千石清純は女好きだ。
それが、向日岳人が千石とツルむようになって半年後に出した結論だった。
<千石清純という男>
元々、のっけからその頭角は現れていた。
あれは今でも鮮烈に思い出せる、入寮してから丁度1週間ほど経った、ある日の事。
向日は千石に「遊びに行かない?」と誘われた。
今度入学式を迎えるこの高校は県外にあり、寮や学校の周囲も、街そのものの地理も
まだ全く把握していなかった。
だから、探検も踏まえて、とそう言って千石は人懐っこい笑みを浮かべていて。
思わず、頷いてしまっていた。
それがそもそもの間違いだったような気がする。
「おい、千石お前なッッ!!」
「えー、イイじゃん、こんなに可愛いんだから」
ああそうさ可愛いさ可愛いのは認めてやるよだからってなぁ!!
部活中にまで女の子口説こうとするのは止めろと、何度言っても千石は聞いてくれない。
それでその内真田あたりに殴られるんだ。「いい加減にしろ!」ってな。
そうならないように、俺がなけなしの友情を総動員して止めてやってるのに、やっぱり
千石はフェンスの傍から離れようとしない。
あああ、真田がこっち睨んでる!!怖い!!本気で真剣に怖い!!
まだ跡部とかは平気なんだよ、中学の時に見慣れてっからさ。
免疫の無い分、めちゃめちゃ怖い。怖さ8割増しだ。
「えッ?マジで遊んでくれるの!?
やったーー!!じゃあ、はりきって部活終わらせてくるから
ちょっとだけ待っててね〜!!」
ふと我に返ってみれば、ナンパに成功したらしく、千石が明るい顔で
フェンスの向こうに立つ女の子にそう声をかけてた。
ちょ、ちょっと待てお前ーー!!
「ほら、何してんだよ向日、さっさと部活戻んなきゃ!!
真田に怒られても知らないぞ〜〜?」
あははとか笑いながらお花振り撒く程の上機嫌で戻って行くんじゃねェ!!
つか俺を置いてくなーー!!
ああ、なんかこんなコト、前にもあったような……。
……あ、思い出した。
あれは初めて千石とこの土地を探索した時だ。
「あ、おい、見ろよ千石。あんなトコロに神社があるぜ……って、アレ?」
見つけたものを指差しながら後ろに居るであろう千石を振り向いた時、
既にそこに千石の姿は無かった。
「あれ?おーい、千石ー……?」
キョロキョロと辺りを見回しても、千石の姿はどこにもない。
見知らぬ土地、という不安も重なって、どこか心細さを感じながら向日は
元来た道を戻っていく。
「千石、何処行ったー!?」
軽く小走りに、細い路地の角を曲がって、真っ直ぐ、また曲がって。
大通りまで出て、漸くその姿を見つけることが出来た。
「ねえねえ、ヒマなら俺と遊ばない?」
「えー?どうしようかなぁー」
やっと見つけた千石清純は、大通りでナンパの真っ最中だった。
思わず向日のこめかみに青筋が立ったのは、言うまでも無いが。
そうやって、最初は2人で行動していたのに気が付けば千石が一人でナンパに
突っ走っていった、などという現象は、別にこの1度に限られた話ではなかった。
ただ、向日がそれに慣れるのに、半年近くの時間を要しただけである。
あー、なんだアレか、あの時と同じじゃねーかよ。
アイツっていっつもそうなんだよな。
可愛い女の子見つけたら、ふわふわ、ふらふら。
別に俺だって可愛い女の子は好きだし、別にアイツが女の子をナンパするってこと
自体はそう毛嫌いするようなコトでもないんだけど。
なんつーかさ、それでも千石って……どこか、1人って気がするんだよ。
例えば俺らが一つの牧場に放されてる羊だとして、アイツだけ群れ離れてんの。
だけど、「あ、離れてんな」って思った時には、もう輪の中に帰ってきてる。
1人なんだけど、1人じゃない。
そういうトコがなんつーか………不思議なんだよな、すごく。
「ああ、そうか」
寮で晩飯を食べてる時に、俺は唐突に思い立った。
それに、一緒に食べてたいつもの面子が揃って俺を見る。
その中に千石の姿は無い。
部活が終わった途端に、さっきの女の子と遊びに行ったんだ。
…頼むからそんなに注目しないでくれ、皆。
「……どうした、向日?」
俺の呟きが気になったのか、柳がそう訊ねてきて首を傾げる。
それに答えるべきなのかどうか悩んだけれど……柳の場合はこのまま言わずにいたら
さりげなくこっそりいつまでも気にしてそうなカンジしねぇ?
ま、別に黙ってなきゃなんない事でもねーし、俺は素直に口を割った。
「なんで千石ってナンパはするくせに、カノジョは作んねーんだろって」
そう言えば、すごく不思議そうな顔で柳は俺を見てきた。
あ、開眼してる。
「それはまた、唐突な話だな」
「うん、俺も今気になった。
ほら、アイツって可愛い女の子見ると見境ないじゃん?
特定の相手作れば、もうちょっと落ち着くかもしんねーのに」
「……そりゃ、見境ねェからじゃねーの?」
俺の向かいでサラダを突付きながら、跡部がそう言ってくる。
「どういうイミ?」
「だからよ、可愛い女が好きなんだろ?
誰でも良いんだよ、可愛いコなら。
むしろ特定の女作るより、誰彼構わず軽いオツキアイの方が
後腐れねーしな」
「ああ、跡部の中学の頃のようなもんなのか」
「上手いこと言うやんか、岳人」
「てめ…ッ!!俺をあんなのと一緒にすんじゃねェっ!!」
心底納得がいかないといった顔で、跡部がばんばんテーブル叩きながら俺見て怒鳴ってくる。
「俺の場合は、わざわざナンパなんてしなくても女の方から
寄ってくんだよ!!
あんなナンパ野郎と一緒にしてんじゃねェよ!!」
「でも、自分も大概に面食いやったやろ?
中学の時に付き合うてた女、皆えろう可愛いコばっかりやったやないか」
「当たり前だ。中身もそれなりに重要だが、美観も大事だろ?」
「美観て……」
何にウケたのか知らねェけど、侑士がツボったみたいで声殺して笑ってる。
確かに跡部の言う事は解るんだけど……でも、それでは納得のいかない何かが、まだ有る。
それなら、どうして千石は……。
「おおッ!!今日のメニューはエビフライかぁ。
いーっただきぃっ!!」
にゅっと背後から伸びてきた手は、真田の皿の上にちょこんとあったエビフライを摘んで持ち上げた。
「な、せ、千石っ!?」
「フム、なかなか美味だね。うん、オイシイ。
エビサイコー!!」
「最高じゃないっ!!俺の海老を返さんか!!」
「もう食べちゃったもんねー」
「そこで肩を竦めてみせるな!!馬鹿者が!!」
あーあーあー、そうか、真田は好きなおかずは最後まで取っとくタイプだったんだな。
好物とは聞いてなかったけど、どうもそれなりに好きな食べ物だったらしい。
物凄い。悔しがり方が物凄い。
あ、柳が黙って自分のエビフライを真田の皿にこっそり乗せてる。
さすが嫁、やることがさりげないぞ。
ああ、でも、やっぱり。
思ったより早い時間にひょっこり帰ってきた千石を見て、俺はどこか確信めいたものを感じた。
「千石、部活中に声を掛けた子と遊びに行ったんじゃなかったのか?」
自分のエビフライにまで手を出されては堪らないんだろうな、それを齧りながら手塚が言う。
「ああ、うん、遊んできたよ。
なかなか有意義な時間だったねー」
「て…いうか……」
やっぱり、疑問は残ってる。
多分コレが俺の中の最大の疑問なんだ。
「帰ってくるの、早過ぎなんじゃねェ?」
そうだ、今思えばいつもいつもそうなんだ。
基本的に晩飯の時間には帰ってくる。
そうでなくても門限までには絶対帰ってくる。
確かに規則を守るのは大事なコトなんだけど、しょっちゅう女の子と遊んでる割には、
ハメを外すコトって無いんだよな。
なんだろう……何かひっかかるんだよなー……。
「……どしたの?向日??」
千石の顔見ながらうんうん唸ってたら、眉を顰めて千石が俺にそう言った。
うあ、心配されてら。超ムカツク。
その夜、千石が遊びに来た。
ちなみに今跡部が風呂に入ってて、千石が部屋のテレビ占領してゲームやってて、
俺がそれを眺めてる。そんなカンジ。
結局、晩飯の時からずっと気になってたから、聞いてみた。
「なぁ千石、お前、彼女とかって作んねーの?」
「えー?何、イキナリだね」
「ま、ね。気になったから、気になってる内に聞いておこうと思って」
「うん、追求する者として、正しい判断だよ」
うりゃ!チュドーン!!あー……負けちゃったー……。
ゲームオーバーの画面を眺めて、千石がコントローラーを放るとその場に仰向けに転がった。
「彼女は、いらないよ?」
「へぇ、それは意外だな。お前女の子好きじゃんか」
「うん。そうなんだけどね。
いずれは可愛いコをゲットしたいなーって気はあるけど。
それは今じゃないよ」
「じゃあ、今は?」
「今はー……たくさんの女の子と、たくさん遊びたい。そんなカンジ」
うあ、とことん女好きなヤツめ。
だけど、それじゃコッチの疑問が証明されない。
「の割には、女と遊びに行っても帰ってくるの早いじゃねェか。
ナニして遊んでるわけ?」
「まぁ、日によってイロイロだけどね。
カラオケ行ったり、ゲーセン行ったり、映画観に行ったりね。
だけど大体は喫茶店とか公園とかでダベってるかな。
女の子と喋るの、楽しいよ?」
「………それだけ?」
「うん、それだけ」
「そこから先は?」
「そこでバイバイだよ。
ああ、ちゃんと家までは送ってあげるけどね。
暗くなったら何かと物騒だしさ」
「つまんねー!!もうちょっとヨロシクやってみようって気ねーのか!?」
「そりゃ、彼女作ってからでイイよー」
「じゃあ彼女は!?」
「だから、今はまだいらないよ」
駄目だ!!これじゃ堂々巡りだ!!
そんな答えが聞きたいんじゃねーの、俺はッ!!
どう質問したら答えが聞けるのか、それが解んねぇ。
「納得してないねェ、向日クン?」
「ったりめーだい!!」
おどけた口調で千石が言うのに、俺も意気込んで答えた。
ふ、と俺の頭に電流めいたモノが閃く。
そうだ……そうなんだ。
俺が、一番不思議なのは。
「なぁ……お前が今一番楽しいコトって、何なんだよ?」
ちょっとだけ、千石が驚いたようなカオをした。
彼女を作ってヨロシクしたいわけじゃない。
たくさんの女の子と遊んでるのが楽しい。
そんなコト言われても、正直俺はそれを信用できない。
どうしてって訊かれると、返事しにくいんだけど。
多分それは……アイツが1人のようで、1人じゃないからだ。
だから、信用できないんだ。
いつもニコニコ笑顔で、この場所に帰ってくる、千石が。
「向日さぁ、『今』っていうのは、今しか無いんだよね?」
「……あ?」
言われたイミが漠然としすぎて、ワケわかんねェ。
「今って……今、現在のコト?」
「そう。俺がココで、こうやってキミと喋ってる、今現在のコト」
「……そうだな」
「俺は、きっと、『今』が一番楽しいんだと、思う」
「どういうイミ…?」
「要は、後で構わないものは後回しにしたいぐらい、今が楽しいってコト。
まずそれが、カノジョの要らない理由」
うん、それは、なんとなく理解できる。
こくりと首を縦に振ると、ひとつ頷いて千石が言った。
「で、女の子と遊びに行くのも楽しいんだけど、ココでキミ達とパーっとやるのも
非常に楽しく且つエキサイティングなワケだ。
更に言うなれば、女の子と遊ぶのはこの先いつでもできるけど、今キミ達と
こうやってられるのは3年間だけでしょ?
そこから先の道なんて、みんな不透明なんだから。
じゃあドッチを選ぶ?なんて聞くだけ野暮だからやめようね、向日クン。
…これが、俺が早く帰ってくる理由。アンダスタン?」
ゲームのリセットボタンを押して、再挑戦するべく千石はコントローラーを握った。
……それで、俺はといえば。
正直……目からウロコが落ちたってのはこういうのを言うんだろうか?
え?違うの?まァどっちだってイイよ。
意外過ぎてビックリして、それ以上俺は千石に何も言えなかった。
だって、結局のところ、コイツは。
「まァ、そういうコトで。
納得してもらえたかな、向日………と、跡部も」
それこそ驚いて俺は自分の後ろを振り返る。
何時の間に風呂から出てきたのか、バスタオルで髪をわしわし拭きながら
跡部がそこに立っていた。
「やー…うん、俺は、ね」
「跡部は?」
「あァ?ンなの知ってるっつーの。今更訊くな」
「ははは、さすが跡部」
「フン」
それに鼻で笑って、跡部は冷蔵庫からスポーツドリンクを引っ張り出した。
……あれ?
女の子をとっかえひっかえして遊んでたのは、跡部だって同じだ。
まぁ、中学の時の話だけどさ。いや今だって実はコッソリ遊んでるのかもしれないけど。
それなら……こういう仮説も成り立つのか?
「跡部さぁ、お前も『そう』だったワケ?」
女の子と遊ぶより、あの瞬間の方が跡部にとって大事だったのか。
俺達とテニスしたり、ツルんで遊んだり、つまりはそっちの方が。
コップにスポーツドリンクを注いで冷蔵庫に戻した跡部が、顔を上げた。
俺の方を、じっと見て。
「バーカ」
………ムカツクぞ、それ。
でも、跡部の目が笑ってたから、それは言わないでおいた。
なんだ、そうだったのか。
結論。
千石清純は女好きだ。
「あーそうだ、向日」
「んー?」
「明日、休みじゃんか」
「そだなー」
「新しいシューズ見に行きたいんだけど、付き合わない?」
「お、いいねー」
だけど、千石清純はとてもイイ奴だ。
それが、俺が千石とツルむようになって半年後に出した結論だった。
<終>
以上、「千石清純は皆が大好きだ」という事を、とりとめもなく書いてみました。
とりとめ無さ過ぎです。長過ぎです。
でも、コレも愛ゆえに!!ということで。(笑)
自分のイメージとしては、千石はとにかく今を楽しみたいヒト。
で、女好き。(笑)
女好きなんだけど、やっぱり皆とツルんで気兼ねなくやってる方が楽しいとか
思っちゃって、そしてそれが今しかできないんだと自覚しちゃったら、なんだか
凄くもったいない気になっちゃって。
ツルめる内に、思いっきり楽しんでおかなきゃ損だ。そう結論がついて。
だから千石クンの帰宅は早い。そんな理由。
そんでもって、お題から妙にハズれてすいません。(汗)
もともとこの話のネタが出たとっかかりは、皆の食事風景を想像したからで。
どうでも良い寮設定を少し。
寮では朝食と夕食が出ます。食堂にて配給制。
でもご飯と味噌汁はおかわり自由。
朝食は6:00〜7:30。夕食は18:00〜20:30。
だから運動部連中は、一旦朝練に出た後に、ご飯食べに戻ってきます。
跡部サマはいつも向日のおかず奪います。たまに手塚のおかずも奪います。
忍足のおかずも奪います。でも忍足にはいつも奪い返されてます。
だから嫌いな食べ物はいつも忍足に押し付けます。ガキですねー。
書いたとおり、真田は好きなおかずは最後までとっときます。
逆に乾は真っ先に食べます。
おなかが一番空いてる時に、好きなおかずを食べるのが至福なんだそうです。通です。
蓮二お母さんは、仲間の皿にその人の好きなおかずが出ればこっそり差し上げます。
とてもいい人です。が、単に寮のごはんは味付けが濃くて口に合わないだけです。
だから夜中にいつもおなかが空いてきます。耐えてるけど。(笑)我慢の人です。
千石クンはなんでも食べます。好き嫌いはあまりないようです。
みんなでぎゃあぎゃあ騒ぎながらごはんを食べるのが、幸せなんだそうです。
やっぱり、千石はイイ奴だと思います。
………だからお題から外(以下省略)。
以下、その後の607号室。
跡部:「よし、ちょっとそっち詰めろ千石。
そしてコントローラーもうひとつ寄越しやがれ」
千石:「え?何?何??」
跡部:「たまには俺様が相手してやろう。
いつも岳人じゃツマんねェだろ?」
千石:「ホント!?ラッキー♪」
跡部:「言っとくが、俺様に勝てると思うなよ?」
千石:「こりゃあ、本気でいかないとなー」
向日:「跡部…今日は機嫌良いみたいだなー」
跡部サマも、千石の言葉が嬉しかったらしい。
そんなオチ。
ぬああ!!書き足りねェ!!
皆仲良しを主張するには全然書き足りねェ!!(じたばた)