205号室、手塚国光と千石清純の部屋。
今日はその場所に来客があった。
それは1つ上の階の。
「乾…お前、それって本気なのか?」
「ああ、やってみるよ」
「……お前は一度決めたら、人の話は全く聞かないからな」
「ははは、照れるな」
「「褒めてない」」
テーブルを挟んでダイニングでコーヒーを飲みながら、手塚と千石と乾が話をしている。
突然やってきて、唐突に言い出した乾の言葉の内容に、手塚と千石はただただ
驚くばかりで。
「しかし……乾も思い切ったねェ。
まさかあの柳とまたダブルス組むなんてなー」
「そう不思議に思う事でもないよ、千石。
元々、俺は蓮二とダブルス組んでたんだから」
「そうじゃなくて、足」
向かいに座った乾の、膝を避けるようにしてもう少し下、丁度脛辺りを軽く蹴って
千石がコーヒーを啜る。
「皆知ってるよ?」
「気付いてるよ、俺の隣にお喋りさんが居るからね」
「……乾、それは俺の事か?」
「それ以外に誰が居るって言うんだよ」
「俺は柳にしか言っていない」
「はいはい、それで蓮二から真田に話が行って、真田から…って、
こう、話が飛び火したわけだ。
ほらやっぱりお前が発端。」
「………」
原点を指されてしまっては反論もできず、手塚はカップを口元に運んで
黙り込んでしまった。
それを千石が可笑しそうに眺めていると、持っていた携帯が突然音を奏で出す。
なんだなんだと引っ張り出して、千石は携帯のディスプレイを眺めた。
どうやらそれは、電話だったらしい。
「ん?どうした向日?
………ああ、別に忙しくしてるわけじゃないけど?
そう、うん、………………マジでっ!?
行く!!行く行く!!ちょっと待ってろ!!」
突然跳ね上がるようにして立ち上がると、携帯を切って千石が2人に目を向けた。
「俺、ちょっと6階行ってくるな!!」
「……6階?」
「ああ、狙ってた新作ゲーム買って来たんだってさ。
それは是非とも拝見させて貰わねば!!」
そう言うと、特に持って行かなければならないものがあるわけでもなく、
千石は携帯をポケットに突っ込むと、颯爽と出て行った。
それを呆気に取られた表情で見送って、手塚と乾が2人顔を見合わせる。
「なんていうか……賑やかだな」
「いつも一人で賑やかなんだ、アイツは」
ぽつりと漏れた乾の言葉に、手塚がそう答えて吐息を落とした。
取り立てて何か用事があったわけじゃないけれど、何となく部屋に戻る
タイミングも掴みかねて、結局乾はそのまま205号室に居座っていた。
元々口数が多いわけではない2人だったので、会話が弾むという事は無かったが、
それでもそこにはどこか柔らかい空気が流れている。
「乾、」
「ん?」
「お前がダブルスをするという事に反対する気は無いが……、
無理だけはするなよ」
「…解ってるよ」
「いつから…」
「何が?」
「いつから、ダブルスでいこうと決めたんだ?」
何となく、ふと思った疑問をそのまま口にすると、きょとんとした表情で
乾が見返してきた。
「うーん、蓮二もテニスをするって知った時からかな」
「じゃあ最初からか」
「そうとも言うな」
ははは、と笑って乾が頷く。
そして、口元を笑みの形に象ったままで、静かに目を伏せる。
確かにあの時自分は、心の底から思った。
「……上へ、登ってみたくなったんだ」
乾の言葉の真意が汲み取れなくて、手塚が不思議そうに見返してくる。
「上…?」
「ああ、もっと高いところから、世界を見回してみたいんだ」
本当は、叶わない事を重々承知の上で。
優しい幼馴染には、悪いことをしたと思っている。
自分の勝手な我儘を良く聞き入れてくれたと、感謝もしている。
だから。
この目の前に居る男には決して言えないけれど、
多少の無茶をしたって目指すだけの覚悟はある。
膝が壊れてしまっても、走れなくなっても、最後までラケットを振り続ける覚悟はある。
それだけの覚悟を持って、夢に挑むと決めた。
「蓮二とダブルスを組んでいた頃からの、夢だったんだ。
全国を制覇して、世界を相手にしてやるって。
蓮二と再会出来た今目指さないで、いつ目指すんだ。だろ?」
「さすが乾、夢の規模も大きいな」
「夢は大きく持つべきだよ、手塚」
手塚の言葉にそう答えて、乾は残りのコーヒーを飲み干した。
手塚の服のポケットに入っていた携帯が、急に振動を始めた。
それを見ると着信はメールで、手塚が開いて目を通す。
その眉間に僅かに皺が寄ったのを、乾は見逃さなかった。
「どうしたんだ?」
「千石からだ」
言いながら手塚が携帯を渡して寄越す。
いいのかな、と思いながらそれを見て、思わず乾が吹き出した。
『これから完徹ゲームと洒落込むんで、帰らないんでヨロシクな。
ちゃんと鍵閉めとけよ』
「へぇ、徹ゲーか。
いいんじゃないか?徹夜できる元気があって」
「……子供じゃあるまいし」
手塚としては最後の一言が気に食わなかったようだ。
むすりとした表情を眺めて、乾がまた笑う。
「まあまあ良いじゃないか。
あ、そうだ、それじゃあ俺このまま此処に泊めてもらって良いかい?」
「何?」
「戻ったって、今日は蓮二も帰って来ないし。
まぁ戻ったって構わないんだけど、折角だからこのままもう少し
お前と話していようかな、と。
そんな事を思ったわけなんだが」
「……そうか」
断る理由など持ち合わせていない。
むしろ歓迎だと、頷く事で手塚は応えた。
せめて着替えぐらいは取りに戻ろうと、乾がそう声をかけて玄関に出る。
出る前にはた、と足を止めて後ろを振り返った。
まだダイニングに居るだろう手塚に声をかけると、「何だ」と返事が聞こえてきて、
ややあってから手塚が玄関までやってきた。
「どうした、乾」
「あのさ、ひとつ言い忘れた事があって」
「…?」
「俺の今の目標は、あくまでお前の隣に並ぶこと、だから」
「……それは、どういう……」
「一緒に上を目指そう、手塚」
それだけ言うと、「あれ、鍵何処にやったかな?」とポケットを探りながら
乾は3階へと戻っていった。
扉を閉めて、考える。
今の言葉で解ったといえば、乾の持っていた幼い頃の夢と今の夢は、
どうも微妙に違っているのではないかという事だ。
上を目指したいという思いは、どちらも共通なんだけれども。
何かひとつ、違っていることが。
もしかして、もしかして乾は。
かぁっと顔に血が上って、思わず手塚は口元に手をやった。
脳裏を過ぎったのは、余りにも自分勝手な願望で。
だけれども、それ以外の理由も行き着く結論も無くて。
「…………そこに、俺の場所もあるのか」
乾、と小さく呟いて、手塚は漸く部屋の中へと戻っていった。
先刻の言葉の意味は、後で問い正せば良いだけの事なのだから。
ものの10分ほどで戻ってくるだろう相手の事を思って、手塚は一度、天井を仰ぎ見た。
彼は今頃、どんな表情をしているのだろう?
願わくば、自分と同じであって欲しいのだけれど。
<終>
あ、ありゃ…?
手塚ゴシューショーサマーとか思ってたのに、なんか報われてんじゃねぇ?コレ…。(汗)
今この段階では、絶対手塚の片思いですねーこれって。
乾は自覚無く意味深なセリフを吐き続けてくれたらイイ。それでイイ。
頂点ってのはひとつしか無いわけだから、同じ土俵で隣に並ぶってのは不可能な話だよ。
俺はもう手塚のライバルになる気は無いんだ。
だから、手塚はシングルスで、俺はダブルスで。
そうしたら本当のイミで、隣に並んだカンジがするじゃないか。
カンジだけで良いんだ。だから、俺はそれを目指す。
手塚の居る、同じトコロまで。
……以上、乾サンの独白でした。(笑)
これが目指すトコロ。
もちょっと簡潔に言うと、
右手に手塚、左手に柳。(逆ハーかい!!)
いえ、夢は大きく持たなきゃ!!!
……これは私の夢です。(ていうかロコツすぎだ。)