<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Wednesday to want to break into tears U

 

 


 

同じ部屋だから、いつでも目の届く所にお互いが居られるのかと問われれば、答えはNOだ。
確かに全く違う部屋の跡部や向日に比べれば、ずっと近くに居る事になるのだろうが、
だからといって、いつも2人で同じ行動を取っているわけではない。
片方が寝室に居れば、もう片方がリビングに居る事だってあるだろう。
扉一枚、壁一枚隔ててしまえば、相手が何をしているのかは全く見えなくなってしまう。
風呂なりトイレなりに行けば、それこそその間の相手の動向など知る術などどこにも無い。
だからこれは、彼の責任にはならない。なりようがない。
真田の責任では、無いのだ。
風呂に入ってくると告げて、45分。
決して短くはない時間だ。
例えば忍足の身に何かが起こってしまうには、充分な時間。
「………忍足?」
タオルで濡れた髪を拭きながらリビングに戻るが、先刻まであった忍足の姿が消えている。
寝室にでも行ったのかと思い隣の部屋のドアを開ければ、中は夜の闇で覆われている。
電気も点けていない薄暗い部屋の中で一人、忍足はぼんやりとベッドに座り込んでいた。
とはいえ夜も更けていて、明かりを点けなければ彼がそこで何をしているのかすら判断は難しい。
手探りで壁に触れ、スイッチを探り当てるとパチンと音をさせてONにする。
改めてベッドに目を向けて、真田の表情が強張った。
忍足の左腕は長袖のシャツごと切り裂かれていて、そこから血が滲み出している。
その右手には、一振りのナイフが握られていた。
「……何をしている!!」
思わず大声で叫んで忍足の元まで急ぎ足で歩み寄ると、俯いていた忍足がゆっくりと顔を上げた。

 

「………同じじゃないか、なぁ?」

 

「…?」
「俺と、どこが違うんだよ、……なぁ?」
「お、忍足…?」
普段から聞いてる西のイントネーションは欠片も見受けられず、だがそれは流暢な東の発音。
目を合わせると、虚ろに濁った視線と真っ向からぶつかった。
何が起こっているのかサッパリ見当はつかない。つかないが、ひとつだけハッキリしている。
これは忍足じゃない。
どこがと問われると逆に言い当てられないぐらい、何もかもが違うのだ。
姿だけはどう見ても忍足のものだが、同じではない。
「さっさと来いって言うんだよ……」
ぽつりと低く呟いた忍足が、再び右手のナイフを振り上げる。
今度は左腕ではない。
切っ先は自身の左胸を狙っている。
そのナイフの向きに、我に返った真田が慌てて忍足の右腕を捕えた。
「何をしている!!やめないか!!」
「は、なせ……ッ」
「一体どうしたというんだ、忍足ッ!!」
普段からは考えられないほどの力で抵抗されて、真田が眉根を寄せる。
尋常な事ではない。
力で忍足に負けるとは思っていなかったが、困惑が僅かに押さえる手を鈍らせた。
「放せッ!!」
力任せに振り回された忍足の右手が、押さえていた真田の手をすり抜けて。
「………ッ!?」
真田の目が、大きく見開かれた。

 

まさか、こんな、事が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポタ、ポタとカーペットが赤い染みを作る。
時計の針の音が、やけに耳についた。
のろのろとした動作で己の右腕を持ち上げると、強く握り締められたナイフ。
その切っ先も、赤で染まっていた。
これは、誰のものだ?
この血は、誰のものだ?
己の左腕を見れば、赤く染まったシャツの袖が視界に映る。
ああ、なんだこれは自分のものだ。
では、この床の赤い染みは何だ?
自分のすぐ傍で蹲っている、人は?

 

「……………真田………?」

 

ナイフを持つ手に震えが走る。
まさか、まさかこれは、自分が。
「お、俺が…、俺が、やったんか………!?」
解らなかった。知らなかった。
いつの間に自分はシンクロをしていたのだろう。
シンクロでなければおかしい。
自分が、真田を刺す理由なんて無い。
状況は全くといって良いほど覚えが無いが、手にしているナイフと、血と、真田を見れば
何が起こったのかなど一目瞭然だ。
「う、嘘やん………うそ、やろ……!?」
自覚した。
自分は何と自惚れていたのだろうか。
こんなに傍に人を近付けていては、こうなる事なんか目に見えて解っていただろう。
昔、こんな事があったから人を遠ざけたのではなかったか。
傷つけたくなんかなかったから。
失いたくなかったから。
なのに結果はコレだ。しかも今回は己を止められなかった。

 

友達を、傷つけてしまった。

 

「お、俺…ッ、どないしたら……ッ」
「忍足、落ち着くんだ」
酷く狼狽した忍足を押し止めたのは、蹲っていた真田だった。
ベッドに背を凭れかけさせるようにして床に座ると、己の傷に視線を向ける。
忍足は座っていて自分は立っていたからだろう、切られた個所は脇腹だった。
咄嗟に身を引いた事で傷は浅くで済んだようだが、飛び散った血液がカーペットを汚していた。
傷は浅いが焼けるような痛みが襲ってくる。
それに眉を顰めながら、真田が立ち尽くしている忍足へと視線を上へ向けた。
見れば先刻までの表情が全て嘘のように、忍足はいつもの忍足に戻っている。
そういえば話し方も聞き慣れた関西弁だ。
「心配するな、大した傷じゃない」
「やけど、コレ、俺がやったんやろ!?」
「違う!!お前の責任ではない!!
 お前は悪くない!!」
「……ッ、」
必死の形相でそう否定する真田に、忍足の表情が泣きそうに歪められた。
自分のせいでこんな目に合っているのに、それでも彼は自分の責任にはしないのだ。
いっそ強く責めてくれたなら。お前のせいだと罵ってくれれば。
「堪忍な。ほんまに堪忍な、真田。
 俺が……、俺が傍に居らんかったらこんな目に合わへんかったやろに…な」
「忍足!それは違う!!」
「俺……ちょお柳呼んでくるわ」
しっかりとした声音で喋るから、命に別状はなさそうだ。
だからといって、自分のした事が許される事ではないけれど。
自分でも内心動揺しきっているのを感じているので、手当てをしてやりたくとも、上手くできるとは
思えない。
冷静な相手を呼んでくる方が、良いだろう。
そう言うと、ぎゅっと強く唇を噛み締めて忍足は部屋を出て行った。
後に残された真田が、静かに瞼を閉じて考える。
この状況に対する最善の対策は何か。
じわりと熱を持った脇腹は、傷は深くは無いが出血が止まる気配が無い。
とりあえずこちらが先だと判断すると、真田は自分の机まで這いずって携帯に手を伸ばした。
かける相手は、自分に忍足を見張るよう依頼した男。
メモリから番号を探し、携帯を耳に当てた。
暫く待って漸く出てきた相手は、相変わらず不機嫌な声で自分の電話に出る。
それに口の端をやんわりと持ち上げ、真田が吐息を零すように告げた。

 

「………すまない跡部、しくじった」

 

電話の向こうで小さく息を呑む音が聞こえた。

 

 

 

<続>

 

 

 

事態はどんどん最悪の状況に。(汗)

忍足が一番したくない事をさせてしまいましたー……。
でも、これはどうしても必要なシーンだったのでゴメンナサイ。(平伏)