部活の無い平日は、不二はアルバイトがてらに寿司屋の手伝いをしている。
もちろん河村の家だ。
個人でやっているこの店には、基本的に店員はいない。
だから本当にたまに、手の空いた時だけ「させて貰っている」のである。
もちろん社会勉強含めてという建前なのだが、多少下心があってしまうのは仕方が無い。
不二のお目当ては、この寿司屋の跡取りだ。
とはいえ、自分が勝手に河村の事を好きなだけで、それを相手に告げようなんてこれっぽっちも
思ってはいない。
ただ近くに居ればそれで良い。…なんて、健気じゃないかと自分で思っている辺りどうかとも思う。
「え?裕太くん戻ってこないのかい?」
まだ開店時間前、布巾でテーブルを拭きながら河村が驚いたように声を上げる。
今日の話題は弟の事。
何故か自分に強いコンプレックスを抱いている弟は、最初は自分と同じ青学に通っていたものの、
そのプレッシャーに耐えられず結局は違う学校へと移ってしまった。
だから高校では戻ってきてくれるものだと、思っていたのに。
進路を含めた話を両親にするために久々に帰省してきた裕太は、自分の予測とは全く反した
答えを出して帰ってきた。
「俺、この高校に行きたいんだ」
そう言って出してきたパンフレットは、去年自分が放り捨てた学校のものだった。
今は手塚と乾が通っている、その学校。
県外にあるために両親も最初は反対していたが、裕太の熱心な説得に負けて、
最終的には了承してしまった。
「うん。また寮生になるつもりみたいだよ」
フゥ、と吐息を零しながら不二は店内を箒で掃く手を止める。
ゴミを一ヶ所に纏めると、ちり取りで拾ってゴミ箱に捨てた。
「そりゃあ、残念だなぁ……」
「強くなりたいんだって。今よりもっと」
「そうなんだ」
「僕としては本当は、帰ってきて欲しいんだけどね」
「兄としては、複雑なんだなぁ」
「もし……僕が、」
座敷に腰掛けるようにして、不二がぽつりと言葉を零した。
「僕がテニスを辞めたら、裕太は帰ってくるのかなぁ」
「それは駄目だよ、不二」
「……タカさん?」
苦笑を浮かべながら首を横に振る河村に、不二が小さく首を傾げてみせる。
「裕太君は、きっとそんな事を望んでるんじゃないから」
「…でも、タカさん」
「裕太君がそこまで覚悟決めちゃったのなら、不二は彼をライバルとして見てあげるべきだよ。
確かに兄貴として心配なのは解るけどさ」
「うん……」
「大丈夫だよ、向こうには手塚も乾も居るから。
逆にのんびり構えてたら、裕太君に負けちゃうよ?」
「………う。」
何気なく想像して、不二が小さく呻いた。確かにそれは避けたいかもしれない。
一応兄貴として、いつまでも彼より先に立っていたいとは思っているのだ。
「そうだね、僕も負けないように頑張ろうっと」
「そうそう。それでこそ不二だ」
にこりと笑みを浮かべる河村に、不二の顔からも自然と笑みが零れ出た。
「やっぱり、」
「うん?」
「やっぱり、タカさんが居てくれて良かったなぁ」
ありったけの気持ちを込めてそう言えば、照れたような言葉が返ってきた。
「褒めても何も出ないからな?」
「それは残念」
顔を見合わせて、くすくすと笑みを見せ合う。
やっぱり、彼が居てくれて良かったと、思った。
<終>
不二兄とタカさん。
きっと良い相談相手なんでしょうね。
ちなみに高校ではタカさんはテニス辞めてます。
不二はたまに店を手伝ってます。そんな関係。
え?不二タカ?
不二がタカさんに手を出せれば可能でしょうが、
不二にとってタカさんは真っ白すぎてなかなか手を出せません。(笑)