<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >
Wednesday to want to
break into tears V
唐突に部屋に忍足が訪れて、柳に真田を見てやってくれと言った。
その忍足の表情が今にも倒れてしまいそうに真っ青で、むしろ彼の方が大丈夫だろうかと思い
問いかけようとして、彼が右手に握り締めたままのナイフが目に入った。
ナイフの刃は、赤く滲んでいる。
瞬間脳裏に過ぎったのは、最悪のシナリオ。
「忍足!お前、弦一郎に何を…ッ」
思わず強く忍足の肩を掴んで問うと、怯えたような視線が自分を見返してくる。
その肩は頼りなげに震えていた。
もしかしてこれは、自分の想像を肯定しているのか?
考えてしまったら嫌な予感は益々強くなり、居ても立ってもいられずに柳が廊下を走って行く。
「まさか……そんな、」
そんな筈は無い。今日だって、ほんの1時間と30分前には共に夕食を採っていた。
嫌な予感を振り飛ばすように首を振って、柳は階段をひとつ下へと駆け下りる。
確率は、5分5分。
真田が無事なのか、否か。
「………これは、一体………」
部屋に一歩踏み込んで、柳が困惑の声を漏らした。
ベッドのシーツに点々と零れている赤。
それは、然程広い範囲でも量でもないが、カーペットにも広がっている。
机の傍にも少し血の跡があったが、肝心の真田が何処にも居ない。
「…どういう事だ?」
寝室に入ってぐるりと見回す。
そんなに広い部屋ではないので、それだけで室内全部が見渡せる。
やはり何処にも真田の姿は見受けられない。
だが血の跡が余りにも生々しすぎて、確実にこの部屋で何かが起こったのだという事は
そこに居るだけで感じられた。
「弦一郎……」
外に出て行ったのだろうかと思い、一度玄関に戻って靴を確かめる。
来た時には動転していて気付かなかったが、真田の靴も消えていた。
彼は確実に外だ。
少し首を捻って考える。
ひとつ、忍足が嘘を言ったとする可能性。
無いこともないが、だが忍足は少なくともそんな悪趣味な悪戯をするだろうか?
まずそれは有り得ないだろう。
それに目の前で見た忍足の様子は、傍から見ていても心配になるぐらい憔悴していた。
あれが演技だとも思えない。だから、可能性は0%。
ひとつ、あの血が真田のものでない可能性。
考えられない事もない。忍足の表情と言葉で勝手に予測して焦ったのは自分の方だ。
そのナイフで何をしたのかも、誰の血なのかも、何も訊かなかった。
ならばあの血は忍足のものなのだろうか。
忍足の身体が何処か傷付いていたか、ちゃんと見ることをしなかったので断言はできない。
だが仮に忍足のものだったとしよう。
では傷つけたのは真田なのだろうか。
その可能性も柳はスッパリと切り捨てた。有り得ない。可能性は0%だ。
真田がそんな事をする人間でない事は何よりも柳自身が一番よく知っている。
ならば第三者が侵入したのだろうかと考えたが、それでは忍足の言葉と繋がらない。
ひとつ、忍足が何らかの状況に陥って自傷行為に及んだ可能性。
人の心までは推し量ることはできない。しかも忍足は完璧なまでのポーカーフェイスだ。
もしかしたら…何か悩みがあったのかもしれない。
辛いと思う事があったのかもしれない。
だけど、どこかで柳は忍足の事を信じていた。恐らく彼はそんな事をするタイプではないだろう。
それにそうならそうで、真田がきっと止める筈だ。可能性など恐らく20%もない。
やはりあの血は真田のものだと考える方が妥当だ。
では、真田は一体どこへ行ってしまったのだろう?
どっちみちこれでは結論の出しようが無い。
忍足自身にもう一度きちんと話を聞くしかないだろう。
誰も居ない部屋に居ても仕方が無いので一旦3階に戻ろうと靴を履きかけた時、
唐突に玄関のドアが開いた。
「あれ、蓮二」
「!!…貞治か、驚かせるな。どうしたんだ?」
「それが……」
よいしょ、と声をかけながら乾が背負っていたものの体勢を立て直す。
そこに負ぶさっているのは忍足だった。
気絶しているようで、目を閉じたまま彼はピクリとも動かない。
それに柳の眉が僅かに寄せられた。
「…何があった?」
「いや、別に何も無いよ。
蓮二が出て行ったすぐ後に…気を失ったんだ」
お邪魔します、律儀に声をかけてから乾はリビングを通り抜け寝室へと向かった。
そこに一歩踏み込んだ乾の瞳が、驚いたように一度だけ軽く見開かれる。
だがそれは本当に僅かな間だけの事で、真っ直ぐ忍足のベッドに近付くと血痕がついているが
仕方が無いと、気を失った彼をそっと寝かせ布団を掛けてやる。
そうしてから、今一度部屋全体を見回した。
そしてすぐに真田が居ない事に気付く。
「……真田は?」
「解らん。忍足に言われて来たが、既に弦一郎は居なかった」
「何処か行ったのかな」
「さぁ……それも判断がつかなかったから、忍足に訊こうと思ったところだったからな。
しかしこの状況ではそれも無理だろう」
「そうだな」
小さく頷くと、乾が柳の背を押して寝室を出る。
静かにドアを閉めると、2人はテレビの前のソファへと腰掛けた。
「どうしようか?」
最初に口火を切ったのは乾。
真田が居て何も問題の無い話なのであれば、倒れた忍足を部屋に届けてすぐに3階へ戻ろうと
思ったのだが、肝心の真田が居ないのでは話にならない。
そもそもこんな状態の忍足を一人にしておくこともできない。
「待つしか無いのだろうな」
「あぁ……そうだ、電話してみるか」
乾が思い立ったようにポケットから携帯を取り出して開く。
外に居るのなら出るだろう。
そう思って、真田の携帯にコールを入れてみた。
呼び出し音が聞こえる。しかも隣の寝室からだ。
「………貞治、多分弦一郎は携帯を持って行っていないと思うが」
「携帯の意味が無いだろう真田のヤツ…」
重く吐息を零して乾は携帯を切った。これでは連絡のつけようが無い。
待つしか無いのかとポケットに携帯をしまっていた時、ふいに玄関の扉が開け閉めされる音が
耳に入ってきた。
「………弦一郎か?」
ソファに座ったままで、柳が玄関口に向かって声をかける。
人の気配は確かにするが、返事が無い。
訝しげに表情を歪めて様子を窺っていると、ひょこり、と見慣れた姿が出てきた。
そこに現れるには余りにも意外すぎて、2人が思わず言葉を失う。
「ゴメンな、真田じゃなくって」
言いながら困ったように苦笑を浮かべるのは、向日だった。
どうして此処に彼が来るのだろうかと、少し訝しむ。
「向日……どうして此処に?」
「真田から侑士が3階に行ったって聞いてさ、迎えに行ったんだけど……。
見事に入れ違いになっちまったみてー…」
「弦一郎の居場所を知ってるのか!?」
「ああ、うん、まぁ……」
柳の問いに、向日が言い難そうに語尾を濁して答える。
いつもの元気はどこにも見当たらなくて、ただ気まずそうな表情だけが向日の心情を表していた。
「向日、真田は何処に行ったんだ?」
「………病院。」
「やはり弦一郎が………」
「真田が心配するなって言ってた。
跡部も一緒に行ったから、大丈夫だぜ」
「向日、もしかしてお前、」
柳の言葉に向日の肩がびくりと跳ねる。
こんな状態の場所に一人取り残すなんて、いくら忍足が心配だと言っても酷すぎるではないか。
自分は跡部ほど口も回らないし説得力も無いのに。
「……何を知っている。話すんだ、向日」
「………ッ、」
「向日」
「………それは、」
「やはり弦一郎を刺したのは、忍足なのだな?」
「違うッ!!」
疑いの篭った言葉に、弾かれたように向日が顔を上げた。
違う。そうだけど、そうじゃない。違うんだ。
そう言いたいのに言葉が出てこなくて、向日が強く唇を噛み締めて俯いた。
こんな時に跡部が居れば。
「どうして隠すのだ。こんな事になって、まだ何も言わないつもりか」
「柳……」
「忍足の様子がここ最近おかしい事など、とうの昔に皆気付いている。
昔から馴染みのお前達など、きっともっと詳しい事まで解っているのだろう?
とにかく原因を話してくれ」
そうだ。原因も理由も何も解らないままで、こんな感情など持ちたくなかった。
もちろん刃物を振るった忍足の方に非があるのは当然だ。
だが、そうさせるだけの原因が万が一真田の方にあったとしたならば、一概に忍足を責める事は
できないだろう。
とにかく理由が知りたかった。何があったのか理解したかった。
「だが、向日」
これだけは、決めている。
大事な人を傷つけられた事に対する怒りだけは、誰にも静められないから。
「理由如何によっては、俺は忍足を許さない」
<続>
うわぁ、思ったより長くなりそうな水曜日だ……。(汗)
まだ予定の半分も書けてないような気が。
ていうか、泥沼…。(遠い目)
今回は岳人が不幸人間かも。ごめんねがっくん。