驚かなかったと言えば嘘になるし、困惑しているかと訊ねられれば
それは肯定する他無いだろう。
驚いたのは、手塚に告白されたからで。
困惑したのは、自分もそれと同じ想いを持っていたからで。
痛かったのは……手塚の、想いだった。
言った事を曲げない男だ。
きっと彼は言った通り、自分の背中を押し続けるのだろう。
自分を、励まし続けてくれるのだろう。
今居るこの、近い距離で。
熱を持った膝が、主張する。
身体は冷え切っているのに、その部分だけは温かいを通り越して、熱い。
腫れ上がった膝が、手塚の想いの痛みを訴えた。
ひょこり、ひょこりとびっこを引くような足取りでゆっくり歩く。
言葉を交わさない分、思考に集中できた。
頑張れという言葉は、軽いようでいて実は結構重たいと、乾は思っている。
それは中学の時に嫌という程思い知った。
あの日コートで肩を抑えて痛みを耐える手塚に、頑張れと言えた人間は
少なかった。
「無理するな」「もうやめろ」、そう言ってやる方が、本当はずっとずっと楽なのだ。
相手が、ではなく、自分が。
手塚はきっと、背を押すことを止めないだろう。
例え自分がどれだけの痛みにもがき苦しみ、夢から腕を引っ込めかけても。
涙を流して、弱音を吐いても。
全部受け止めて、それでも彼は「諦めるな」と言うのだろう。
自分自身の辛い気持ちも悲しみも全て隠した力強い表情で、きっと手塚なら言うのだろう。
だから。
「あのさ……手塚、」
「何だ」
「俺も、手塚の事、好きだよ」
「……乾?」
足を止めて、手塚が乾を振り返る。
ぽたり、と髪から雨の滴が伝い、頬を通って、落ちる。
雨は勢いを少し弱め、しとしとと、それでも降り続き。
「手塚が、好きなんだ」
自分は今、一体どんな表情をしているだろう。
幸せそうな笑顔か、困惑がまだ消えてない表情か。
それとも……夢を諦めた者の、疲れ切った姿か。
手塚の目には、自分はどんな風に映っているのだろう?
「乾、お前……」
「ずっと、好きだったんだ」
だから、これは自分が耐えられないだけ。
耐えられないから、逃げるだけ。
「……手塚、俺はテニスを捨てるよ」
愛に生きたいなんて恥ずかしい事を言うつもりは微塵も無い。
ただ、手塚の辛い顔が見たくないだけだ。
自分の姿を見て悲しそうな目をするのを、見たくないだけだから。
逃げる事を、どうか許して。
「乾……」
手塚の手が頬に伸びてきて、拭った。
それは、雨ではなくて。
「乾、泣くな」
拭っても拭ってもそれは止まらなくて、仕方無しにまたその頭を抱き寄せる。
「泣くな……泣くな、乾」
冷たい雨が、凍えた身体が、熱い涙が……温かい腕が。
その全てが、痛かった。
<続>
ちょい短めですが、うちの乾さんを全部詰め込んでみました。
うん、と、うちの乾はテニスをするのが凄く好きなんですよね。
ラケットでボールを打つのが、好きなんです。
それを手放すのは涙が出るほど辛いんだけど、手塚に辛いコトさせる方が
もっともっと辛いから、手放すことを決意したわけなんですね。
相手に同情して、その相手にとって一番楽な方向を指し示してあげる方が、
ずっとずっと楽なんです。
言わば弱音を吐く人間は、得てして「優しい言葉」を期待しているわけで。
だけどそうしないのが、手塚さんの愛ですか?(笑)
そうしないというか、できないヒトっぽいんですが……。
「もう嫌だ」って泣いてるヒトに、「何言ってるんだ、もっと頑張れ!!」と言う方が
相手にとって酷だし、言う自分だって苦い思いを噛み締めてる。
……そう、私は思うんですが。