<ONE WEEK 〜 1 week to have risked fate 〜 >

 

 

 

 

         Killed Tuesday T

 

 

 

身に纏う浮遊感。
ふわりとした、感覚。
なんだ、空でも飛んでいるのか。
自分は上を向いているようで、目を開ければ眩しい空の青。

 

ああ、いい天気やなぁ。

 

と、途端に重力がかかる。
下へ下へと、突き落とされでもしたように一直線。
随分高いらしく、その速度はどんどん上がっていって。
目の前に地面が見えた。
ああ、此処は学校だったのか。
見慣れた中庭が目に入る。
植えられた木、花壇、植え込みの柵。
初めてぞくりと身体に悪寒が駆け抜けた。
このままぶつかれば、間違いなく自分は。

 

目の前に広がったのは、『死』という名の闇。

 

なのに自分にはそれに抗う術は無い。
このまま地面に激突して、身体の中身を全てぶちまけて息絶えるだけ。
「そぉか……」
なのに口から漏れたのは、それを認める言葉で。
目の前に大地が広がって、固く瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「……ッ!!」
ガバリと布団を跳ね上げて飛び起きる。
ぜえぜえと吐く息は荒く、シャツが汗で濡れている。
そんなに嫌な、夢を。
「……忍足?」
隣のベッドで眠っていた真田が目を覚ましてしまったらしい。
「すまん……起こしてしもうたみたいやな」
「いや、それは構わんのだが……どうした、」
「ああ、や、ちょお、嫌な夢を見てしもうたみたいで……」
呼吸を整えながら忍足がゆっくりとした動作で、壁に掛けられていた時計へと目を向けた。
まだ夜中の2時だ。
「はァ……嫌な汗かいたわ。着替えて寝直そ」
同じように身体を起こして気遣わしげに視線を向けていた真田が、何気なく口を開いた。
それは単なる興味でしかなく。
「どんな夢だったんだ?」
「ああ、もう、ホンマ聞いてぇや、」
答えようとして、ふと忍足が口を噤む。
話そうとする先から、言葉が出てこない。
確か、心臓を掴まれるような、すごく、すごく、嫌な。

 

「………覚えてへん」

 

その返事に真田が怪訝そうな視線を向ける。
「何だそれは」
「いや、さっきまで覚え取った…ような気ィするねんけど……。
 何かスポーンと全部抜けてしもうたわ」
「……全く、」
呆れたような吐息を零して、真田が再び布団へ潜り込んだ。
興味が失せたのだろう。
それに忍足が首を捻りながらベッドを抜け出し、クローゼットから
着替えを引っ張り出した。
着替えながらも、やはり先刻の夢が気に掛かっている。
はて、自分はどんな夢を見たのだったか?

 

 

 

 

 

 

朝、体育館で全生徒揃っての朝礼が行われた。
それは昨日校舎から飛び降りてこの世を去った、生徒の話。
3年生の生徒の中からは、すすり泣く声が聞こえてきたりもしたが、
2年生である自分達には何の関係も無い話である。
大した興味も無く、ただ校長の話を右から左へと素通りさせて、朝の朝礼は終わった。

 

 

「忍足!」
1時限目は移動教室である。
ざわつく校舎内を歩き、階段を上がって1つ上の階へ。
その途中で声がかかった。
「あ?何や、手塚やん。どないしたん?」
隣のクラスである手塚は移動教室ではない。
そもそも自分を追いかけてくる必要も無いと思ったのだが。
「……忍足、お前1限は化学室だろう」
「せやし、今から行こうと」
「これは必要無いのか?」
言って手塚が差し出すのは、1冊の資料集。
化学の実験についてこと細かい内容が記されているソレを。
「……いらんわけないやんなぁ?
 いや、実は探しててんけど見つからへんで、柳に見せて貰おうかと思っててん。
 そぉか、手塚が持ってたんかー…」
「お前、誰に貸したのかぐらいはキチンと覚えておけ」
「あはは、それ言われたら何も言い返せへんわ」
資料集を受け取って忍足が「おおきにな」と言うと、貸したん自分やのに何で自分が
礼言うてんのやろ?と、首を傾げながら足取り軽く階段を上っていった。
それを見送る事も無く手塚が教室へ戻ろうと踵を返した時。

 

「うわっ」

 

忍足の短い悲鳴が聞こえて、手塚が振り返り……目を見開いた。
「忍足ッ!!」
階段の最上段から落ちてくる忍足の背が、スローモーションで視界に入る。
とっさに階段を3段ほど駆け上がり、手を伸ばした。
伸ばした左腕に鈍い痛みと重みがかかる。
手摺を掴んだ右手に力を篭めるが、そのまま勢いで一番下の踊り場まで滑り落ちた。
ガシャン!!という音が聞こえたのは、恐らくペンケースの中身でもぶちまけたのだろう。
「………ッ、か、堪忍……」
「大丈夫か?」
短くそう訊ねると、真っ青な表情で忍足が頷く。
怪我は無かったらしい。
忍足を支えた自分の左腕も異常は無いか確かめてみる。問題無い。
「まさか落ちてくるとは思わなかった」
「俺も落ちるとは思わなんだわ」
「踏み外したのか?」
「いや、そんなんやのうて……誰かに突き飛ばされたみたいな、感じ」
「……何?」
眉間に皺を寄せて手塚が階段の上を見上げる。
だが、そこには誰も居ない。
自分が忍足に声をかけたその時も、その場に居たのは忍足だけだ。
そもそも背中を向けていて突き飛ばされるなら考えられるが、上へ向かっていた忍足が
突き飛ばされるということは、真正面からという事になる。
有り得るだろうか?
「誰か居たのか?」
「え……いや、誰も居らへんかったと思うし……多分気のせいや。
 段踏み外したんやろ、きっとな」
昨日といい今日といいボケとんのかな、と呟く忍足に手を貸して立たせた。
ペンケースの中身を拾って纏めると、忍足は苦笑を浮かべつつもう一度「おおきに」と言って
また階段を上っていく。
その姿が見えなくなるまで、手塚はその場所を動かなかった。

 

もし、気付くのが少し遅れていたら。

もし、あと一歩踏み出すのが遅かったら。

 

想像して、手塚の肩が僅かに震えた。

 

 

 

<続>

 

 

 

 

そろそろ事態が動き出します。

皆は忍足を守れるか!?