「へぇ、じゃあお前は単独なのかよ。勇気あんな〜」
「そうでもねーぜ?元々ルドルフだって一人で乗り込んだようなモンだしな。
 そういう切原の方はどうなんだよ?」
「どうって…あ〜…まぁ、追っかけてきたようなモンだもんなぁ、俺」
「モンってことは、違うのかよ」
「…うんにゃ、違わねェな。真田センパイと柳センパイが居るから入ったんだ。
 あの人ら勝ち逃げしやがったからさ、この3年間で絶ッッ対に倒してみせるぜ!」
「執念だな」
「おーよ」
入寮当日、一通り片付けを終えた切原が探検とばかりに寮内をうろついていたら、
そこでバッタリと出逢ったのが、聖ルドルフの不二裕太だった。
彼も自分と同じように考えたようで、あちこちフラフラしていた矢先の出会い。
大会などにより顔見知りではあったので久々の再会にお互い驚きを隠せなかったが、
今年から同じ学び舎になる事を知って、まずは友好関係を築くべく軽い挨拶を交し合った。
そして折角だからとまだ寒さの残る中庭で、缶コーヒーを啜りつつ世間話をしていたというわけだ。
話はまだ続いている。
「樺地はやっぱり跡部さん追っかけて来たのかな」
その裕太の呟きに切原が目を丸くして声を上げた。
「へ!?跡部さん居ンのかよ!!マジで!?」
「え、ああ……うん、日吉が言ってたぜ?あと、忍足さんと向日さんも居るって」
「うーわ、氷帝まみれ……あと誰だ、手塚サンと乾サン…だっけ?」
「そうそう」
「ひ〜…末恐ろしい学校じゃねーかよ……」
一体自分の高校生活はどうなってしまうのだろうと切原が頭を抱えて呻いていると、
でも、と裕太が首を傾げた。
「俺、手塚さんと乾さんは面識あるんだけど、他の先輩達って知らないからさぁ」
「ああ、真田センパイと柳センパイは見たまんま」
「?」
「だから、試合してる時とそう変わんねぇよ。真田センパイは鬼だし、
 柳センパイはとこっとんまでマイペース」
「……そういえば、」
「何だよ」
「氷帝の先輩達って、良く知らねーなって思ってさ」
「あ〜…そういやぁ、」
きちんとした面識も無ければ、言葉を交わした事だって無い。
跡部なら無いこともないのだが、どちらかといえば派手な人…という印象ぐらいしか
持ち合わせていない。まさかそれが全てというワケでもないだろう。
試合でしか見た事が無いからそうなのだろうと思いはするのだが。
「どんな人達なのかなぁ」
「さぁ、その内樺地とか日吉に紹介してもらおーぜ?」
「そうだな」
言って、2人は笑い合う。
だがその時は意外と早くやってくる事など、その時の彼らには知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風が冷たさを増してきた事もあって、そろそろ中に戻るかと切原と裕太は寮へと足を向けた。
道なりに進んで角を曲がれば、この中庭に面した裏口がある。
「あ、それじゃ今日は帰んだ?」
「兄貴がうるせーんだよなぁ。切原はどうすんだよ」
「あー、そういや切符は往復の買っちまったから帰るしかねーなぁ」
「泊まっても構わないなんて知らなかったぜ。何で書いとかねーんだよ、ツマんねー」
「あー全くだって。不親切だよな〜」
まぁイマサラ仕方ねーけどさ。そう言いながらぎゃははと笑う2人の目の前に、突然影が差した。
「うわああ!どけお前ら!!」
「「え!?」」

ドン!!

避ける間もなく体当たりされて、当たってきた1人と2人は揃って地面に転がる。
「いっててて……」
「い、いきなり何だよ…」
「す、すまねぇ!!ゴメン!!悪かった!!」
攻撃を仕掛けてきた人物は面と向かってみると思ったより小柄で、赤いおかっぱ頭が
目立ってみえる。
妙にこの場所に慣れた風を見せている相手は、恐らく上級生なのだと裕太は見た。
だが切原はそんな事に構っちゃいない。
打った腰を擦りながら、激しく声を荒げて怒鳴っていた。
「ちゃんと前見とけよバカヤロー!!」
「うを!?何だよ新入りか?ホント悪ぃな、ケガねーかお前ら」
「大丈夫ですけど、何をそんなに慌てて…」
「ッ!! そ、そうだ、早くどっか……」
裕太の言葉にハッと顔を上げて、赤髪の男がすっくと立ち上がる。
それとほぼ同時だった。

 

「待ちやがれ岳人ーーー!!!!」

 

角の向こうから激しい怒声が聞こえたと思ったら、ザザザザ、と靴底が砂を擦る音と共に
一人の男が姿を現した。
急ブレーキをかけて角を垂直に曲がると、物凄い勢いでダッシュをかけてくる。
「ぎゃあああ!!もう来やがった!!」
やべぇマジで殺されんじゃねーか俺、と強烈なしかめっ面と共にそう吐き捨てるように言って、
男は赤髪を翻し道の向こうへと走り去る。それはもう俊足と言うしかないスピードで。
呆然とそれを見送っていると、背中にまた罵声が飛んできた。
「チッ……退けテメェら!!邪魔だ!!」
獲物を狩るような目で怒鳴る男に座り込んだままで慌てて道を譲ると、そちらも負けてない
スピードで道の向こうに消えていった。
後には肌寒い風と冷たい地面に晒される、切原と裕太。
「な、何だったんだ、今の……?」
「でも、今の追いかけてった方……」

 

 

「「跡部さんだったよなぁ……?」」

 

 

跡部景吾は中学の時から有名で、さすがに彼の事は何度も試合で見ていたから知っている。
コートの中でもいつも余裕の表情を見せている男が、あんな鬼のような形相で誰かを追いかけている
姿など見たことがあっただろうか?
「………何があったんだろ」
「ンな大した事とちゃうねんけどなぁ」
「でも、あの顔タダ事じゃ無いッスよ……」
「まぁ跡部にとったら重大且つ最悪な出来事やったみたいやし、キモチも解らんでは無いんや」
「あの人にとって重大且つ最悪な出来事って一体……」
「気になる?」
「あの跡部さんが、でしょ?そりゃもう……って、うわビックリした!!」
いつの間に会話に混じってたのか全く解らない程さりげない第三者の声に、漸く気付いた2人が
勢い良く背後を振り返る。
肩ぐらいまである黒髪を適当に流し丸い眼鏡をかけた男が、ニコニコと笑みを浮かべながら
立っていた。
「け、気配を感じなかった……」
「マジでビビったっつーの……」
「えぇ?普通に走ってココまで来たで?お前らがボーっとしとったんちゃうん」
「で、何なんですか、今の?」
「あーせやせや、ゴメンなぁ。がっくんと衝突しよったやろ?ケガあらへんか?」
座り込む自分達に手を差し出して済まなそうに声をかけてくる彼へ頷くことで答えると、
そうかと笑って彼は改めて問うた。
「気になる?何があったんか」
「そりゃ気になりますよ。
 跡部さんがあんなに怒るなんて、一体何やらかしたんですか」
「アイツはいつもあんなカンジで怒っとるけどなぁ…ま、ええか。
 よぉ考えたらそんな悠長に話したってる場合やあらへんねん。
 とりあえず俺はアイツら追いかけるねんけど、お前らどうする?」
言葉は質問をしているようだが、実際彼は答えなど待ってはいなかった。
追いかけるつもりなのだろうさっさと歩き出す背中を眺め、そして顔を見合わせ、うんと頷き合うと
切原と裕太がそれを追いかけた。
「気になるんで混ぜて下さいッス!!」
「俺も!!」
「そぉか。ほなちょお急ごか」
走り去った2人の姿は既に見えなくなっている。だがぎゃあぎゃあと喚き合う声は遠くながらも
聞こえているから、まだどこかを走り回っているのは間違いない。
迷う事無く小走りに前へと進む彼に、切原が声をかけた。
「何処に行ったか分かるんスか!?」
「まぁ、大体はな。アイツらとも長い縁やし、行動は読める」
「そういえば、アンタ一体…?」
「ああ、俺?」
全く振り返る事無く2人を追いかける彼の答えは、やや投げやりといった風に聞こえた。

 

「忍足侑士や。宜しゅう」

 

 

 

 

<続>

 

 

 

さてがっくんは何をやらかしたでしょう。(笑)
べっさんが怒ってるのはホントにくだらないコトです。
でも私もされたらマジギレしそうな出来事です。

 

ウチのべっさんは、怒鳴りながら誰かを追い掛け回すのって割と普通です。
金持ちだかブルジョアだか知んないけど、やっぱり子供だってコトを主張してみる。