高校最後の年末。
年を越す前に、一大イベントが待ち受けている。
世に居る沢山の男女はこの日に勝負をかけるに違いない。
今日はそんな日。
イエス・キリストの聖誕祭。別称、クリスマス。

 

 

 

<ラスト・クリスマス>

 

 

 

 

 

このクリスマスという日だけは、門限があって無いようなものだ。
門限時刻とされている21時に間に合わない時は事前に連絡を入れなければ
ならないのだが、今日この日はその申請が極端に殺到する。
彼女とデート、という名目もあれば、ただ単に夜遊びをしたい、というものあって、
事情は人様々なのだが。
そして当然のように、この2人も堂々の門限破りを決行していた。

 

 

「……あー、なんか、華が無いわなぁ。
 何が悲しゅうて、クリスマスに野郎と飯食いに行かなならんねん」
「アーン?なんだテメェ、不服そうじゃねェの?
 この俺様とディナーじゃあ不満だってのかよ?」
「誰もそんな事言ってませーん」
アスファルトの道を、てくてくと2人並んで歩く。
まだ高校生の自分達にできる範囲なんて狭いもので、夕食を外で、
少しばかりリッチな物を、ぐらいしかできる事は無かった。
(本当は跡部がカードの力でフレンチのフルコースをと言ったが、忍足が一蹴した。)
それを跡部と2人で、というのも特に忍足にとって不満を零す要素にはならない。
ただ、ただ感覚的になのだ。
感覚的に、この恋人達にとって浮き足立つクリスマスという日に、共に居るのが
同じ男だという事が、ほんの少し侘しく感じただけなのだ。
モチロン自分と跡部だって実を言えば、見えなくとも『恋人』と言って良い関係なので、
浮き足立って無い、というワケではない。
今日はクリスマスだ、と思うだけで、いつもと同じ風景が違ったように見えるから。
だけど、跡部とそういう間柄になってから、何かにつけ2人で過ごす時間も増えてきた事だし、
できれば、高校生活最後のトクベツな日なのだから。

 

いつもと違う、トクベツな事がしたい。

 

そう思ってしまっても何ら不思議では無いだろう。
「……なァ、跡部」
「何だよ」
「ちょっと寄り道して帰らへん?」
「あ?…何処行くってんだ?」
「ええモン見せたろ、と思って」
笑いながら忍足が先を促す。
それにつられるように歩いて、辿り着いた先は寮の近所の公園だった。
公園と言っても、散歩のコースにできそうな程度の広さがある。
いつもは閑散としている筈の時間帯も、今日はまだ人が多い。
「おい忍足、何処まで行くんだ?」
「もうすぐそこや。確か今日はこの辺でやるって聞いたしなぁ……」
キョロキョロと何かを捜すようにして忍足が辺りを伺う。
その耳に微かに聞こえてきた音に、ぱっと表情を明るくした。
「あ、居る!!こっちやこっち!!」
跡部の言葉も待たずぐいと腕を引っ張る忍足に、跡部は困ったような吐息を零す。
忍足がこうなってしまったら、もう自分でも止められない事を解っているから。

 

 

 

 

木々の連なる小道を2人で歩く。
途中からは跡部の耳にもそれとハッキリ解るぐらいに音が飛び込んできた。
ギターの音と、誰かの歌声。
こんな場所にストリートミュージシャンなんて居ただろうかと跡部は首を捻った。
心当たりは全く無い。
たまに駅前でなら見かける事はあるが、駅から寮へ戻る時の近道として
この公園を突っ切る時も、一度としてこんな場所では見た事は無かった。
そもそも普段はこの場所も人通りが少ない。
今日はトクベツな日だから多いだけにすぎない。
逆に、アベックばかりのこんな場所でストリートミュージックなんて、場違いも良い所だし、
むしろ恋人達の邪魔になるだけだろう。
一体何処の酔狂な人間が。
「お、やっとるやっとる」
小道を抜けた向こうは小さな広場になっていて、その植え込みの周りに
人だかりができていた。
ふいに現れた音楽家を珍しいと思ってなのか、意外と見物人は多い。
アコースティックギターの音色に乗せて、軽快な歌声が聞こえてくる。
何故忍足はこんな所に来たがったのだろう?
そもそもそれが疑問だった。
「ほら跡部、もっと近くに行こうや」
「意外だな。お前こういうのが好きだったのか?」
言わばストリートなんて、インディーズの更に下だろう。
もちろんこの行為を下地に上を目指す者だって居るだろうが、恐らく大半は趣味だ。
青空カラオケの延長線みたいなものなのだ。
はっきり言ってこれは、跡部の趣味ではない。
「見てきたいんだったら行ってこいよ。
 俺は此処で待っててやるからよ」
「……何言うてんの?それやったら意味あらへんねんて。
 ていうか、跡部は気ぃ付かへんのか?」
「何がだ」
「ああ〜…そうか、そういやお前、あんまりカラオケとか行かへんもんなぁ」
「だから、」
「跡部、百聞は一見に如かず、って言うやんか」
右の手を取りぎゅ、と握り締めると、忍足が小さく微笑んだ。
「行ってみよ、な?」
強請るように言われたら、もはやNOと突っぱねる術は皆無だ。
諦めたように跡部は忍足に連れられ人込みを掻き分ける。
植え込みの傍まで辿り着いて、跡部が思わず目を見開いた。
「……あれっ?侑士に跡部じゃんか」
「わー、見に来てくれたんだ?嬉しいねー」
ぴょんと飛び跳ね忍足に飛びついてくるのは、向日。
ギターを手に驚いて声を上げるのが、千石。
「な……何やってんだよお前ら……」
「何って……見りゃ解るじゃん?」
「解らねェから聞いてるんだろ」
「うーん」
跡部の言葉に向日と千石が顔を見合わせ、答えたのは同時だった。

 

「「暇潰し」」

 

そして再び歌い出す。
それはクリスマスの定番ソング。
軽快に、楽しそうに。
それがほんの少しだけ、跡部には羨ましく見えて。
「………随分楽しそうじゃねェかよ」
「外で大声出すとな、結構気持ちええもんなんやで?」
「けど他人の前じゃねェか。よく恥ずかしげも無くできるよなァ?」
「ありゃ、人見知りですかお坊ちゃま?」
「その言い方はヤメロ」
「あはは、冗談やて。でもホンマ、人見知りなんて跡部には似合わへん。
 ほな試しに跡部も歌ってみれば?」
意外と言えば余りにも意外な言葉に、応とも否とも答えられず跡部は暫し押し黙った。
考えた末に口をついて出た言葉は本当にくだらない事で。
「……何歌えってンだよ、この俺によ」
「やー、別にコレって決まっとるモンでもあらへんし?
 テキトーに自分の好きな歌でええんちゃう?」
「そう言われてじゃあコレって出てこねェよ」
「あー……ほな、アレどないや?」
「あン?」
「こないだ、ちょっと口ずさんどったやん。ちゃんと聞いててんで?」
「…っ、あ、アレはダメだろ…」
「そうか?結構イケてる思たで?ていうか、跡部マジでスゴイって思うたわ。
 ありゃ誰にでもできるモンやないで。
 まぁそんなワケで、千石」
「へ?何だい?」
つい今しがたまで2人顔寄せ合って話し込んでいたかと思えば急に自分に話を振られ、
弾かれたように顔を上げればにこやかに笑う忍足の姿。
首を傾げて見せれば、忍足が内緒話でもするかのように千石に耳打ちする。
「……で、………なん。イケる?」
「えーと………うん、大丈夫。覚えてる」
「おお、さすがや千石!!」
「クリスマスだもんね。一応、それ関係は一通り」
片目を瞑って千石が答えると、それを眺めていた跡部がガクリと肩を落とした。
「なー!なぁなぁ、跡部何やるんだ?」
「何って、ココならやる事なんてひとつしかあらへんやろ?」
向日が訊ねてくるのに、忍足がそう答える。
反論したのは跡部だった。
「ちょ、だから、どうしてテメェは俺の意思を無視してそういう事を…!!」
「ええやん跡部、目立つの好きやろ?」
「俺も跡部の歌聴きたいー」
「そういえば、俺も聞いた事ないなぁ、跡部の歌って」
「ほら、2人もこう言ってるんやし」
「テメェら……」
「ほらほら跡部、腹括ってけよー!!」
タンバリンを振りながら、向日が跡部の背中を押す。
困惑の色を浮かべた跡部が、忍足へと視線を向ける。
彼は、満面の笑顔で。

 

「カッコエエとこ、見せたりや」

 

とどめの一撃。
今目の前に居る跡部は、先刻までの跡部とは違う。
言うなれば、氷帝に居た頃の根拠の無い自信に満ち溢れた、そんな空気を纏っていて。
思わず千石が口笛を吹いた。
向日が両手を叩いて歓声を上げた。
そして忍足は、その姿を見つめていた。
とても懐かしそうに。

 

 

「さァ……俺の歌に酔いな!」

帝王・跡部景吾の復活。

 

 

 

千石の奏でるギターの音に合わせて歌う、その言葉は異国のもの。
聞く限りでは、英語のようには聞こえない。
でも、千石の弾く曲は、向日でも知っている定番のクリスマスソング。
緩やかに朗々と謳う声は、普段の尊大な態度や声音とは雲泥の差で、
いっそ神々しさまで感じられてしまう。
周りの見物人でさえ、思わず感嘆の声を漏らしたほどだ。
「……この曲って、アレだよなぁ?
 なんだっけ…えーと、ほら、」
「きよしこの夜、やろ?」
「そうそうそれそれ!!
 それだよなぁ、この曲。でも、なんか跡部が歌うと違うカンジするんだよ」
「そらそうやろ、あんな風に歌われたらなぁ?」
「英語?」
「ギリシャ語」
「ギ…ッ!?」
飛び上がらんばかりの勢いで驚いて、思わず大声を上げそうになった向日が
思わず手で口を押さえた。
がらりと変わってしまったこの雰囲気を、ブチ壊してしまうわけにはいかない。
「前に跡部が部屋で歌っとったん聞いてな、なんかええなぁ、思ってん」
「よくできるよなそんな事………」
「本人に聞いたら、なんや、替え歌みたいな要領らしいねんけど。
 メロディに合わせてるから、直訳したら結構歌詞もちゃうらしいで?」
「そんな問題じゃねぇよ、ありえねぇー」
「なぁ?もう人間業とちゃうやろ??」
「うん………でも、なんか、」
「ん?」
「なんか…カッコイイよな」
自分の隣に座り込んでぽつりと零した向日に、忍足が満面の笑みを見せた。

「そうやろ?」

 

 

 

 

「だー!!もう、何で歌わせやがんだよテメェ!!」
1曲だけ披露すると、さっさと引っ込んできて跡部は忍足の隣に腰掛けた。
今は向日のギターで千石が歌っている。
ちらりと忍足の方に目をやると何やら携帯でメールを打っているようだ。
「…何してんだよ」
「んー?呼んでんねん」
「は?」
「折角やし、皆呼んだろ、思ってな」
手塚と、乾と、真田と、柳。
まぁどうせ2人セットで居るのだろうから、全員にメールを送る必要も
無いのかもしれないのだが、念の為。
今からすぐにこの公園へ集合と、メールを送信した。
「クリスマスだぜ?来るのかよ」
「来ると思うで?」
「俺は来ねぇ方に賭けるな」
「じゃあ、ほんまに来たら、」
「じゃあ、マジで来なかったら、」

「「1曲な」」

 

 

 

 

それでなくとも人目を引く容姿を、全員が持っている。
人だかりは時間が過ぎるにつれて、少しずつ大きくなっていた。
そんな人の群れを掻き分けるようにして、最初に現れたのは真田と柳だった。
「……ほんまに来た!!」
「お前が来いと言ったのだろう?」
驚いて声を漏らす忍足に半ば呆れたような表情で、真田がそう答える。
柳もキョロキョロと見回して、首を小さく傾げている。
「こんな所に呼んで、どうするつもりなんだ?」
「皆でパーっとやろう、思ってな?」
「俺はあまりこういうのは好かんのだが…」
そう苦く呟いたのは真田の方で、柳はといえば逆にどこか楽しそうな表情を見せている。
「こういうのは初めてだな、弦一郎」
「……まぁな」
ノリ気らしい柳に、止めても無駄だと悟った真田が諦めたように吐息を零した。
「やあ」
そんな折に再び人だかりは掻き分けられて、現れたのは乾。
後ろには手塚もついて来ている。
「何だか面白そうな事をしているな」
「そうそう!今日は恥も外聞も投げ捨てて騒ごうぜー!!」
そういえば、こんなの持ってきたんだけど、と乾が投げ渡したのはハーモニカ。
あーイイねぇギターだけじゃ寂しかったんだよね、と千石が有り難くそれを受け取った。

 

今日は、クリスマス。

2人きりでロマンチックに過ごすのも良いけれど、こうやって皆で騒ぐのもまた、一興。

 

 

 

 

 

 

「……どうしたよ、忍足?」
花壇のブロックに腰掛け、歌う仲間達を眺めて笑む忍足の隣に座り、跡部がその顔を
覗き込んだ。
「なんつーか……俺、ほんまはな、いつもはやらんようなトクベツな事したいなぁ、思て
 此処に来てんけどなぁ……」
「いつもはやらねぇコト、充分やってるだろうがよ」
「うん、そうなんやけど、な?
 やっぱり皆揃うと、そう珍しいことやってるような気にならへんねんもん」
答える忍足の表情は、とてもとても幸せそうで。

 

「……なんか、ずっとこのままで居たいわ」

 

大切な、大好きな仲間達とも、次の春が来たら道が分かれてしまう。
それがほんの少し、寂しいと思った。

 

 

 

 

 

 

「あ、雪や。」

「道理で寒いと思ったぜ」

「ホワイトクリスマスかー…」

「不満か?」

「いや……嬉しいなぁ、思て」

「忍足」

「ん?」

 

 

仲間達の陰に隠れて、こっそりとキスをした。

 

 

「あ、そや、」

「あン?何だよ」

「約束、1曲な?」

「………チッ、覚えてやがったか」

 

 

今こうしている瞬間さえ、何にも替えられない大切な一瞬で。

今すぐ、時が止まれば良いのに。

 

 

「何がイイよ?」

「そうやなぁ……じゃ、」

「俺に出来る範囲でな。…とはいえ、まぁ、俺様に不可能はねぇが…」

「ラブソングを一丁。とびっきり甘いヤツを、頼むで?」

「……オーケィ。心して聴きやがれ」

 

 

そう答えて立ち上がった背中を、眩しそうに目を細めながら忍足は見上げた。

 

 

 

 

Happy Merry X’mas !!

 

大騒ぎの夜はまだまだ、これから。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

何だか長ったらしくなってすみません。(汗)

なんていうか…カプ物でもよかったんですが、それは他のサイト様がやるんだろうなと思って、
うちはうちで、うちならではのクリスマス話にしてみました。

ほんのり跡忍。でも本当に書きたいのは皆で仲良くしている姿なんです。

 

最近跡忍ばっかでスイマセン。(笑)

 

や、そろそろ塚乾も真柳も色々書き出さねば…!!