誰が予想していただろうか。
この、数奇な運命を。
「データが揃えば予測はできる。
だが、想像力なら話は別だな」
そう言ったのは、蓮二だった。
<彼と彼の人となりについて>
この寮に来て真田が最初に見たものは、ソファの真ん中に陣取り
まるで自分の部屋のようにくつろぎまくってテレビを見ている忍足侑士の姿だった。
背後から聞こえた物音にはとっくに気付いていたのだろうか、真田が声を
かける前に、忍足がくるりと首を後ろに傾ける。
「漸くご到着か、俺の相方さんは。
って、こりゃ真田やないか!?
うわマジで!?」
「………という事は、お前が」
「そういう事や。
ま、今更嫌や言うたかてどうしようも無いしな。
宜しゅう頼むわ」
「……ああ」
この眼鏡に関西弁、そして自分の名を知っているという事は、相手もテニスをしていたと
いう事に他ならない。
そういう人物は、真田にとっても一人しか覚えが無かった。
「確か……忍足、だったな」
「おう、よォ知ってたやないか。
ああそれよか、早く荷解きした方がええで。
届いてた荷物はあっちに放り込んどいたしな」
「……お前は?」
「御覧の通り、とっくに終わってる」
「そうか」
言われるままにダイニングと隣接している部屋に行くと、話の通り自分の荷物が
ベッドの隣に置かれている。
そのダンボールの封を開ける前に、一度部屋内をぐるりと見回した。
ベッドが2つ、学習机が2つ、クローゼットも2つ。
それは四角い部屋の中に、対照的になるよう配置されている。
忍足の言ったように彼自身の片付けは終わっているようで、彼が持ってきたのだろう
大きめの鞄が、空っぽにされて片側のベッドの上に無造作に置いてあった。
それだけ見ると、真田もダンボールのガムテープを剥がし、手早く荷解きを終わらせる。
殆どの家具類は最初から用意されているという話を聞いていたので、送ったのは
衣類やその他細々としているものばかりだった。
だから荷解き自体もそう時間はかかる事無く終了した。
部屋から出てくると、先刻と変わらない様子で忍足がテレビを見ている。
画面に目をやれば、まだ駆け出しの新人ばかりが出ているお笑い番組のようだった。
「…忍足」
「ん?なんや、終わったんか」
「ああ」
「ほな、お疲れさん」
忍足の言葉と共に何かを投げて寄越され、ほぼ条件反射で受け止める。
ほんのりとした温かさが手を伝った。
視線を手の中のものに向けると、まだ買ったばかりなのだろうと思われる缶コーヒー。
自分が荷解きをしている間に買いに行ってきたのだろうかと思われるような、
それだけの温かさをまだその缶は保有していた。
「これは?」
「俺の奢りや。
まぁ…俺が飲みたかったわけで、ホンマはついでで悪いんやけどな」
「………いや、有り難い」
素直にそう言って礼を述べると、自分には背を向けたままで忍足が手をひらひらと振る。
忍足の視線は常にテレビに向けられていて、新人の笑えないコントを見ては愉快そうに
笑い声を上げていた。
それを暫く眺めていて、真田がソファに足を向ける。
忍足の隣に腰を下ろすと、缶コーヒーのプルタブを開けながら同じようにテレビに
目を遣った。
隣から、意外そうな声。
「なんや、真田もこんなん見るんか?」
「いや……普段は見ないな」
アッサリとそう答えると、忍足がもの珍しげに真田に目を向けた。
新人の下手な漫才にブラウン管の向こうで笑い声が上がっても、ピクリとも反応を示さず
ただ黙々と真田はテレビに視線を向け続けている。
「じゃあなんで見てんのや?」
「お前が……」
「え?」
「お前が、随分楽しげな笑い声を上げているから、
面白そうに見えたんだ」
真田自身にとっても、そんな風に思ってしまった自分が不思議で仕方無かったが。
その答えに満足そうに頷くと、忍足はああそうや、と声を上げた。
「真田、ちゃんと挨拶してへんかったな」
「……ん?」
顔を忍足の方へ向けると、姿勢を正した忍足の姿。
「氷帝の忍足侑士や。
これからは、宜しゅうにな」
そう言って片手を差し出してくる。
基本はしっかりした性格で、メリハリはちゃんとつける人間なのだろう。
そういった所も真田にとっては好感が持てた。
今まで自分の世界は立海大のメンバーで成り立ってきた。
そこにこの男が入ってきても、決してそれは不快じゃない。
そういう心地よさを、この目の前の関西人は持っている。
同じように姿勢を正すと、真田がその手を強く握った。
「立海大の真田弦一郎だ。
こちらこそ、宜しく」
上手くやっていけそうだ。
そう思ったのは2人ともなので、きっとこれからの3年間は平穏だろう。
真田が着ている上着の内ポケットから、電話の音が微かに聞こえる。
それにポケットから携帯を取り出して、ディスプレイに出ている名前を確認すると
受話ボタンを押した。
「どうした幸村?
ああ………そうだ、今日だ。
ちゃんと全部終わっている。心配するな。
うん………うん………?蓮二?
いや、聞いていない。
……ああ、連絡を入れてみるとしよう。
また、そっちに戻ったら連絡を入れる。……ああ、じゃあな」
そう言って電話を切ると、そのまま更に操作を続ける。
今度は電話をかけているようだ。
「蓮二か?………ああ、そうだ。
結局お前の部屋は何処なんだ?
ああ……………何?」
一瞬、真田が怪訝そうな表情を見せて。
「………そうなのか。
いや、こっちもなかなか面白い相手が同室だ。
今から連れて行く」
そう告げると、電話の向こうから「おい、弦一郎!」という声が聞こえるにも関わらず
真田は電話を切ってしまった。
「忍足」
「なんや?」
「305号室へ行くぞ」
「………は?」
「錚々たるメンバーが勢揃いなんだそうだ。
面白そうだとは思わんか?」
ソファから立ち上がると、まだ少し残っていたコーヒーを一気に飲み干して、
真田が忍足を見た。
「うちの柳蓮二を知っているか」
「ああ、勿論や」
「蓮二がそう言うのだから、期待はできるだろう」
「………なるほど、オモロそうやなァ。
ええで、行ってみよか」
頷くと、リモコンでテレビを消して忍足も立ち上がった。
そうと決まればと2人靴を履いて廊下に出て、忍足が「あ、ストップ」と
声を上げた。
「どうした?」
「そや、忘れてた。
ちょっと待ってェや」
言いながら忍足は自分の携帯を出して、ボタンを数度押す。
「ああ、俺や。
そっちは全部終わったんかいな?
は!?まだァ!?
お前何時間かかってんねんボケェ!!」
突然凄い剣幕で怒鳴り出した忍足に、表情には出さなかったものの
真田が驚いて眉を少し顰めた。
「………っだからアレほど荷物減らせって言ったやろが!!
は!?手伝え!?
アホか、自業自得やないか!!冗談も休み休み言えっちゅーねん!!
あんまり岳人コキ使ったんなよ?
ホンマ可哀想やな、岳人………あ?岳人か?
ああ、うん。そうや、今からちょっとそっちに人連れて行くし。
あー……………………大丈夫やろ、うん」
電話の最中に一度忍足が真田に視線を向けて、たっぷり悩んだ後に
そう楽観的に付け加えるように言うと電話を切った。
「悪いな真田、待たしてもうて」
「いや、」
「悪いけど3階に行く前に、ちょっと6階に付き合ってくれへんか?」
「……6階?」
「そう。仲間が居んねん。
紹介したろ思てな」
多分、真田も知ってる顔やで。
そう言って笑いながら忍足が先導して歩き出す。
自分も知っている…という事は、やはりテニス関係者という事なのだろう。
それに、真田がほんの少しだけ吐息を零した。
やはり集まるところには集まるものなのだ、と。
忍足に言われるままに6階へと案内されて、真田はもう一度大きく吐息を漏らした。
「あーン?
なんだよ真田じゃねェか。
テメェもココだったのか」
忍足が電話で岳人と呼んでいたのを聞いていたので、氷帝の小さいの、というイメージで
すぐに向日岳人の事は予測がついた。
だが、一緒にいるのがこの男だったとは。
恐らく忍足が怒鳴っていた相手も、この男なのだろう。
「テニスバカが集まるってのは本当だったんだなァ」
いちいち癇に障る喋り方をする奴だとは、かなり昔から思っていた。
名前を跡部景吾という。
テニスをしていた者なら、殆どの人間がこの男の存在を認知しているだろう。
それだけ存在感のある男なのだ。
良い意味でも、悪い意味でも。
「データが揃えば予測はできる。
だが、想像力なら話は別だな。
予測では無く想像というレベルで物事を量っていくとすれば、
その範囲は恐ろしく広く、その前では予測など全くの無意味だ。
……まぁ、予測不能だからこそ面白い。
そういうものだと、俺は思っているが」
何が面白いものか。
実に不愉快だ。
そう胸の内で悪態をつきながら、真田が再び携帯を取り出した。
長年連れ添ってきた仲間に一言文句を言ってやろうと。
<終>
真田と忍足の馴れ初めっていうか。
なんだかんだで意外と話の合う相手なんじゃないかと思うですよー。
あと、個人的設定としては、忍足は跡部相手には情け容赦無い気がしてます。
関西人ならではの口の悪さも、跡部相手ならほぼ互角というか、同じだけ
跡部も口が悪いというか。(笑)
あと、真田と跡部は犬猿の仲。これ譲れません。
真田と手塚は同類。というか、限りなく似た性質。
でも手塚にとって跡部の口の悪さと態度のでかさは許容範囲内だけど、
真田は多分許容範囲外だろうなぁと。
このヘンが手塚と真田の違い。
真田のが妙にガッチリしてるというか。厳しいというか。頑固というか。