<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Wednesday to want to
break into tears X
寝室を出れば、きっと真田が手を回したのだろう千石と手塚もこの部屋へ来ていた。
全く行動の早い奴だと思わず跡部の口元から苦笑が零れる。
「跡部、皆を集めておいた」
「ったく……早ぇっつーんだよ」
言って跡部が近くのソファにどかりと腰を下ろして足を組む。
「あれ、向日は?」
千石の問いに、跡部がチラリと寝室へと視線を向けた。
「ああ、忍足がちょっと目を離せない状況になっててな。
岳人にはアイツを見ておくように言っておいた。
まぁ、岳人も当事者みてぇなモンだからこの話は既に知っているし、
聞いていなくても問題ねぇ」
「そう?それなら良いんだけどね」
言って千石は来る前に食堂で買って来たのだろう缶コーヒーをのんびりと啜った。
手塚が持っていた一本を跡部へと投げて寄越す。
「……何だ?」
「話が長くなりそうだったからな」
「そうかよ。貰っておくぜ」
言ってプルタブを開けながら、跡部がひとつ吐息を落とす。
どこから話すべきなのか。どこまで話すべきなのか。
少なくとも、自分達の霊感についてはもう隠してはおけない。
自分達3人の繋がりも教えておいた方が良いのだとすれば、氷帝の時に起こった事件も
話しておかねばならない事になってしまうだろう。
……この仲間達が信じてくれるかどうかについては、賭けに近いが。
「じゃ、お前らが知りたがってるだろう事について話してやる。
話の割り込みは禁止。質問は話が終わってからだ。
ちょっと常識を逸している話だから、信じる信じないはお前らの自由だ。
だが……」
まるで部活のミーティングでも始めるかのように、淡々と跡部は話す。
「俺は真実しか話さねぇ。まずはそれを前置きとしておく」
長い長い話が、今漸く明かされようとしていた。
部屋の電気を明るくさせて、改めて向日が忍足の傍に座る。
ドアの向こうは静かだ。今頃跡部は話をしているのだろう。
昔、3人で共有した秘密を。
向日にとってそれは、3人だけの特別な事だという思いがあり、やはりその事で自分が
忍足と跡部のトクベツになれたんだという、優越感みたいなものがあった事も本当だ。
それが今崩されようとしている事に、ほんの少し寂しい気も、する。
3人で解決できるような話だったら良かったのに。
「な、侑士。お前の目が覚めた時……俺はお前の親友で居ても良いんだよな?」
もう少し近いポジションは、気がつけば跡部が陣取ってしまっていたし、そこまで親密になろうとは
思っていなかったから、自分はこの位置で充分満足している。
他の仲間が話を信用してくれるか、否か。
それで、この自分と同じ位置に立つ人間がきっとあと、5人。
もちろん自分自身にとって、こういう時は本当に心強い仲間になるだろうけれど。
正直、複雑だ。
そのままを表情に表し苦笑を零す。
いつの間にか追い越されていたけれど、1番は跡部で構わない。
でも、2番目は自分が良い。自分を選んでくれると、良いのに。
「うーわー……子供みてぇ、俺………」
ポスンと布団の上に頭を乗せて、向日が苦く嘆きを漏らした。
この歳になってまだそんな事を思うのか。恥ずかしい。
【………ナ】
ぴくりと向日の肩が反応する。
がばりと身を起こして忍足の顔を見るが、まだ彼に目覚める気配は無い。
では聞こえた声は、またアレなのだろうか。
いや………違う。
【………堪忍な】
「侑士…ッ?」
聞き慣れた声音は目を閉じた彼のもの。
過去に一度だけ聞こえた事がある、言霊という『音』。
決して語られる事の無い、心からの綺麗な思い。
それが……言霊。
昔聞いた言霊も、忍足から発されたものだった。
【俺を………許してな】
聞こえ続けるそれは、何よりも忍足の心情の一番近い部分を知らせてくる。
忍足は、ずっとこうやって。
「……謝るなよ……侑士……」
自分も、跡部も、そして真田だって、皆だって。
忍足を責めるつもりは毛頭もない。
むしろ何をしていたのだと、ふがいなさを責められるべきは自分と跡部だ。
なのに、忍足はずっと謝り続けている。
忍足の手を握って、向日はそっと目を閉じた。
もう、謝らなくても良いから。
どうかこの思いが、忍足にも聞こえたら良いのに。
「………まぁ、これが全部だ」
自分達の霊感についてをできるだけ細かく、そして今回忍足にとり憑いたモノについて
解っているだけの事を全て。
中学の時にあった事は、今は必要にならないだろうと省略した。
それだけでも結構な時間を取ってしまったと思う。
話し終える頃には、コーヒーの入っていた缶はすっかり空になっていた。
そこでひとつ息を置いて、改めてそこに居た全員を跡部は見回した。
皆、何も言葉を発しない。
それはそれで当然だ。こんな話をイキナリ頭から全て信じろという方がどうかしている。
「俺と岳人は当然だが、何とかして忍足を救おうと思っている。
お前らは……まぁ無理強いする気はねぇ。中途半端に付き合わせちまった真田も
こんなとばっちりを食っちまったからな……」
難しい表情を見せてはいたが、最初に口を開いたのは千石だった。
「俺は……信じてみようかな、なんて思うんだけどさ。
霊感がどうとか言われてもちっともピンとは来ないけどさ、忍足の様子がおかしいなってのは
薄々気付いてはいたし、跡部も向日もちょっとマジ入ってるし。
要は第六感でしょ?俺のラッキーみたいなモンだと思えばホラ、」
うんうんと一人で少々ズレた理屈付けて千石は頷く。
千石なりの解釈の仕方で、とりあえず納得はしてくれたようだ。
確かに跡部としても、一番柔軟に捉えてくれそうなのは千石だという気がしていた。
そして、一番難解そうなのは。
「………少し、考えさせてくれ。一概に頷ける内容では無い。
それに……俺はまだ、自分の目では何も見ていないから………、」
柳がぽつりと零すように呟いて、だが言葉を途中で区切るように止めると、強く唇を噛んで立ち上がった。
それを訝しげに跡部が見上げる。
「………柳、お前…」
「すまん跡部。少し頭を冷やしてくる」
言うと柳は急ぎ足で部屋を出て行った。玄関の閉まる音に余り良い予感を感じていないのは乾だ。
「……手塚、ゴメン、俺ちょっと……」
「いや構わん、行ってやれ」
「ああ」
頷いて、乾も柳を追いかけるように席を立った。
多分柳は、まだ。
不安を感じていたのは真田も同じだったようで、乾を呼び止めて声をかける。
「俺が行こうか?」
「いや……いいよ」
「つーか、テメェのせいなんだよ。ちったぁ気付きやがれ」
跡部も理解したようで、忌々しくそう吐き捨てると真田の足を蹴り飛ばす。
それを不思議そうに千石が見ているところからすると、本当に解っていないのは
真田と千石だけのようだ。
と、寝室のドアが開いて、向日がひょこりと顔を覗かせた。
「……話、終わったのかよ?」
「ああ、……どうした岳人」
「いや単に玄関の音が聞こえたから、何かあったのかなぁって」
「忍足は?」
「今は……大丈夫」
ずっと聞こえてくるのは、忍足の声だけだ。
それに居たたまれなくなって部屋を出たいと思ってしまったのも一つの理由だ。
後ろ手にドアを閉めて、向日は跡部の隣に腰をかけた。
「向日は【聞こえる】って本当なんだ?」
千石の問いに、向日が首を縦に振る。
「聞こえるよ。今も………聞こえてる」
「実際、どんなのが聞こえるワケさ?」
「音だぜ?なんていうか……空気が流れるみたいな…まぁ、種類は色々あんだけどな、
ああそこに居るんだなって、解る程度に」
「今は?」
「今、は………」
ふいに向日の表情が暗く沈んで、千石がまずい事を聞いたのかと少し顔を顰めてみせる。
だけど、跡部の話が本当なら、聞いておいた方が良い事だ。
「今は………」
言おうとして、胸の詰まるような感じを味わう。
つんと目の奥に鋭く走ったものが、涙腺を壊した。
「…おい、岳人どうしたよ?」
隣に座っていた跡部が眉を顰めて問い掛けた。
「今は………ずっと、侑士の声が、聞こえてる………。
ずっと……謝ってるんだ。俺達に、真田に、皆に」
その言葉を正確な意味で理解できたのは跡部だけで、他の仲間達は不思議そうに
顔を見合わせていた。
忍足の声など聞こえない。大体にして、まだ目が覚めていない筈なのに。
「ちょっと待て、忍足の声などしないではないか」
「ああそうだ。俺にも聞こえてねぇ。
………聞こえているのは、岳人だけだ」
「どういう意味だい?」
「……じゃあ、もうひとつ話をしてやるか。氷帝の頃の話をな。
元々は……それが全ての始まりだったような気がするな」
顔を伏せるようにして小さく嗚咽を零している向日の赤い髪をくしゃりと撫でて、
跡部が小さな笑みを浮かべた。
自分達の誓いと、忍足の覚悟を。
<続>
がっくんは、言霊を聞けるようになったのは嬉しいけど、忍足の言葉を聞くのはツライようです。(汗)
誰も忍足を責めてないのに、忍足自身だけが自分を責め続けているからでしょう。
イタイんですね、がっくん的に。(苦笑)