< Whatever it supposes that there was, we are a friend. >

 

 

 

 

テニスコートで、彼は。
ただ立ち尽くすしかない自分達に、微笑んで見せた。
「ごめん」
そう、一言だけ口に乗せて。
「信じらんねーッ!!手塚は知ってたのかよ!!」
「ああ」
「なんで…なんで言ってくんなかったんだよッ!!」
「俺の口から言うべきことでは無いと思ったからだ」
知らなかった。全然、聞かされてもいなかった。

 

乾がテニスを辞めていた、なんて。

 

あれだけ苦楽を共にしてきたというのに。
そうい思いが強いからこそ、悔しさがより大きくなる。
「……一言ぐらい、言ってくれたって良いじゃないか」
一緒に来てくれた不二も、心なしか咎めるような視線で見ている。
「これでも結構頑張ったんだけどね、本当にダメになったのは
 こっちに入ってからだし」
これでも悩んだんだよ、と肩を竦めて言う乾に。
「乾のバッカヤローーー!!」
そう怒鳴って、菊丸はそこから逃げるように飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

土日の休日を利用して、菊丸と不二は手塚や乾が入っているという寮へ
遊びに来ていた。
根っからのテニス好きが集まっているのだから、話は自然とテニスをしようという
方向へと進んでいって、皆でクラブハウスのコートまでやってきた。
だが、いつまでもコートに入ろうとしない乾に、何気なく不二が訊ねたのだ。
テニス、やらないのかい?と。
それに返ってきたのは、「辞めたんだ」という言葉。
一緒に聞いていた菊丸のなんでなんで!?という問いに、曖昧に笑うだけで
答えない乾に菊丸が痺れを切らして怒鳴り出した、という事だ。
「いいのかよ?アイツ」
口を挟むでも止めるでもなく眺めていた跡部が、そう乾に訊ねる。
「うん…今は追いかけて何か言ったとしても、菊丸の気を逆撫でするだけだと思うしな」
「……ま、そりゃ、言えてるが」
「何か?」
「いや…」
小首を傾げて問う乾に、跡部は小さく眉を顰めただけで何も言わなかった。

 

 

 

 

「菊丸」

クラブハウスから逃げ出して、でもこの周辺の地理になんて詳しい筈もなくて、
近くにあったバス停の傍にあるベンチに座っていたら、後ろから声をかけられた。
それにチラ、と視線だけを後ろに向けて菊丸はまた拗ねたように視線を前へと向ける。
当てが外れた、といったところなのだろう。
それに苦笑を浮かべたままで、菊丸の隣に腰を下ろしたのは忍足だった。
「なんや菊丸、怒っとんのか?」
「これが怒らずにいられますかっての!」
頬を膨らまして言う菊丸に思わず忍足が吹き出すと、その頬が見る間に萎んでいった。
「………ほんとに、ほんとにだーれも知らないんだ。
 俺も、不二も、…それだけじゃなくて、大石もタカさんも、……桃も海堂も越前も、さ」
きっと手塚だけなのだ。
全てを知った上で、全てを許したのは。
「なぁんか……悔しいなぁ〜……」
深呼吸のような長い吐息と共に菊丸がそう嘆いて、身体を折り曲げると己の膝の上に
突っ伏した。
それを黙って眺めていた忍足が、軽く肩を竦めてみせる。
「…たとえば、乾が素直に『もうテニスはしません』て言うてたとしたら、お前は…どうしてたん?」
「え…?」
「乾がお前らに言うのと言わんのとでは、一体何が違うんや?」
顔を上げて菊丸が忍足に視線を送る。
彼はただ、真っ直ぐに続く道の向こうを見て。
「どういう…意味だよぅ?」
「お前らの関係は、そんな小さい事で変わってまうんやなぁ。
 ほんま…しょーもない奴っちゃで」
「な…ッ、忍足なんかに何が解るってんだよッ!!」
「さぁ?ちっとも解らへんし、教えてや」
「こっちの…学校受験した時だって、卒業するその時まで乾のヤツなんにも言って
 くんなかったんだぜ!?その上、こんな大事な事まで黙ってるなんて…なんか、
 俺らってその程度なんだーって、思って……すっごい……すっごい、拒絶された
 みたいで…ッ、」
口をへの字に曲げて何かを必死に我慢するようにしながら言う菊丸の頭を撫でてやりながら、
忍足が「はい、よく言えましたー」とおどけて褒め、くすりと笑みを零す。
「ほんっま、アホの子やなぁ、菊丸は」
「……ケンカ売るだけなら、どっか行けよ」
「あはは、すまんすまん。せやけどなぁ……お前、乾の何や?」
「へ…?」
「乾はもうコートに立たへん、それだけでお前と乾の関係は何か変わるんか?」
「……え、と……」
忍足の言葉をもう一度頭の中で反芻して、考える。
今はチームメイトではないのだから、乾がラケットを握れなくなる事で困る事は無い。
強いて言うなれば、もう対戦することができないというだけだが、中学の時から
一緒にツルんで遊ぶ事はあっても、考えてみればその時にテニスをする事は無かった。
それは、自分も乾もテニス自体は大好きだけれど、それは部活で目一杯やっているから
遊ぶ時ぐらいは違う事を楽しむんだ、という事を主張していたからだ。
もちろんそれは今だって変わらない。
今回テニスコートに来たのは、久々に会ったのだからお互いの力を見せ合ってみようか、
という、言わば偶然の成り行きだ。
「せやからな……俺は、言わへんかったんやなくて、その必要が無かっただけなんやと
 思うねんけどなー」
「……それって、」
「あ、勘違いしなや?
 別にお前らを『その程度』で括ってるんとちゃうで。
 その程度で括られてんのは『テニスを辞めた』、って事や」
「忍足……」
座っていてもまだいくらか目線の高い忍足を上目遣いに見上げれば、
それに視線を合わせて彼はにこりと微笑んだ。

 

「その程度の事言わんだかて、お前らは『友達』のままで変わりないと思うとるんとちゃうん?」

 

きっと乾なら、逆に知られた事で自分に向けられる気遣いや遠慮を酷く嫌うだろう。
自分達は仕方が無い。
もちろん『友達』であるが、同じ部である以上『チームメイト』でもあるのだから。
「な、せやから菊丸、不都合が出るんやなくて、お前の気持ちの問題だけなんやったら…
 …もう許したり?」
「…………うん。
 忍足、お前って意外とイイ奴〜」
意外は余計や!とツッコミを入れる忍足に、菊丸の顔にも漸く笑みが戻る。
「侑士ーーー!!!侑士、大変だーーー!!」
なんとか機嫌が戻ったらしいことにホッとしている忍足の背に今度は相方の叫び声がかかり、
安堵の吐息はすぐに嘆息へと変化した。
次から次へとよくもまぁ。
「侑士!ちょっと、ちょっとすぐに来てくれよ!!」
「はいはいがっくんどないしたん、落ち着いて要点だけ話すんやで?」
どかりと後ろから飛びついてくる衝撃も慣れたもので、がくがくと肩を揺さぶりながら
言う向日に、揺さぶられながらものんびりと声をかける。

 

「バカ侑士!!んなのんびり構えてるヒマなんてねーんだよ!!
 ほんとにマズイんだってばよ、跡部と乾が…!!」

 

跡部の名前が出た時点でロクでもない事になっているのだろうということは安易に想像がついて、
忍足はまた嘆息を漏らした。

 

 

 

<すいません続きます〜…>

 

 

【05. 逢いたくなった時は】の続きくさいです。
でもコレだけでもいけますので、敢えてその続きとは言いません。
乾の足の件がバレました、という話。(笑)
本当はもっとちゃんと連作で書こうと思っていたのですが、
ちょっとそれは無理そうだと判断したのでお題の方へ。

菊丸の方はたぶん吹っ切れたんでしょうけど、あとは乾だなー。

 

【06. 君だけの味方】に続きます。