◎忍足侑士の魔法講座3◎

 

ダーマの近くにある小島。
そこはジパングという名の、女王が統治する小さな小さな島国だった。
訪れたその場所では異国の人間である自分達を奇異な目で見ながらも
歓迎してくれ、宿を提供してくれた。
そこで一行は耳にする。
ヤマタノオロチという化け物がこの村を脅かしているということ。
そしてそれを抑えるために、毎年一人の年若き乙女を生贄に差し出すのだと
いうこと。
「ふぅん……嫌な風習やなぁ……」
「そこで風習の一言で片付けられる忍足がわかんねぇ…」
「まぁそう言いなや。
 宍戸とかはあんま好きやなさそうやんな、こういうの」
「そりゃあよ……生贄に出されるヤツの事を考えるとちょっとな」
「どうするのさ、跡部?」
「どうって……まぁ……宿の礼もあるからな………行くか?」
「おう」
「了解」
「ま、しゃあないな」
一宿一飯の恩義は感じているし、その礼は返さねば。
そう意見を纏めると、一行は翌日そのヤマタノオロチが根城にしているという
洞窟の奥深くへと向かったのだった。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







焼け付くような痛みに、意識が急浮上する。
うっすらと目を開けば自分に必死に声をかけている滝が視界に入った。
何だろう、眠いのに痛みが邪魔をする。
それにこの滝の泣きそうな表情は何だ。
「………あ…」
「忍足!忍足、しっかりしてよ!!」
何が起こったのかと視線だけを周囲に動かして、ああそうか、と漸く
腑に落ちた。
ヤマタノオロチに挑んだ結果がコレだ。
その名の通り首が8つにも分かれているその化け物に、今までに無い程
苦戦させられていた。
それも仕方がない、どれかひとつに攻撃すれば、他の首が一斉に
仕掛けてくるのだ。
残りの首が一斉に炎を吹く姿は思い出すだけでも身震いしてしまう。
これほど厄介なものは居ないだろう。
「俺……どうなったんやっけ……」
「脇腹を抉られてる。
 今治してるから動かないで!」
どうやら滝が回復魔法をかけてくれているらしい。
柔かな光が自分を包み込んで、忍足は吐息を零し瞼を下ろした。
「……跡部と宍戸は?」
「今アイツを食い止めてるよ。
 見てる限りじゃ、あんまり長く保ちそうにないけど……」
「そぉか…」
「無茶するなとは言い聞かせてあるんだけど、あのバカたれ共は
 多分言うこと聞かないだろうな…」
「………大技が、」
「え?……あ、ちょ、忍足ッ?」
滝の制止も聞かずに忍足はむくりと身体を起こす。
まだ塞がりきっていない傷がじくりと鈍く痛みを発して、逆に頭が
冴え出した。
ヤツを倒すには今までにない大技がいる。
それも、とびきり大きなものが。
あの2人だけでは絶対に勝てない。
「あかん……首の一本一本に攻撃してても埒が明かへん。
 なんとか全体に攻撃できるような魔法でもぶち当てな…」
「でも、そんな大技誰も使えないじゃないか。
 忍足のベギラマも範囲は知れてるだろう?」
「……いや、俺に考えがあんねん。
 ちょっと……そうや、あの場所がええ、連れてって」
ヤマタノオロチから死角になりそうな岩陰を指差して、忍足はゆっくりと
立ち上がった。
途端にふらつく身体を慌てて滝が支える。
「全く……無茶するね、キミ。
 早死にするよ?」
「心配せんで、そんなつもりは無いで。
 あの化け物倒して皆で帰ろな?」
「………頼りにしてるよ」
忍足の指示する場所まで連れて再び座らせると、滝が傷口を
確認するように見た。
塞がっていない脇腹の傷は新たな血を流し続けていて、忍足の顔色も
思った以上に良くない感じだ。
早いことケリをつけて回復魔法をかけないと、忍足の生命に関わって
しまうだろう。
「で、どうすれば良い?」
「あとべ……」
「え?」
「跡部、此処に呼んで。
 そんで……ちょっとの間でええし、滝ちゃんと宍戸は
 アレ食い止めといて。
 できればこっちを気付かせないように」
「難しいな」
「頼むわ。
 でかいの一発かますし」
「……分かった、行ってくるよ」
ダガーを手に滝が立ち上がると、今だ剣を振るい続けている仲間の元へと
走っていった。
その背を見送って、忍足が視線を敵へと動かす。
頭のひとつひとつが意志を持っているかのように動くそれを見ていると、
やはり全部纏めて攻撃をしなければならないという考えは間違っては
いないと思う。
あとは、どの大技を使うか。
心当たりはいくつかあるが、多分自分にはもうそれを扱うだけの体力も
魔法力も残っていないだろう。
滝に攻撃魔法は期待できないし、そうなると頼りになるのは跡部だけだ。
跡部にもできる事を、そして確実に相手を仕留められるものを。
「……アレしかあらへんかな……」
どちらかといえば氷の魔法は苦手らしい跡部にヒャド系は不可能だ。
とはいえベクトルがプラスの炎の魔法は、調節が非常に難しい。
使えないことも無いだろうが、今の跡部の力量では不安が残る。
そうなると残るはひとつ。
「まぁ…ピッタリかもしれへんなぁ……」
想像して、忍足の口元にうっすらと笑みが宿った。
遠目に滝から言葉を受けた跡部が剣を下げて向かってくるのが見える。
その前に宍戸と滝にも保険をかけてやらなくてはならないだろう。
属性は光、ベクトルは右と左。
「………フバーハ」
2人の身体を光の衣が纏う。
驚いた宍戸と滝が視線を向けてきたのでヒラヒラと手を振ってみせると、
安心したか2人はまた敵に向かい合った。
あの光の衣が、彼らを守ってくれるだろう。
「忍足」
「……悪いな、跡部」
「いや、いい。
 それでどうすれば良いんだ?」
「こっち来て」
岩壁に背を預けていた身体を起こし這いずるように動くと、跡部が
近寄ってきてその身体を支えた。
「おい、無茶するな」
「大丈夫……敵の身体全部見渡せるとこまで…」
呟くように言えば、フワリとその身体が浮き上がって忍足が軽く
目を瞠った。
抱き上げられたのだと知ったのは直後だ。
「ちょ、あと…」
「お前は無理すんなつってんだよ。
 アレがちゃんと見えるところに行けば良いんだな?」
「けど、できれば敵に見つからんところがええ」
「……お前、結構無茶言うな」
抱き上げた瞬間にポタリと地面に落ちた血液に、跡部が僅かに顔を顰める。
傷はあまり思わしくないようだ。
早いことケリをつけなくては。
忍足の出した条件に見合う場所を探し出しそこへ移動すると、その場所に
彼を降ろそうと片膝を付く。
だが忍足はそれを拒んで跡部の首に腕を回した。
「おい…!?」
「ええか跡部、お前はアレから目を逸らしたらあかん」
「……?」
耳元で囁かれた忍足の言葉に真剣な響きを感じ取り、跡部は言われるままに
敵へと目を向ける。
宍戸が剣で一本の首へと切りかかるが、残りの7つが邪魔をする。
威嚇するかのように吐き出された炎は、だが忍足のかけた魔法が
上手く弾いたようだ。
「手を、前に」
「……。」
「俺の言う通りに、呪文を詠唱して。ありったけの魔法力を篭めてな?
 狙いは不必要に仰山ある頭全部や。
 ベクトルは上から下、属性は……雷」
「雷…?」
雷撃の魔法など聞いた事も無く、跡部が怪訝そうな視線を向ける。
だが忍足は意に介した風もなく詠唱を始めた。
仕方無く跡部もそれに倣って詠唱を続ける。
今までに聞いた事も無い呪文だ。





空に暗雲を 大地に灼ける痛みを
閃光を迸らせ その意を彼に示せ






呪文を唱える口が止まらない。
今までに無い強さの力を感じていて、背が震える。
もう忍足が先行して言わなくとも、勝手に唇が動いていた。
自分の意志の及ばないところで、呪文が構築されていく。
それに合わせるかのように、敵の頭上に雷撃の塊が現われ波状にゆらめき
時折バチッと音を上げ火花を散らした。
…これは、何だ?





走れ稲妻 叫びよ轟け
我の言葉を受け 神よ力を示せ
今 ここに
神よ 怒りの鉄槌を下せ






呪文の完成を見て取った忍足が、力を振り絞って宍戸と滝に伝える。
「2人とも、伏せぇ!!」
自然と跡部の唇は最後の合図を口にしていた。
「………ギガ…デイン……!!」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆







響く轟音、激しい稲光を伴いそれは上から下へ、敵を貫き大地へと落ちる。
忍足の言葉を受け反射的に地に伏せていた宍戸と滝は、何とか巻き込まれずに
済んだようだった。
一直線に貫かれた化け物は、さすがにダメージが大きかったか転がるように
その場にもんどり打つ。
とどめを刺すにまでは至らなかったか、それでも身を起こすとその場に
気流の渦を呼び出し化け物は飛び込んでいく。
逃げる気だと気付いた跡部は声を張り上げていた。
「逃がすな!!」
立ち上がった2人は化け物を追って気流の渦に飛び込んでいく。
それに跡部は自身も続こうとして、ふと腕の中の忍足が静かな事に気がついた。
「おい、忍足……?」
声をかけても返事が無い。
眠るように閉じられた瞼、その顔は既に土気色に変色している。
ふと胸を過ぎった嫌な予感に、彼の胸元へと耳を押し当てた。
まだ聞こえてくる微かな鼓動。
生きている事に安堵の息を漏らして、忍足の身体を強く抱き締めた。
「……バカが、無茶しやがって……。
 絶対死ぬんじゃねぇぞ!!」
必要なのは回復魔法だ。
すぐに滝を追わなければ。
ギリと歯を食い縛ると、跡部が忍足を抱き上げて気流の渦へと飛び込んだ。










気流の渦が連れて行った場所はジパングにある女王の屋敷だった。
どうしてこのような場所にと思ったが、よく考えれば簡単に結論が出る。
要は、女王が黒幕だった、という事なのだろう。
もしかしたら、本当の女王はとっくにヤマタノオロチの犠牲になっていて、
ヤツが化けていただけ、という考えもできるが、事の真偽はどうだって良い。
跡部が宍戸と滝に追いついた時には、既にとどめは刺された後だった。
動かない化け物を一瞥すると、その場に忍足を横たえる。
すぐに駆け寄ってきた滝が、忍足の具合を見て眉を顰めた。
「本当に……忍足って、バカなんだから…」
勝つより先に生きることを考えられないのだろうか。
自分の事ぐらい、自分が一番良く分かっているだろうに。
忍足自身の生命は後回しにして、彼は自分達が助かる方法を選んだのだ。
「ほんと……目が覚めたら一発ガツンと叱ってやんなきゃね」
「………そうだな」
涙目になりながら言う滝の肩を慰めるように叩いて、宍戸も忍足の顔を
覗き込むように見た。
自分には何もしてやれる事は無いが、彼が助かりますようにと願って。







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