<とりかえっこプリーズ!>
問題点その3 : ステータスが全く逆ってのも相当難があると思います。
結局、その日の部活は散々だった。
練習が始まってから真田が漸く思い出したのだが、向日はダブルス専門だ。
そもそも自分の身体ではないので通常の練習ではいけない事ぐらいは
充分理解していたつもりだったのだが、忍足に呼ばれて何事かと傍に行ってみれば。
「これから試合やって。大丈夫か?」
「…何故俺がお前と」
「やって真田、今岳人やもんなぁ」
「………しまった、そうか」
立海大の時にも柳とダブルスで試合に出た経験があるので、できないとは言わないが。
「とりあえず、やるだけやってみようや。がんばろな」
「……ああ」
一抹の不安を覚えつつ、真田は忍足と共にコートに入った。
「岳人はな、基本は前衛。ネットになるべく近い方がええ。ちょっと動いたら解ったと思うけど、
瞬発力とスピード、ジャンプ力はめっちゃあるしな。
後ろのカバーは俺が全部面倒見たるから、とりあえず好きに動いてみいや、な?」
「あ、ああ……」
忍足のアドバイスにとりあえず頷いて答え、ラケットを構える。
相手は柳と乾。こうしてダブルスで尚且つ敵として柳の向かいに立つのは、どうにも変な気分だ。
サーブは乾から。
「準備はいいかい?」
「どっからでもかかってきいや」
「じゃ、遠慮なく」
ボールを高く投げて、乾がラケットを振り上げる。パン!とコートに音が響いた。
スピードはあるが単直なコース。これなら楽勝。
忍足が軽く打ち返すと、その先には既に柳が回り込んでいた。
「甘いな」
柳がボールを軽く浮かすように打つと、それは高い弧を描いて。
「あ、真田、俺が……」
「俺が取る!」
己の頭上を越えるように飛ぶボールに狙いを定めて、真田が足に力を入れた。
スマッシュを打つには丁度良い位置だ。
「俺を抜けると思うな蓮二!!」
「あ…、あかん真田!!」
忍足の制止を聞きもせず、いつものように弾みをつけて飛び上がる。
いや正しくは、『飛び上がり過ぎた』のだが。
ガン!!
顔面にボールがクリティカルヒットをして、真田はその場に崩れ落ちた。
「うわ真田!大丈夫かお前!!」
「弦一郎!!」
「今のは痛いだろうな……」
口々に言葉を発しながら、コートに倒れて目を回している真田の傍に駆け寄る。
「……くっ、何がどうして…」
したたかに打ち付けた鼻の頭を擦りながら、真田がむくりと身体を起こした。
自分の狙いは完璧だったはずだ。
「あんなぁ、多分、足に力入れすぎたんとちゃうか?」
「…?」
「せやし、岳人はもっと軽い力でも高う跳べるねんて。
自分の身体でするような力加減でいったら、」
「ああ……なるほどな、そういう事か」
合点がいったと頷いて、真田が立ち上がる。
「…難しいな」
「まぁ、そう言わんと。まだまだ勝負はこれからやで」
言って、ポンポンと赤い髪を撫でるように叩いて、忍足がにこりと笑みを浮かべた。
それにまた、どこか違和感がする。
失礼な話かもしれないが、本来の自分に対して忍足は決してこんな態度を取らないからだ。
それはきっと『向日岳人』の姿のせいだろう。その事には割とすぐに気が付いた。
何とも言えない微妙な視線を投げかける真田を見て、漸く忍足が我に返った。
「あ!ちゃうわ!!真田やコレ!!」
「………忍足、それちょっと酷いぞ」
「同感だな」
あたふたと声をあげる忍足に、乾も柳も呆れた視線を向けていた。
そして、その隣のコートでは。
「くそくそ真田!!俺の身体をキズモノにしやがって…!!」
そういきり立っているのは向日だが、実際姿は真田である。
ネットを挟んだ向かい側では、その様子を可笑しそうに跡部が眺めていた。
「ははは!!そうか、岳人と真田はステータス的に対極にあるからな。
そうなっても仕方ねぇだろ。おい岳人、お前はどうよ?」
「俺?……うーん、どうだろう」
こくりと小首を傾げる真田の姿が、中身は岳人だと解っていても、ひたすら気持ち悪い。
ぶるりと悪寒に背中を震わせて、鳥肌の立ってしまった腕を擦ってから跡部がラケットを握り直した。
「まぁ、こっちも隣を観戦してる場合じゃねぇからよ。
とりあえず…覚悟は良いかよ?岳人」
「う…あんまし良くねーけど……、ま、どっからでも来いよ」
「んじゃ、遠慮なくいくぜ」
言って跡部が高くトスを上げる。
言葉通り手抜きの一切無いフォームでサーブを打つ。
だがボールは岳人の返し易い場所へと向かっていった。
跡部自身も恐らくは様子見の段階なのだろう。
立ち位置の少し手前でバウンドしたボールを、難なく岳人が捕らえた。
「このぐらいなら余裕余裕!!」
「へぇ、じゃあこんなのはどうよ」
言いながら跡部が反対側のコーナーへとボールを放って、ほんの少し訝しげに眉を顰めた。
己の右手首に、鈍く響くようなズシリとした重さと痛みを感じる。
これは、何だ?
「……だァッ!!コイツ足遅ぇ!!」
それにも余裕で追いつけると思っていた向日は、だがそれが叶うことはなかった。
ボールはコートに突き刺さり、その向こうのフェンスに当たって戻ってくる。
「あーくっそ!俺の身体なら絶対取れるボールだったのにー!!」
「…薄気味悪ぃから、その姿で喚くんじゃねぇよ」
「真田の身体、マジでやりにくいったらねーぜ」
「しょうがねぇだろ、ちょっとぐらい我慢しやがれ。
おら、次行くぜ」
ブツブツ文句を言う向日に同情の欠片も無い言葉を投げかけて、跡部は次のサーブを放った。
今度は少しだけ、手加減を加えてみた。
それは別に相手が真田でなく向日だからというわけではなくて、もう少し真田の姿の向日が
どう動くのかを観察してみたくなったからだ。
ラリーが続く。跡部が打ちやすいコースに返球するのと、向日が真田の身体で動くことに
慣れてきたという事があるのだろう。
「うりゃッ!」
絶妙な角度で向日がボールを向かいのコートへと放つ。
それを予測していなかったのか、驚いた跡部が慌ててラケットを持つ腕を伸ばした。
高くボールが上がる。
だが跡部の体勢はまだ整っていない。
「よっしゃ!スマッシュエースいっただき!!」
「…チッ、そう簡単にいくと思うなよ!!」
ぐっと足に力を入れて、跡部が身体を向日に対面するように向ける。
ネットの向こうで向日が普段より背の高い身体を、でき得る限り高く跳ばせた。
「いっけぇ!!」
バシ!!と鋭い音がコート中に響く。
「ア…アウト!!」
審判を務めていた手塚の、やや上ずった声音がコートに響く。
力の限りの強さで打たれたスマッシュボールは、瞬間背中に冷たいものが走った跡部が
かろうじて身を躱した事によって、アウトボールへと姿を変えた。
「…………ッ、てめぇ…」
「な、何、今の……」
驚いたのは跡部だけでなく、放った本人である向日も同様だった。
本当に自分が打ったとは思えない程のスピードとパワーが、あのボールには篭っていた。
いや、実際は篭り過ぎてアウトボールになってしまったのだが。
「お前!もう少し力加減ってモンを覚えやがれ!!俺を殺す気か!?
あれが直撃してたら、痛いじゃ済まねぇぞ!!」
「お、お、俺もビビったつーんだよ!!
何だよあのボール!!つーかありえねぇし!!
真田の筋力、一体どうなってんだよ!!」
「テメェと真田じゃ体格も筋肉のつき方も何もかもが違うに決まってんだろうが!!
普段と同じ力の入れ方で打ったらどうなるかぐらい気付けよバカ!!」
さっき自分が感じた右手首の違和感も、向日が力任せに放ったボールの重みからなのだろう。
コートの向こうでは向日も困惑した表情を隠せないでいた。
腕力も脚力も、全てにおいて自分とは正反対の身体なのだ、やりにくい事この上ない。
「くそくそ真田!!この筋肉バカー!!」
思わずそう頭を抱えて大仰に嘆けば。
「何だと向日!!もう一度言ってみろ!!」
隣のコートから、向日の声音でそう怒鳴る声があったとか無かったとか。
<続>
あああ…やっぱりこうなるのね…。(笑)
彼らの災難はまだ続きます。