青春学園中等部は今日、卒業式が行われた。
今日で、全ての終わり。そして、始まり。
その事を証明するかのように卒業生は歌を紡ぎ、式は終了した。

 

 

 

 

「いーーーぬーーーいーーーーーー!!!!」
卒業証書を貰い、全ての事を終え教室を出て廊下を歩いていた乾の背後から、
突如叫びが聞こえる。
それに一瞬、乾が立ち竦んだ。
その声には僅かながら怒気が孕んでいる。
理由には、何となく見当はついていた。
「乾ーー!!待てこのバカーーーーー!!」
馬鹿とは失礼だなと嘆息交じりに振り返ると、同時にガバリと抱きつく相手。
「何だよ、菊丸」
「お前も高等部に行かないなんて、聞いてない!!
 俺、全然聞いてないっ!!」
「………ああ、」
そういえば言って無かったっけ。
ごめんごめん。
抑揚の無いままの声で菊丸の背をポンポンと叩くと、頬を膨らませたままで
菊丸が乾を見上げた。
「何で言ってくんなかったんだよー!」
「いや、別に言わなくても良い事かなー…なん、て…、」
「俺達の友情はそんなものだったのかっ!?
 ヒドい!!ヒドすぎるぞ乾!!鬼!!悪魔!!」
なんでそこで鬼とか悪魔とか言われなきゃなんないのかなぁ。
思わず苦笑を浮かべてしまう。
「英二、乾が困ってるだろ?」
廊下の向こうから、柔らかい声がする。
それにホッとしたように乾が視線を向けた。
「不二、いいトコロに出てきた。助けてくれ」
「やだよ」
さらりと交わされ目に見えてショックな表情を浮かべる乾に、不二がくすりと
笑みを浮かべる。
「僕だって、問い詰めて問い詰めてやっと教えてくれたんじゃないか。
 きっと、何も聞かなきゃ、そのまま何も言わなかったんだろうね。
 君ってそういうところが淡白すぎるよ」
「う……」
そう言われてしまうと、反論ができない。
反論できないという事は、それが正しいという事だ。
不二に言われると、更に実感してしまう。
いつまでもくっついて文句を言い続ける菊丸を剥がしたのは、やはり大石だった。
「こら英二、そのぐらいにしておけよ」
「大石ーーだってさぁーー」
引っ張られるままに離れると、首を大石の方に向けてまだ納得できないといった表情で
菊丸が拗ねたように口を開いた。
「俺達の友情ってこんなモンだったのかぁって思ったら、
 やっぱ悔しくてさぁー」
「………そうじゃ、ないよ」
それまで何かを考えるようにしていた乾が、漸く言葉を絞り出す。
「にゃに?」
「そうじゃないんだよ、菊丸」
「何がだよぅ」
わけがわからないと首を傾げて、菊丸と大石が顔を見合わせた。
不二は何も言わない。
あの日、問い詰められた時に全てを白状させられて、不二は全部知っている。
だから何も言わないのだ。
「友達だから言えない事って……あると思うんだ」
「俺達と違う高校に行くことか?」
「そうだけど……そうじゃなくて、」
大石の問いにどこか言い澱んで、乾が口を噤んでしまう。
それにいきり立ったのは、やはり菊丸だった。
「あーもう!!わけわかんないにゃーー!!
 やい乾!!もっとハッキリ言えよなー!!」
「………何を騒いでいるんだ」
乾の背後で声がした。
驚いて菊丸が、乾の傍に立っていた不二が、その方向へと視線を向ける。
いつの間に来ていたのか、卒業証書を持った手塚が立っていた。
「1組まで声が聞こえていたぞ。
 何を騒いでいるんだ」
「手塚ぁ〜〜!!お前は知ってたのか!?
 乾が違う高校に行くこと、知ってたのかっ!?」
「乾、言ってなかったのか」
「………。」
呆れた視線と共に投げかけられた問いを、無言のままで肯定する。
それに益々剣呑な視線を乗せて、手塚は菊丸に向き直った。
「俺は知っていた」
「ずるいっ!!
 なんで不二や手塚が知ってて、俺達には言わなかったんだよっ!!
 差別だっ!!贔屓だっ!!」
ショックを隠し切れない表情で、菊丸が乾に向かって罵声を浴びせ続ける。
乾自身も、他の仲間も、皆それを咎めようとはしなかった。
その気持ちは、痛いほどにわかるからだ。

 

言ってしまえば。
俺はもう……テニスができないからって。
そう、言ってしまえば。
目の前の友達は皆、どんな反応を示すだろう?

 

……やはり、乾には言えなかった。
いつかバレる事だったとしても、今言いたい事ではなかったし、
今言わなければならない事でもない。
「菊丸、」
廊下に座り込んですっかり拗ねた表情を見せている菊丸の前にしゃがんで、
乾が精一杯の感情を込めて、言葉を贈った。
「菊丸達と同じ道を進めないのは本当だし、残念だけど、それで会えなくなるわけじゃない。
 休みになれば帰ってくるし、その時は声をかけるよ。
 それじゃ……ダメかい?」
根本的な解決になっていない事は充分承知していた。
だけど、できれば言い包められていて欲しいと、そう願って。
「………絶対?」
「絶対だよ。約束は守るから」
「ホントだな?」
「ホント」
「………………。」
「………………。」
「……うん、じゃあ、頑張れ乾」
口元に笑みを乗せて、菊丸が握り拳を差し出す。
それに乾も同じように拳を作って、菊丸のそれにぶつけた。

「ありがとう、菊丸」

 

 

 

 

その後合流してきた河村に、最後だから皆で昼食をと店に誘われた。
菊丸はそれですっかり機嫌を戻したようで、寿司寿司と河村にじゃれつきながら
先頭に立って桜並木の道を歩いていく。
その後ろをついて歩く不二からは、菊丸に対して暗黒オーラが湧き出ている。
それを見てしかめっ面をして胃を押さえながら、大石がついて行く。
最後に、乾と手塚が並んで歩いていた。
皆で帰る時、いつもこうして2人で仲間達の背中を見つめてきた。
それももう、今日で終わりだ。
そう思うと、ほんの少しじんわりしたものが胸から湧き出てくる。
「乾」
「何?」
「……辛いか?」
何が?と問い返そうとして、口を閉じた。
訊ねなくてもそんな事は解っている。
視線を手塚の方へ向けると、真っ直ぐに自分を見詰めている。

 

ああ、そうだね。
本当は……本当は、皆ともっと戦いたかったよ。
でも、それは無理だと判断したから、この道を選んだんだ。
ただの逃げかもしれないけれど、でも、
置いて行かれるより、置いて行く方が辛くないと、思ったんだ。
だけどそれは結局、どっちも同じで。

曖昧な笑みを見せて、乾が首を横に振った。

 

「………そうでも、ないよ」

 

 

ほんの少し、寂しいと。

そう、思っただけ。

 

 

 

<終>

 

 

 

ううん、ちょっとだけ消化不良なカンジ。

とりあえず、この卒業式で中学生は終わりです。
次からは高校生かー。

なんだかんだで、この青学メンバーはこれからも出てきそうな気がする。
というか、多分私は書く。(断言)

やっぱり、青学の3年生達が纏めて大好きなんだよーーvvv