最初は濡れて視界が悪かった眼鏡も、真正面から雨を受けると次第に慣れてきて
気にならなくなった。
心当たりありそうなところは全部回った。
病院は既に診療時間を過ぎており、当然のように閉まっている。
雨宿りでもできそうな店を覗いてみたが、どこにも姿は無かった。
駅の周辺も一通り捜したが見つからず、手塚はそこで一度足を止めた。
真田から連絡があって、全ての情報は柳に集めろといっていたのを思い出し、
一度柳に連絡を入れて乾が見つかったか訊ねてみた。
結果は否、だ。
電話を切って携帯のディスプレイに現れた時刻は、もうすぐ21時になろうとしている。
事件や事故に巻き込まれたか、もしくは故意、か。
乾ならばきっと、後者だろう。
彼の携帯の電源は、相変わらず切られたままだ。
「………世話の焼ける」
そう苦く呟いて、手塚は携帯を仕舞った。
乾の行きそうな場所、というものを思い起こそうとして、何処にも思い当たらない事に
気が付いた。
彼はいつも、ふらりと居なくなって、ブラブラと当てもなく彷徨うから。
「手当たり次第、しか無いか」
諦めたように吐息を零すと、手塚は雨の中を再び歩き出す。

 

何から逃げようとしているのかは知らないが、俺から逃げられると思うな、乾。

 

せっかくここまで共に歩んできたのだから。
一方的に掴まれた手を、一方的に離されるなんて。
そんな、馬鹿な話が。

 

 

 

 

 

 

学校を挟んで駅とは全く反対側、細い路地が縦横無尽に走る住宅街。
まさかこんな所に居る筈も無いだろうとは思いつつ、手塚はそこに足を踏み込んだ。
住宅以外、本当に何も無いのだ。
店も、雨宿りする場所さえも。
入り組んだ路地を奥へと入っていく。
21時はとうに回っていた。
そんな時間と、雨という天候のせいもあり、通りに人らしき姿は全く無い。
ただ、雨水を跳ねる自分の足音だけが耳に入る。
街灯が弱々しく揺らぎ、見通しの悪いその路地の途中。
「………?」
不自然に横に伸びている、一本の道。
住宅同士の隙間を縫うようにして、それは続いている。
どこに続いているのか知らないが、と手塚は脇道に逸れてみた。
真っ直ぐ一本道のそれを抜けて目に入ったのは、真っ赤な鳥居。
「………神社か…?」
見た事の無い場所だった。
そもそも余り学校周辺を見て回った事のない手塚にとって、こんな住宅街の
真ん中など通った事も無かったのだが。
住宅に囲まれるように…まるで守られでもしているかのように、その小さな
神社はひっそりと佇んでいた。
半ば呆然と、手塚はそこに立ち尽くす。
が、すぐに我に返ると、念の為にぐるりと周辺を回ってみた。
結局、誰の姿も見つけることは無く、鳥居にそっと凭れるように手塚は立ち止まった。
「まったく……何処で何をしているんだ」
ふうとため息をついて、携帯を取り出そうと手を伸ばしたその時だった。

キィ…

鉄の軋む音。
幼い頃から聞き慣れているから、物を見なくても判る、ブランコの音。
公園なんてあっただろうか。
今見た限りでは見当たらなかった。
という事は、この鳥居の向こうか。
そう判断すると、携帯は後回しにして手塚は歩き出す。
すぐに、それは見つかった。

 

キィ……キィ……

 

風に煽られるようにして揺れるブランコ。
その片隅に、天気の良い昼間にはきっと小さな子供達が遊んでいるのだろう、
滑り台と、砂場が見える。
遊具はたったそれだけの、小さな小さな公園だった。
煌々と、街灯が公園内を照らす。
雨の為に白く煙っているその公園内は、ちっぽけなそれでも何処か居空間のようで。
誘われるように、中に入った。
改めて、辺りを見回す。
滑り台、砂場、ブランコ……そして先刻は木々の陰で目に入らなかった、藤棚。
刹那、足は動いていた。
藤棚の方に向かって真っ直ぐ。

捜し求めていたものを、漸く見つけた。

 

 

 

 

ぱしゃ、と泥水の跳ねる音。
それに乾がゆっくりと顔を上げた。
「………手塚?」
「何をしている」
「………。」
「皆、心配している」
「………うん、」
「どうしたんだ」
「………ちょっと、色々考えてた」
藤棚如きでこの雨風が凌げる筈も無く、乾は既に全身が濡れている。
それは手塚も同じなのだが、一体彼はいつからこの寒い中雨に打たれていたのだろうか。
「色々考えながら………頭を冷やしていたんだ。
 この雨が……丁度良くてさ」
「何を考えてた」
「この先の事だよ」
「足は」
「とりあえず、冷やしていたら腫れは引くらしいよ。
 それまでは運動厳禁らしいけどね」
「そうか」
「手塚、」
名を呼ばれて、手塚が視線を向ける。
途方に暮れたような目を、していた。
「痛いんだ」

 

足、ではなくて。

 

 

 

<続>

 

 

 

塚乾モーーード!!!!(やっとかい!/心のツッコミ)
ココから3話まるまる思いっきり塚乾です。
これが書きたかったがために、4話分の前フリでした…。(遠い目)

まぁ何にせよ、この塚乾はこれ以上ないぐらい佐伯節満載ですので。(汗)
甘いようで甘くなく。ラブラブのようで、微妙にスレ違い。
うん、そんなテーマです。