2階の、手塚と千石の部屋とはエレベーターホールを挟んで反対側。
その端っこの12号室が、真田弦一郎と忍足侑士の部屋だった。
部活が終わり寮に戻って、夕食を取って。
やっと忍足が一息ついた頃、部屋のインターホンが鳴った。
続いて、返事を待たず扉を開く音も。
こんな登場の仕方をする相手は、忍足は1人しか知らなかった。
<彼の17歳の誕生日について>
「……やっぱり跡部や」
「やっぱりって何だよ」
「お前な、前から言おうと思てたんやけどな、
インターホン押しても勝手に入ってきとったら意味あらへんやんか。
せめて出るまで待っとけや」
「必要ねェよ、別に問題ねーだろ?」
「じゃあインターホン押す必要性かてあらへんやんか?」
「俺もそう思うんだが、真田がうるせーしな。
………って、真田はいねェのか?」
きょろきょろと部屋の中を見回して、忍足の同室者・真田弦一郎の姿が見えない事を
確認すると、テレビの傍にあるソファにどかりと腰を下ろした。
「なんや跡部、真田に用事なんか?」
「ンなワケねーだろうが。
うるせーのが居なくてホッとしてんだよ」
どうしてそないに仲悪いんやろなぁ……。
跡部と自分にお茶を煎れながら、忍足はそんな事を考える。
いや、仲が悪いというのは語弊があるかもしれない。
ではライバルのようなものかと言えば、それも少し違うような気がする。
そう思うのは、今日の部活で真田・跡部のダブルスの試合を目にしたからだ。
ああ見えて意外と息はピッタリだった。
あの柳も乾も、意外過ぎて驚いていたぐらいだ。
『桃城と海堂並に合わないと思ってたんだけどな』と隣で乾がポツリと呟いていたのを
覚えている。
そのもうひとつ隣で、それに手塚が深く頷いていた事も印象深い。
煎れたての熱いお茶をテーブルに置くと、ちらりと跡部が視線を向けてきた。
「何や?」
「いや……、サンキュ」
珍しく礼を言われて、驚いた表情を見せながら忍足もソファに腰を下ろす。
なんとなく沈黙が続いていたが、それを先に破ったのは跡部の方だった。
「で、結局真田は何処に行ったんだ?」
「さぁ……飯食って戻った時には居ったんやけどな。
気が付いたら居らんかってん。
そんで、結局跡部はどうしたん?」
「別に……、単に暇だっただけだ」
「岳人は?」
「さァな、何か慌てた感じで何も言わずに出て行きやがったよ。
何処かは知らねェが、遊びに行ったんじゃねェの?」
「ふぅん……あ、そや、」
お茶を一口喉を滑らせて、忍足は湯飲みをテーブルに置くと思い出したように立ち上がった。
そのまま足は隣の部屋へと向く。
ソファに座ったままでそれを見送っていると、机の引出しを開け閉めするような音が聞こえて、
暫くしてから忍足が戻ってきた。
「跡部、コレな」
「……あン?何だよ」
差し出された青い袋に目をやって、跡部が訝しげに眉を顰めた。
「今日、誕生日やろ?おめでとサン」
「…………ああ!」
漸く思い出したように手を打つと、跡部はどうやらプレゼントらしいそれを受け取った。
袋から取り出すと、青い包み紙でラッピングされた細長い箱。
訊ねるまでも無くそれが当たり前であるかのように、そのラッピングまでも剥がして
跡部は箱を開いた。
中には、銀色に輝くペンが2本。
手にすると、ズシリと心地よい程の重みが伝わってくる。
カチリと押してみると、片方がボールペンでもう片方はシャープペンだった。
「へェ……」
「普通のやつより、お前はそういうのの方が好きやろ?」
ソファの背凭れの後ろから覗き込むようにして、感嘆の声を漏らしている跡部に
そう忍足が声をかける。
頷いて答えると、忍足は満足そうに微笑んだ。
「喜んで貰えたようで、良かったわ」
「忍足、」
「ん?」
くいくいっと跡部が人差指だけで忍足を招く。
それに忍足が顔を近づけると。
「…………ん、」
唇に柔らかい感触がして、忍足が僅かに眉を寄せた。
特に拒もうという気は起こらなかったけれど。
ややあって跡部が唇を離すと、口元に勝気な笑みを乗せる。
「プレゼントも嬉しいが、俺はこっちの方が良いな」
「………贅沢言うなや」
「贅沢なのかよ、コレが」
「当たり前やん、高こつくで?」
「怖ェな」
跡部が肩を竦めて見せると、忍足が愉快そうに声を上げて笑った。
付かず離れずの、この距離感がたまらなく愛しかった。
その空気に突如割って入ったのは、携帯の着信音。
それは跡部の持つものからで、小さく舌打ちを漏らすと跡部は携帯を
ポケットから引き摺り出す。
「何?」
「メールだ」
相手はあろう事か、あの真田からだ。
「………あ?何言ってんだコイツ?」
「どないしたん?」
覗き込んでくる忍足にも見えるように携帯を傾ける。
真田らしさ全開の、簡潔な一言。
『ベランダから下を見ろ』
「ははっ、何やのコレ。
どないするん?」
「………うぜェ」
忍足の問いに、ほんの少しだけ考える素振りを見せたが、
返信する気も言う事を聞く気も無く、跡部は携帯を閉じて元のように仕舞おうとした。
その時を見計らったように、間髪入れず第2弾が。
「ったく、何なんだ!?」
不快な表情を隠そうともせず、跡部が再びメールを開く。
相手はまた、真田だった。
『見ないと後悔するぞ』
真田がここまで言ってくるなら、余程らしい。
だが、相手が真田というだけで無意識に癇に障ってくるのだろう。
ソファから立とうという素振りも見せず、跡部は今度こそ携帯をポケットに
突っ込んだ。
「何だってんだ、鬱陶しい」
「んー…せやけど、あの真田が2回も言ってくるなんて、余程やな」
「だから何なんだ」
「見てやっても、ええんとちゃう?」
ベランダなんて、すぐそこだ。
テレビのすぐ後ろに、大きなガラス張りの扉。
その引き戸を開ければ、その向こう側。
「真田も言うてんのやし、見んと後悔すんのもアレやろ」
「邪魔くせェ」
「つまらん内容やったらやったで、後で真田に文句言うたらええやん」
「…………フン」
その忍足の言う事も一理ある。
後悔するのも御免だし、大した事でないのならそれをネタに散々
言い負かしてやれば良いだけだ。
そう結論付けて、跡部は漸く立ち上がった。
扉を開けて、一歩外に踏み出す。
外はもう真っ暗で、初秋の涼しい風が身体を撫でていく。
「全く、何だってんだよ?」
真田に言われた通りに外側の柵に近づくと、跡部はひょいと下を覗き込んだ。
瞬間だった。
パンパンパンパンパンパン!!!
クラッカーが次々と弾ける可愛いらしい音。
空に舞い、2階に居る自分の目の前まで届いてくる、紙吹雪。
「な……!?」
全く予想もしていなかった出来事に、動揺を浮かべて跡部が下を見据えた。
そこに居た皆が、声高に、叫ぶように。
「「「「「「 HAPPY BIRTHDAY!! 」」」」」」
真田が居て、向日も居て、手塚も、乾も、柳も、千石も。
皆、そこに立っていて。
全員がクラッカーを手に、笑顔で。
「…………ははは、」
言葉も無く、ただ立ち尽くして、跡部が笑いだけを声に出す。
今の胸の内を表す言葉を、跡部は知らなかった。
この、高鳴る胸の鼓動を、言葉にして表現する術を。
「コイツは驚いた。誰のネタだ?」
「「はーい」」
そう下の仲間達に声を掛けると、元気良く向日と千石が手を上げる。
ああ、何となくそんな気はしたんだ。
そうでなければ、あの4人…乾や柳はともかく、手塚や、まして真田までが
便乗する筈が無い。
「そうかよ………」
くつくつと、相変わらず笑みだけが零れ出る。
鼓動だけが速くて、もどかしい。
自分の方こそ、声を大にして叫びたかった。
今にも溢れ出しそうな感情を。
「お前ら……礼を言うぜ。ありがとよ」
叫びたい衝動を堪えて、跡部は大切な仲間達に精一杯の思いを詰め込むと、
そう短く言葉を差し出した。
ぱたりとベランダの戸を閉めて、カーテンを引く。
そうして室内に目を向ければ、何時の間にか忍足がすぐ傍に立っていた。
この男は、知っていたのだろうか。
「どないやったん?」
「忍足、お前は……」
「うん?」
そんな事は、もうどうだって良いんだ。
「肩、貸せ」
そう言うと、跡部が忍足の肩を掴んで引き寄せる。
強く強く抱きしめれば、「それって肩って言わへんで」と苦笑交じりの
ツッコミが聞こえてきた。
「……泣いてんの?」
自分の顔を見られたくないのだろうか、跡部は忍足の肩口に顔を埋める。
だが、その肩から感じる熱さに、ついそんな事を口にしてしまった。
「お前が泣くほど喜ぶなんて、相当やったんやなァ」
部屋の中に居てもクラッカーの音や声は聞こえていたから、想像は安易だった。
だが、この跡部の反応は予想外で。
驚きを隠せないまま、忍足は跡部の背中をあやすように撫でて、笑った。
まるで自分の事のように、嬉しそうに。
「良かったなァ、跡部」
それに跡部が小さく小さく、だけど強くハッキリと、応えた。
「………最高だ」
<終>
はぴばす跡部!!(><)
多分この後、跡部に真田からもっかいメールが入ってきて、
『今夜は戻らない事にしてやる』とかなんとか書いてあるんでしょう。
真田さんなりの誕生日プレゼントです。(笑)
そんで跡部と忍足がヨロシクやってる間、真田は6階に転がり込んで、
珍しく岳人と親睦を深めるのでしょう。
やっぱり皆仲良しなのが大好きです。
忍足が贈ったのは、よくある高い筆記用具ですな。
あのボールペンのクセに1本1500円とか2000円とかするヤツ。
まぁ、なんだかんだ言っても高校生の思考回路ってそんなモンです。
その程度が良いです。