<とりかえっこプリーズ!>
問題点その2 : マイペースすぎる奴らってのも、あんまりだと思うんですが。
「………はぁ?何言うてんの、真田?」
「違う。俺、岳人」
目を大きく見開いて、忍足が頓狂な声を上げた。
それもその筈、部室に入ってくるなり
「侑士!コートで相手してくれよー!!
もう気分転換でもしてなきゃやってらんなくてさぁー!!」
と真田弦一郎氏が言えば、忍足でなくとも頭が沸いたのではないかと
思ってしまっても致し方ない。
「いや、岳人ちゃうし」
ぶんぶんと首を激しく横に振って、忍足がその言葉を否定した。当然だ。
「つーか……お前、ほんま、どないしたん?」
僅かに腰を引かせたままで忍足がそう訊ねると、向日が忍足に飛びついて
泣き出した。
注・向日の行動は、全て真田弦一郎氏の姿で行われております。
「聞いてくれよ侑士ーーー!」
「ぎゃーーーーー!!!」
いきなり抱きつかれて叫ばない方がどうかしている。
しかもこの真田は激しく気持ち悪い。
「うわっ、やめ、離さんかい真田!!」
「だから俺はー!!」
「人の身体で何好き勝手やっているのだ貴様!!」
「いでぇッ!!」
己の身体なのだという事を全く省みない素晴らしいまでの潔さで、
向日の姿をした真田は自身の後頭部を思い切り殴っていた。
中身が向日なだけで、こんなにも気持ち悪いものなのか。自分自身が。
ぞわりとした悪寒に身震いしつつ、向日の姿をした真田は忍足を見下ろす。
だがそれは忍足が座っていたからできた事なのであって、彼が立っていたなら
自分は見上げなければならなかっただろう。
それはそれで何か複雑な心境なのだが。
「済まん忍足、騒がせた」
「……岳人?」
「ああ、いや、そうではなく……俺が、真田だ」
普段の表情がクルクル変わる可愛らしい向日ではなく、今目の前で話す向日は
キリリと真っ直ぐに自分を見据えてくる。ハッキリ言って怖い。
「ちょお…待って、どういう事やのん」
「そうだな、順を追って話そう」
混乱している頭の中では、どうやら真田らしい向日にそう訊ねることしかできない。
それにウム、と向日が可愛げも何もない表情で頷いて、傍の椅子に腰を下ろした。
丁度良いタイミングで次々とHRを終えた仲間達が部室に集まってきた事もあって、
結局は全員が揃った状態で話をする事になった。
だがこの方がいちいち説明する必要も無いので都合良いと真田は思っている。
ただ、やはり周囲の視線は相当痛い。
「……気持ち悪ぃな」
「ハッキリ言うたるなや、可哀想やんか」
きっぱりはっきり言い切る跡部はいっそ潔くて良い。
それにツッコミを入れる忍足も、関西人気質が幸いしたサッパリとした反応なので有り難い。
残りの4人は、終始無言のまま。
あの千石ですら黙りこくって自分達を凝視している。失礼な話だ。
きっと胸の内では跡部と似たような事を考えているのだろう。
「何でこうなっちまったのかさっぱり解んねーんだよな」
腕組みをして、椅子の上で胡座を組んで唸るのは向日。
しかし実際の外観は真田。
それに柳が僅かに眉を顰めた。
「弦一郎、行儀が悪いぞ」
「ちょっと待て蓮二、俺はこっちだ!」
聞き捨てならんと挙手して言うのは真田…だが、外観はどうみても向日岳人だ。
表情が改まるだけで向日も意外と精悍な顔つきになる。
これはこれで果てしなく微妙だ。
「ややこしいな。
俺は真田弦一郎の姿の向日を、どう呼べば良いのだ?」
「……お前の論点はそこなのか…?」
がくりと項垂れて、向日の姿をした真田がぽつりと呟く。
どうしてこう自分の恋人は淡白なのだろうかと。
「せやけど岳人……ちゃうな、真田か。
それは俺らにとっちゃ重要な事なんやで?
呼び方が一定せぇへんかったらお前らかて困るんちゃうん?」
「ならば、俺を真田と呼んでくれ」
忍足の途方に暮れた言葉に、真田が赤いおかっぱを上下に揺らして頷いた。
「その方が俺らもしっくりくるもんな。
じゃあ俺のコトは岳人って呼んでくれなー」
指先でくるくる帽子を回しながら向日もそう言った。
真田のような向日も大概に不気味だが、やはり一番気持ち悪いのは向日のような真田だ。
いっそ声音ぐらい変わってくれればと思うぐらいに違和感が満載で、だが実際のところ
声帯が変わるなんて有り得る筈も無く、やはり真田の低音ヴォイスでそのテンションは
繰り返すが気持ち悪いことこの上無い。
「……とにかく、やることは決まっている」
既にジャージに着替えていた手塚が、ラケットを手に言った。
「何するってんだよ?」
くるりと踵を返して手塚がドアに向かうのを、跡部が問い掛けることで呼び止める。
足を止め振り返った手塚は、至極平然として。
「部活だが……何か?」
何かってそうか、コイツはハナからこの状況を何とも思ってやがらねぇんだな。
さすが手塚だ、興味の無いコトにはとことんまで無関心な奴。
フ、と口元に笑みを乗せて跡部がそれに続く。
結局どうすれば良いのかなんて見当が付かないのだから、放っておくしかない。
命に関わるような事でないのであれば、それこそ後回しで良いだろう。
これから、楽しい楽しい部活の時間なのだから。
「オラ、お前らもとっとと着替えて出てこいよ」
出掛けに他の連中にそう声をかけて、跡部もコートへと出てしまった。
取り残されたメンバーもこの状況をどうしたものかと首を捻って。
「……とりあえず、テニスしようか。
真田も向日も着替えて出ておいで」
眼鏡をクイと押し上げて、ノートを手にすると乾も外へ出る。
柳もそれに続いて、最後に千石が。
「強く生きなよ、2人とも」
心底同情したように言うと2人の肩をポンと叩いて軽やかな足取りで出て行った。
どいつもこいつも薄情である。
暫しの沈黙の末、真田が椅子から立ち上がった。
「こうなってしまっては仕方が無い。
とりあえず部活に出よう、向日」
「うー…気が進まねーなぁー……」
辟易した様子でそう嘆くと、向日も漸くそれに従った。
<続>
やはりこの程度の事では皆さん動じません。(笑)
ある意味神経が図太い連中が揃ってる…ってコトですか。