから身を乗り出すようにして、その人は、まさか。
室内から漏れる光が、一瞬だけその人間を照らし出した。
「忍足…!?」
乾の呟きに、柳も同じようにそこへと視線を向ける。
ぞくり、と2人の背中に寒いものを感じた。
「あ、危な…ッ!!」
中庭とベランダは距離がある。
この場所では、何をどうする事もできない。
2人の目の前で、彼の身体は滑り落ちるように宙を舞った。

 

どさり。

 

「忍足!!」
思わず叫んで乾が駆け出す。それに柳も後に続いた。
寮の建物をぐるりと囲っている柵を攀じ登って越えると、その内側へと降り立った。
室内の光も月の光も入らないそこは薄暗く、より一層の不安を掻き立てる。
忍足は、静かにそこに横たわっていた。
「忍足、しっかりしろ!!」
乾が抱き起こして呼びかけるが、反応は無い。
呼吸も脈もはっきりしている事から、気を失っているだけのようだ。
そもそも2階である。
よほど打ち所が悪いので無ければ、落ちたとしても命に関わる確率は極めて少ないだろう。
「どうして……」
呆然とする柳に、静かにだがはっきりと、乾が答えた。

 

「これが、自分の意思なのか、憑いているらしいモノの仕業かは判らない。
 でも……こんな事、させちゃいけない事ぐらいは解るよ。
 こんな事をさせてはいけない。止められるなら……止めてやりたい」

 

その言葉に、柳が薄く苦笑を浮かべた。
そうだ、何を迷っていたのだろう。
真田の件を許すとか許さないとかじゃなくて、まず第一に命の危険に晒されているのは
他でもない忍足自身ではないのか。
真田の件は、これが片付いてからでも良いだろう。まずは彼を救ってから。
みすみす彼を死なせてしまっては、それこそ自分の気持ちの行き場が無くなってしまう。
「そうだな……助けよう、忍足を」
強くそう告げると驚いたような顔が自分を見上げたが、すぐにそれは笑みへと変わった。
「蓮二!!乾!!」
上から自分達を呼ぶ声がして同時にそちらへと視線を向ける。
そこには真田と手塚が覗き込むようにして立っていた。
「大丈夫、無事だよ」
「そうか……良かった」
「今から連れて戻るよ」
「ああ、頼む」
言うと2人はそう答えて室内へと戻って行く。
乾はまた忍足を背負おうとしたが、それは柳に阻まれた。
「……蓮二?」
「今度は俺が背負っていこう」
もしかしたら、微妙に責任を感じているのかもしれない。
そう思うと、思わず乾の口元からくすくすと笑みが零れ出た。
「何を笑う?貞治……」
「いや、何でも………はははっ」
「貞治!」
憮然とする柳に、笑いが止まらないようで乾はとうとう声を上げて笑い出した。

 

大丈夫。俺の幼馴染は、柳蓮二は、強い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベランダから再び室内に戻れば、心配そうな表情の千石が2人を待っていた。
「手塚、忍足は?」
「無事だ。今乾と柳が連れて戻ってくる」
「そっかぁ、良かったー…」
ホッと胸を撫で下ろして、千石が笑みを零す。
真田は無言で暫く跡部を見つめていたが、その傍まで歩み寄ると勢いよく腕を振り上げた。
部屋中に、頬を張る音が景気良く響き渡る。
「………って…」
「たるんどるな」
「……ッ」
見る間に赤く腫れてくる頬に手を当てて、跡部が睨むように真田を見上げた。
冷ややかに見下ろしてくる視線は、明らかに自分を蔑んでいる。
「何しやがんだ………テメェ、」
「気合いを入れてやっただけだ」
「……は?」

 

「良かったな跡部、此処がお前達の部屋でなくて」

 

蒼い瞳が大きく見開かれる。
自分達の部屋でなくて。即ち、此処が6階でなくて。
「お前達の部屋だったなら、間違いなく忍足は死んでいた」
「………ッ」
「これまでの事を、俺のこの傷を、忍足の責任にするつもりはない。
 お前達の責任にするつもりもない。誰のせいでも無いと俺は思っている。
 だが……今のこれは、お前の責任だ。そうだな?」
「………。」
「守ろうと思ったのなら、最後まで貫き通せ。
 お前がいい加減な事をするから、忍足を追い詰めた。
 跡部……お前は、どうしたいんだ」
「俺は……」
ちり、と頬に痛みが走る。
放棄したいと思った事は1度も無い。
ただ、立て続けに自分の手の届かないところで事故が起こり続けて、己の力に自信を
無くしかけていただけだ。
どうしたいのかなんて聞かれても、答えはひとつしか無い。

 

「忍足を、助けてぇんだ」

 

強い瞳でそう答えると、真田が満足そうに頷いた。
「俺達の力は、必要か?」
「………必要だ」
「ならば、俺は力を貸そう」
真田がそう言うと、漸く跡部の口元に笑みが宿る。
「お前達はどうする?」
「俺?協力するに決まってるでしょー?」
「……そうだな」
千石が努めて明るく答えるのに、手塚も小さく首を縦に振った。
「…だそうだ、跡部」
「ははは、良い友達持って幸せダロ〜?」
調子に乗って言う千石に、思わず跡部と向日が顔を見合わせる。
その表情が、クッと笑みに彩られた。

 

「ああ……全くだ」

 

忍足はまだ生きている。
心強い仲間達も居る。

まだ………まだ、間に合うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

                    Is it possible to have cherished desire to win?

 

 

 

<続>

 

 

なんか、犬猿の真田と跡部に友情が芽生えつつあるような気がすんのは
私だけなんでしょうかねぇ……??(遠い目)

つーか、平然と跡部さまの頬を張れるのは真田ぐらいなもんだと
ぼんやりそんな事思ってみました。本当に恐い者知らずだなぁ。
最強真田伝説。(今度は真田か……)

 

 

水曜日はこれにて終了。
この後から少しずつ流れは変わっていきますよー。

今度こそ、良い意味で皆さんをドキドキさせていきたいかと…!!