<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Wednesday to want to
break into tears Y
長い、沈黙だった。
さすがに勝手には話せないだろうと思った忍足の過去以外は全て、彼らに話したつもりだ。
柳と乾は居ないけれど、その2人には彼らの誰かが話すだろう。
「……アイツは自分以外の誰かを…特に親しいヤツを傷つける事を極端に恐れている。
だから最初は本当に梃子摺らされたモンだがよ……それでもまぁ、その時は
上手く収まったと思っている。……いや、思っていた、今までは」
話して聞かせている内に、自分でもあの時の己の感情を鮮明に思い出せてきた。
そうだ、自分は、だから忍足を守りたいと思ったのではないか。
全てを拒絶する忍足を、後ろを気にして前をなかなか向けなかった忍足を、少しでも
先へ進ませてやりたいと思ったから。
全てを与えられて生きてきた自分とは違う。
忍足は今まで、どれだけの事を奪われて、遠ざけて、手を引っ込めて我慢してきただろう。
最初はテニスから手を引こうとした忍足が許せなかったから関わった。
だが、深いところに足を突っ込んだ時、手を引いてきたものがそれだけではないと理解したから。
だから何とか現状を打破してやって。
これからもっと、色んなモノを「与えてやりたい」と思ったのでは、無かったか。
強く拳をテーブルに叩きつける派手な音が部屋中に響く。
ギリ、と強く歯を食い縛るようにして、襲いくる激情を耐えようと、して。
ほろりと頬を流れたのは、熱い滴だった。
「一番……忍足が恐れていた事だった。
それだけはさせちゃならねぇって、俺達も理解していた。
なのに………止められなかった」
頬を流れるものを、戦慄く唇を手で覆い隠すようにして、跡部がテーブルに視線を落とす。
叩いた時の衝撃で、コーヒーの缶が横倒しになっていた。
「情けねぇ…ッ!!」
涙に濡れた蒼い瞳が、耐えるように細められる。
誰も、跡部に声をかけることができなかった。
それと同時に、この現状をそこに居た全員が認めた。
これは嘘でも冗談でも、ましてや夢幻の類なんかではない。
全て、現実の事なのだと。
まだ秋に入ったところだというのに、今日は風が少し肌寒い。
1階まで降りて庭に出る。
もう遅い時間でもあり、さすがに外に居る人間は自分一人だけのようだ。
ぼんやりその場に佇んで月を見上げるようにしながら、先刻の跡部の話を思い返していた。
嘘を吐いているとは、思えない。
霊の存在というものを信じていない自分にとって、この話は頭から全て鵜呑みにできる
ものではないが、少なくともそれだけは理解できる。
跡部が嘘を吐くような人間でないという事も、理解している。
だが、心が納得しないのだ。
跡部は、忍足が真田を刺した原因をとり憑いた霊のせいだと言い、理由を自傷行為を
止めようとした真田が忍足の抵抗にあって傷ついた、言わば不慮の事故であると言った。
忍足が真田を狙って刺すような人間じゃない事は知っているだろう、という言葉には頷くほか
無かったし、当の真田が跡部の言葉を真実だと裏付けた。
その真田は、忍足の事を許すという。
「許すも何も無い、これは事故だ。謝るならそんな行為に走った自分に謝れ…と、思ったが、
この跡部の話では、それすらも自身の意思では無かった事になるな」
真田はそう言っていて、跡部もそれに深く頷いていた。
だから、忍足と真田の間に蟠りは無いだろう。
では、自分の気持ちはどうすれば良い?
この『大事な人を傷つけられた』という、柳蓮二自身の思いは。
どんな原因にせよ、彼が傷を負ったという事実だけは消えはしないのだ。
自分は忍足を許せないでいるのだろうか?
被害者の真田が許しているというのに。
まだ、忍足を助けたいという感情が湧いてこないのは、それのせいなのだろうか?
頑なに拒む自分自身に心底嫌気が刺した。
かちゃり。
ドアの開く遠慮がちな音が聞こえて、全員がその方へと視線を向ける。
それは玄関からの音では無い。もっと近く。
そう……寝室のドア。
「お、忍足……?」
驚いた表情で、真田がソファから立ち上がって傍に近寄った。
彼はいつもと変わらない表情で、だがどこか呆然とした様子で、そこに立ち尽くしている。
「何……しとんねん、お前ら?」
何故部屋にこんなに人が居るのだろうか。
自分は今まで何をしていたのだろうか。
ぐるりと部屋内を見回して、その表情が固まった。
真田がその視線を追うと跡部と向日に行き着く。
その2人もまた、驚いた様子で忍足を凝視していた。
「あ……あぁ、そっか………せやったな」
漸く現状が認識できたのだろう、困ったように頬を掻くと忍足は真田に目を向ける。
「真田……怪我はどないやったん?」
「問題無い。お前の心配する程のものでもない」
「そっか………堪忍な、真田」
「謝るなと言っただろう!これは、事故なんだ」
「………ちゃうよ。そんなんと、ちゃうんよ」
事故という単語で片付けてはいけない。
これは全て、自分のしでかした事だ。
真田を傷つけた事も………2人を泣かせてしまった、事も。
ゆっくりと、2人の元へと歩み寄る。
どうして、2人がこんな顔をしているのだろう?
どうして、こんな顔をさせてしまったのだろう?
ああ、目が覚めた。
2人の前にしゃがみ込んで、忍足はその顔を覗き込むように見る。
泣き腫らした顔の向日と、自分に見られたくなかったのか(しっかり見てしまったけれど)
涙を拭った跡の残る跡部の顔を交互にしっかりと、見つめる。
向日が泣いたところを見たのは何度かある。
だが、跡部のこんな姿を見たのは正直初めてだ。
例え何があっても、彼が涙を見せた事なんてなかったのに。
ぎゅ、と唇を噛み締めると、忍足が2人を纏めて抱き締めた。
左手に跡部、右手に向日。
抱き締めるというよりはしがみ付くように、きつく2人に腕を回して。
「堪忍な。それと・………おおきにな。
……俺の為なんかに泣いてくれて、ほんまにありがとう」
腕を緩めて、ニコリと笑う。
このままの状態で此処に居るわけにはいかないと思ってしまった。
どうにかして、中のヤツを追い出さねば。
だけど、自分にはできない。岳人もできない。跡部でも……できなかった。
もう自分に大人しく待っている時間は無い。
悠長な事をしていると、また真田のように巻き込まれる者が出るかもしれない。
だから、今すぐ此処から。
「2人とも、大好きやで?」
へらりと子供のように笑うこれは、きっと本心。
手を離すと忍足は駆け出した。その足はベランダへ。
それまでずっと黙っていた手塚が、鋭く声を上げた。
「………いかん!!止めろ真田!!」
言って自分もソファから立ち上がる。
真田も我に返ったように忍足を追いかける。
だがそのタイムラグは、縮めることなどもう不可能だった。
<続>
跡部は決して人前で泣くタイプではないと、思っています。
でも、この涙は怒りでも悲しみでもなくて、悔しさです。
人前では泣かないだろうと思ってはいても、ここではそうさせるべきだと
思ってしまった次第で。(苦笑)
そしておっしーの運命は如何にッ!?って具合で
次が水曜日ラストになると思います〜…。