<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Killed Tuesday U

 

 

 

昨日の今日の話で、やはりというか、当然というか。
軽く階段を駆け上がりその先の扉に視線を向けて、同じ速度で千石が戻ってきた。
「あー、ダメダメ、屋上の扉やっぱり閉鎖されてるよ」
「ちぇー、やっぱりかよ。
 くそくそ!!そんなの俺達にゃ何の関係もねーじゃねーかよッ」
「まあまあ岳人、しゃあないやん、事情が事情なんやしな」
「チッ、しょうがねぇな……今日は学食で食うか」
普段の昼休みは、パンを買って4人揃って屋上で過ごしている。
雨の日や時間の無い日は学食へ行く事もあるが、大抵は屋上だ。
特に秋も深まり風も冷たくなりだした事から、屋上に行く人口が減ってきていて
自分達にとって随分過ごしやすい状況になったというのに。
「これやったら、当分行かれそうにもあらへんなー…」
「俺、学食混んでるから嫌いなんだよなー」
「あれ?跡部何してんの?」
「……ああ、俺だ。お前らの周り席空いてんのか?
 そうか、じゃあ4つ確保しとけ。今から行く」
携帯でご丁寧に席取りの電話をしている。
「誰に言うたん」
「あ?乾にだが、問題あるか?」
「あー、ほな間違いないやろ。席には困らんしのんびり行こうや」
陽気に笑いながら忍足はそう言うと向日の背を押して歩き出した。
くそくそ頑張って一番高い所まで行ったのに今度は一番低いトコまで行くのかよー!と
向日はそうぼやきながらも、なんだかんだで結局先頭を歩いていた。

 

 

 

学食は校舎の一番下、階数で言えば地下1階となる部分にある。
生徒の多くが利用する学食は、校舎と同じ広さを有していて、それでもいつも満員御礼状態だ。
寮生が多いこの学校では、弁当を用意しているものの方が少ない。
自然と集まってしまうのはもはや仕方無いと言えるだろう。
「あ、いるいる、あっちだね」
混雑している食堂内に目をやって、乾の姿を見つけると千石が大きく手を振った。
乾だけでなく、手塚と真田と柳も共にいるようだ。
そして千石の隣では。
「最初はグー!!」
誰が行列の出来ている券売機に並ぶかで、熾烈な戦いが始まろうとしていた。
千石はジャンケンで負けることがそもそも無いために(本人曰く『ラッキー』なのだそうだが)、
この中に混じる事は無い。
本日の敗者は忍足。
「俺はAだ」
「えーじゃあ俺はBランチにしよっと」
「じゃあ俺も、Aランチにしとこうかな」
「……はいはい」
それぞれからお代を頂戴すると、忍足が嘆息交じりで券売機の列へと歩いていった。
せっかく食堂に来たのだから、温かい御飯を食べたいと思うのは至極道理だ。
さて、ではこの場合、事前に買ってあったパンはどうなるかと言えば。
「部活前に食ったら脇腹にクるよなー、やっぱ」
「止めといた方がイイぜ?食うなら6限とHRの間にしろよ」
「あ、やっぱりそうだよね。それじゃ俺もそうしようかな?」
しっかり元の食料も彼らの胃袋に収まるので問題無い。
そんな話をしている間に忍足が戻ってきて、配膳を受け取り、乾が取っていてくれた
席へと足を運んだ。
これで、いつも寮で食事をする時と全く同じメンバーが揃うこととなる。
「屋上は……ああ、そうか。さすがに無理なのだろうな」
「うう、俺らには何の関係も無いのにヒデーと思わねぇ?」
「とはいえ、危険だから閉鎖するのだろう?
 ほとぼりが冷めるまで大人しく待つのだな」
「…ま、いずれ我慢できないどこぞの誰かが、勝手に鍵くらい壊しちゃうでしょ」
「言えてるな。岳人、お前はやるなよ?」
「ちょっと待て俺かよ!」
向日が唇を尖らせて言うのに、皆が笑い声を上げた。
と、ふいに千石が視線を走らせた先で気が付いて話し掛ける。
「…どうしたの忍足、やけに食うの遅いじゃない?」
なかなか箸が進まないのだろう、完全に手を止めたままの忍足が千石の言葉に苦笑を漏らす。
「ああ、ちょっと食欲あらへんねん。あんま気にしんときや」
「…何だよ、お前体調悪いのか?」
隣に座っている跡部がチラリと視線を送って問うと、それには首を横に振る。
「ちゃうよ。ちょお、夢見が悪くてな、寝不足やねん」
「…ああ、」
夜中の一件を思い出したのだろう、気が付いたように真田がひとつ頷く。
「お前、あれから寝てないのか?」
「寝ようとは頑張ってみてんけど、目が冴えてもうてな」
「部活に支障を来すぞ」
「大丈夫やろ。どうせこの手じゃ基礎トレしかでけへんし」
仕方無さそうに肩を竦める。
体調管理もスポーツには重要な事ではあるが、恐らく抜糸が済むまで激しい運動は
できないだろう。
それはそれで少しつまらないと思いはするのだが、状況が状況なだけにどうしようもない。
「どんな夢見たんだ?」
「んー?……忘れてしもたわ、そんなん」
向日の質問に気の無い風に答えると、これ以上食べる気にもなれず忍足はそこで箸を置いた。
きっとこの沈んだ気分も、部活で多少なりとも身体を動かせばきっと晴れてくれるだろう。
お茶を飲みながら皆の雑談に交ざり、そうこうしている内に一人また一人と食事を終える。
混雑している食堂に長居をしていては周りの迷惑にもなるだろうと、そこで全員が席を立った。
「ほら、置いていくぞ向日」
「うわ待てよ乾ー!!」
皆早いってんだよ、と呟きながら急いで食器を纏めてトレーを持ち上げる。
乾が言うのだ、きっと本当に置いていかれる。それも嫌だ。
慌てて立ち上がって。

 

ギシ…ッ

 

思わずトレーを落としかけた。
咄嗟にバランスを保って何とかそれは免れる。
「まだ……居るのか、」
昨日聞いた音と同じものだ。それはきっと忍足の中。
祓えなかったという跡部の言葉は本当なのだろう。そもそも跡部が嘘を吐くとも思えないが。
「侑士……」
千石と話して笑っている忍足の背中を見遣り、向日は僅かに眉を寄せた。
何事も無ければ良いのだけれど。

 

 

 

 

 

 

テニスをプレイする事から身を引いた乾は、今は他部員のコーチとしてテニス部に在籍していた。
彼の考える練習方法は鍛えたい部分の的を得ており且つユニークであることから定評がある。
乾も今はテニスに対する気持ちを切り替えて部員を成長させる事に意欲を燃やしているようで
あるから、過去に色々ありはしたけれど今では上手く回っていると思う。
この学校の顧問は高校テニスの連盟の中でも重役に位置している事から多忙であり、現3年生も
大会終了後引退してしまっている今、実質このテニス部を上手い具合に引っ張っているのは
乾という事になる。彼の手腕は顧問も一目置いているらしい。
部長の名を引き継いだのは跡部だが、結局のところ彼も部長である前に1人のプレイヤーなのだと
己の腕を磨く事に専念している。
彼が部長として動くのは、各部長が寄り集まって行われる会議など公の場だけだ。
基本的に細々した事柄は全て乾がサポートしている。
実際、プレイヤーとして在籍していた時より忙しくなっているのは紛れも無い事実だった。
「はーい、集合ー」
ホイッスルを鳴らして、乾が練習中のメンバーを全員呼び集める。
素直に集まってきた部員に向かって、乾はノートを閉じると告げた。
「今日は教師陣が寄って集っての会議って事でね、早目に切り上げるようにってお達しが
 来てるんだ。そういうわけで今日の練習はこれでおしまいにして、速やかに撤収の上
 下校するように。………って事で、解散〜」
「あ〜、だから今日は練習キツかったんだー」
「よく解ったな、千石」
「うん。なんか密度が濃いってカンジ」
「はは、みっちり詰め込んだからね」
下級生達が用具を片付け始め、自分達は先に着替えるべく部室へと歩き出す。
その途中で跡部が忍足を呼び止めた。
「え、何?どないしたん?」
「お前、この後用事はねぇよな?」
「…無いけど?なんやそういう言われ方すると、すっごい嫌な予感するわ」
「何でそうなンだよ……ったく。
 買いてぇモンがあるから、ちょっと付き合え」
「ああ、なんや。そんな事なんかいな。ええよ、どこ行くん?」
聞けば最寄りの駅から3つほど行ったところにある大型専門店街にあるスポーツショップらしい。
特に断る理由も無い。
逆に買い物でもすれば気も晴れるのではないかと、忍足は2つ返事で頷いた。

 

 

 

<続>

 

 

 

え、次はデートですか?(違います)