< For completely one you >

 

 

 

 

 

 

基本的に大会の季節で無い秋冬の日曜日は、部活が休みとなっている。
だがそれも形式的なものであり、身体を動かしたい者や力をつけたい者は自由にコートを
使って構わない。
基本的にテニスをプレイする事が好きな連中が揃っているので、大体の日曜日は皆
学校のテニスコートへと向かっている。
気兼ねなく使えるのが彼らにとって何よりも有り難かった。
今日も今日とてテニス好きな面々は学校へと赴いている。
だが一人、今日は欠員が居た。

 

「…あれ?忍足は?」
ふいに一人足りない事に気がついた千石が、真田の服を引っ張りながら訊ねる。
それに真田は首を横に振った。
「今日は休むと聞いたが…?」
「休む?何それ」
「詳しくは知らん。昨日、そう言っていた」
不思議そうな表情で千石が首を傾げる。
あの2人なら知っているのだろうか。
「ねえねえ、忍足今日ってどうしたんだい?」
「…へ?侑士?いや……知らねー…」
「アーン?俺も聞いてねぇな。
 つーか休みって今知ったぜ、俺はよ」
「あれぇ……?」
元氷帝組が知らないのも珍しい話だ。
「ああ、千石、」
それに口を開いたのは乾で、それもどこか意外だった。
「忍足は昨日から外泊届が出ているよ。昨日の昼から居ないみたいだな」
「外泊ぅ!?それこそ聞いてねー!!」
飛び跳ねながら口を尖らせるのは向日。
どうやら本当に何も知らないらしい。
「あ、今回だけじゃなくて、来週と再来週も届が出てるから」
「………どういう事だ、乾」
瞳に剣呑な色を乗せて跡部が乾に詰め寄る。
どうやらこちらも何も聞かされていないようだ。
忍足がこの2人にさえ秘密にしている事とは。
「実は口止めされているんだ」
「アーン?」
「だから、悪いけど言えないな。
 知りたいなら、忍足が帰ってきてから直接訊ねてみてはどうだろう?」
「……チッ」
舌打ちを漏らすと跡部はラケットを手にコートへと向かっていく。
恐らくこの分だと忍足には訊けないだろう。自尊心が何よりも邪魔をして。
忍足がそこまで読んでいたとしたなら、なかなかあなどれないな、と思う。
「乾」
「何、手塚?」
「忍足は、」
「何だよ手塚もか…。言えないものは言えないよ。
 一応、俺の信用問題に関わってくるからね」
「……だが、」
「大丈夫だよ。皆が心配するような事は何も無いから。
 安心して良いよ」
「……そうか。なら良い」
ひとつ頷いて、手塚もラケットを手にすると跡部の相手をするべくコートへと向かった。
機嫌の悪い跡部の相手を務めきれるのは、手塚か真田ぐらいのものだろう。
暫くこんな状況が続くのかと思うと、正直ため息が出てしまうのだが。
「まぁ……仕方無いか」
忍足から聞いた事情を考えれば、やむを得ないだろう。
ノートを手にすると、乾も皆のデータを集めるべくコートへと出て行った。
今日の跡部のデータはなかなか面白い数値になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

忍足の携帯に樺地から突然電話がかかってきたのは、遡ること数日前の事だ。
元から口数の少ない後輩とあれだけ長く色々話したのは、もしかしなくてもこれが初めて
だったかもしれない。
部活の推薦で自分達と同じ高校を受ける事に決めたが、どうしても苦手な科目があるので
勉強を見て欲しい、と。そんな事を言われたのだ。
こんなに離れた自分でなくとも、氷帝の高等部に進んだ仲間達でも良いのではないかと言ったが、
よくよく考えれば高等部に進んだのは宍戸とジローと滝だ。
確かにこれでは心許ないのは仕方無いといえる。
滝も成績が悪いわけでは無かったが、樺地と滝の苦手科目が同じだという事を知っているので、
恐らく頼んだとしても断られるのがオチだろう。
成績にムラが無いのは自分と、もう一人挙げるとすれば跡部ぐらいのものだ。
向日は自分達が扱いて苦手科目を補ったのだから論外である。
跡部は……頼んだとして素直に教えるタイプだとは、とてもではないが思えない。
それは向日と跡部の、テスト前のやり取りを聞いていれば一目瞭然だ。
なるほど、消去法で考えると自分しか残らない。
「うーん……まぁ、別に構へんねんけど……、部活休まなあかんからなぁ……」
だけどそれでも、できる事ならば叶えてやりたいと思う。
「せやけど、跡部やら岳人やらが煩そうやなぁ」
「…………その事…ですが、」
どうやら樺地的には2人には秘密にしておいて欲しいらしい。
ギリギリまで黙っておいて、驚かせたいと。
これは。
「無理難題や……」
電話を手にしたまま頭を抱えて忍足は盛大に嘆いた。
あの跡部にも向日にも言うなと。
ならば当然、樺地にこっちへ来いとは言えないので自分が地元まで戻るしかない。
勉強を教えに行くのは別に苦でも何でもないのだが、日帰りでは余りにも時間が無さ過ぎる。
そう言えば、泊まる場所を提供してくれる事になったのだが。
もちろん外泊届をキチンと出しておけば、外泊はしても構わないのだが。
「………跡部にも内緒なんやろ……?」
一番秘密にしていて欲しい相手だと言われてしまっては、もはやどうしようも無い。
素直に自分が跡部に睨まれるしか。
自分にとって得になるものは何も無いが、それでも。
解るのだ。想像できてしまうのだ。
氷帝の時から、きっと自分が関東へ来るもっと前から、跡部にとって樺地は可愛い後輩なのだから。

 

きっと跡部は、満足そうに笑むだろう。

 

想像すると勝手に口元が綻んでくる。
叶えてあげたいのだ。この後輩の純粋な願いを。
どうせ期間限定なのだから、黙っていてもどうとでもなるだろう。
「ほな、いつ行ったらええ?」
そう問えば、電話の向こうで小さく礼を言う樺地の声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

日曜日から遡ること、1日。
土曜日は部活が午前中だけだったから、昼からの電車で地元まで戻ってきた。
やはり少々離れているせいか、辿り着いたのは夕方近くになってしまったのだけれど。
「えーと、アイツは何処に………お、居った居った!!」
背も高く身体もがっしりしている後輩は、全体的に評して『大きい』といえるのですぐに
見つけることが出来た。
思わず口元が綻ぶ。1年は短いようで離れてみれば結構長かった。
だが、こうして見るとやはり何も変わらない。
「樺地!!」
手を振って呼べば気がついたようで、ゆっくりと自分に向かって頭を下げてくる。
傍に寄ってその肩を軽く叩いて頭を上げるように促す。
「久し振りやなぁ」
「……ウス」
「皆、元気にしとるんか?」
「ウス」
この受け答えも1年前と全く同じだ。
跡部について回っている時だけなのかと思いきや、これが樺地の素らしい。
「いきなり電話貰た時は、ほんまビックリしたで?」
「………お呼び立てして……スミマセン」
「ええってええって、ほんなら行こか」
そういえば樺地の家って初めて行くなーとぼんやり考えながら、忍足は樺地の後ろについて
歩き出した。
樺地の家は駅からそう離れていない、何処にでもある普通の一軒屋である。
「……忍足先輩」
「ん?どないしたん?」
玄関の扉を開ける前に、樺地がくるりと自分を振り向いてくる。
首を傾げて訊ねると、どこか申し訳無さそうに樺地は再び頭を下げた。
「スミマセン」
「なに、何で謝るんやな」
「……増えました」
「へ?」
間抜けな声が出てしまったと自分でも思う。
樺地が扉を開いたその先で、漸く忍足はその意味を知った。

 

「お久し振りです、忍足先輩」

 

「…………日吉、」
玄関に立ちペコリと頭を下げてくる日吉に、あんぐりと口を開けたままで忍足がその名だけを呼ぶ。
現状を把握するのに3分ほど。
「樺地、どういう事なん?」
「話を聞いて俺が頼んだんですよ。混ぜてくれって」
「……ウス」
日吉の言葉を肯定するように樺地が頷く。
混ざる、という事は日吉も。
「お前も推薦……受けるんか?」
「はい。決めました」
「そぉか……何や、意外やな……」
「そうですか?」
昔から部活内で虎視眈々と上を狙ってきていた日吉は、忍足の中でいつの間にか少し苦手な
存在になっていた。
どこか刺々しい雰囲気が、何よりも嫌いだった。
だが目の前に居る、1年を経た日吉にはそんな面影は少しも無く、ただ意志の強い目だけが
長い前髪から垣間見える。
きっと日吉自身に何か変革があったのだろう。
それならば断る理由など何処にも無い。
「ほな、2人とも頑張ろうな」
穏やかに笑んで言えば、可愛い後輩達は強く頷いたのだった。

 

 

 

 

<続くようなカンジ。>

 

 

 

 

カテキョおっし。(笑)
優しい、良い先輩でいてくれたらそれでイイですねー。

 

そして単発D:07へ続く。(笑)