※お題13.「たとえば」の続きになっています。

 

 

 

 

 

向日のどこかまだ整理できていないのだろう要領の得ない話を聞いている内に、
忍足の表情に変化が表れた。
しまった、とでも言いたげにその顔は顰められて。
「………あのアホ…ッ!! あかん、行くで!!」
慌ててベンチから立ち上がったかと思うと、テニスコートのある方へと向かって
一目散に駆け出したのだ。
それを慌てて追うのが向日と菊丸だ。
元々身軽で足の速い2人はすぐ忍足の隣に並ぶ。
そこでひょいと菊丸が首を傾げた。
「ねーねー忍足、どうしてそんなに慌てるのさ?」
「アホか菊丸、お前も聞いたやろ!」
「えーと、えーと、乾と跡部が試合してるって、コト?」
「せや、早う止めてやらんと大変なコトになるで!」
「でもさぁ、こっちの皆は乾の足のこと知ってるんでしょ?
 それならちゃんと加減だって…」
「それこそ論外や」
「……そうだな、侑士」
答えは、忍足と向日の2人が同時に放った。

 

「「 跡部は、誰かに対して『手加減』ができる人間じゃない 」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ、」
「ハ!どうしたよ乾、もう限界か?
 スタミナ落ちたんじゃねぇの?」
「……どうだろう、な」

ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返しながら、コートの向こうからまるで嘲笑うかのように
口元を歪ませている跡部へと視線を向けて、乾も僅かに唇の端を持ち上げた。
久々にラケットを握って、試合という形式を取って、しかも相手はあの跡部で。
やはりというか予想通りに現在は4−0で乾の劣勢だ。
「……まだ、いけるよ」
腕でぐいと流れる汗を拭うと、乾はラケットを構え直す。
それにほんの一瞬だけ、意外そうに跡部がその目を瞠って。
次にはもう、普段通りの笑みが宿っていたけれど。
「そうかよ。じゃあ、次行くぜ!」
そう言うと跡部は大きくトスを上げた。

 

 

 

 

コート脇のベンチに腰を掛けて、その試合模様を眺めていた不二がちらりと
隣に座る男に目を向ける。
彼はただ、真剣な眼差しでその試合を見届けていた。
「……止めなくて、いいのかい?」
「何をだ」
「試合だよ。足……悪いんだろう?」
「その必要はない」
相変わらずの無表情で淡々と答えてくる手塚に、そういうトコロは全く変わって
無いのだなと軽く嘆息を零した。
「余計に酷くなってしまうかもしれないよ?」
「………。」
「僕は、止めた方が良いと思うんだけどな」
「……それでも、」
暫し思案するかのように視線を宙に彷徨わせていた手塚が、その目を
隣の不二へと向ける。

 

「それでも、この試合は乾自身が望んだものだ。
 乾が……そうしたいと思っているのなら、止める必要は無い」

 

傍で聞いていて思った。
確かに触発したのは跡部の方だったが、聞き流そうと思えば簡単に流せる程度の
挑発の言葉だったと思う。
なのに、普段冷静な彼はいとも簡単にその挑発に乗ってしまった。
だから今、目の前の光景があるのだ。
「本当は……やりたくて仕方が無かったんだと、思う」
戦場を放棄した乾は、どんな思いで毎日練習に励む自分達を見てきただろう。
本当はその中に入りたくて仕方が無いくせに。
きっと恐らくは跡部もそれに気付いていたから、わざと乗せるように挑発したのだろう。
「テニスができないのに、テニス部に居るんだ……乾」
「ああ」
「辛いだろうね…」
「そうだな」
「ねぇ、手塚」
ちらりと視線を向けた不二が、人好きのする柔らかい笑みを見せて言う。

 

「乾の手、離さないであげてほしいな」

「言われるまでもない」

 

さらりと即答された返事に、不二はくすくすと声を零す。
一頻り笑った後に、では自分は彼に何を言ってやれるのだろうかと思案するのだった。

 

 

 

 

 

 

「ゲーム乾、5−1」

 

審判を務める真田が声を上げる。
まさか1ゲーム持っていかれるとは思わなくて、ラリーが続くほど次第に乱れてくる
呼吸に忌々しく跡部は舌打ちを漏らした。
この嫌なテニスの仕方は相変わらずだ。
自分の打つ球を予測され、逆に苦手なコースへとボールを放たれる。
自分に苦手なコースなどありえないと思っていた自信は、彼と共にテニスをするようになって
見事に打ち砕かれていた。
そしてそういう相手と戦うのがどれだけ厄介なのかも、この学校で彼と出会ってから理解した。
「相変わらず、読みだけは良いじゃねぇか。アーン?」
「跡部もスタミナ切れでフットワークが下がる頃だろうからね、まだ戦れるよ」
「チッ……1ゲーム取ったぐらいでイイ気になるんじゃねぇよ」
「生憎、青学選手は逆転勝ちのパターンが多いんだよ」
「言ってろ」
吐き捨てるように言って、乾からのサーブを待つ。
思ったよりも随分と喰らいついてくる。
恐らくはきっと、そろそろ足への負担が限界を超えて痛みが出て来る筈だ。
なのに彼は戦う事をやめない、諦めることをしない。
「気に入らねぇな……」
その姿がいつかの誰かを彷彿とさせて、跡部の眉間に皺が寄った。

 

 

実際のところ、試合のブランクは半年といったところだ。
それだけで、こうも差が出るのかと乾は胸中で嘆息を零す。
毎日テニスをする彼らを見ているから、目の前の対戦相手の行動は読めるし
それに対する対策も講じることができる。
一番リアルに感じたのは身体の重さだ。
足も腕も思ったように動かない。
頭では理解できているのに、身体が追いついてこない。
「これがブランクってやつなんだろうな……」
コートのあの場所にボールがいくのだと解るのに、届かなくてポイントが取られる。
思うように動かない足に苛立ちだけが募る。
まだテニスを諦めていなかったら、もしかしたらもっと跡部を追い詰められたのかもしれない。
足の怪我さえなければ、今も皆と同じ位置に立てていたのかもしれない。
「………見苦しいな」
だったら、とか、できれば、とか、そんな仮説に頼ってどうするのだ。
負けたくないから、今こうやって必死に立ち向かっているのだろう。
有り難いことに、跡部は少しも手心なんて加えてくれてはいない。
一球一球に彼の全ての力が篭められている。
だからこそ、今ある自分の全てを使って彼に立ち向かっていかねばならないのだ。
「俺は………負けない」
ぎゅっとグリップを握り締めて、サービスラインに立つ。
構える跡部の目は真剣そのものだ。
少しずつ痛みを訴え出している膝に、もう少し頑張って見せろと心の中で叱咤して、
乾は高くボールを放った。

 

 

 

 

 

 

「ゲームセット・ウォンバイ跡部。6−1」
真田の声がコートに響き、試合の終了が告げられる。
その時ベンチ近くに居た影が不二のすぐ脇をすり抜けてコート内へと踏み込んだ。
片手には救急箱を手にして。
「なかなか粘ったではないか、貞治」
「蓮二……」
「もう少し早くギブアップすると思ったのだが」
「まぁ……負けたけどね」
「さ、膝を出せ」
「はいはい」
救急箱を脇に置いて蓋を開き、そこから冷却スプレーの缶を取り出す。
余りの準備の良さに、最初からこうなる事を解っていたのだろうと知る。
「やっぱり、半年は大きいよ」
「そうか」
「だけど、楽しかった…かな。
 久し振りに気が済むまでラケットを振れたからさ」
「………そうか」
まだ整わない息のままでそう話す乾に、手当てを施す手を休めないままで
柳が小さく微笑んだ。

 

 

何とか押さえ込む形で勝利を得たが、もっと簡単に勝てるだろうと思っていただけに
あまり嬉しいとは思わなかった。
「途中、目に見えて危ない時があったぞ。たるんどるな」
「チッ……うるせぇよ。乾の奴がそういうボールを打ちやがんだ」
「確かに、思っていたよりずっと粘っていたようだな」
「アイツもな、ああ見えて根性ありやがんだよ」
「ああ、お前よりもな」
「喧嘩売ってんのか、真田…」
食ってかかりたい気は山々だが、消耗が激しくてそこまでの元気も出ない。
じろ、と睨み据えて凄んでおいてから、ラケットを真田に預けて反対側のコートへと向かう。
乾の目の前に立つと、座り込んだまま見上げるようにして乾が小さく苦笑を浮かべた。
「…やっぱり、強いな」
「アーン?当然だろ。俺様だからな」
「1ゲーム貰ったけど」
「あれはちょっとした手違いだ」
「そうか」
言い合って、くくく…と2人忍び笑いを見せ合って。
「……ありがとう、跡部」
「あ?」
「…今の、自分の力を思い知る事ができた」
「………。」
跡部がそうしてくれなかったら、きっと未だに未練がましくもあれこれ思い悩んで
いたことだろう。
吹っ切れた、というのが正しいのかもしれない。
それは恐らく跡部にしかできない事なのだろうと思う。
いつだってどんな相手にだって、真正面から真剣に向き合える彼だったからこそ。
「だから、ありがとう、跡部」
「……別に、大した事じゃねぇ」
もう一度礼を言えば、珍しくも照れたのかそう言って跡部はそっぽを向いた。

 

すこーーーん!!

 

その後頭部に、テニスボールが直撃した。
「い…ッ、て………だ、誰だッ!?」
したたか打ち付けた後ろ頭を手で押さえながら、勢いを持って跡部が振り返る。
ボールを投げた時のままのポーズで、怒りを顕にしているのは忍足だ。
「アホか跡部!!お前何さらしとんねん!!」
「何もわざわざボール投げる事ねぇだろうが!!」
「侑士、いいコントロールしてるよな〜、さっすが!!」
「ちょっと向日、そこ褒めるとこと違うってばー。
 イイの?跡部にあんなコトして報復怖そうだよ〜」
「そ?割とココの連中はみんな跡部に対してこんなモンだぜ?」
「うっわー、怖いモノ知らずだにゃー…って、わァッ!!」
当てられたボールを拾い大きく振りかぶってこっちに投げつけようとしている跡部に、
慌てて向日と菊丸が回避行動を取る。
すぐ傍を掠めるようにして飛んでいった跡部の剛速球に、向日がガバリと顔を上げて
食ってかかった。
「くそくそ跡部!!今本気で投げやがっただろ!!
 しかもなんでコッチに飛んでくんだよこのノーコン!!」
「アーン?何言ってやがる。
 俺が忍足を狙うわけねぇだろうが、バーカ」
「うわー!!跡べーサイテーだにゃー!!」
「誰が跡ベーだ!!変な呼び方するんじゃねぇ!!」
ぎゃあぎゃあと喚き出して騒がしくなったこの場をどう諌めるかで、暫し真田が頭を痛める
こととなった。

 

 

そんな景色を、のんびり眺める。
ふと口元を和らげた手塚が、隣に座っている不二に付け加えた。
「ひとつ……訂正した方が良いな」
「何をだい?」
「こんな事で、乾の手を離す奴などいないんだ」
「………。」
「心配しなくて良い、不二。 みんな乾の味方だ」
「……そう、」
視線をコートに向ければ、まだ大騒ぎしている跡部達と呆れた表情を隠さない真田。
それから、それらに目を向けて笑うのは乾だ。
暫くその光景を噛み締めるように眺め、不二がゆっくりと瞼を閉じる。
「そうみたいだね、安心したよ」
「お前はどうだ?」
「何が?」
「お前は、どうなんだ?」
もう一度訊ねられ、不二の唇がゆっくりと弧を描いた。

 

「僕も、乾の味方……だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り、駅まで見送ってくれた乾と手塚に、改札口で不二と菊丸が2人して言った。
「元気そうで安心したよ。見送り、ありがとう」
「帰ったら皆に話して聞かせてやるからなー!!」
「今度は皆で来ると良いんじゃないか?」
「そうだな、それは良いアイディアだ」

「「 ていうかお前らが帰って来いっての。 」」

相変わらずのマイペースぶりに苦笑を零しつつ、2人で一緒にツッコミを入れる。
変わらない、と思った。
いや実際変わったものも多かったのだけれど、根底にあるものは何ひとつ
変わってなどいなかったのだ。
それが逆に強い安心感と、信頼感をももたらしてくれた。
プルルルとベルが鳴って、間もなく電車が到着しますとのアナウンスが流れる。
「それじゃ、電車来るみたいだからそろそろ行くよ」
「ああ、またな不二、菊丸」
「おー!あ、そうだ、乾!」
「ん?何だ?」

 

「テニスしたくなったら、俺らがいつでも相手してやるにゃ!」

 

モチロン手加減無しで!と付け加えウインクしてみせる菊丸に、乾の表情が笑みの形に象られる。
「だから、手塚なんてほっぽってていいから、こっちにも帰って来いよな!」
「菊丸…」
あまりの言い草に思わず手塚の眉間に深い皺が刻まれ、それを見た不二がプッと吹き出す。
発車の時刻が近いことを知らせるベルが鳴り響き、あ!と顔を見合わせると2人は
それじゃあ、と手を振って駆け出した。
プラットホームへと続く階段を駆け上って行って、姿が見えなくなった頃にポツリと乾が呟く。
「俺って、相当なシアワセ者なんだろうな……」
「そうか」
「さ、帰ろうか、手塚」
「ああ」
電車が走り出す音を後ろに聞きながら、出口へと歩き出す。
その途中で、ふいに手塚が口を開いた。
「俺達は、いつでもお前の味方だ。何があっても、どんな事があっても、な。
 そこに不二と菊丸も加わると言っていた」
「………なに、それ?」
「だから、」
足を止め、手塚が乾へと視線を向ける。

 

「乾、お前はもっと安心して良い」

 

自分達がこの手を離すなんて、ありえないから。
一瞬、軽く目を瞠った乾が、首を下へ傾けて俯く。
「どうした?」
短くそう訊ねれば、乾は片手を口元にやって、ゆるりとかぶりを振った。

 

「…………ヤバい、ちょっと泣きそうかも」

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

長ッ!!ちょっと長すぎるんじゃございませんかッ!?(汗)
「ウルワシキセカイ」のテーマを持ってくると、ついつい話が長くなりがちです。
忍足とはまた全く違ったテーマを乾は持ってたりしますもので、
やっぱり書き切れてない感が否めません。(遠い目)
こんなトコで書いてどうすんのとか思うのですが、一応記すとすれば、
忍足は「命」そのものがテーマで、乾は「道」(将来的な意味も含めて)が
テーマなんだろうなぁ、と思ってます。
全部を通して共通してるのは「仲間」とか「友情」とかそんなのなんですけどね。
どっちにしたって、私にはちょっと難しいテーマのような気が…。

 

そんで、今回は不二と菊丸(総じて青学・旧友)と乾の関係と、
跡部と乾の対戦ってのを書いてみたかったので、こんな話になってしまいました。(笑)
意外とvs跡部は楽しかったです。(どうなの)
前ジャンルでもそうだったんですけど、戦場に立つ時とか、実際戦っている最中とかの
心情を考えたりするのが大好きです。
戦うオトコはカッコイイよ!!(言ってろ)

 

最後に。

千石さん居らんでスンマセン……。(滝汗)
出すタイミングがホントに無かったの…忘れてたわけじゃないの…ホントよー!!
次は、千石+仲間&山吹メンバーとかで何か書くのもイイかも。