<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Wednesday to want to break into tears W

 

 

 


病院で手当てをしてもらうと一言で言っても、行く事自体に真田は抵抗を感じていた。
医師からこの件について根掘り葉掘り訊かれるのも面倒だったし、学校や親元へ連絡が
いってしまうのも避けたい事だった。
何とか穏便に済ませたいと考えて、頼れる相手は跡部しか思いつかなかったから連絡した。
あの後すぐ跡部が部屋へやってきて、「車を呼んだ」と言うと自分を連れて寮から少し離れた
ところにある病院へと連れていかれたのだ。
行きがけに忍足の事を少し話し、3階へ行ったと言えば跡部はすぐに携帯で連絡を入れていた。
恐らく相手は向日なのだろう。
迎えに行って、自分達が戻るまで部屋に居ろと言っていたのだから、恐らく間違いではない。
それから病院に着くまでは、終始2人とも無言のままだった。
自分は特に話す事は無かったし、逆にあれこれ問いたいぐらいだったのだが、横目で垣間見た
跡部の表情がそれを躊躇わせたのだ。
一見、酷く憂鬱そうな表情にも何かを深く思案しているようにも見えるのだが、真田の目に
それは酷く傷付いているように見えたのだ。
自分にそう思わせる理由が何なのかには皆目見当もつかないが、こういう時の勘は割と当たると
自負している。
恐らく、跡部は何かについて酷く、傷付いている。
僅かに寄せられた眉と、逸らされた瞳と、引き結ばれた唇が何よりもそれを証明していた。
跡部は今、胸の内で何を思っているのだろうか。
それを問いたい気もしたが、とりあえず今は黙っている事に決めた。

 

 

「…すまないな、このような結果になって」
「で、どうだったんだよ、傷の具合は」
「ああ大した事は無い。止血だけして後は自然治癒に任せても良いぐらいだと言われたが、
 スポーツをしている事と、なるべく早く治したいと言えば結局縫う事になったがな」
「……そうか」
連れて行かれたのは、跡部の傘下にあるらしいひとつの病院だった。
一通り治療の済んだ後に消毒用の薬を貰って出てくれば、来た時と同じようにタクシーを
入り口に止めさせた状態で跡部が自分の事を待っていた。
「完治まで2週間、といったところらしい。
 それまで俺も基礎トレのみになりそうだな」
「悪かったな。まさかこんな事になるとは想像もしてなかった。俺もつくづく甘かったみてぇだ。
 とにかく、お前の言う通り学校と親にはバレねぇように手を回した。
 費用の面も心配しなくて良い。……ま、俺からの詫びだと思ってくれ」
大した怪我じゃなくて、本当に良かったと思っている。
部屋で蹲っている真田を見つけた時は正直肝が冷えたのだが、一安心だ。
問題は忍足の方だ。
真田を待っている間に、向日と電話で一通りの状況は聞いている。
まさかそこまでと思っていなかった自分の甘さが、心底腹立たしかった。
「………跡部?」
「あーん?何だよ」
行きは落ち込んでいると思っていたら、帰りは帰りで何故かは解らないが怒っている。
一体本当にどうしたというのかと心配になるが、だがこっちの方がずっと跡部らしいと思えた。
「いい加減に話したらどうだ」
「………何が」
「忍足の事だ。お前は何かを知っているのだろう?」
「だから、それは……」
「悪いが俺もこんな状況になって、まだ他人事でいられるほど寛容な人間では無くてな。
 少なくとも、どうしてこんな事になってしまったのかを知る権利は、既に持っていると思っている」
「………まぁ、な」
「全てがハッキリしていなくとも良い。
 ただ、お前が知っている範囲の全てを教えてくれたら、それで良い」
今でも、部屋でのあの出来事は鮮明に覚えている。
自分が刺される直前に見た、あの忍足でない何かの存在。
「あれは……忍足じゃなかった」
「…なに?」
「忍足の姿をしているが、少なくともアレは忍足でないと言えるぐらい別人だった。
 大体、アレは……」

 

「会ったのか、真田ッ!!」

 

ふいに襟元をぐいと掴まれたかと思うと、すぐ目の前に凄い形相で睨んでくる跡部と視線が合った。
「あ、跡部…?」
「言え!!どんな奴だった!?
 ソイツは何か言っていたのかッ!!」
「ちょ、ちょっと待て、とにかく落ち着かんか!!」
何とか自分の服を握る跡部の手を退かして、乱れた衣服を整えると吐息をひとつ零す。
もうこうなればこの手しか無いだろう。
「交換条件だ、跡部」
「…アーン?」
「俺は俺が見た事を全てお前に話してやる。
 その代わり、お前はお前で知っている事を全部話すんだ……全員にな」
「全員、だと…?」
「そうだ。蓮二も手塚も乾も千石も、皆、少しずつかもしれないが感付いてきているのだ。
 皆、忍足を心配しているし、手を貸してやれる事があるなら進んで協力するだろう。
 お前はどうして皆を信用できないのだ?」
この自分をも含めて、だ。
秘密主義でも無いだろうに、跡部はどうしてもこの件については頑なだ。
跡部だけじゃなく、向日もだ。それは千石に聞いた。
忍足の件になると2人そろって黙り込む。
だが2人の手に負えないところまで来ていると解っているのなら、尚更周りの協力が不可欠だろう。
「お前が中途半端な事をするから、今回こんな事態が起こったのだ。
 その程度の自覚はあるのだろう?」
「………あぁ、嫌って言うほど感じている。
 解った、その条件は呑んでやる。寮に戻ったら、事情は全部話してやる。
 …そのかわり、こっちもひとつ条件があるぜ」
「何だ、言ってみろ」
「お前は、今ここで全部話せ」
「今ここで?………寮では駄目なのか」
「……聞かせたくねぇ奴が、居るんだよ。
 まぁ、それも結局は内容次第になっちまうが……先に聞いておきてぇんだ」
シンクロしていないのなら、敢えて教えてやらなくても良い。
知らなくても構わない事なら、知らずに済ませてやりたい。
シンクロしていないという事は即ち、乗っ取られているという事だ。
その差は忍足自身の自覚の有無で区別される。
自覚が有ればシンクロであり、無ければ……既に無き魂に、身体を良いように使われている
という事になる。
今の忍足にそこまで話して、正直彼自身の精神が耐えられるとは思えない。
だから、聞かせたくないのだ。
「条件呑むのか呑まねぇのか、どっちだ」
跡部の問いに、僅かに真田が迷うような素振りを見せたが。
「……わかった、良いだろう」
そう答えて、真田がゆっくりと頷いて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詰め寄ってくる柳と乾の2人に、向日は「跡部が帰って来るまでは何も話せない」と言うのが
精一杯だった。
そう2人に言って、向日は隣の寝室へと逃げ込むように入る。
ベッドに寝かせている忍足に気がついてゆっくり傍に歩み寄ると、机の傍から椅子を
引っ張ってきて、ベッドの横に置き腰掛けた、
「侑士……」
3階に迎えに行った時、そこには既に誰も居らず入れ違いになった事に気がついた。
そして廊下にぽつんと取り残されるように落ちていたのが、一振りのナイフだった。
それは今、この部屋の机の上に置いてある。
忍足の中に潜む何かが、このナイフで真田を傷つけたのだ。

 

真田からの電話を受けた後、跡部はロクに自分に説明をする事無く部屋を飛び出していった。
その前に跡部の口から聞けた言葉は、「忍足が、真田を傷つけた」という一言。
それだけ苦々しく口にすると、彼は廊下を駆けて行った。
暫く部屋でぼんやりとその事を考えていて、ふいに過去に起こった事件を思い出した。
氷帝に居た頃の、記憶。
あの時の忍足は、自分が憑かれている事も、それで無理矢理見せ付けられる死に逝く者の
記憶に怯える事も無く、ただ自分達の身だけを案じていた。
案じる余りに、その表現は刺のようになってしまったけれど。
他の誰も傷つけないように、親しい人を巻き込まないように、と。
その忍足が、友人を傷つけた。
にわかには信じ難い事だったけれど、あの跡部を考えると嘘では無さそうだ。

 

電気の光をスイッチで操作して薄く点ける。
忍足はまだ目が覚める気配が無い。
ただ昏々と眠り続ける彼は、目が覚めたらこの現実をどう受け止めるだろう?
また、前みたいに壁を作るのだろうか。どうかそれだけは、避けて欲しい。
だがこれだけは確信している。
例えこの件で他の誰かと溝が出来てしまったとしても、離れてしまったとしても、
自分と跡部だけはずっと忍足の傍に居るだろう。これだけは絶対だ。
だから、怖いことなど何も無い。
「侑士……ゴメンな、止めてやるって言ったのにな」
自分達は嘘吐きだ。
安易に約束なんかしてしまったから。
簡単な事だと思ってしまったから。
「ゴメンな、侑士……」
後悔したって、もう遅い。
ただ、目が覚めた忍足が昔のように壁を作ってしまわないように。
傷付かなくて済むように。泣かないように。壊れてしまわないように。
忍足の手を取ると、向日はぎゅっと強く握り締めた。

 

祈るしか、無いのだ。

 

 

 

 

ギシリ。

 

また、音が聞こえて向日の身が強く強張る。
これの正体が掴めない。
コイツが悪いのに。全ての元凶なのに。
早く、早く出てけよ。消えてなくなれよ。
強く唇を噛み締めて、睨むように忍足を見る。

 

ギシ…ッ

 

軋むような音が、鎖の擦れるような、締め付けるような音が。
唐突に変わった。

 

【………ジジャナイカ……】

 

「え…っ、」

 

【オナジ……ジャナイカ………】

 

聞こえた声は、当然忍足のものなどではない。
錆び付くような低い音。雑音交じりのノイズ。
ならば、これは。

 

【死ネよはヤくシンじマえよ……ホらハやク】

 

誰に向けて言っているのだ。
忍足に……向かっているのか?

 

【オまえモおレもヒトりなンだよ………きヅけばラくニナれルぜ…?】

 

鮮明に聞こえる【声】は、それだけの意思の強さを意味する。
思念の強さ、と言った方が良いだろうか。
思わず耳を塞ぐ。
けれど、外から聞こえる音でないそれは、そんな事では防げない。
「イヤだ……何だよコレ……」

 

聞きたくない。

自分まで取り込まれそうな、引き摺られそうな。

 

【死ネしネシね死ネ………ホら、はヤく……サぁ】

 

視界の端に、机の上に置いていたナイフが目に入った。
これで耳を削ぎ落とせば聞こえなくなるだろうか?
何処か身体を突き刺せば、痛みが声をかき消してくれるだろうか?
頭の中が霞みがかったようで、まともな判断が失われる。
とにかく、これを、早く何とかしなければ。
とにかくどこでも良いから、このナイフで。

 

パン!!

 

後頭部に軽い衝撃が走ったかと思うと、突然意識が覚醒するような感覚と共に頭がハッキリした。
何事か、と疑問に思うより前に、後ろから手に持っていたナイフを取り上げられる。
ゆるりと後ろを振り向けば、険しい表情を見せた跡部がそこに立っていた。
いつの間に帰ってきたのだろうか。全く気付かなかった。
「……何をしようとしてた、岳人」
「跡部……?」
「これで何するつもりだったのか訊いてんだ、アーン?」
ナイフを手に弄りながら、睨みつけるように跡部が向日を見下ろす。
どうやら自分はこの跡部に止められて、ついでに殴られたらしい。
正確には、殴られたから助かったのだろう。
「ご、ごめ…ッ、俺、どうして良いかわかんなくて……」
「お前もしかして、憑かれたのは初めてか?」
「え、憑かれた……!?何だよ、ソレ……」
「……チッ、自覚ナシじゃあどうしようもねぇな……」
ナイフをダストボックスに放り込んで、跡部が仕方無さそうに肩を竦める。
寮に戻ってとりあえずまずは忍足の様子を見ようと寝室に入った途端、ナイフを自身に向かって
振り翳している向日が目に入ったのだから、驚いたなんてものじゃない。
慌てて向日からナイフを取り上げてその頭を思い切り叩いた時に、掌にいつもと同じ
何かを祓った時の独特な感触を感じた。
「俺、憑かれてたのかよ……まさか、でも、」
「何だよ信用してねぇのか?」
「そういう意味じゃ無いけど……今、この部屋には忍足に憑いてるヤツしか聞こえてこないから」
「ひとつだけか…?なのに、忍足もテメェも憑かれたってのか?」
「理屈はよく解んねぇけど……でも、とにかくコイツがヤバいってのはすっげぇよく解った。
 憑いた奴を連れて行こうとする奴だ。それは感じたし、ちゃんと聞こえた」
もたもたしていたら、いつか必ず忍足も連れて行かれる。
まだ忍足自身の自覚していないところで抵抗してくれてる間に、何とかしなければ。
連れて行かれるなんて……冗談じゃない。
「岳人…お前もう少し此処に居て忍足を見ておけるか」
「ああ、もう大丈夫だ!!もうこんな失態は見せねーよ!!」
乗っ取られないようにするには、それ以上の意思の強さがあれば良い。
多分さっきは自分が弱気を見せていたから、そこにつけこまれてしまったのだ。
解っていれば、もう怖くは無い。
「そうか、じゃあ岳人はもう少し此処に居ろ」
「跡部は?つーか、真田は大丈夫だったのか?」
「ああ、ムカつくぐれぇピンピンしてやがる」
「それも何だかなー…」
跡部のしかめっ面と共に発された言葉に、向日が苦笑を見せる。
だが、大丈夫なのなら安心だ。
「岳人、アイツらに全部話すが、問題ねぇな?」
「全部って?」
「此処まで来たら、もう誤魔化しは効かねぇ。
 全部白状するしかねぇ。だから……」
「ああ、そういう事か。跡部が構わないなら、俺も構わねーよ。
 侑士は…まぁ、こんなだから、一番隠しておけねーか」
「そういう事だ」
「俺達は一蓮托生だもんな。今更俺はイヤだなんて我儘な事は言わねぇよ」
「……そうかよ」
笑顔で手をヒラヒラさせながら努めて明るく言う向日に、跡部が安堵の息を漏らした。

 

 

 

<続>

 

 

がっくん危機一髪!!

跡部はきっと乗っ取られたりしないんだろうなぁ。
自分が祓えるってのもあるけど、それ以前に意思が果てしなく強いから。(笑)
最強跡部伝説。(なんじゃそら)

つーかめっちゃ長……。(汗)
水曜日はもうちょっと続きます。